02. 新しい顔
【惑星Zeronia カルザ帝国軍基地 司令部】
「ゼノン様!」
ゼノンの私室へ、部下が駆け込んできた。
「見つかったか」
「海岸に、若いテラ族女性の遺体が」
ゼノンはフフンと鼻で笑った。
「それがノヴァとでも言う気か」
「着衣が、失踪時のノヴァ様のものでした」
「安い茶番だ」
ノヴァは、神経リンクを張っても操ることができなかった。
だからこそ価値があった。
だが──
Earthにいる。
微かだが、ゼノンはその気配を感じていた。
「しかし、その安い茶番のおかげで、ノヴァの失踪を何者かが偽装しようとしていることはわかった」
……なぜだ。
誰があの女を利用している?
失踪直前、ゼノンはEarth侵攻計画をノヴァに話した。
〝アストラの力はEarthにある〟
その直後、彼女は消えた。
アル=ラーグスはカルザ族の神。
肉体を持たない闇の集合体であり、カルザ族はその破片から生まれた種族だ。
精神の破片が物質化し、生体構造を与えられた存在。
それがカルザ族だった。
カルザ帝国軍は、アル=ラーグスの神意を受け、皇帝ラーゼル九世の命の下、いくつもの種族を侵略してきた。
この宇宙の全エネルギーをリンクで掌握し、カルザ帝国が君臨する。
そのためには、アストラ族の星脈が必要だった。
そして、その痕跡がEarthにある。
「ノヴァの追跡はもういい」
ゼノンは静かに言った。
「おまえたちは予定通り、Earth侵攻作戦に移れ。カーディスを呼べ」
「はっ」
部下が去ってほどなくして、大執行官カーディスが現れた。
身長二メートルを超す大男は見るも勇ましいゼノンの右腕だ。
額から頬にかけて流線型の黒い仮面。
両目の位置には、黒い空洞が開いている。
「ゼノン様、お呼びでしょうか」
ザラザラしたノイズのような重低音が響く。
ゼノンはひざまずいたカーディスに静かな声で告げた。
「Earth侵攻作戦を予定通り進める」
黒い空洞の両目がわずかにゼノンの方へ向く。
「かしこまりました」
「わかっているとは思うが……テラは、これまで侵略してきた種族のように、武力で屈服させられる相手ではない」
カーディスは戦闘能力に長けている。
奇襲作戦の指揮を取らせれば右に出る者はいない。
だが、テラ族相手に、それだけではEarthは落とせない。
「こちらから攻撃を仕掛けるのではない。まず自滅させる方向へ導く。その上で、必要なら攻撃を仕掛ける」
「はっ」
「最重要事項はアル=ラーグスがおおせの〝星脈〟だ」
ゼノンの瞳が冷たく光る。
「すべては、そのための侵攻だ」
「はっ」
「下がれ」
カーディスが出て行くと、広い部屋には静けさだけが残る。
そこに、いつもいたノヴァはいない。
いったい、どこへ消えたのか。
ゼノンはゆっくり息を吐いた。
自分としたことが、冷静さを欠いている。
だが──
まぁいい。
リンクを通じて呼びかければいい。
「おまえは……」
ゼノンは目を閉じた。
「私のものなのだから」
ノヴァと過ごしていたデイベッドの上で、ゆっくり意識を沈めた。
*
【惑星Earth テラ第41自治区 医療施設】
薄暗い医療室の一角。
ポッドの中で、彼女の身体は静かに作り替えられていた。
顔。
骨格。
皮膚パターン。
すべてを書き換え、既存の生体データと一致しないよう再設計する。
〝ゼノンの愛人ノヴァ〟は、すでに死んだ。
ここにいるのは──
〝アリア・カトウ〟。
そして彼女はまもなく、〝リラ・ミタライ〟になる。
暖かいポッドの中は、精神を安定させる設計のはずだった。
それでもリラは、また悪夢にうなされていた。
〈ノヴァ、脚を開け〉
それは、ゼノンと初めて夜を共にしたときだった。
ついに、愛人の座を手に入れた。
それは目標達成でもあり、同時に恐怖でもあった。
裸の彼女は、言われるままベッドの上で両脚を開いた。
〈恐れることはない〉
ゼノンは優しく微笑んだ。
〈そなたは、これで私のものとなる〉
そして。
焼印のようなものを、彼女の左太ももの内側に押し当てた。
「あぁ……っ!!」
リラは声を上げて目を覚ました。
アラートが鳴る。
医師ニコライ・ソコロフが駆け込んできた。
ポッドの透明カバーが左右に開く。
「どうした?」
リラは上半身を起こした。
「また夢を見たの……」
「ゼノンの?」
リラはうなずいた。
そしてタオルケットの下に隠れる左内腿の焼印を見る。
〝X〟
それはタトゥーのように刻まれていた。
「ニコライ、このタトゥーは消えないの?」
「検査したが、これは通常の色素じゃない」
ニコライは淡々と言った。
「皮膚じゃなく、神経層に食い込んでいる」
「……消せないの?」
「消そうとすれば、周囲の神経ごと焼き切ることになる」
リラはその刻印を見つめた。
〈おまえは、私のものだ〉
ゼノンの声が聞こえた気がした。
「それより……」
ニコライは小型のホログラフィックミラーを起動した。
「鏡を見るといい」
そこに映っていたのは、彼女の知らない女性だった。
「これが……私?」
以前の顔とはまるで違う。
切れ長の目は縦に大きくなり、目尻が下がった。
鼻も唇も柔らかい形になり、顎のラインも丸い。
ロングヘアだった髪はショートになっている。
声帯も調整され、声も変わっていた。
鏡を見つめるリラ。
その時だった。
鏡の顔が──
ゼノンに変わった。
〈おまえは誰だ〉
そして嘲笑う。
〈それで私から身を隠したつもりか〉
ゼノン……
「リラ?」
名前を呼ばれ、リラはハッとした。
鏡には、新しい自分の顔が映っているだけだった。
「今……鏡の顔が、ゼノンに見えて……」
「幻覚だな……」
眠るたび見る悪夢。
そして、今のような幻覚。
まるでゼノンに見張られているようだった。
「軍の精神科医は、単なるPTSDとは判断していない」
強い外傷体験が精神に残る症状。
だが、それだけでは説明がつかないという。
「異種族の神経リンクに詳しい外部の医師が、対カルザ族対策チームに参加する予定だ。彼に診てもらおうと思う」
「外部の医師?」
「元テラ軍人だ。軍本部に帰還する前に、その悪夢の正体を確認したい。もしゼノンの神経リンクなら……」
リラの表情が曇る。
「軍に戻るのは危険だ」
リラの位置が特定される可能性がある。
「その医師にはここに来てもらう。それまで再生を進めよう」
「わかったわ」
リラは再びポッドへ横たわった。
だが眠るのは怖い。
またゼノンが現れるかもしれない。
気を紛らわせるため、リラはモニターを操作した。
今回の対カルザ族対策チームのメンバーはよく知っている人物ばかりだ。
だがその元軍医は全く知らない。
顔写真と経歴を表示する。
ルーク・ウォン(28)
テラ第852自治区出身。
ホログラムでフワッと浮き上がるルーク・ウォンの3D顔写真。
アーモンド型の二重の目に、とおった鼻筋。
唇はまるで彫刻のように整った形をしている。
第852自治区ならアジア系のはずだが、白色人種の面影もある、エキゾチックな顔立ちだ。
柔らかな黒髪は襟足が肩につくほどの長さで、
鼻の位置あたりまでの前髪をゆるくセンターパートにしている。
耳にはいくつかのピアスが。
首元にはネックレスも見えた。
「この人……」
──軽い。
それが第一印象だった。
「本当に医師?」
経歴を見る。
士官学校医学部を22歳で卒業。
テラ軍入隊。
従軍医師。
そして。
24歳。女性問題による懲戒退役。
「えぇ……」
思わず声が出た。
「女性問題?」
大丈夫なの、この人……
リラは腕を組んだ。
いくら神経リンクの専門家とはいえ、なぜ軍はこんな要注意人物を呼ぶのか。
リラは首を傾げ、表示を閉じた。
このときはまだ──
この男が彼女の運命を大きく変えるなど、思いもよらなかった。




