03. NO DATA の女
ルーク・ウォンは、今日も違法ギリギリの商取引を終えて、宇宙船メビウス号に戻ってきた。
太陽系から約32光年。
惑星Dahliaの海は、
恒星の光を受けて薔薇色に染まっている。
ルークは、定期診療の子どもと3Dホログラム通信をしていた。
「よし、経過は良好だ。明日から学校だな」
『うん、友達が待ってるんだ、メッチャ楽しみ』
青い肌の種族、ダリス族の男の子トニーは、自宅のソファの上で立ち上がって跳ねる。
『ボクさぁ、ルーク先生みたいな医者になりたいんだ、カッコイイし』
「カッコイイし?」
ルークはトニーの言葉に笑った。
なぜか子どもには人気がある。
「とりあえず勉強しろ。医者はテストばっかりだぞ」
『うえぇ、テスト〜?』
跳ねるのをやめて、わかりやすく肩をガックリ落とすトニー。
『当たり前だろ、なんのために学校行ってると思ってんだい。ホラもうあっち行って寝てな』
〝肝っ玉母ちゃん〟といった風情の母親マリアが出てきた。
『先生に診てもらえるだけで安心するよ。ダンナはこのところ泊まり込みの仕事で帰って来ないしさ』
「ダンナさんって軍人でしょ? なんかあったんですか」
『あったもなにもさぁ、いよいよ、この星もカルザ族の統治下になるって話だよ』
「カルザ族の?」
カルザ族は、オリオン宇宙域で昔から幅を利かせている戦闘種族だ。
ルークがこの後テラ軍から請け負う仕事もカルザ族関連の予定だった。
『ウチらダリス族がアストラ王族に仕えてた時代は良かったよ……』
マリアはため息をつき、遠い目でそうつぶやいた。
『けどもう諦めだね。生活が保障されるならさ、しかたない』
マリアはそう言いながら生まれて間もない乳児を抱き、優しくのぞき込む。
『なぁ? おまえの平穏な幸せのためにしかたない』
28年前、オリオン宇宙域の調和を保っていたアストラ族が滅亡して以降、カルザ族は勢力を拡大させてきた。
このところ、カルザ族に植民地化される惑星は、この宇宙域で増えている。
『先生もカルザ族には気をつけな。通りかかる宇宙船にイチャモンつけてるって話だよ』
まったく困った種族だ。
ルークは短く息をついた。
「わかった」
『またダンナのいるときにでも寄っておくれ』
「ああ、ありがとう」
ルークはそこまでで3Dホログラム通信を切った。
『お疲れ様でございます、ご主人さま』
この宇宙船のAIコンシェルジュ〝L2-D2〟がシャーッとこちらに寄って来た。
いにしえのSF映画に出て来るドラム缶型アンドロイドを模して作った。
名前まで同じにしては丸パクリなので、頭文字をルークの〝L〟に差し替えた。
AIは別に音声だけでいいのだが、姿形があった方が愛着が湧いて家族のようでいい。
『次の予定はテラ軍の対カルザ族任務になっておりますが、お間違いないでしょうか?』
「ああ。めんどくさいからヤだけど、金がいいからな」
この宇宙船の借金返済のため、いたしかたない。
ルークはテラ軍を退役以降、このオリオン宇宙域を旅しながら、さまざまな種族を相手に武器、医療物資の売買、医療の提供で生計を立てていた。
なかには危険な取引もある。
そんな中でテラ軍の委託任務は比較的安全で楽だった。
ただ、自分の過去を知る人間がいるのは厄介だった。
『それでは早速、今朝ほど更新された任務内容を表示いたしますのでご確認ください』
L2-D2は両目にあたる発光部から、書類をホログラム表示した。
「読み上げてくれ」
『かしこまりました』
ルークはアイスアメリカーノを淹れたプラスチックカップを片手に、視線を窓の外の夕暮れに向ける。
恒星が地平線に近づき、空は暗い紫へと沈んで海のピンクは紅へと変わる。
『対カルザ族対策チームに所属し、医療従事並びに工学技術補助、その他カルザ帝国軍によるEarth侵攻作戦の対応全般……』
L2-D2が任務内容を読み上げる間にも、宇宙船は高度を上げて行く。
まるで星そのものが溶けて広がったようなDahliaの夕暮れはますます神秘的に見えた。
『チーム責任者はアラン・ロベール少佐』
「あー、あの真面目な人ね。多分オレのことは嫌いだろうな」
『チーム・リーダーは第一戦闘部隊のカイ・キリュウ大尉』
ルークは、懐かしいその名前に視線を夕暮れの景色から3Dホログラムに向けた。
「カイはもう大尉か……」
3Dで浮かび上がる、精悍で引き締まった顔。
『キリュウ大尉のプロフィールを読み上げましょうか?』
「いやいい」
士官学校の同級生。
今さらプロフィールなど聞かなくてもよく知っている人物だった。
同期でテラ軍に入隊し、戦闘を共にしたこともある。
文武両道でとにかく優秀を絵に描いたような男だ。
学生時代から、なぜかルークが好きになる女の子はカイのことが好きだった。
アイスアメリカーノのほのかな苦味が当時を思い起こさせる。
『チームメンバーを読み上げます。
第一戦闘部隊、リラ・ミタライ中尉、グオ・チェン少尉……』
ルークは再び視線を窓の外に向け、L2-D2の読み上げを聞き流す。
『医療部隊、医師ニコライ・ソコロフ大尉、看護師メイヴ・オコナー中尉……』
再び知っている名前を耳にして3Dホログラムを見るルーク。
ニコライ・ソコロフは同期で自分と同じ形成外科医だ。
『ニコライ医師よりメッセージがございます』
「読んでくれ」
『テラ軍に入る前に、添付の指定座標の医療施設へ来て欲しい。詳細はそこで話す』
「医療施設?」
『早速、進路をニコライ医師指定の座標に設定いたします』
ルークはアイスアメリカーノを飲み干した。
「わかった、そうしてくれ」
そして立ち上がり、空のカップを廃棄物再生シェルターに放り込んだ。
『目的地へは無料航路を航行可能でございます』
「良かった、今月は通行料使いすぎだ」
その時だった。
船内にアラートが鳴り響いた。
船体が不意に強く引き止められたように揺れ、ルークは脚を取られた。
「なんだ!?」
『トラクタービームです!』
コックピットの前面の窓から、赤色灯を光らせたパトロールの小型宇宙船が見えた。
「なんだよ……」
ルークは肩を落としてため息をついた。
『相手から通信の呼びかけが。応じますか?』
捕まえられては応じるほかない。
「応じろ」
前面の窓がモニターに変わった。
そこに映し出されたのは、虹色のパンチパーマをかけたカルザ族の男だった。
まるで頭の上に小さな銀河でも乗せているような派手な髪だ。
通称〝虹色パンチ〟
本名は誰も知らない。
『よぉ、ルークのあんちゃんじゃねぇか』
「なんだよ、またあんたか」
『相変わらずイケメンだねぇ』
ルークは苦笑した。
イカれたナリのヤツに褒められても、まるで嬉しくない。
『B地区のパトロールのネェちゃんがあんたにメロメロだって話だぜぇ』
「B地区? あぁ……」
先週、武器取引でショートカットルートを通してもらったカルザ族女性だ。
仕事が上手くいったから、お礼にひと晩つきあってやった。
『どんな秘儀があるのかご教授いただきたいねぇ、先生』
ニヤニヤしながら詮索したそうな虹色パンチ。
ルークは相手にせず話を本題に戻す。
「そんなことより、この先は無料航路だろ? なんであんたが出て来るんだ」
虹色パンチはカルザ帝国が牛耳る宇宙域の通行料金徴収をしている。
『それが有料になっちまったんだよぉ』
「えぇ!」
ルークが声を上げるとすかさずL2-D2が応える。
『この船のナビゲーションシステムによると、ここは無料航路のはずですが?』
『ナビを更新しなきゃなぁ、一昨日から有料だぜ』
「一昨日!」
カルザ族のヤツら……
ルークは小さく舌打ちした。
「Dahliaを植民地化するから、ってことか」
『そのとおりだ、だからここを通るには我々カルザ帝国に通行料金を払ってもらう』
どうやら、マリアが言っていた〝イチャモン〟とはこのことだったらしい。
『払ってもらわねぇことにはよぉ、ここを通すわけにはいかねぇぜぇ、あんちゃんよぉ』
虹色パンチは下品なチンピラみたいな笑みを浮かべた。
「おまえ、ふざけるのはその格好だけにしろ」
『ご主人さま』
L2-D2が金属のフレキシブルアームを伸ばした。
先端の洗濯バサミのようなグリップで、ルークの袖をつまむ。
『先方との約束の日時には、ここを通過しないと間に合いません』
ルークはため息をついた。
こんなところで足止めくらっているほどヒマじゃない。
「しかたない」
『さぁすがその古くさいロボットは物分かりがいいねぇ。なぁに、あんたにとっちゃたいした料金じゃないって。毎度!』
虹色パンチはそう言うと通信を一方的に切った。
『お支払いでよろしいですか?』
「よろしい」
ルークはうんざりしたように肩をすくめた。
L2-D2が決済手続きを済ませると、トラクタービームは解除された。
『それでは、まいりましょう。指定座標到着は、通常エンジンで現地時刻、明朝7時35分でございます』
ルークは時計に目をやった。
ゆっくり寝る時間はありそうだ。
「わかった、オレはもう休む。後は頼んだ」
『かしこまりました、おやすみなさいませ』
ルークはコックピットをL2-D2に任せた。
シャワーを浴びてベッドルームに入り、ソファに座る。
濃紺を基調にしたインテリアに、ブラウンのアンティークレザーのソファ。
ベッドもアンティークの木材を使って統一感を出した。
彼がこの宇宙船で一番心落ち着く場所だ。
寝る前にもう一度、ホロPCでテラ軍のチームメンバーを表示する。
ロベール少佐とカイ、ニコライ、グオは知っていたが、女性二人は知らなかった。
「メイヴ・オコナー……ああ、知ってるな」
最初に表示した看護師の顔には見覚えがあった。
医療部隊だから会ったことがあるのだろう。
スワイプしてもう一人の女性中尉、リラ・ミタライの情報を表示する。
だが、顔写真の欄には、〝NO DATA〟の文字だけが表示されていた。
「……なんだ?」
軍の人事データに空白などありえない。
ルークはもう一度、表示を更新した。
だが結果は同じだった。
〝NO DATA〟
「妙だな……」
ルークは首をかしげた。
彼が軍を辞めたのは、もとをたどれば女性のせいだった。
あれ以来テラ軍の女性とはなるべく深く関わらないよう注意している。
今回のチームでも、その点は気をつけておこうと心に誓う。
ルークはそのまま目を閉じると、いつものように眠りに引き込まれた。




