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08. 知らない横顔



【惑星Zeronia  カルザ帝国の帝都 宮殿】


 


重く、冷たい空気が満ちていた。

黒曜石のような床が続く、その最奥。


段差の上に据えられた玉座に、カルザ帝国皇帝ラーゼル九世は座していた。


ゼノンはその前に膝をつく。


こうべれ、視線を上げない。


「申し上げます、陛下」


声を発するだけで、喉の奥がわずかにきしむ。


「Earth侵攻作戦、第一段階の準備が整いました」


沈黙。


返答はすぐにはない。


玉座の上の男は、ただ静かにゼノンを見下ろしている。

視線だけで値踏みされているようだった。


やがて、低い声が落ちた。


「続けろ」


ゼノンは顔を下に向けたまま報告を続ける。


「テラ族と神経リンクをつなげるための超小型有機体ドローン──バイオドローンを、ダリス族を経由してEarthへ潜入させます」


再び沈黙。


わずかに、衣擦れの音。


「合理的だ」


感情の読めない声だった。


「強固なリンクを構築した個体を媒介に、水面下から侵略を進行。最終的には内部から崩壊させます」


「逃げた個体は」


ノヴァ──


ゼノンの脳裏にその名がうかぶ。


「現在、神経リンクは途絶えております。おそらく何らかの処置により切断されたものと」


「再接続は」


「短期間では困難かと。ただし──」


ゼノンはわずかに口角を上げた。


「軍内部の人間にリンクを張ることができれば、所在の特定は可能です」


わずかな


「やれ」


それだけだった。


「はっ」


ゼノンは深く頭を垂れた。


その瞬間、すべてが決定した。

Earth侵攻が始まる。


ゼノンは立ち上がった。


胸の奥で、ひとつの感情が燃え上がる。


──ノヴァ。


「必ず、連れ戻してみせます」


それは皇帝への誓いではない。


己の欲望への宣言だった。




【テラ軍 第一戦闘部隊 射撃訓練場】




シミュレーションは早朝の日課になり、数日間続いた。


〝MISSION FAILED〟


またしても、その赤い文字が頭上に浮かび上がる。


『もう一度ミッションをやり直しますか? 終了しますか?』


「もうイヤ」


リラはその場に崩れ落ちた。


『もう一度コマンドをどうぞ』


どうやら、〝もうイヤ〟は受けつけてくれないらしい。


「終了!」


『ミッションプログラムを終了します。お疲れさまでした』


「なんだよ、やめるのかよ」


ベンチに座って見ていたグオから声がとんでくる。


「何回やってもクリアできないんだもの」


「今のは惜しかったじゃん。あとは岩場に隠れてたヤツを撃つだけだったのに、岩場から落ちるからさ」


笑いをこらえる。


「笑わないでよもう」


「ごめんごめん」


言って完全に笑った。


「だいたい、密林とか岩場とかで敵に追われながらライフルで戦うとか、古すぎるわよ」


リラは文句を言いながらグオの隣に座った。


グオがリラにアイスカフェラテの入った軽量ポリマー製カップを渡す。


「ありがと」


ストローで思い切りカフェラテを吸い込む。

冷たい甘味と苦味が喉を通り抜けた。


「古い戦いだから初級者向けなんだ」


リラは息を吐いて肩を落とした。


「やっぱり、L2-D2にくっついとく」


「あいつはルークのしもべじゃん」


「だからルークに借りるのよ」


「これ以上あいつに借りなんか作ったらロクなことないって。さ、もう行こうぜ、時間だ」


グオは立ち上がった。


「……ルークは、そんな悪い人だとも思えないんだけど」


ふざけていて何を考えているのかつかめない。しかも前科がある。

それでもキリュウは、悪いヤツではないと言っていた。


「ルークに頭、操作されてない? 大丈夫?」 


「大丈夫よ……たぶん、わかんないけど」


「わかんないのかよ」


しゃべりながら対策室に向かい歩いていると、医療棟の研究室前でルークの姿が見えた。


白衣を着たきれいな女性と話している。

ルークのその横顔が知らない人のように見えた。


グオはリラに顔を寄せる。


「ほら……でた、疑惑の女その二」


「疑惑の女その二?」


「そ。その一は横領させられてたコ。その二はあの産婦人科医」


黒縁のメガネ。

ひとつにまとめた黒髪のストレートロング。

落ち着いた印象の女医は、三十代半ばほどに見える美人だ。


「産婦人科医だけど遺伝子工学も専門。附属病院に勤務しながら研究もやってる才女。だいぶルークに貢いでたっぽい」


「ふぅん……」


医師で歳上なら、それなりに収入はあるはずだ。


リラとグオが視線を向けた先で、女医は何かを訴えるようにルークに話している。

一方でルークは冷静に対応しているように見えた。


「〝私のお金返して〟〝は? きみが勝手に貢いだだけだろ〟」


グオは声色こわいろを変えて二人のセリフを勝手に演じる。


ルークは視線を感じたのか、こっちを見た。


「あ、気がついた」


女医に、じゃ、と手を上げてこっちへやって来た。


「悪いなジャマして」


グオの言葉にルークは短く息をついた。


「いやちょうど良かった、行こう」


ルークの表情が少し楽になったように見えた。


「元カノと、もめごと?」


「元カノじゃない、オレは特定の相手はつくらない」


リラは目を見開く。


いかにもな発言だ。


「へぇ……じゃ、スーイェンも特定ではなかったんだ」


横領させた彼女のことらしい。


「やめなさいよグオ」


下世話な詮索だ。


リラに制止され、グオは話題を変えた。


「ところで……どうなんだよ、機関システムの方は」


「あとで対策室で話す」


ルークはぶっきらぼうに短くそう答えた。


「ニコライとメイヴが、〝G-アリゲーター〟に神経リンク防御のヒントがあるって言ってたわね」


特定の個体以外、神経リンクが張れない。

そうゼノンが言っていた、惑星Zeroniaに棲息するG-アリゲーター。

医療部隊二人はそこに目をつけたのだ。


「ああ。神経リンク切除術の応用よりも早いかもしれない」


ルークはそこまで言うとグオを見る。


「そっちはどうなんだよ、グオ」


「え? リラの戦闘術?」


「いや彼女のことじゃなくて、アストラの力の方」


グオが担当しているのは、アル=ラーグスが示す〝星脈の痕跡〟の調査だ。


「さっぱりわかんない」


アッサリ断言するグオ。


リラはルークと顔を見合わせた。


「なんだよおまえ、それが一番重要なんだぞ。彼女にくっついてないで仕事しろ」


「リラの戦闘術の指導も仕事だ」


「じゃ、それはオレがする」


「ダメ、絶対ダメ」


「なんでだよ」


「おまえ絶対違う指導するだろ」


リラは自分を挟んでくだらない言い合いをする二人に苦笑した。




【AKF対策室】




リラは対策室の席に着いた。

席が決まっているわけではないのに、自然とルークが隣に座る。


その様子を見たグオがすかさず口を出す。


「おまえこそリラにくっついてばっかじゃん」


「オレは彼女の主治医だ」


「ニコライじゃないのかよ」


しつこく言い合う二人にニコライが割って入った。


「どっちでもいい」


リラは小さく肩をすくめた。


「ニコライ、始めてくれ」


ニコライはキリュウにうなずき、ホロONEを立ち上げる。


「惑星Zeronia南部に棲息するG-アリゲーターは、体長6メートルから7メートルで、体重は2トン前後。強い筋電と特異な生体電流をもつ」


空間にG-アリゲーターの3Dホログラムが出現した。


「何回見ても、ひくほどデカイな……」


グオは口を開けたまま、部屋いっぱいに広がるホロ映像を見上げた。


メイヴがその巨体に視線を向けたまま言う。


「カルザ族が神経信号に同調しようとしても、ノイズが多すぎてリンクが成立しないのよ」


「その特性を応用して、我々の脊髄硬膜外腔せきずいこうまくがいくうに位相ノイズ発生デバイスを埋植まいしょくする」


脊髄周囲の構造モデルが展開され、硬膜外腔に超小型デバイスが収まっていく。


「このシミュレーションでは、カルザ族の神経リンクから防御できることが確認できた」


ニコライの説明に、ルークが口を開いた。


「防御方法としてはそっちの方が実用化が早いな」


「というと?」


キリュウが問い返す。


「オレのリンク切除術は、変化するリンク受容周波数をそのつど読んで、量子位相ノイズを流す。いわば対症療法だ」


「事前にリンクを防御するものではない、と」


ルークはうなずく。


「擬似的なリンクを発生させて打ち消すことで、一定期間は防げる。ただし一時的だ。宇宙船でも同じことが言える」


グオが腕を組んで口を挟む。


「予防接種でできる抗体みたいなもん?」


ルークは目を見開いた。


「なんだおまえ、たまには的を射たこと言うな」


「たまにって言うな」


グオは横目でルークを見た。


キリュウがニコライに視線を向ける。


「そのデバイス、人体への影響は?」


「重篤な影響はない。ただ、神経活動への影響には個人差がある。埋植後の調整は必要だ」


「なるほど」


キリュウは指先で顎をつまむ。


「まずは我々で試すのが妥当だろうな」


「良ければオレがいちばんにやる」


ニコライが申し出た。


「ありがとう。問題なければ順次導入しよう」


そこでルークが口を挟む。


「ミタライへの埋植は難しいかもしれない」


リラは顔を上げた。


「リンク切除術の直後だ。G-アリゲーターのノイズに拒絶反応を起こす可能性がある」


リラに視線が集まる。


メイヴがニコライを見た。


「血液検査で判断できるわよね?」


「ああ。まずはそこからだな」


「では全員、検査だな。ニコライ、頼む」


「了解」


会議はそこで区切られ、メンバーは医療棟へ移動を始めた。


「きみは、一定期間はリンクを張られない状態にある」


ルークが言いながらリラの隣を取った。


「一定期間?」


リラが視線を向ける。


「大丈夫だ。なんとかする」


迷いのない声だった。


リラは一瞬だけ彼を見たあと、前を向いた。


ルークは先を歩くニコライに追いつき、歩きながら彼と話し始めた。


その後ろ姿を見つめる。

背が高く、長い腕と脚はモデルのようだ。


──モテるのは間違いない。


「モテるのは間違いないのよ」


え?


自分の思考を読まれたのかと思った。


「なんせあのルックスで医者。しかもミステリアス」


メイヴだった。


「……グオから、彼が退役した理由を聞いて、どこまで気を許していいのか……」


小声でそう言うと、メイヴはリラに顔を寄せる。


「あの話、少し違うのよ」


メイヴは声を落とした。


「横領したのは……ルークじゃない」


「え?」


リラはメイヴの顔を見た。


「当時つきあってた子がやったの。借金返済のために」


「じゃ、ルークは?」


「罪をかぶって、辞めたのよ」


「そんな……」


言葉が続かなかった。

さっきまでの印象と、うまく結びつかない。


リラは無意識に、先を歩くルークの背中を目で追った。


「何こそこそ話してんだよ」


前を歩いていたグオが振り返る。


「カフェの話よ。ほら、最近できたとこ」


メイヴはとっさに話題を変える。


「軍の施設とは思えないほどオシャレなのよ。今日終わったら行ってみない?」


「行く」


「あんたじゃなくてリラに言ってんの」


「なんだよ女同士でこそこそすんなよ」


言い合いながら歩く二人の後ろを追っていると、キリュウがリラの歩調に合わせてきた。


「そういうことだ」


リラを見ずにそれだけ言うと、先を歩いた。

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