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09. 適合しないふたり



【テラ軍 医療棟】




AKF会議でのG-アリゲーター・デバイス埋植案を受け、リラはメンバーたちと拒絶反応のテストを行うことになった。


「オレは男に血を取られるのはイヤだ」


謎の主張をしながらメイヴにくっつくグオ。


「何言ってんのよ、ここは軍の医療施設よ。あんたが想像してるようなアナログな方法で採血なんかしないわよ」


メイヴはそう言いながら、ホッチキスのような形の器具を取り出し、グオに向けた。


「ほらここに指を入れるだけよ」


「痛くないだろうな」


「痛くないって」


おそるおそる指を入れるグオ。


パチンと器具が一瞬指を挟む。


「ひっ!」


その様子を見てキリュウは笑い、リラに説明する。


「紛争地の設備がないところで、昔ながらの採血をして倒れたことがあるんだ」


「グオが?」


「あぁもう、それを言うなよな」 


ライフルを握らせれば誰よりも頼りになるのに。


リラは思わず笑った。


「きみも座って。手を出して」


ルークが近くの椅子を引く。


リラは言われるまま腰を下ろした。


向かいに座ったルークが左手を取る。


「ちょっとパチンとするよ」


子どもに言い聞かせるような声だった。


パチン。


ほんの一瞬、指先に触れた感覚だけが残る。


「終わり」


グオが目を見開く。


「なんでリラにそんな丁寧で優しいんだよ」


「オレは丁寧で優しい医者だ」


「ホントかよ」


ルークはグオとしゃべりながら手際よく次の準備に移る。

自分の指を挟み、すぐにキリュウを手招きした。


「カイ」


「俺は立ったままだろ」


そう言いながら差し出された指を、迷いなく挟む。


「はい、終わり」


キリュウはグオと顔を見合わせた。


「丁寧で優しい」


「な」


グオは肩をすくめた。


そこへニコライが隣室から顔を出す。


「検体を持って来てくれ」


「了解」


ルークはケースを持って隣の検査室へ向かった。


検査室ではニコライとメイヴが流れ作業で検査を進める。


「まずはリラからね……」


チップが装置に入れられると、パネルが点滅した。


〝Rejection〟


「あ、やっぱり。リラは拒絶反応が出る」


リラは思わずルークを見上げる。

ルークも視線を合わせた。


──先に検査しておいて良かった。


「次」


ニコライが次のチップをメイヴに渡す。


「グオは……大丈夫ね」


〝Tolerance〟が点灯する。


「次」 


次々と検査が進み、最後にルークのチップが入れられた。


「あら?」


再び点滅する表示。


〝Rejection〟


「ルークも……?」


ルークはパネルを見て固まる。


「どういうことだ?」


キリュウの低い声。


ルークは短く息を吐いた。


「心配しなくてもいい。カルザ族にリンクを張られていたわけじゃない」


「じゃ、なんでだよ」


グオの言葉にルークは少し間をおいてから話し始めた。


「……おそらく、父親のせいだ」


「父親?」


全員の視線が集まるなか、ルークは一瞬グオを見た。


「さっき話してた医師に勧められて、遺伝子検査を受けた」


「あぁ、あの元カノ?」


「元カノじゃない」


「まぁいいや、それで?」


「結果、オレの遺伝子は、軍のデータに一致する型がなかった」


一瞬、意味がわからなかった。


「……どういうこと?」


「どの種族にも分類できないってことだ」


場の空気が張りつめる。


「瞳の色の変化もあるし、精密検査を勧められたが……今は受けていない」


──あのときの、あの表情。


リラのなかで、ルークとあの医師の姿がよみがえる。


「そのデータ、ちゃんと確認したの?」


メイヴが腕を組む。


「いや、立ち話で済ませた」


「あやしいわね……」


メイヴの態度にニコライが聞く。


「なんだよ」


「だってジアン・パク中尉でしょ? ルークの気を惹きたいだけかも」


その言葉にリラの胸がざわつく。


横領の話が真実ではなかったように、パク中尉が貢いでいたなんて話も本当かはわからない。


「オレもそう思う」


グオが乗ってきた。


ルークは横目でグオを見て短く息を吐いた。


「だから断った」


「やっぱ元カノじゃん」


「違う」


あの美人医師との関係が、妙に気になる。


だがキリュウが話をさえぎった。


「健康状態に問題はないんだな?」


「もちろんない」


ルークの即答にキリュウはうなずいた。


「任務に支障がなければ、プライベートなことだ。特にこちらからどうこう言うことはない」


ルークもキリュウの言葉にうなずいた。


するとグオが、ルークの肩にポンと手を置く。


「なんだよ」


「オレは、たとえおまえがテラ族とG-アリゲーターのハーフだとしても、見捨てたりしないぞ」


ルークは鼻で笑った。




【アラン・ロベール少佐の執務室】




黒く重厚なドアの前で、キリュウはインターホンを鳴らした。


「ロベール少佐、キリュウです」


『キリュウか、入れ』


執務室のロックが外れる音がし、中から秘書がドアを開けた。


「キリュウ大尉、どうぞ」


軽く会釈し、部屋に入る。


「待っていた、まぁ座れ」


ロベールはデスクからこちらへ出て来ると、応接用のソファに座った。


「失礼します」


キリュウはその向かい側に座る。


ロベールはAKFトップだが、常に行動を共にするわけではない。

そのため定期的な報告が必要だ。


「G-アリゲーター・デバイスの状況はどうだ」


「第一戦闘部隊のなかで血液検査に問題がなかった者から順次埋植を進めていきます」


「まずはチームAKFからだな」


「はい、拒絶反応を示したリラ・ミタライとルーク・ウォン以外はデバイスの準備が整い次第埋植を」


ロベールはうなずいた。


「リラ・ミタライの様子はどうだ」


「帰還直後は憔悴しょうすいした様子でしたが、神経リンク切除術の後は落ち着いて任務に当たっています」


チームAKFはもともとリラと親しいメンバーをそろえてある。

落ち着いているのはその人選も良かったからだろう。


「ルーク・ウォンは?」


「ヤツはいつもどおりマイペースで飄々《ひょうひょう》としていますが……」


そこまで言うとロベールは少し笑う。


「今回も、こちらが望む仕事はしてくれるかと」


「そうか……それならいいんだが、彼も血液検査で拒絶反応を起こしたのが気になる」


あのあと、ニコライもルークのことを〝まるで最初から別の強力なノイズで守られているようだ〟と言っていた。


「私もそれは気になっています。ルーク・ウォンの遺伝子検査を担当した医療部隊のジアン・パク中尉に、詳しい報告書を提出するよう指示しました」


「そうか、その報告書があがってきたらまた教えてくれ」


「了解しました」


手短に報告を済ませるとキリュウはロベールの執務室を後にした。




「20時か……」


今日の任務はこれで終了だ。


宿舎へ戻る途中、AKFのメンバーが話題にしていた新しいオープンカフェの横を通りかかった。


〝軍の施設とは思えないほどオシャレなのよ。今日終わったら行ってみない?〟


メイヴがリラにそんな話をしていたことを思い出した。


不意にリラ・ミタライの笑顔が思い浮かぶ。


志願してカルザ帝国軍のスパイになり、最高司令官ゼノンの愛人になりすました女性軍人とは、いったいどんな屈強な人物かと思っていた。


だが素の彼女は線が細く華奢な体型で、ナチュラルな魅力のある普通の女性だった。


ライフルが苦手で、扱いに四苦八苦している姿を思い出すと、笑みがこぼれる。


彼女を想いながら歩いていると、オープンカフェの一画にその姿があった。


──ルークと一緒だ。


二人で食事をしながら、楽しげに何か話している。


メイヴと一緒じゃなかったのか。


……退勤後だ。


カイは声はかけずにそのまま通り過ぎた。


リラがルークに心を許しているのは、見ていればすぐにわかった。

それが彼女のメンタルを支えているのならチームにとってはプラスではある。


そしてルークもまた、何か特別な目で彼女を見ている気がする。

この期に及んでヤツが女性軍人に手を出すことは考えにくいが……


なぜか、気になる。


──いや、違う。


自分は任務に責任を持つ立場だ。

メンバー同士が円滑に動けるよう気にかけているだけ。

それ以上の理由などない。




【フードコート カフェダイニング】




「美味しかった」


「ああ、美味しかったな」


退勤後、リラはルークと食事をした。


オープンテラスの風が心地いい。


「メイヴ、大丈夫かな」


「大丈夫だろ。本人、看護師なんだから」


メイヴと来るつもりで予約しておいたのだが、彼女は直前になり腹痛でリタイヤ。

代わりにルークにつきあってもらった。


「ふだん、食事はどうしてるの?」


たわいない日常の話題をふる。


「仕事がたて込んでる時はL2-D2に用意してもらうけど、今みたいに軍の委託を受けてる時は、ほぼほぼ決まった時間に退勤できるから、自分で作ったり」


「へぇ」


……料理、するんだ。


またひとつ、彼の意外な素顔を知る。


「きみは?」


「うーん、その日の気分次第。フードコートで済ませるか、適当に作るか」


「Zeroniaにいたときは?」


「んー……」


惑星Zeroniaでの日々が頭のなかにうかぶ。

もう遠い昔のことのように。


「ああ……ごめん、思い出したくなければいいんだけど」


ルークは気を遣ったのかそう言い直した。


「あ、ううん、ぜんぜん大丈夫なんだけど……軍に帰還してまだ二週間なのに、なんだかもう遠い昔のことみたいで、考えちゃった」


するとルークは上目づかいにリラを見る。


「オレが、忘れるように脳をいじったから」


「えぇっ? そんなことまでしたの?」


ルークはリラの反応を楽しむように笑った。


「じょうだん」


「もう何よ、信じるじゃない」


口をとがらせると、彼はやわらかくほほ笑み返した。


その目をまっすぐに見れず、視線をはずす。


「……あ、えっと……食事?」


逃げるように話題を戻す。


スパイとして潜り込んでいた日々。

気の抜けない環境ではあったけれど──ゼノンの愛人になってからは、生活だけ見れば不自由はなかった。


「食事のことだけでいうと、ゼノンの愛人になってからは毎日用意してもらってたから……今の方が手間かも」


リラはうつむき、自嘲じちょうぎみに笑った。


ルークは少し真顔になった。


「……愛人になるのって、告白されるの?〝つきあってください〟みたいな」


「ああ……そうね。〝そなたは私と寝食を共にるのだ〟って言われたかな。この人、私に気があるなっていうのは、その時点でもうわかってたし、そういうことだなって、すぐに察した」


その日の夜だ。

あの〝X〟のタトゥーを入れられたのは。


「モテる女はすごいね」


「あなたには負ける」


ルークはわずかに口の端を上げた。


リラは、ひそかに気になっていた医療部隊のジアン・パクとの関係を聞いてみることにした。


「ジアン・パク中尉とはホントに何もなかったの?」


ルークは少し視線を上げて考えるようなそぶりをする。


「何もなくは、ないけど……」


……やっぱり、何もなかったわけじゃない。


「まぁ、仕事の延長みたいなもんだ。それ以上は何もない」


けむにまかれたようだった。


「さ、そろそろ行こうか」


ルークは話を切り上げるようにそう言い、立ち上がった。


「そうね」


そしてさりげなく、テーブルの隅にある会計のための指紋認証のパネルに触れた。


「あ、私も……」


「いいよ」


一拍おいて、ルークは言った。


「思わぬデートで嬉しかったから」


……サラッとそういうセリフを言う。


きっと、誰にでもこうなんだろう。

あの甘い顔と距離感で──ジアン・パクだって、心を許したに違いない。


乗せられるわけにはいかない。


そう言い聞かせる。


「20時過ぎか……」


ルークは歩きながら腕時計に視線を落とす。

アンティークなデザインが妙に似合っていた。


「道場の裏の広場は変わってない?」


「道場裏? 特に変わってないと思うけど」


道場の裏には何もないはずだ。


「じゃ寄ってから帰ろう。ここから近い」


「何するの?」


そこは軍の敷地の外れで海との境界が近く、途中からは斜面になっている芝生の広場だ。


「この軍の中で、いちばん星がよく見える」


「星?」


意外な答えに目を丸くする。


「軍にいたころは、あそこの茂みにホロ天体望遠鏡を隠しててさ。天気のいい夜、こっそり引っ張り出しては星を見てた」


「ホロ天体望遠鏡かぁ……」


なつかしい響きだった。


「私も、子どものころ家でよく見てた。季節ごとに違う流星群を眺めて……実際にあの中に入ったらどんな景色なんだろう、って想像して。それが、軍に入ろうと思ったきっかけ」


「へぇ、オレも子どものころからよく家で見てた。……あ、じゃあ……」


少し笑い、リラを見る。


「また隠しとくから、都合のいいとき、一緒に見よう」


道場裏の広場。

そこから見える星空が、頭の中に広がる。


「うん」


何も考えず、素直にうなずいた。


ルークはリラを見つめる。

わずかに目を細め、そのまま何も言わずに微笑んだ。


ほんの一瞬、息がつまる。


ダメだ、この人のペースに引き込まれないよう、冷静にならなきゃ。


それでも、目をそらすのが少しだけ遅れた。

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