05. アンチ・カルザ・フォース
〜翌週〜
【テラ第1自治区 テラ軍本部】
復帰初日。
リラは、宿舎の自室で久しぶりに軍服に袖を通した。
鏡に映る自分の顔にはまだ違和感しかない。
口角を上げて笑ってみる。
笑い方が変じゃないかな……
今日は、対カルザ族対策チームの初顔合わせだ。
みんな知っているメンバーだが、どういう反応をされるか気になる。
一年前、すべてを断ち切ってZeroniaに潜入した。
そして戻ってきた。
顔も、名前も変えて。
──受け入れられるのだろうか。
リラは息を整え、ドアに手をかけた。
指先に力を込める。
ドアが開き、対策室の視線が一斉にこちらへ向いた。
最初に目に入ったのは、キリュウだった。
同期のメイヴ・オコナーと後輩のグオ・チェンは、明らかにリラを〝誰?〟という顔で見た。
ニコライは一番奥からリラに笑いかけ、かるく手を上げる。
大きく息を吸い、新しい声で発する第一声。
「お疲れ様です、帰還いたしました」
敬礼。
揃って眉をひそめる三人に、ニコライが笑って言った。
「彼女がリラ・ミタライだよ」
同時に三人が声をあげる。
「えぇっ!?」
「ってことは、アリアなの……?」
メイヴが立ち上がり、リラにかけ寄る。
「……そうよ、メイヴ……」
彼女は、親友だった。
一年前、彼女の反対を押し切って、潜入作戦に身を投じた。
「信じられない……」
メイヴは涙ぐんだ。
「……ただいま」
「アリア!」
リラはメイヴと抱き合った。
「おぉ、抱きしめたらアリアだわやっぱ」
「なんでそれでわかるんだよ」
笑いながら後ろからグオがやって来た。
「匂いと肌」
「変態か」
メイヴと離れると、リラはグオとハグを交わした。
「グオも久しぶり」
「生きてて良かったよ」
あいかわらず、後輩とは思えない生意気な言い方が彼らしい。
「あなた、また大きくなったんじゃない?」
筋肉質な身体は以前より大きく感じた。
「セクハラですよ先輩」
「なにがセクハラよ」
変わらない態度で接してくれた二人に笑顔がこぼれる。
肩に入っていた力が少しぬけた。
席に着くと、隣のキリュウと顔を見合わせる。
Zeronia脱出後は会っておらず、おたがい何を話していいのかわからない。
「私……」
「髪……」
同時に口を開き、止まる。
「……先どうぞ」
「いや、そっちが」
メイヴが吹き出した。
「やぁだ、初デートみたい」
「初デート?」
「誰がだ……」
また同時に声に出し、止まる。
キリュウはリラの方は向かず、まっすぐ前を見たままぶっきらぼうにつぶやいた。
「ああ……髪、似合う、って言いかけた」
……顔、怖いんだけど。
「あ、あぁ、そうですか? なんだかまだ自分の顔に慣れなくて……」
リラはショートカットの髪を指先でつまんだ。
そうしながらメンバーが座る席を見てふと気がつく。
「あら……?」
──ルーク・ウォンがいない。
「ルークは?」
リラが訊くとキリュウが答えた。
「別件を済ませてくるからちょっと遅れると連絡があった」
「あいつ、なんだよ初日から……どうせ女なんじゃないの?」
え……
「グオ、そういう言い方はやめろ、チームメンバーだ。信頼して雇ってる」
キリュウがグオの言い方に釘を刺した。
「先に始めよう」
そう言って席を立ち、中央の席に進んで、3Dホロプロジェクターを起動した。
「まず今回の我々のチーム名だ」
〝Anti-K Force〟という文字が飛び出すように浮かぶ。
「|Anti-K Force略して〝AKF〟」
AKFか……
「メンバーはみんな知っている仲だと思うので自己紹介は割愛するが……」
キリュウは中央の席からリラを見た。
「公式にはアリア・カトウは、惑星Zeroniaでの任務に就いて以降、行方不明ということになっている。カルザ帝国軍から彼女の身を守るため、かならず、リラ・ミタライと呼ぶこと」
「了解!」
次に、一隻の大型宇宙艦の映像が映し出される。
「──三年前、オリオン宇宙域で、我々テラ族の外交団を乗せた新型宇宙艦が攻撃を受けた」
リラの胸がズキンと痛む。
あの艦には、養父母が乗っていた。
血のつながりはなくとも、彼女にとっては本当の家族だった。
「攻撃を仕掛けてきたカルザ帝国軍は、乗員の一部を捕虜に取り、新型宇宙艦の技術を提供するよう要求。こちらが拒否したところ、捕虜を殺害」
それはリラが、全てを捨ててカルザ帝国軍に潜入した動機だった。
「我々テラ軍は報復として、カルザ帝国の大型輸送艦を撃墜。以降一年間、侵攻してくるカルザ帝国軍を阻止するため、オリオン宇宙域での戦闘が続いた」
その激戦で死傷したテラ族は九千万人に上った。
多くの仲間が漆黒の宇宙空間に散った。
「我々もカルザ族も大きな痛手を負い、休戦。だが敵はいつまた仕掛けてくるかわからない。それを探り、最高司令官ゼノンの凶行を止めるべく、ミタライはカルザ帝国軍に潜入していた」
再会の喜びから一転、重苦しい空気が対策室をつつむ。
その時だった。
張り詰めた空気を、断ち切るようにドアが開いた。
「遅れて申し訳ない」
ルーク・ウォンだった。
さすがに昨日のような格好ではない。
軍服を着て、目立つアクセサリーも見えなかった。
「空いている席にすわってくれ」
キリュウの言葉にルークはリラの隣の席に着いた。
そしてリラを見る。
「体調は?」
その声も表情も穏やかで優しい。
リラはすぐに答えた。
「いいわ」
そこでグオが、ルークの遅刻理由を勘ぐるように口を出した。
「女?」
空気が、一瞬止まる。
ルークは平然と答えた。
「女だ」
「え?」
目を見開き声を出すリラ。
「おまえ、ふざけんなよ」
身を乗り出すグオにルークは表情を変えず淡々と答えた。
「確かに〝女〟に呼ばれてた」
いきなり女に呼ばれてたって……
唖然とするメンバーを前に、ルークは一言つけくわえた。
「機関システムの隊長」
機関システム部隊長──この基地では数少ない女性幹部だ。
……なんだ、そういうこと。
リラは短く息をついた。
「機関システムの隊長に?」
キリュウが聞き返す。
「ミタライに行ったカルザ族の神経リンク切除術を応用して、神経リンクを張られないよう防御する方法はないかっていう相談だった」
ルークの言葉にグオが横目で聞き返す。
「あるの?」
「まぁ、ないことはない……やってみないとわからない。このあと機関システム部隊で検証する」
「医療部隊じゃなくて?」
「手術の方法をメカに応用する」
ここで黙って聞いていたニコライも口を開く。
「どういう理論で?」
ルークは顔をニコライの方に向けた。
「リンクの周波数を読んで逆位相を流す」
「……それだけで?」
「それだけじゃないが、簡単に言えばそういうことだ」
ルークの説明に、グオの顔は完全に〝?〟になっていたが、ニコライは納得したようにうなずいた。
「なるほどな。相手が人間の脳神経から人工神経回路に変わるだけ、ってことか。機関システム部隊は、神経リンクを弾く宇宙船開発に取り入れたいわけだ」
Y2コンソールを自身の宇宙船に取り入れるほどだ。
ルークは宇宙船のシステムにも精通しているのだろう。
「よし、メンバーが揃ったところで、ミタライの記憶データを閲覧する。各自気になることは控えておいてくれ」
「了解!」
「ミタライ」
キリュウに促されたリラはうなずいた。
「ホロONE、ミタライX737723」
3Dのホロ映像は、ノヴァの視点でゼノンの部屋を映し出す。
つい先週まで過ごしていた部屋。
あの場所が、リラの生きる場所だった。
「ここ、どこ?」
メイヴが素朴な疑問を口にする。
「カルザ帝国軍基地にあるゼノンの私室。私はほとんどここにいた」
「え……なんか、昔のEarthの高級ホテルみたいな部屋ね。庭園まであって、ゴージャス」
「ゼノンがテラ族の私に合わせたインテリアを作ったのよ」
そのこともエリュシアの怒りを買った原因のひとつだ。
『ノヴァ、戻ったぞ』
リラの視点映像は、部屋に入って来たゼノンを映しだした。
『ゼノン様』
ノヴァの高い声。
『さきほど、監視役が大きなワニを庭に連れて来て……』
ノヴァの戸惑う言葉にゼノンはゆかいそうに笑った。
『驚いたか』
「ゼノンって意外とイケメンで優しげ」
メイヴがゼノンを見ながら声を上げる。
『あれは〝G-アリゲーター〟だ』
『リンクが張れないとおっしゃってた、南部に生息するアリゲーターですか?』
ノヴァの視点はゼノンと共に広い庭に出た。
ゼノンのゴツゴツした茶褐色の手に、ノヴァの白い手が伸び、二人は手をつなぐ。
『この個体はリンクが張れたのだ』
「〝G-アリゲーター〟惑星Zeronia南部の密林に生息する大型のアリゲーター」
ニコライがG-アリゲーターの情報を読み上げる。
「体長6メートルから7メートル、体重は2トン前後」
「う~えっ、デカ!」
グオが映し出された巨大アリゲーターを目にして声を上げた。
「生息域の食物連鎖の頂点に立つ猛獣」
ニコライは手でパクッとアリゲーターの口のような仕草をグオに向けて見せた。
ホログラムのG-アリゲーターは、ドス黒い巨体を動かし、こちらに向かってくる。
「うわうわうわっ、来た!」
グオは椅子のキャスターを動かし、ルークの後ろに隠れた。
『ゼノン様……怖いわ、これ以上近づいたら……』
『大丈夫だ、見ておけ……』
ゼノンはノヴァを片腕に抱き、もう片方の腕を上げ、手の平をG-アリゲーターに向けた。
G-アリゲーターの瞳孔が黒く拡張する。
「瞳孔が全開した……」
キリュウは手であごをつまみ、興味深げにG-アリゲーターに見入る。
「カルザ族の神経リンクに操られると瞳孔が拡張するのが特徴だ」
「おまえ、なんでそんなことがわかるんだよ」
「オレは医者だ」
「ホントかよ」
ルークとグオが言い合っている横でメイヴがつぶやく。
「神経リンクを張れない、アリゲーター、か……」
そのつぶやきをニコライが拾った。
「人体に応用できるかもな」
「そうよね」
話している間にも、ホロ映像は進む。
『ほら……おとなしいだろう、私とおまえのペットだ』
ゼノンが向けた手の平に、G-アリゲーターは巨大な口の先を付ける。
『触ってみろ』
『え? 無理です』
ノヴァがそう言うと同時に、G-アリゲーターはかるく1メートル以上はありそうな口をガバッと開けた。
『きゃあっ!』
視界は揺れてゼノンの胸元を映した。
『はっはっはっ、挨拶しただけだ、おまえが気になるんだ…… ん? ノヴァ……』
ゼノンの顔がのぞきこみ、手が、ノヴァの頬に触れる。
そして、その顔が傾きながら近づいた。
映像を止めようとした、その瞬間だった。
「ホロONE、停止」
先に、ルークの声が響いた。
リラは、わずかに目を見開く。
ホロ映像が停止し、フッと消えた。
リラはうつむき、ゆっくり息を吐いた。
「今日は、彼女の記憶データはここまで」
「なんでだよ」
「ドクターストップ」
「んな医者みたいなこと言って……」
「オ・レ・は・医・者・だ」
キリュウが立ち上がり、言い合う二人に割って入る。
「今日はここまでにしよう。解散して、各自の持ち場に戻れ」
「了解。リラ、ホロセル教えてよ」
「あ、うん」
「あ、オレもオレも」
リラはホロセルをポケットから出して、メイヴとグオとリンクをつなげる。
そうしている途中、キリュウと目が合った。
だが彼は視線を外す。
「ねぇ、カイもつなげとかなきゃ」
「ああ」
メイヴに言われ、キリュウがこちらに来ると同時に、ルークとニコライは部屋を出る。
「じゃ、オレは機関システム部隊に」
「オレはオペがある」
「了解、じゃまたね」
メイヴの明るい声が響く。
出て行こうとしたニコライがハッとして立ち止まり、振り返った。
「メイヴ! 補助だろ!」
「あっ、そうだった、私もオペ入るんだったわ、じゃねアリ……じゃない、リラ」
リラはクスッと笑った。
「うん、じゃあね」
自然とこぼれた笑み。
生還した──
それを実感した。
「第一戦闘部隊は新型の戦闘AIロボットの試乗だ」
キリュウの言葉にグオは意気揚々と応える。
「あれオレ早く乗りたい」
ここ数年でテラ族の戦闘用AIロボットは躍進した。
第一戦闘部隊はもはや自分自身が前線に出ることよりも、AIを搭載した兵器をいかに運用し、有利な状況を作るかが重要だ。
リラは移動しながら気になっていたことをグオに聞いた。
「……ねぇ、ルークの女性問題ってなんだったの?」
「あぁ……あいつ軍にいたころ、オレと同期のコとつきあってて、彼女をだまして軍の金を横領させたんだ」
「えぇ……」
……思っていたより、ずっと悪い。
先週からの彼の言動は確かにかるい。
だが、医師としての腕は確かだ。
何よりリラの心に残ったのは、内腿のタトゥーを触診して、
〝怖かっただろう〟
と、いたみを共有してくれたことだった。
とても悪い人間には思えなかった。
「同時に軍のほかの女性にも金品を貢がせててさ。ま、その横領が原因で、金を全額返金することで懲戒退役になった」
グオはそこまで言い、通りかかったフードコートのカフェの方に目をやる。
「なんか飲み物でも買って行く。カイと先に行ってて。カフェラテでいい?」
「うん」
グオはフードコートの方へ行き、リラはキリュウと二人で先に進んだ。
「……ルーク・ウォンは、今グオが言っていたような人には見えませんでしたが……任務を委託するのは大丈夫なんですか?」
「本人に、この件については触れるなと言われてるが……」
キリュウは一瞬、言葉を切った。
何かを言いかけて、飲み込む。
「……あまりいい話じゃない」
リラは、キリュウの言葉の切れ方に違和感を覚えた。
なにかを隠して途中でやめたような。
「……そう、なんですね」
一応はうなずく。
……聞かない方がいいんだろうな。
リラはそれ以上追及するのをやめた。
キリュウがあえて言わなかったのなら、踏み込むべきではない。
それに──
ふと、ルークの顔がうかぶ。
悪意だけで動く人間には、思えない。
「だが、今はルークとは和解して任務を委託してる」
……そんなに簡単に、割り切れるものなんだろうか。
「悪いヤツじゃないんだが……診察が嫌なら言ってくれ」
「……はい」
「あぁそれと……」
「はい?」
「いや、その、もっとラフに話していい。ほかのメンバーと同じように。同期なんだから」
リラは彼が同期だとは思えなかった。
大尉という階級もそうだが、言葉づかいもふるまいも隙がなく、感情を表に出さない落ち着きがあった。
「……了解しました」
「硬いって」
「でも急には……っていうか、グオのなれなれしさがうらやましい」
「あいつは……別格だな」
歩きながらキリュウはふっと笑う。
その横顔を見上げ、リラもつられて笑った。




