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25. 宇宙の調律




〜ゼノンが提示した期限まであと七日〜


【テラ軍本部 地下 レベルS-7会議室】




ゼノンからの通信後、Earth全体は静けさを取り戻した。


……少なくとも、表向きは。


インフラも、通貨の流れも、何事もなかったかのように元に戻った。


テラ軍は、


〝リラ・ミタライとルーク・ウォンの処遇については熟慮し決定する〟


という見解を世間に公表した。


そして今日、軍としての方針が、ここで言い渡される。


キリュウはロベールと共に、レベルS-7会議室に呼び出された。


一介の大尉が、こんな会議室に身を置くのは気が重い。

特に今日の議題は。


参謀総長を含めたメンバーが集まった部屋のドアが開く。


「統合防衛評議会議長兼、テラ軍最高総司令官、入室されます」


全員、立ち上がる。


「総司令官に、敬礼」


中央に立つ総司令官に全員が敬礼した。


総司令官はこちらを見た後、席についた。


続いて全員が着席する。


「先ほど、テラ第1自治区大統領との会談を終了した」


固唾を飲んで、その言葉の続きを待つ。


「ルーク・ウォンについては、契約期間を早めて終了し、テラ軍から退いてもらう」


ルークについては、そうだろう。

それはいい。

本人もそのつもりだろうし、誰も異論はない。


「リラ・ミタライ中尉については……」


総司令官はそこで間を空け、言葉につまるような様子を一瞬見せたが、事務的に決定事項を言い渡した。


「苦渋の決断ではあるが、本人の申し入れと、Earthの和平のため、公式に軍から除名し——

民間人としてカルザ帝国軍に引き渡す準備を開始する」


それは、覚悟してはいたものの、重い言葉だった。


「またそれに伴い、チームAnti-K Forceは本日を持って解体する。いいな、ロベール少佐」


ロベールはすぐに返事をせず、何かを言いかけたがそれを吞み込んだ。


「はっ」


部下を生贄いけにえにする命令など、素直に聞けるわけがない。

だが軍人である以上、上からの命令は絶対だ。


「キリュウ大尉」


「はっ」


キリュウは総司令官に名指しされて顔を上げた。


「リラ・ミタライの様子は?」


リラは、気丈にしている。

システム侵害からの復旧に手を貸し、淡々と仕事をこなしている。


そうすることで、自分がゼノンの愛人であった罪滅ぼしをし、テラ軍人として最後に組織に尽くしているように見えた。

彼女が愛人の座に着いたのはほかでもない、軍のスパイ任務の遂行のためだったのに。


「はい、落ち着いて通常任務にあたっています」


「そうか。ならいいが……変な気を起こさないよう、期日まで、きみには見ていてほしい」


「……総司令官」


何か言おうとするキリュウに全員が注目する。


「なんだ」


「最高司令官ゼノンにリラ・ミタライを引き渡す際、彼女に対し、人道的な対応をするよう求めていただきたいです」


「むろん、それは申し伝えるところだ」


リラは、おとなしく〝ノヴァ〟を演じていれば、ゼノンは自分に危害を加えるようなことはしないと言う。


だがそれは……


愛人という、自我を犠牲にした肩書きを背負う人生を意味する。

女性として、それ以上の屈辱はあるのか。


そんな状況に追い込むことを止めることすらできない。

自分がこんなに情けないことはない。


「参謀総長、メディアを通じてこの決定の発表の準備を」


「はっ、かしこまりました」


総司令官は立ち上がった。


それを合図に会議室の全員が立ち上がり、退室する総司令官に敬礼した。




【医療棟 ルークの診察室】




ルークはその日、自分が使っていた診察室の片付けをした。


もうクビだ。


担当していた患者の状況にキリがついたら、サッサと片付け、とっとと去る。

そして、残された時間で、リラを救うべくメビウスをアップデートしなければならない。


軍に見捨てられた今、カルザ帝国軍に対して勝算などあるわけはない。

だがリラをゼノンに黙って引き渡すなど、絶対にしない。

軍の契約が終了なら、何をやってもいい。


それなら──やってやる。


黙々と片付けを進めていると、診察室のドアにノックの音がした。


「パク・ジアンです。入っても?」


意外な人物だった。


「……どうぞ」


ドアが開き、白衣姿のジアンが入って来た。


黒縁のメガネ。

髪は一つにまとめ、いつものように白衣のポケットに手を入れている。


こんな真面目を絵に描いたような彼女が、問題人物のルークに会いに来るのは意外だった。


「片付けてるの?」


「ああ、診察はもう終わった。オレはクビだ」


彼女は両手をポケットに突っ込んだまま、デスクのそばまで来ると、遠い目で窓の外を眺めた。


「……悪かったと思ってるのよ。私が、あなたの星脈を見つけてしまった……」


なんだ、そんなことか。


「きみのせいじゃない。きみは操られてただけだろ。そうじゃなきゃ、オレのDNAの精密検査なんかしなかった」 


「ううん、違うのよ。私はやりたかったのよ、結局」


彼女はルークの方に向き直った。


「あなたをもっと深く知りたかった。でも自分にはもう、そんな権利はない。あなたの関心がリラ・ミタライに向いているのが気に入らなかった。そんな心の隙を、カルザ族に利用されたんだわ」


そしてジアンは、ポケットに入れた右手を出し、ルークの方に差し出して開いた。


その手の平には、データチップがあった。


彼女はそれを、ルークのデスクに置く。


「餞別よ、研究者としての」


そしてそう言うと、スッとドアの方へ動き、診察室を出て行った。


ルークはジアンが消えたドアを見つめ、デスクに置かれたデータチップを手に取った。


「ちょっとあんた」


いきなり奥から声がしてビクッとする。


「またなに貢がせてんのよ、元カノに」


診察室の奥からこちらを覗いていたのはメイヴだった。


ルークはため息をついた。


「いつからいたんだよ」


「ずっといるわよ、仕事だもの」


診察室の奥は、医局エリアへ続いているため、医師や看護師が行き来している。


「別に貢がせてない、彼女が勝手に持って来た」


「やだやだ、あんたみたいな男っていつもそう言うのよ」


メイヴはそう言いながらルークの手元を覗き込んだ。


「データチップ? まさか最後のラブレター?」


「んなわけないだろ」


ルークはそう言いながらデータチップをデスクのホロPCに読み込ませる。


「でもホントにラブレターだったらどうしよう」


「よく言うわよ」


「おまえがそう言うからだろ」


現れたのは、ルークの遺伝子の星脈位相制御領域の解析データだった。


「やっぱりルークを詮索したかったのね、最後まで……」


メイヴはそう言いながらルークの隣に椅子を持って来て座り込み、そのデータをまじまじと見つめる。


「あら? ねぇ、これって……」


「ああ、リラの遺伝子だ」


「うーわっ、恋敵の遺伝子まで探るなんて、女医の執念コワッ」


「いや待て、これは……」


ルークはそこで、ジアンの〝餞別〟の意味が解った。



〝Astra-Terra Coupling Simulation / Phase: Singularity〟



「オレとリラの遺伝子が結合すると、どうなるかのシミュレーションだ」


「なんですって……?」


ルークとメイヴはそのデータを凝視した。


「何、二人でサボってんだ……」


ちょうど通りかかったニコライが二人の様子を見て寄ってくる。


「ニコライ見てよ。これ、リラとルークの遺伝子が合わさると、どうなるかのシミュレーション」


メイヴに手招きされ、ニコライはデスク上に投影されたホログラムのデータを前に腕を組む。


「なるほど……二人の遺伝子が結合すると、カルザ族の神経リンクを無効化する程の強力な星脈波がその重力圏に生まれる……しかも、ほかのテラ族被験者女性の遺伝子では同じ現象は現れない」


それはやはり、リラが持つアストラ族の痕跡と、染色体十一番末端に表れた受け皿によるものだ。


「惑星Zeroniaのインフラから兵器、カルザ族の集合意識まで、全ては神経リンクで動くのよ。ヤツらから神経リンクを取ったら、ただの原始人だわ」


「〝星脈波〟はカルザ族の生体にも影響を及ぼす、とあるな……」


ニコライの言葉にルークは頷いた。


ジアンのシミュレーションでは、カルザ族の生体そのものが、星脈波に触れると拒絶反応を引き起こしている。


「おそらく、同一磁場圏内での共存は不可能だろう」


そしてデータは最後に、ジアンが入力したと思われる記述で締め括られていた。



──両者の遺伝結合体(胚)から発せられる特異位相波〝星脈波〟は、惑星磁場を媒介にして伝播・増幅される特性を持つ。


これは単なる電磁波ではなく、空間そのものの歪みを修復する「宇宙の調律」である。──



ルークは、二人と顔を見合わせた。


と同時に、リンクコムにキリュウからの着信があった。


「キリュウ」


『ルーク』


現れるキリュウの3Dホログラム。


『ニコライとメイヴもいたのか。ちょうど良かった。今S-7会議が終わって軍の結論が出た。残念だがAKFは解体だ』


沈んだキリュウの報告を、メイヴが一喝する。


「何言ってんのよカイ。そっちがS-7会議なら、こっちは〝S-100会議〟をしてたのよ」


『は?』


メイヴの言い方にルークはニコライと顔を合わせて笑う。


「解体でもなんでもいいけど、とりあえず、AKF対策室に集合よ」


『何があったんだ』


「ルークは強い〝お世継ぎ〟のためにリラを選んだのよ」


「メイヴ、声がデカイ」


ルークとリラが惹かれ合うのは、意味があることだった。


それを理解したと同時に、脳裏に、白銀の髪の王の姿が現れた。


〈ルーク……〉


王アルセリオンは、幼いルークを抱き、自分の額をルークの額に押し当てた。


〈星脈封印だ〉


ルークの体に、王の星脈が封印される。


アルセリオンは、ルークから離れると、その姿を輝かせる。


〈ルーク、時が来た〉


ルークは父アルセリオンを見上げた。


〈おまえの星脈は、きさきと共にることで解放される〉


それは、たった一人で星脈を背負い、孤独だった父アルセリオンが、ルークに残した愛情だった。


二十八年前、それを、母ルミナに託した。


「リラを……迎えに行こう」


ルークは、ニコライとメイヴにそう言った。


二人は強くうなずく。


始まる。


ゼノンとの、決戦が。




【フードコート】




軍の機関システムは今日の午前中までに完全復旧した。


これでリラの最低限のノルマは達成だ。

午後は、片付けに入ろう。


テラ軍中尉としての仕事は終わった。

悔いはない。

ゼノンのもとに戻るときを、粛々《しゅくしゅく》と待つのみだ。


リラがランチを持ってフードコートの一席に着こうとすると、周りにいた人々はスーッとリラを避けて席を移動する。


──なんて、わかりやすいんだろう。


リラは静かに、空いた席に座った。


あまり食欲はない。

でも体力を維持しなければ。

これからいちばん、精神力が必要になる。


ルークに、お別れをしなければならない。


それを思うと、涙が出た。


彼は、リラをゼノンに渡さないと言ってくれた。

でもそうすることで、彼の、アストラ族の王としての覚醒を妨げてしまう。


彼を、本当に好きだった。


「……っ」


涙が次々にあふれ、テーブルの上に落ちた。


──大丈夫。


できる。


ルークのために、頑張らなければ。


リラは自分にそう言い聞かせ、鼻をすすってからいつも飲むアイスカフェラテを飲んだ。


「美味しい……」


Earthのカフェラテをまた飲めなくなる。

たまには里帰りをさせてもらえるだろうか。


「リラ」


後ろからルークの声がした。


一瞬、ルークのことを想いすぎて空耳が聞こえたのかと思った。

けれど声の方を振り返ると、そこには確かにルークが立っていた。


白衣のルークは、残酷なほどに凛々《りり》しい。

その宿命ごと愛してしまったのだと、リラは痛いほどに自覚する。


今、話をしよう。


そう決めて手の甲で涙をぬぐい、立ち上がった。


「一人で泣くな……」


ルークはリラのすぐそばまで来ると、切なげにリラを見つめる。


「リラ、好きだ」


え……?


ルークはリラを抱きしめた。


「ちょっと……なに言って……」


別れなければならない。

そう決心したばかりなのに。


リラを遠巻きに見ていた人々がざわめく。


ルークは涙で濡れたリラの頬に触れ、ゆっくりと顔を近づけた。

そして、確かめるように唇を重ねる。


「別れないからな」


まるでリラの考えを読んだかのようにそう言った。


「これからが重要な任務だ、オレたちの」


は……?


「どういうこと……?」


「AKF対策室だ、行こう」


ルークはリラの手を引いて歩き始めた。


「え……ルーク、待って」


「詳しくは対策室で話す。みんな集まってる」


そしてリラはこのあと、思いもよらなかった作戦を聞くことになる。




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