23. 星脈共鳴
【テラ軍 医療棟】
「例の保安部隊員の解剖は終わったの?」
リラは正面に座るメイヴにそう訊いた。
「蜘蛛の糸で直接神経リンクを張って、精神だけじゃなく肉体もカルザ族化する兵器みたいね。そうやって兵を送り込む作戦なんだわ」
窓からは夕陽が差し込む。
医療棟の休憩スペースで、今日初めての食事を摂った。
メイヴがパンをかじりながら今度はリラに訊く。
「システムはどう?」
「うん、メビウスからの動力を増幅させたから、メインシステムはなんとか復旧したわ」
「そう……おかげで医療室も安定してる……」
メイヴはそう言い、パンをもうひとかじりしながら、横を通り過ぎる女性軍人たちの視線に顔を上げる。
こちらを見て小声で顔を寄せ、何か話しながら去って行く。
メイヴはパンを置いた。
「リラ、いいの? これで」
「いいのって?」
テーブル越しにこちらに顔を近づけ、小声で言った。
「ルークのことよ」
──わかってる。
さっきの女性たちが、何を話しながら歩いていたかくらい。
ゼノンとのリンクが一時的に復活し、ルークがそれを阻止した件で、彼が通常の医療技術とは別の力を持っていることが明るみに出た。
同時に、リラとルークの仲も噂になっている。
「……ごめん、私といたら、メイヴまで変な目で見られて……」
「なに言ってんのよ」
メイヴはリラが言い終わる前に、靴のつま先で足先にチョンと触れた。
「そんなことが言いたいんじゃないわよ」
そのときだった。
「ん?」
小さな虫が飛んできた。
「蚊……?」
「ええっ、蚊?!」
リラとメイヴは慌てて立ち上がる。
「みんな、蚊がいる! 注意して!」
一気にあたりがざわめき始める。
「おい虫除けスプレー!」
「蚊はどこだ!」
「うわぁっ、蜘蛛になった!」
叫びにも似た声が医療室から響いた。
小さな蚊は空中で次々とカシャンカシャンと音を立て始める。
組み立てられるように脚を広げ、蜘蛛の姿になりながら床に落ちた。
リラはその姿を凝視した。
「保安部隊、保安部隊、ただちに医療棟Bエリアへ。新型バイオドローンが現れた」
「ライフルを装備しろ!」
途端に医療棟は戦闘モードに入った。
「こっちにもいる!」
「絶対患者の方へ行かせるな!」
「気をつけろ!」
怒号が飛び交う。
リラは周りを見回した。
──蜘蛛がいるということは、クドウがそばにいるかもしれないということだ。
どこ?
どこにいるの?
医療棟を行き交う軍人たち。
騒然とする廊下。
その奥を、視線でひとつずつ探っていく。
「いた……」
廊下の先を横切ろうとしたクドウの姿を見つけた。
クドウはリラと目が合うと、サッと背を向ける。
「クドウ! 待ちなさい!」
とっさに走り出した。
「リラ!」
後ろからメイヴの声が聞こえたが、リラはかまわずクドウを追った。
角を曲がった瞬間、蜘蛛が飛びかかってくる。
「キャアッ!」
反射的にライフルを構え、トリガーに指をかける。
だが、その瞬間。
──撃たなくても、大丈夫だ。
なぜか、そう確信した。
蜘蛛がパッと大きく糸を広げる。
その動きがスローモーションのように見えた。
リラは動かない。
すると、糸が体に触れる直前、白銀に輝く光に変わった。
キラキラと瞬きながら粉々になって落ち、消えた。
「リラ!」
クドウを挟んだ反対側から、カイとグオが姿を現した。
「ワンッワンッワンッ!」
猛スピードでリアムがクドウへ飛びかかる。
リラはそのままクドウのもとへ歩み寄った。
蜘蛛を一匹踏み潰す。
すると、砕けた白銀の光が足元に散った。
同時に、周囲にいた蜘蛛たちも次々と光へ変わり、消滅していく。
異様な光景のなか、リラはクドウの横にひざまずいた。
瞳孔が開き切っていたカルザ族の目が、ゆっくり焦点を取り戻していく。
濁っていた視線に、人間らしい感情が戻った。
「クゥン……」
リアムが、倒れているクドウの顔に鼻先を寄せる。
「クドウ!」
カイとグオが駆け寄った。
クドウはリアムを見つめた。
その目はもう、カルザ族のものではなかった。
「……リアム」
かすれた声が漏れる。
「ワンッ」
リアムは小さく鳴き、クドウの頬を舐めた。
その目から、涙が床に落ちる。
戻って来た……
彼は、テラ族に、戻った。
「クドウ!」
ルークがそばに来た。
「医療部隊、担架を」
振り返ってそう声を上げる。
「ねぇ、蜘蛛が……」
あたりには、さっきまでいた蜘蛛の姿は一匹も見当たらなかった。
「あの光は……星脈だ……」
ルークは呆然としながら私を見つめた。
「なぜ、私が?」
「クドウも、きみが呼び戻した」
リラは担架に担ぎ上げられるクドウを見た。
いつもの、おだやかな彼の表情だったが、疲れ切っているように見えた。
「クドウ……おかえりなさい」
リラがつぶやくと、彼はこちらを見た。
「リアムが、待ってたのよ」
すると彼はふたたび涙を流した。
「はい……ありがとう……ございます……」
そう答えると、ゆっくり瞼を閉じた。
運ばれていくクドウをAKFのメンバーで見守る。
「ていうかさ……リラ、さっきの、マジックかよ」
グオがぽかんとした顔でリラにそうつぶやく。
するとキリュウは、ルークを見て言った。
「ルークの周りでも、蜘蛛が光って消えた」
リラはルークと顔を見合わせた。
まるで、星脈を〝共有〟しているようだった。
【AKF対策室】
リラとルークは翌日、キリュウから呼び出された。
対策室では、いつものように、L2-D2がリアムを連れて中庭に出る。
昨日の医療棟での一件を受け、ジアン・パクがリラの遺伝子検査を行った。
呼ばれたのは、まちがいなくその件でだ。
リラはいつになく緊張していた。
「ジアン・パクからの報告書だ」
キリュウがホロONEを立ち上げた。
室内の空間に、淡い光が展開する。
複数の染色体データが立体的に浮かび上がった。
「……私の、遺伝子ね……」
リラが小さくつぶやく。
ルークは無言のまま腕を組み、ホロ表示を見上げる。
キリュウは淡々と続けた。
「表向きは〝大きな異常はなし〟」
その言い方に、リラはキリュウを見る。
「表向き?」
キリュウは答えず、表示を一段階ズームさせる。
染色体十一番。
その末端領域だけが、わずかに色調を変えて明滅していた。
「ここだ」
リラは無意識に一歩近づく。
「……何も、ないように見えるけど」
「通常スキャンではわからない」
キリュウの操作で、表示モードが切り替わる。
途端に、その〝何もない領域〟に微細な波形が走った。
不規則で、それでいてどこか周期を持つ揺らぎ。
「……検出レベルを引き上げた再解析データだ」
ルークがそのデータに眉をひそめる。
「ただのノイズじゃないな……」
「そうだ」
キリュウは短く言い切る。
「別の要因が加わったことで挙動が変化した」
その言葉に、ルークの視線がわずかに動いた。
キリュウは一瞬だけそちらを見るが、何も言わない。
代わりに、データの横に新たなログを表示させる。
Chr11: terminal region
Status: inactive → activating
Phase Sync: detected
「……フェーズ、シンク……?」
リラが読み上げる。
その声は、少しだけ掠れていた。
キリュウが静かに告げる。
「外部位相との同期を検出している」
「外部って……」
リラはそう言いかけ、言葉を止めた。
視線が、自然とルークの方へ向く。
ルークは動かない。
ただ、その表示をじっと見ている。
キリュウは次の情報を開示した。
Matched Source: Luke Wong
Stellar Phase Control Locus
沈黙に包まれる対策室。
キリュウがその沈黙を破った。
「発現しているのではなく、ルークの星脈に呼び起こされている」
リラは表示された自分の遺伝子を見つめたまま、動かなかった。
わずかに明滅するその領域が、まるで鼓動のように見える。
「……こんなこと、あり得るの?」
ルークを見上げるリラ。
「あるんだ」
ルークは短く答えた。
視線は依然としてホロに向けたまま。
「オレが……きみを求めた」
淡々とした声。
「なぜ……私なの?」
キリュウはさらに表示を切り替える。
Sequence Tag: Astra-derived fragment
Status: dormant
Expression: none (baseline)
その表示を目にしたルークはわずかに身を乗り出した。
「リラは……アストラのルーツを持つのか……」
リラはその言葉に息を吞んだ。
「……純粋なアストラじゃない。だが、痕跡がある」
キリュウがそう答えた。
「私に、アストラ族の血が交ざっているということ……?」
リラは、実の両親のことを知らない。
ルーツがEarthだとは言い切れないのは事実だ。
『この宇宙でたったひとり』
掃き出し窓の外からL2-D2の声がした。
三人は同時に顔を向ける。
『星脈封印を解くために、必要なパズルのピース』
ここ数日でルークとリラの間で起きている現象。
それが今、二人の間でじんわりと腑に落ちていく。
『パズルのピースは引き寄せられ、ついに揃ったのですよ、ご主人さま』
リラの視線が、自然とルークに引き寄せられる。
逃げ場は、もうどこにもなかった。
それでも──離れたいとは、思わなかった。




