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24. 十日の猶予




AKF対策室のドアに激しいノックの音がした。


「もう話、終わった?」


グオだ。


「ワンッ」


遊び相手の声に、リアムがドアに寄って行った。


「入れ」


キリュウの一言に勢いよくドアは開いた。


「SNS、見てみろよ。めんどくさいことになってるぞ」


「めんどくさいこと?」


リラは眉を寄せる。


ルークがホロセルを手に取り、主要なSNSを開いた。


「いったい何が……あ!」


ルークのスクロールする指が止まる。


「きみだ」


そこには、昨日のリラの様子が映しだされていた。


新型バイオドローンの蜘蛛を踏み潰しながら歩き、それを白銀の光に変えていく。


[テラ軍は司令官ゼノンの愛人をかくまっている]


「は?!」


リラはその投稿に釘づけになった。


「いくつもリラの動画が投稿されてる」


グオはテーブルにホロセルを置き、スクロールした。


リラもポケットから自分のホロセルを取ってSNSを開く。


[送り込まれた愛人]


[新型バイオドローンを意のままに操る]


[ゼノンの愛人はアストラの王族を取り込み、カルザ族に宇宙を征服させる気だ]


[テラ軍は愛人を出せ!]


[追放しろ!]


さまざまな書き込みが言葉の暴力となってリラの目に飛び込んでくる。


「これもカルザ族のしわざだ」


ルークはそう言いながら、リラのホロセルの画面を手で覆い、そのまま下に下ろさせた。


『みなさま』


L2-D2がシャーッと近寄って来る。


『惑星ニュースネットで、リラさまのことが報道されている模様です』


「ニュースネットで?!」


L2-D2は目の部分から3Dホログラムでその配信を投影した。


『〝ゼノンの愛人〟とされているのは、テラ軍第一戦闘部隊所属のリラ・ミタライ中尉、二十八歳です』


アナウンサーがリラの名前を読み上げる。


「こんな勝手な報道で、実名を出すなんておかしいわ!」


「あやつられてるんだ……」


ルークが忌々《いまいま》しげに配信映像を睨む。


『ミタライ中尉は、任務と称して惑星Zeroniaに侵入後〝ノヴァ〟と名乗り、カルザ帝国軍の最高司令官ゼノンの愛人の座に着きました。その後ゼノンの指示でEarthに帰還。我々テラ族の情報をカルザ帝国軍に流し、侵攻の手引きをしている模様です』


リラは目を見開いて声を上げた。


「ウソ!」


「こんな報道、いくらでもAIで作れる……」 


キリュウが低い声でそう言った。


そのとき、キリュウのリンクコムにロベールから着信があった。


「キリュウです」


『ニュースネットを見たか?』


「今、見たところです」


ロベールはいつもどおりの淡々とした口調で話し始めた。


『配信局に事実無根だと抗議を申し入れたところだ。至急、この対応を決める』


「了解です」


『ミタライはいるか』


リラは思わず立ち上がる。


「はい!」


『テラ軍はあんなバカな報道は真に受けない。これはカルザ帝国軍の情報操作だ。きみのことは全員が守る』


ロベールの落ち着いた声に、たかぶっていた気持ちが少し落ち着く。


「……了解しました」


通信が切れると、リラは力が抜けたように椅子に腰を下ろした。


たとえ任務だったとしても。一時期だけでも。

ゼノンの愛人であったことは事実だ。


ゼノンを愛しているのだと、自分で自分を洗脳した。

その事実は消せない。


どんなに今は、ルークのことが好きでも。


「リラ、落ち着け、すぐに対応は取られる」


キリュウの言葉に力なくうなずく。


「どいつもこいつも、リラの件以外に投稿がない」


ルークはホロセルをスクロールしながらつぶやく。


「ガセネタ流すためだけに作ったアカウントなのがバレバレじゃん」


グオも言いながら親指でスクロールを続ける。


「投稿者の位置情報は……」


ルークは投稿とEarthのMAPを重ねてホログラムで投影した。


するとMAP上のテラ軍本部の位置に集中してピンが落ちる。


その部分を拡大する。


「医療棟で動画を撮って、すぐその場で投稿してるな……」


リンクを張られた人間のしわざだ。


「この位置情報と監視カメラ映像を確認すれば、誰が投稿したのかは割り出せるだろうが……」


キリュウは腕を組んだ。


「きっと神経リンクを張られてたんだわ。だとしたら投稿した記憶はないわよね」


リラはそう答えた。


「それに……」


問題は、誰が投稿したかではない。


「これによって、世論がどう動くかが問題だわ……」


ゼノンはついに、リラに的を絞って攻撃を始めた。


もう、逃げも隠れもできない。

軍は翌日から、各SNSサイトにリラに関する投稿の削除要請を出すと共に、一連の投稿や配信はデマであると声明文を出した。


だが、リラが惑星Zeroniaに潜入し、ゼノンの愛人であったことは事実だ。

それを裏づけるような噂や憶測を拡散する一般アカウントがいくつも現れた。


[ゼノンの側近と行動していた]


[高級居住区への出入りを見た]


[カルザ帝国軍に保護されていた]


真偽不明の情報ばかりだったが、これらに削除要請を出せば、かえって世論を刺激しかねない。


難しい局面に立たされた。


『ゼノンの愛人は出て行け!!』


『出て行けー!!』


AKF対策室では、リラとキリュウとグオが集まり、軍の正面ゲート前に集まるデモ隊の監視カメラ映像を流した。


一人一人の顔を拡大し、目の様子に注目する。


「……この先頭で音頭を取っている男は瞳孔が開いてるが……あとは正常だな」


キリュウはホロ映像を拡大しながらそうつぶやいた。


カルザ帝国軍の情報操作に世論が流され始めた。


ゼノンの狙いは、これだ。


「ゼノンは〝ノヴァ〟を炙り出して奪還し、それにアストラ王族の末裔がついて来ることを狙っている」


キリュウの核心をついた言葉に、リラとグオは黙って彼の顔を見つめる。


「〝ノヴァ〟は、カルザ族にとっても、アストラ族にとっても〝Key〟なんだ」


リラはひざの上で両手を握りしめる。


「てかさ」


グオは腕を組んで黙って聞いていたが、ここで口を開いた。


「本心はどうなんだよ、リラ」


眉間にしわを寄せ、なにやら厳しい表情でリラを見る。


「本心って?」


「ゼノンの執拗な追跡に対抗するには、アストラ王族だってわかったルークを利用しようとしてるわけ?」


「は……?」


思ってもみなかったグオのセリフに唖然とする。


「ルークを利用するなんて……それじゃSNSのデマと一緒じゃない」


「グオ」


キリュウがやめろと言うようにグオを見る。


「いや別に、リラを責めてるわけじゃない。どういうつもりなのか、一友人として聞きたいだけ。それによっちゃできるアドバイスもあるじゃん」


「なによ、アドバイスって」


グオは少し間をおき、チラッとキリュウを見て続けた。


「利用するならルークじゃなくてカイにしろよ」


キリュウは飲んでいたコーヒーでむせた。


「ゴホッゲホッ、おま……っ、ゴホッ、何を言い……っ」


リラは口をポカンと開け、むせるキリュウを横目で見た。


「いや実際のところさ、ルークは何考えてるかわからないじゃん。もしかしたらその力で悪巧みしてるかもしれない。だってリラは使えるからさ」


「今度はルークが私を利用してるって言いだすの?」


「あいつならあり得るって。でもカイとつきあえばさ、テラ軍を味方に付けられる。カイは出世するよ、絶対。十人中十人がカイの方がいいって言うに決まってるよ」


「いやおまえ……」


キリュウは呆れたようにやっと声を出す。

そして息をついてリラを見た。


「リラ……」


リラに緊張が走る。


「俺はともかく、本当は、どうなんだ」


「え?」


リラは目を見開く。


「本当に、このままルークとつきあう気でいるのか」


まさかここに来て、こんなことで二人につめ寄られるとは。


「ルークが……好きだもの。利用しようだなんて、これっぽっちも思ってない。……ルークも、同じ気持ちだと思ってる」


お互いを必要として、惹かれあっている。

そう思っている。


「俺も正直、一友人として言わせてもらうと……」


キリュウはリラに体を向けて先を続けた。


「ルークはゆくゆくは、きみに大きな負担を背負わせることになる。二十八年ぶりに復活しようとしている、力を持った一族の王だ。そんな王に見初められることは、苦難でもある」


苦難。


それは、恋愛感情に動かされているなかでは思ってもみなかった言葉だった。


「きみは、ゼノンの愛人という苦難をみずから買って出た。もう、苦しい道をわざわざ選ばなくてもいい」


「カイ……」


キリュウの言葉はいつも、真摯にリラを思ってくれる言葉だった。


彼の気持ちは、伝わった。


「オレは外すわ」


グオは空気を読んだように立ち上がり、出て行こうと振り返って声を上げた。


「おわっ、L2-D2! いつからそこにいたんだよ」


見ると、L2-D2がリアムを連れてそこにいた。


『中庭が暑いので、リアムにお水を飲ませようと入って来ましたが……』


その目がキラーンと光っているように見える。


「そ……っ、そうね、リアムお水飲もう、おいで」


リラはそそくさと立ち上がり、リアム用の水のペットボトルを手に取る。


「うわっ、ヤバイ! 王のしもべにオレの魂胆を聞かれた! 粛清される!」


グオは両手で耳を覆ってそう言った。


『グオさま……粛清などととんでもない……』


「いやコワイって、その言い方!」


騒いでいると、不意に全員のリンクコムが一斉に通信の着信音を鳴らした。


「なに?」


リラたちは同時に腕に視線を落とす。


三人の視線のなか、リンクコムは3Dホログラムを投影した。


暗い影がゆらめき、それは次第に人の形になる。


リアムが低い唸り声を上げる。


なんなの……?


得体のしれない胸騒ぎは、ゼノンの姿となって目の前に現れた。


「ゼノン……!」


ゼノンはリラの姿を確認すると、獲物を見つけた捕食者のように、ゆっくりと口元を歪めた。


『久しぶりだな、ノヴァ』


その声に、リラの心臓は鷲掴みにされた。


『その姿も美しいが……』


執拗な視線でリラをねぶるように眺める。


『人の姿形は、器に過ぎない。そなたの魂まで、変わってしまったわけではあるまい』


いったい、ゼノンは何を企んでいるのか。


そのとき、L2-D2が声を上げた。


『この通信は、地上波にも同時に流れております。カルザ帝国軍の通信ジャックです』


ゼノンはさらにニッと口の端を上げた。


『さすがは、アストラの若き王のしもべ


そしてふたたび、リラを見つめる。


『ノヴァ、強情はそろそろやめにして、私のもとに戻って来ないか……』


ゼノンは、何か策を巡らせている時の、妙に穏やかな優しい口調でリラに語りかけた。


『私とてバカではない。決して、力のあるテラ軍を敵に回したい訳ではない』


ゆっくりとした語りが、不気味さを一層きわだてる。


『ただテラ軍は、私の愛するノヴァと、アストラ族の若き王をかくまっている。その状況ではこの私も黙ってはいられない』


ゼノンが突きつけようとしているものを、今この瞬間、Earth全体が見守っている。


おそらく今、そういう状況になっている。


「何が目的だ」


キリュウがいつもの冷静な口調でゼノンにそう訊いた。


『まずは、ノヴァを私に返してもらおう。その上で、アストラ族の王には、中立の立場を取ってもらわねば。今の状況では、テラ軍が復活するアストラ族を取り込もうとしているようにしか見えない』


その時、対策室のドアが勢いよく開いた。


「ゼノン!」


ルークだった。


「ルーク……!」


安堵がこみ上げ、リラは思わず彼の名を呼ぶ。


ルークはリラの隣に立った。


『これはこれは……伝説の若き王がお出ましだ……はっはっ』


ゼノンは不気味な笑い声を上げる。


『本当に、アルセリオンによく似ている……だが若き王よ。そなたの父は、そなたにそのような医者の格好をさせたかったわけではないぞ』


ゼノンはその顔から笑みを消した。


『猶予を、十日としよう』


リラは息を吞み、ルークの手を強く握る。


『十日の間は、一切の手出しはしない。その間に、私にノヴァを返し、アストラ族の王をEarthから解放してもらおう。そうすれば、もう二度と、我々カルザ族がテラ族に干渉することはない』


そしてふたたびゼノンは、静かに、勝ち誇ったような笑みを浮かべた。


『テラ軍最高総司令官、参謀総長、聞いているな? 大統領にもよろしく伝えてくれ。紳士的な対応に期待していると。それでは失礼する』


リンクコムが投影した3Dホログラムはフッと消えた。


次の瞬間、基地内の全ての電力、通信網が戻る。


芯から体が震えた。


リラは、間違いなく、ゼノンに差し出される。

このEarthを守るためには、それ以外、ない。


「リラ」


ルークがリラを抱きしめた。


「大丈夫だ、きみをゼノンに渡したりしない」


「でも……それ以外……」


自分が思うより、リラの声は震えていた。


「リラ……」


ルークはそっとリラの頬に触れ、こちらを向かせた。


「テラ軍が渡しても、オレが渡さなければいい」


目の前で揺らめく、色濃い二重虹彩。

その瞳にリラの震える心は吸い込まれる。


怖くないと言えば嘘になる。

でも今は、この瞳を、信じるしかない。




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