10. 星脈の継承者
【テラ軍本部 連絡通路】
リラ・ミタライが惑星Zeroniaから帰還して、三週間が経とうとしていた。
今のところまだカルザ帝国軍はめだった動きを見せていない。
「キリュウ大尉」
三日ぶりにAKFの対策室に向かう途中、見なれない二等兵に声をかけられた。
振り返ったキリュウに敬礼する。
「第三戦闘部隊二等兵カサキであります!」
キリュウは敬礼を返した。
第三戦闘部隊は、軍用犬部隊だ。
「どうした」
「実は、クドウ一等兵が昨日から行方不明になっておりまして……」
「なんだって?」
キリュウは眉をひそめた。
「それはどういうことだ」
「はっ。昨日、定刻に出勤せず、宿舎の部屋へ様子を見に行くと姿がありませんで……実家やそのほか、思い当たる友人知人も当たりましたが、行方がわかりません」
「まさか……何か事件にでも巻き込まれたんじゃ……」
「その可能性もあるので、警察に届けを出したところです。キリュウ大尉、何かご存知ありませんか?」
キリュウはため息をついた。
クドウとは、軍用犬のリアムをとおしてのつきあいがあるだけで、プライベートなことは何も知らない。
「いや、わからない」
「そうですか……」
二等兵は肩を落とした。
「リアムは頭がいいから、クドウ一等兵以外の言うことは聞きません。昨日はまだ良かったんですが、今朝は食事に見向きもせず……」
リアムの頑固な様子が目にうかぶ。
……困ったヤツだな。
「今、ちょっとリアムのところに行こう」
「え……っ、いいんですか?」
「食事をとらせるぐらいの時間ならある」
「助かります」
キリュウはホロセルでニコライに遅れる旨のメッセージを送った。
クドウはいったいどうしたのか。
真面目な性格で、無断欠勤など考えられない。
ドッグランの隅──リアムは、機嫌を損ねたとき、決まって動かなくなる場所に伏せていた。
キリュウが来たことに気がつくと、すっくと立ち上がる。
寂しかったのか、キュゥンと甘えるような鳴き声を上げた。
「リアム、腹へってないのか。ん?」
しゃがんでしばらく撫でてやると、落ち着きを取り戻してきたように見えた。
「さ、ごはんだ、行くぞ」
犬舎に連れて行き、用意されたリアム専用のフードボウルの前まで行くと、ためらわずに食べ始めた。
「良かった……」
その姿を見た二等兵は安堵の声を漏らした。
「夕方の食事は何時だ」
「17時です」
その時間は外部と会合の予定だ。
「もしそのとき、どうしても食べないなら、第一戦闘部隊のリラ・ミタライ中尉に連絡してくれ」
「リラ……ミタライ中尉、ですか」
「リアムが一目でなついた女性だ」
二等兵は目を丸くする。
「そんな人いるんですか」
「彼女には事情を説明しておく」
「了解しました」
キリュウはリアムが食べ終わるのを見届けると、対策室へ向かった。
……クドウが何事もなく戻ればいいが。
【AKF対策室】
「クドウ一等兵が行方不明ですって?」
対策室に入るなり、リラが声をかけてきた。
「ああ、らしい」
「リアム、ごはん食べた?」
「食べた。そのことなんだが──」
キリュウは席に向かいながら言う。
「もし夕食も食べないようなら、きみに行ってほしい。17時だ」
「もちろん」
「すまない。その時間、外部との会合がある」
キリュウは自席につき、すぐに視線を上げた。
「始めよう。ニコライ、G-デバイスの埋植状況を」
「問題なく進んでいる。新たな拒絶反応も確認されていない」
ニコライの報告に、キリュウは小さくうなずく。
G-アリゲーターの特性を応用した位相ノイズ発生デバイス──通称G-デバイス。
導入は順調だ。
だが──
ルークの件は別だ。
染色体十一番の末端。
通常存在しない領域に、未知の配列を確認。
ジアン・パクの報告書には、そう示されていた。
詳細は不明。
だが、偶然で済む話ではない。
キリュウは視線を上げる。
ルークは、いつもどおりの落ち着いた顔で座っている。
何も変わらないように見えた。
「グオ」
思考を切り替える。
「アストラの力の痕跡について何かわかったか」
グオはため息をついた。
「都市伝説レベルの話しか上がってこない」
「なんだ、言ってみろ」
何もないよりマシだ。
「ダリス族の、自称〝王の僕〟っていうジィさん見つけてさ……」
バカにしたような口調でルークが聞き返す。
「王の僕?」
グオは立ち上がり、大げさに両手を広げた。
「われらのアルセリオンさま、あなたが遺した偉大な民は──」
「もういい」
キリュウがさえぎる。
静まり返る室内。
グオは肩を落として座り直した。
「以上です」
一斉に息が抜ける。
「それは都市伝説にもなってないわね」
「どこで見つけてきた」
メイヴとニコライが呆れたように言う。
「外来宇宙船ポート。警官に職務質問されてたんだ。〝ワシはアストラの王の僕じゃぞ〟とか騒いでて。だから話きいてみたんだ」
場の空気がさらに冷える。
そのなかで、ルークだけが口を開いた。
「続きは?」
「え?」
「さっきの続き。偉大な民は──?」
グオはふたたび立とうとする。
「いや立たなくてもいい」
「もうじき目醒めのときを迎える──とかなんとか」
ルークはその言葉を神妙な顔で聞いていた。
「……ダリス族は古くからアストラ族と関係があった。そういう言い伝えがあっても不思議じゃない」
そこでいったん呼吸をおき、一言つけくわえる。
「まぁ、都市伝説だろうけど」
ふたたび沈黙するメンバー。
「一応、ダリス族の患者のところに行くついでに訊いてみる。そんな都市伝説があるのかどうか」
「さすが」
グオが隣のルークを指さす。
ルークはグオのその手をうっとうしそうに手で払った。
「ルーク」
ルークはキリュウに呼ばれて顔を上げる。
「機関システムはどうだ」
「G-デバイスの理論を応用して、新型艦タナーに搭載する計画を進めている。ハッキング対策も並行してる」
医師でありながら、工学領域にも関わる男。
その適応力は、評価せざるを得ない。
だが──
未知の遺伝配列は何を示しているのか。
それだけが、キリュウには引っかかっていた。
「ミタライ」
「はい」
「シミュレーションはクリアできたのか」
彼女は、動きを止める。
「中級コースには進めたけど……」
「クリアできるよう努力しろ。その後はAI戦闘ロボットの扱いもマスターしなければならない」
「……了解」
納得できないような顔をする。
「グオに合気道の相手もしてもらえ」
「……了解です」
リラはそう答え、グオの顔を見た。
「今夜、特訓」
グオはそう返した。
彼女に期待しているのは戦闘能力ではない。
その身を守ることだ。
「以上だ」
キリュウは会議を締めた。
メンバーが部屋を後にするなか、ルークがリラを呼び止める。
「リラ」
「なに?」
「これを」
差し出されたのは、細いシルバーのブレスレット。
「神経リンク対策用の位相ノイズ金属だ。オレたちはデバイスを埋め込めないから、その代わり」
リラは手を差し出す。
ルークが手首に装着する。
「キレイ……」
窓の光にかざす。
「きみに似合うように作った」
一瞬、リラの動きが止まる。
そして視線を下げ、自分の手首を見つめた。
ドアの向こうからグオの声。
「っかー! なんでそういうセリフがすぐ出てくるんだよ」
ルークはグオを一瞥する。
「語彙力だ」
「なにが語彙力だよ。ヤラシイだけだ」
リラは二人のやりとりをちらりと見た。
そのあと、はにかみながら指先でシルバーのチェーンをなぞる。
ルークの手首にも、同じブレスレットが光っていた。
【カルザ帝国軍基地 司令部】
「ゼノン様、報告にあがりました」
大執行官カーディスは、いつものように黒いマントを翻してゼノンの前にひざまずく。
「遅いぞ、作戦はどうなっている」
「はっ、申し訳ありません」
バイオドローンの持ち込みには想像以上に手間取り、神経リンクの構築状況もまだわかっていない。
「強い反応を示す者が数名でております」
「数名だと? たった数名?」
「ダリス族の報告によると、テラ軍は我々の神経リンクを無効にする極小装置を開発し、多くの者が体内に埋め込んだとのことで……」
ゼノンは舌打ちした。
グズグズしている間に対策を取られた。
……だからテラ族は侮れないのだ。
「しかし、リンクを張れたある一人の男は、戦闘対策チームのリーダーと交友関係にあり、今はこの男がどこまで操れるかテスト段階です」
そのとき、部屋のドアにノックがあった。
「カーディス様、ダリス族より続報が……」
カーディスの部下だ。
「なんだ」
部下がカーディスのもとへ歩み寄り、耳打ちする。
小声ではあるが、それが何かただならぬ報告を受けているように見えた。
「よし、NPリンクを繋げ」
「はっ」
カーディスは緊迫した様子で部下にそう指示するとゼノンの前に戻って来た。
「ゼノン様、リンクが張れた人間に軍医の女がおり、我々の呼びかけに応じて驚くべき情報を流してきました」
「驚くべき?」
ゼノンが聞き返すとカーディスは勝ち誇ったように笑った。
「アストラ族の遺伝子を持つ男の存在です」
「──なんだと?」
まさかとは思っていたが……
「まず、その男の遺伝情報をご覧ください」
ホログラムでその情報が表示される。
「テラ族の染色体十一番末端……通常なら存在しない領域に追加の遺伝子コードが認められます」
青白く光る、テラ族の遺伝子配列。
その一画に、点滅している部分があった。
「これは……」
カーディスがわずかに声を低くする。
「配列の構造が異なります。前半はテラ族のものですが、この領域だけは──別種の遺伝子が接続されている」
その部分が拡大され、文字が表示される。
〝Stellar Phase Control Locus〟
「ま、まさか……」
ゼノンは驚愕した。
「さようでございます、ゼノン様……星脈位相制御領域。テラ族の遺伝子構造に、アストラ王族の配列が組み込まれている」
一拍、間を置く。
「すなわち、アストラ王族とテラ族の間に生まれております」
アストラ王族と、テラ族の間に……?
「そんなバカな……」
アストラ族の王アルセリオンの妻や娘、血族の全滅は確認されている。
その最期に、アルセリオンはみずから惑星Eliosを消滅させたのだ。
二十八年前のことだ……
カーディスは手のひらを上に向け、NPリンクで発せられる3Dホログラムを投影した。
「この男です」
現れる男の姿。
〝ルーク・ウォン(28)元テラ軍医師〟
その顔を見てゼノンは震えた。
「アルセリオン……」
カーディスは、そうつぶやくゼノンにうなずいた。
「目が、王アルセリオンに似ています」
外側のシルバーから内側にかけてチャコールグレーに沈む二重の虹彩。
婚外子がいたということか。
「この男のくわしい調査を」
「はっ」
「それから……」
「ノヴァ様でございますか」
カーディスはゼノンが言わんとしていることを先に言う。
「調査の結果、〝アリア・カトウはZeroniaでのスパイ任務中に行方不明になった〟とされているようです」
──そんなはずはない。
ノヴァは生きている。
生きて、軍に戻っているはずだ。
「その女医に、ノヴァの生体データを送りスキャンさせろ」
「はっ」
そのとき、いつものように部屋のデイベッドでくつろいでいたエリュシアが口を出す。
「アストラの力の痕跡の正体がわかったんだから、ノヴァのことなんてどうでもいいんじゃ?」
ゼノンはエリュシアには何も答えず、カーディスに言った。
「もう良い、下がれ。何かあればすぐに報告を」
「はっ、引き続きテラ主要自治区にバイオドローンの解放を進めてまいります」
状況は大きく前進した。
アル=ラーグスは、ノヴァを追えばおのずと星脈は姿を現すと言った。
ノヴァは、星脈に呼び寄せられた、と。
ならばその逆もあり得るはず。
星脈の遺伝子を持つ男を追えば、おのずとノヴァは現れる。
ゼノンの口元が、わずかに上がった。
──逃すものか。




