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07. 消えない視線



リラが入った戦闘用シミュレーションは、カルザ族の戦闘員を相手にする訓練だ。

足元から天井まで、密林が3D映像で再現されている。


「……ゲーム、ね」


リラは、ルークの言葉を思い出しながら、茂みの隙間からチラッと見えたカルザ族にライフルを向けた。


だが現実は、そんなに甘くはなかった。


最初の一発は外れ、二発目も空を切る。


背後からカサッと物音がする。


「……っ!」


反射的に身を伏せた瞬間、後ろから撃たれた。


〝MISSION FAILED〟


赤い文字が浮かび上がり、視界は一瞬で無機質なプレイルームへと戻った。


「はぁ……」


リラは息をつき、ヘルメットを取った。


やっぱり、簡単にはいかない。


そう思いながら外に出ると、ベンチの方から声がした。


「やっぱりもう出てきた」


長い脚を組んで座っていたのはルークだった。


「あなたももう出て来たの?」


「オレは途中でやめた」


最初からやる気があったのかも怪しい。


「座れば?」


ルークに促され、間隔を空けて横に座る。


「もうここで診察しよう」


「ここで?」


「時間がもったいない」


わざわざ医療室に行くよりは、ここで済む方がいい。


ルークはリラのすぐ横に座り、軍服のジャケットを脱いだ。


「こっち向いて」


リラは言われるまま顔を向けた。


半袖のTシャツをまくり上げた腕が目に入る。

無駄のない筋肉のつき方だった。


ライトが瞳に当てられる。


「あっち見て」


視線を左へ。


「次はこっち」


右へ。


「オレを見て」


ルークを見る。


至近距離でのぞき込んでくる瞳。

光を受けて、二重の色がゆらめいていた。


外側はシルバーグレー。

中心に向かうほど、チャコールグレーへ沈む。


吸い込まれそうな色だった。


ルークはわずかに目を細め、口元をゆるめる。


「問題ない」


肩の力が抜けた。


「これ以上見つめられると、オレが女性問題を起こしそう」


「は?」


リラは眉間にしわを寄せ、視線をはずした。


「はいはい、まだ終わってないですよ患者さん、こっち向いてください」


「イヤ。あなたが女性問題を起こしたらチームが困るもの」


「冗談だって」


ルークは笑いながらリラの頭に両手で触れる。


「ねぇ……どこを切ったの?」


「ん? ミカンみたいに八等分にした」


短く息が漏れる。


「ウソ」


診察なのか、からかわれているのかわからない。


「夢とか幻覚は? 術後見てない?」


「見てない」


夜は、よく眠れていた。


ふざけているようで、手つきに迷いはない。

医師としての技量は確かだ。


ふと視線を横に流す。


Tシャツの首元から覗くネックレスが目に入った。


透明な水晶。

外側から中心へ向かって、シルバーからチャコールグレーへと色が沈んでいる。


「不思議な色の石ね」


思わず口に出ていた。


「え?」


「そのネックレス」


「あぁ……」


ルークは指先で水晶に触れた。


「母親の形見。他に何もないんだ」


自嘲気味に笑う。


「ステキだわ」


リラには、何も残っていない。


「私は……実の親のことはわからないもの」


ルークの表情がわずかに変わる。


「それで……養父母に?」


「うん。五歳のときから。それまでは児童養護施設にいたから、養父母には感謝してる」


実の子のように育ててくれた。

士官学校にも入れてくれた。 


養父ちちは宇宙外交官で、三年前、養母ははを連れて行った仕事の途中で、カルザ族の捕虜になって……」


なぜか、この人には話しておきたかった。


「ああ……そうなのか……」


沈んだ空気が流れる。


あまり触れないようにしている話題だった。


リラは息を整え、笑顔を浮かべてルークのネックレスを見た。


「その石は本当に不思議な色できれい。あなたの瞳の色みたい」


そう言って彼を見上げると、その不思議な色の瞳が甘やかな光を宿してこちらを見ていた。


胸の奥が、不意にゆれる。


「サボリだろ」 


グオの声が割り込んできた。


シミュレーションルームからこちらに歩いて来る。


「絶対オレが一番にクリアだと思ってたのに」


「診察だ、サボリじゃない」


すかさずルークがそう答える。


「こんなとこで?」


「このあとも機関システム部隊で昨日の分析の結果を検討する。時間がないだろ」


ルークとグオが言い合っていると、キリュウが腕のリンクコムで情報を見ながらこちらに歩いて来た。


「ミタライは十分でアウトか……」


予想とおりの言葉だ。


「まぁ、今日は初日だ。よくやった。第一戦闘部隊は対策室に」


怒られなかったのは意外だった。


リラの表情を見て、ルークが小さく笑う。


「行こう」


「あ、うん」


立ち上がると、ルークは小声で言った。


「怖い顔してるけど、きみには優しい」


リラは前を行くキリュウの背中を見る。

隙のない姿勢。

近寄りがたい威圧感。


「リラ、大丈夫だった?」


メイヴがかけ寄って来る。


「全然、大丈夫じゃない」


「あはは、でしょうね。でも無理もないわよ、だって帰還して手術したばっかりなのに、ねぇ」


メイヴはルークに同意を求める。


「ああ、無理はせずに」


わずかに目を細めた。


ルークとグオの会話を聞きながら歩いていると、一人の一等兵がキリュウの姿を見つけて声をかけてきた。


「キリュウ大尉!」


キリュウは足を止めた。


「クドウ、どうした」


クドウと呼ばれた一等兵はキリュウにかけ寄った。


「リアムが落ち着かなくて……」


リアム。

聞き覚えのない名前だった。


「今朝、紛争地から帰還したんですが、激務だったので……」


「ああそうか……行こう」


「申し訳ありません、お忙しいところ」


「いや、いい」


キリュウはクドウに短く言い、振り返った。


「先に行っててくれ。軍用犬センターに寄ってから行く」


リラは遠ざかるキリュウの背中に向かってつぶやいた。


「軍用犬センター?」


グオが隣で、さりげなく教える。


「リアムってのは、カイが紛争地で子犬のときに保護したシェパードでさ」


犬のことだったらしい。


「頭が良くてそのまま軍用犬として育てられた。カイがハンドラーと一緒に面倒を見てたから、カイになついてるんだ」


ハンドラー──軍用犬の担当兵だ。


いつも厳しい顔をしているキリュウが、シェパードになつかれる様子など想像がつかない。


「先に行ってて」


リラはグオとルークにそう言うと、キリュウと一等兵の後をついて行った。


犬は好きだった。

養父母と暮らしていた頃、家にはいつも大きな犬がいた。


キリュウが振り返る。


「なんだ、来たのか」


ついて来ていたリラに気がついた。


「うん、私もリアムを見たい。犬が好きなの」


「リアムは賢くてキレイなオスのシェパードです。自分は一目ぼれで、ハンドラーになると決めました」


クドウはどこか誇らしげに、リラに話しはじめる。


「けどやっぱり、子犬のときから世話してもらってたキリュウ大尉を一番の親分と思ってるんですよ。自分の手に負えないときは、大尉に助けてもらってます」


軍用犬センターに着くと、ほとんどの犬は犬舎に入っているようで姿が見えなかった。

そんななか、広いドッグランにポツンと伏せている一匹のシェパードがいた。


「あそこでふてくされてるでしょ? あれがリアムです」


〝やってらんねぇ〟


とでも言いたげな表情で芝生にペタンと伏せている。


「うふふ、かわいい」


リアムは人が近づく気配を感じ、ピクンと耳を立てて体を上げてこちらを見る。


「リアム!」


キリュウが呼ぶとそのシェパードは明らかに態度を変え、こちらへ走って来る。

そして嬉しそうにキリュウに飛びついた。


「なんだリアム、ダメじゃないか、クドウの言うことを聞かないと」


キリュウは優しい声で話しかけながらリアムの体を両手で撫でた。

その表情は驚くほどやわらかい。


……あんな顔、するんだ。


「怪我はしなかったか?」


「負傷した犬もいましたが、リアムは無傷です」


「そうか、偉いぞリアム、よく頑張ったな」


リアムはまるでキリュウの話していることがわかるように、キュンキュン鳴いて彼にじゃれついた。


ひとしきりキリュウにじゃれると、リラの存在が気になったのか、こちらに体を向けて静止し、じっと彼女を見る。

そして一度キリュウを振り返って確認すると、少し距離を取り、様子をうかがいながらリラに近づいてきた。


「おいでリアム」


興味深そうにリラに鼻をくっつけてクンクンする。


「ウワサどおりのイケメンね」


撫でると前脚をリラの肩にピョンとかける。

リラはそのまま後ろに寝転がった。


「うふふ、おりこうさんね」


しっぽをブンブン振って寝転がったリラの顔を舐め、鼻先でツンとつつく。


「遊びたいの?」


リラが起き上がると喜んで彼女に脚を上げてくる。

その様子にクドウは目を見開いた。


「自分と初めて会ったときとぜんぜん態度が違う」


「おまえにもすぐなついた方だ。警戒心が強いのに」


キリュウはそう言いながらそばに落ちていた赤いゴムのボールを拾った。


「リアム、取って来い」


ボールを投げるとリアムは一目散にそれを追いかける。

芝生を蹴って跳び上がり、美しいフォームを描いてキャッチした。


その姿が青空によく映える。


そしてリラのもとへ、ボールをくわえて駆け戻ってくる。


「なぁに? 今度は私が投げるの?」


リラはリアムからボールを受け取った。


「いくよリアム」


投げるそぶりをして見せるとピョンピョン跳ねる。


「ほらっ」


ボールを投げるとリアムは勢いよく飛び出した。

空中でキャッチし、かけ戻って来る。


「じょうず」


リラはしゃがみ込み、両手でリアムを撫でた。


犬と遊ぶのは、何年ぶりだろう。


こんなふうに、心から笑ったのも──


何度かボール遊びを繰り返したあと、クドウが区切りをつけるように声を出した。


「よし、そろそろ戻るぞ、オヤツだオヤツ!」


〝オヤツ〟に反応してリアムはまっすぐ犬舎へかけて行った。


「助かりました、ありがとうございます」


クドウはこちらに敬礼するとリアムと共に犬舎へ入って行った。


もう少し遊びたいところだが、軍用犬は本来ハンドラー以外と深く関わらない。

信頼関係を保つための、基本的な規律だ。


「さ、戻ろう」


「はい」


もと来た道を、二人で引き返す。


「あ、大尉」


キリュウのジャケットの背中に、リアムの小さな足跡が付いていた。


「足跡が付いてる……」


リラはほほ笑みながら手でその跡を払った。


「きみも、肩に」


キリュウは指先で自分の肩を指す。


リラは首を横に振って自分の肩を見る。


「どこ?」


「…………」


キリュウはリラの肩に触れようとして、背中の様子に気づき、笑った。


「ていうか、背中、足跡どころじゃない」


「えぇ?」


「芝生が……あっち向いて」


リラはキリュウに背を向けた。


背中についた芝生を払うキリュウ。


「……〝大尉〟はもういい」


「え?」


「カイでいい。みんなそう呼ぶ」


リラは小さくうなずいた。


「……カイ」


「なに?」


「ううん、呼んでみただけ」


キリュウの表情が、ふっとやわらいだ。


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