22. 侵食
ベッドの中でルークと体を重ねる最中、不思議な光景を見た。
リラの瞼の裏に白銀の星雲が広がり、その光のなかに二人は飲み込まれる。
無数の銀色の糸が神経細胞のように宇宙の端から端までをつなぎ、脈動していた。
これを、知っている気がした。
見たことなどないはずなのに。
〈リラ、離さないで〉
ルークの声が、耳元ではなく頭の芯に直接響く。
彼は、王族の力の奔流に溺れかけていた。
亡き者たちとされたアストラ族の嘆き、悲しみ、怒り、孤独。
それらが不安定な雷光となって彼の存在を試している。
〈おまえは本当に、王として相応しい存在なのか〉
〈星脈を復活させ、この宇宙の調和を取り戻すことができるのか〉
リラはその〝アストラ族の声〟からルークを守ろうと、彼を夢中で抱きしめる。
するとリラの体温がフィルターのようになり、不安定な雷光を吸い込んでは穏やかで透きとおった輝きへと変換していった。
ルークの鼓動とリラの鼓動は、白銀の脈動と重なり、強い光を放つ。
ふと、瞼を開ける。
目の前に、ブレスレットをした自分の手首が見えた。
あの白銀の光る糸を思い起こす。
その上に、ルークの手が重なる。
コックピットからは明るい光が差し込んでいた。
もう、朝だ──
「何時……?」
リラのつぶやきに、寝ぼけたような声が返ってきた。
「……さぁ」
ルークはリラの体をうしろから抱いた。
「何時でもいい……もうちょっとこうしてて」
リラはくすっと笑う。
「よくないわよ……電力が安定してるか確認しなきゃ」
「もう……そんなの機関システムのヤツらが見てるってぇ……」
リラは体を起こそうと彼の腕の中で身じろぎする。
「だめ……」
ルークは言いながらリラの胸に顔をうずめる。
その髪が、リラの目をとらえた。
色が、違った。
「ルーク……」
「ん?」
「髪の色が……」
ただならぬリラの声に、ルークは身を起こす。
「髪の色?」
「変わってるの、見て」
ルークはホログラムミラーを起動した。
ベッドのすぐ横に現れる姿見。
「……!」
短く、息を吸い込む。
黒かったはずの髪が、白銀になっていた。
ルークは、ホログラムミラーのなかの自分を唖然として見つめた。
「これは……」
『おはようございます』
L2-D2がシャーッとベッドルームに入って来た。
『ご主人さま、ご安心ください。それは、アストラ族の証でございます』
確かに、アストラ族の髪色は、白銀だ。
「パートナーと、つながった……」
ルークは鏡越しにリラを見た。
リラはシーツを胸に抱きしめ、ルークを見つめ返す。
『封印は、完全に解けたのです』
L2-D2の機械的な声が静かなベッドルームに響いた。
【テラ軍 AKF対策室】
「あっちぃなぁ、もう……」
グオは忌々《いまいま》しげにそうつぶやき、炭酸飲料の缶を一気にあおる。
「しかたない、停電だ。そっちの掃き出し窓も開けろ」
「これ以上窓あけたって、たいして変わんないってぇ……」
言いながらもグオは涼を求め、中庭へ出る掃き出し窓も全開にする。
「あっ、風が……風よ来い! 強風よ来い! 嵐を呼べ!」
両手を上げるグオ。
「雨乞いだな、もう」
キリュウは半ば諦めのため息をついた。
庭へ出る窓が開いたので、足もとに伏せていたリアムが嬉しそうに外へ出て行った。
「おぅリアム、外で一緒に雨乞いしようぜ」
「ワンッ」
まるで会話している二人にわずかな笑いが出た。
特定の人間以外にはなつかないリアムだが、このところキリュウと行動を共にするグオのことは〝仲間〟と認めたようだ。
戒厳令が発令され、テラ軍はより緊迫した状態にあった。
最低限の設備は、増幅したルークの宇宙船からの電力供給でなんとか回っている。
リラがその電力を安定供給するため、L2-D2と連携して相互のシステムの調整を続けている。
ルークはゼノンのリンクに入り込まれないよう対策の強化。
医療部隊の二人は医療室の対応にかかりっきり。
それぞれが奔走している。
キリュウとグオは基地内の警備だ。
次の時間まで対策室で待機となっていた。
時間まで気分転換に自分も中庭に出てみるか……
そう思ってキリュウが立ち上がったとき、ロベールからリンクコムに着信があった。
「キリュウです」
『電力の状況はどうなった』
ロベールの第一声はそれだった。
「今のところ、ルーク・ウォンの船から増幅した電力を安定的に供給することに成功しています」
『そうか……』
ロベールの返事は安堵のようであり、そうではない。
『ウォンから、増幅の方法は聞いたか』
ルークは何をするかわからない。
そこに賭けてはいるものの、チーム責任者の立場からすれば気の抜けない要因でもある。
「いえ。昨日の会議以降は会っていませんので。ただ、増幅と供給には成功した、とだけ報告を受けています」
通信の向こう側でロベールが息をつくのが聞こえる。
『戒厳令下だ。少々のことは目をつむるつもりで昨日の指示を出したが……』
「お察しします。自分も、ヤツの動向は何より気がかりです」
ルークは間違いなく、今回のカルザ帝国軍侵攻のキーだ。
強大な味方にも、敵にもなりうる。
そしてまだ、本人もそんな自分を持て余している。
『このあと、大統領と総司令官を交え、今後の対応の協議をする。留守中のことは頼む』
「了解です」
キリュウは、そこまででロベールとの通信を終了させた。
中庭で走り回るリアムの姿を目に映しながら、ここ数日のルークとリラの様子を思い起こす。
翻弄されながらもお互いを求めるのが──
あの二人の、運命なのか。
警備の時間になった。
キリュウはロボットスーツを装着する。
そして先に準備を済ませていたグオからライフルを受け取った。
いつ、カルザ族が攻め込んできてもおかしくない。
「よし、行こう」
リアムを連れ、対策室をあとにする。
停電した廊下は不気味なほど静かで暗い。
「リアム、Go!」
一歩先をリアムに行かせる。
キリュウの後ろをグオがライフルを構え、あたりを見回しながらついて来る。
空調が切れ、ムッとした空気が立ち込める廊下。
通気口のダクトから入り込む空気のわずかな音だけがする。
進む廊下の突き当たりは、その先にある窓からの明かりが見えた。
それを目指して進む。
明るい廊下に出る直前、リアムが何かに反応し、吠えた。
「ワンッ」
「リアム、どうした?」
グオがリアムの向く方向へライフルを向ける。
「Go!」
リードを離すとリアムは走り始めた。
全面の窓のある明るい通路に出ると、さらに右側の通路へ入った。
リアムを追いかけ、右の通路に入った。
そのとき、その突き当たりをさらに左に曲がって姿を消した人物がいた。
「……クドウ!」
リアムはクドウを追いかけて左に曲がって行った。
キリュウはグオと顔を見合わせ、走ってクドウとリアムを追いかける。
「ワンッ、ワンッ、ワンッ」
リアムは左に曲がって数メートルの行き止まりになった場所で、天井を見上げて吠えていた。
天井から通気ダクトのグレーチング蓋が、外されたままブランブランとぶら下がっている。
「上がったのか?」
グオがダクトの下からライフルを上に向けて見上げる。
天井までは高さがある。
いくら背が高く体力がある男でも飛び上がれる高さではない。
「どうやって上がったんだ? 踏み台になるような物もないよな……」
グオがあたりを見回す。
もしかすると……
「カルザ族のリンクで、身体能力もカルザ族並みになっているのかもしれない」
「マジか」
キリュウはリアムの横に片膝をついてしゃがみ、天井を見上げているリアムを撫でた。
クドウの気配を感じたのか──
そのときふたたびリアムは上に向かって吠え始めた。
「ワンッワンッ、ウゥゥ……」
「ん? ……おわっ、蚊だ蚊!」
グオは手で顔の周りを払いながらその場から逃げる。
ブーンと小さな羽音が何重にもなって聞こえる。
「カイ! リュックから虫除けスプレー出して!」
「ワンッワンッワンッ」
グオのリュックから虫除けスプレーを出そうとしていると、目の前で蚊がカチャンカチャンと機械音を立て始めた。
組み立てるようにその脚を大きくする。
「うわっ、なんだコイツら!」
ダクトから降りて来た蚊はみるみるうちに変身し、手の平大の〝蜘蛛〟になって床に落ちた。
「うわうわうわうわ、なんか虫除けスプレー無理そう、逃げろ!」
「ワンッワンッ」
「あっこらリアム咥えるな、Drop! 行くぞ!」
蚊から変身した蜘蛛は、フワッと網状の白い糸を広げた。
「うわ絶対ヤバイ、絶対ヤバイ、アレ81自治区製だろ!」
「違うわ!」
蜘蛛は逃げるキリュウたちをカシャカシャと音を立てながら追って来る。
追いつかれる!
「グオ! 撃て撃て撃て!」
キリュウはグオに言いながらいったん振り返り、後退しながら足もとに迫る蜘蛛に向けて連射する。
「ワンワンワンッ、ワンッ」
リアムも蜘蛛を仕留めようと、前脚で床を激しく叩きつけ、蜘蛛が吐き出す糸を身を翻してかわしながら、応戦している。
「何事だ?!」
騒ぎを聞きつけた保安部隊が駆けつけて来た。
「知らんけど蚊が蜘蛛に変身して……っ、おわっ、糸吐いた!」
「うわっ、なんだこれ?! 大群だぞ!」
駆けつけた保安部隊と蜘蛛を撃ったり踏んだりしていると、一人の隊員が蜘蛛の糸を顔に浴びた。
「うわぁっ!!」
糸はみるみるうちに隊員の全身に張り巡らされる。
皮膚の下を何かが這い回るような微かな隆起。
その糸は脈打つように動き、隊員の体に〝寄生〟したように見えた。
「おい……っ」
グオが隊員に声をかけるも、動かない。
「あ───」
人間の声ではない声を、喉の奥から発した。
次の瞬間、目が、左右にズレた。
「ひぃっ!」
グオは声を上げて後退する。
焦点の合わない目。
瞳孔だけが黒く拡大し、中心が赤黒く光る。
「カルザ族の目だ……」
糸は隊員の体からシュルシュルと解けていく。
姿を現したのはもう、テラ軍の人間ではなく、茶褐色の荒い肌と赤黒い瞳孔を持つ〝カルザ族の男〟だった。
男はこちらに突進して来た。
「撃つぞ!」
止まらない男の肩を撃ったが、男はかるくよろけただけで歩みを止めない。
「ダメだ!」
こいつはもう──
テラ族じゃない!
そう思った瞬間。
キリュウの背後から別の隊員が男の体の中心を撃ち抜いた。
男は声も出さず、その場に崩れ落ちた。
「うわっ、まだいる!」
我に返ったグオが足元の蜘蛛を撃つ。
保安部隊と残る蜘蛛をライフルで駆除する。
床の上に残る、その残骸──
そのなかに〝カルザ族の男〟が倒れていた。
これは、戦闘じゃない。
侵食だ。
そう直感した瞬間、背筋が冷えた。
【カルザ帝国軍基地 司令部】
「新型ドローンを投入しただと?」
ゼノンはカーディスの報告に眉をひそめた。
「はっ、今が潮時かと……」
「まだ早いと言ったはずだ」
思わず、いらついた声を上げる。
新型ドローンは試作段階だ。
下手に使ってはテラ軍に手の内を明かすようなもの。
「しかしゼノン様!」
食い下がるカーディス。
「このままでは、またテラ軍に対策を取られてしまいます。潰すなら今です」
「それでどうなった? 潰せたのか」
カーディスは一瞬沈黙する。
「第一陣は……やられました」
ゼノンは大きくため息をついた。
「おまえはもうよい」
「ゼノン様!」
カーディスの赤黒い目を見た瞬間、わずかに胸がざわついた。
理由はわからない。
「もうよい、下がれ、余計なことをするな」
カーディスは一瞬、拳をにぎった。
そしてひざまずき、頭を下げると部屋から出て行った。
いつからカーディスはああなったのか。
エリュシアが、余計な入れ知恵をしているのかもしれない。
……ゆだんできない。
「ネリオス!」
ゼノンはカーディスに次ぐ二番手の部下を呼んだ。
「はっ」
ネリオスはカーディスのような派手さはない。
小柄でカルザ族らしい威圧感もない。
だが寡黙で思慮深く、頭脳戦には向いている。
「おまえの案を採用する。すぐに実行しろ」
「承知いたしました」
ネリオスは頭を下げ、静かに出て行った。
ゼノンは窓際に立ち、空を見上げた。
「さぁノヴァ……〝かくれんぼ〟はおしまいだ……」
アルセリオンの息子に染まった気でいるのだろうが、そうはさせない。
「炙り出してやる……」
星脈と共に──




