17. 痕跡の正体
【惑星Zeronia カルザ帝国軍基地 司令部】
ゼノンは司令部の一室で、天の川銀河オリオン腕の星図を見つめていた。
そこに、星脈を重ねる。
星々のあいだを縫うように、淡い光が走る。
やがてそれは、蜘蛛の巣のように広がった。
──これさえ手に入れば。
アストラ王族の力。
意識も、時間も、空間も。
すべてがこの流れにつながっている。
その中心に立つことができれば──
宇宙は、意のままになる。
「……美しい」
思わず、言葉が漏れた。
そのときだった。
星脈が、拍動した。
ひときわ強く。
「……?」
空気が変わる。
沈黙しているはずの領域が、わずかに震える。
呼吸のような、かすかな波。
──聞こえる。
誰もいないはずの空間から、確かに。
〈ゼノンよ……〉
背後ではない。
内側から、直接響く声。
──やはり、来たか。
ゆっくりと振り返る。
そこに立っていたのは──
「……おまえは」
白銀の髪。
彫刻のような顔立ち。
シルバーグレーとチャコールグレーが重なる、異様な双眸。
アストラ族の最後の王、アルセリオン。
〈ふたたび、星脈が開く日は近い〉
静かに、しかし確信に満ちた声。
〈それを開くのはおまえか。それとも──〉
その言葉は、途中で途切れた。
アルセリオンの輪郭が崩れる。
黒い霧となって、ゆっくりと広がる。
そして──再び、形を結ぶ。
細い肩。
短い黒髪。
華奢な、テラ族の女。
「……っ」
ゼノンの喉がわずかに鳴った。
──知っている。
〈ゼノン様……〉
その声。その、笑い方。
間違いない。
ノヴァだ。
確信した瞬間、像は崩れた。
黒い霧が部屋いっぱいに広がる。
やがてそれは、巨大な〝何か〟の輪郭を取る。
人のようで、人ではない。
暗闇の中に、二つの光る目。
見下ろされている。
「……我が神、アル=ラーグス猊下」
両手が、知らずに上がっていた。
〈始まるぞ……〉
その声と同時に、暗闇が崩れた。
黒い塊が音を立てて砕け、無数の鼠となって床を奔る。
「っ……!」
足もとを埋め尽くす感触。
逃げ場がない。
「ゼノン様」
扉が開いた。
カーディスが入ってくる。
その瞬間、鼠は消えた。
何もなかったかのように、静寂だけが残る。
ゼノンはその場に立ち尽くしたまま、星図に目を向ける。
光は消えていた。
だが。
胸の奥のざわめきだけが、消えない。
「……聞こえたか」
ゼノンの声はわずかに震えた。
「聞こえました」
カーディスは、この場の異常など意に介さぬような、冷ややかな声で答えた。
さっきまでそこに神がいたというのに、この男はなぜこうも淡々としていられるのか。
「いよいよです」
カーディスは続ける。
「軍を集めております。ご挨拶を」
その圧に、逆らえない。
【司令部 中央広場】
ゼノンはカーディスに促され、広場へと出た。
整列する軍。
その背後に、民衆の群れ。
エリュシアの視線を背に受け、一段高い台へ上がる。
声は、張らない。
すでにNPリンクでつながっている。
「カルザ族の民よ」
ざわめきが完全に止む。
「我らは、長く待った」
軍隊と民衆を見渡す。
「テラ族は、みずからを自由だと信じている。だが実際は、力を恐れ、秩序から目を背け、宇宙を放置してきた」
視線が、一斉に自分へ集まっている。
「我らは決して〝奪う〟のではない。〝正す〟のだ」
ゼノンのかたわらで、エリュシアとカーディスも静かに耳を傾けている。
「支配とは、暴力ではない。選ばれた意思が、宇宙を導くことだ。アストラ族は、その鍵だった」
〝アストラ族〟という言葉に、民の心がざわりと揺れるのを感じる。
「だがテラ族は、それを隠し、我らから遠ざけた」
ゼノンはそこで、一段と声を強めた。
「だから我らが行く」
軍隊が賛同の声を上げる。
「恐れるな、疑うな、迷うな。逆らう者には容赦しない」
民の声も重なる。
「今こそ進むのだ。我らの真実を示す!」
一斉に拳を突き上げる兵、民衆。
カルザ族の真実が、ここに在る。
【テラ軍 外来宇宙船停泊エリア 宇宙船メビウス号】
『わたくしめは正直、ご主人さまが只者ではないことは察知しておりました……』
ルークは、L2-D2のセリフに深いため息をついた。
どうでもいい慰めだ。
冷静になるために、いったん自分の宇宙船に戻ってきている。
〝おまえの父親はG-アリゲーターだ〟
と言われた方がマシだったかもしれない。
そんなはずはないと、何度も否定した。
だが結果は変わらない。
二度目の遺伝子検査も、同じだった。
アストラ王族。
二十八年前に滅びたはずの王家の血が、自分の中に流れている。
「……ウソだろ」
つぶやきは、空気に溶ける。
だが、思い返せばつじつまは合う。
自分にしか読めない、神経リンクの周波数。
意識がどこかにつながるあの感覚。
無意識に、その力に触れていた。
そして、ここ一、二年で変わった瞳の色。
これが、兆候だったのだとしたら。
否定したいのに、裏づけだけがそろっていく。
「L2-D2」
顔を上げずに問う。
「遺伝子に星脈位相制御領域を持つのは、王族の何親等までだ」
『いちばん強い星脈を持つのは王の直系男子です。女子にこの遺伝子はありません』
〝直系男子〟
その言葉がグサリと刺さる。
「じゃ〝遠い親戚〟でも遺伝することはある?」
王が遠い親戚なんだと思いたかった。
『星脈位相制御領域がいちばん強く遺伝するのは王の長男で、次男はその半分以下しか遺伝しないという記録があります』
王の、長男?
「アストラ族の最後の王に子どもはいたのか」
『アルセリオンには子どもが二人おりましたが、いずれも女子でした』
「じゃ、男の兄弟はいたのか」
『いえ、おりません』
と、言うことは……
『ご主人さまは、アルセリオンの隠し子だったという推測が立ちます』
ルークはコックピットのパネルに突っ伏した。
ダメだ……
それしか考えられない。
パネルに突っ伏したまま、なぜか頭に浮かんだのは、リラの笑顔だった。
こんなことなら、安易に〝オレの特定の人になって〟なんて言わなきゃ良かった。
自分のそばにいれば、確実に巻き込まれる。
カルザ族がEarthを狙う理由は、〝アストラ族の力の痕跡〟が隠れているから。
──つまり、自分だ。
それならば、ここにはいられない。
答えは、もう出ていた。
【テラ軍本部 地下 レベルS-7会議室】
通常の作戦会議室よりさらに深い、遮断層の奥。
限られた上層部の人間しか入室を許されない会議室。
円卓の上に投影されたホログラムは、ただ一つのファイル名だけを示していた。
〝案件:Stellar Phase Control Locus〟
誰も口を開かない。
沈黙が、異様なほど長い。
その部屋に最後に入って来る人物。
統合防衛評議会議長兼、テラ軍最高総司令官。
中央に着席すると、SPが両脇を囲んだ。
「早速、始める」
総司令官は、円卓の一角に浮かぶ名前と階級のホログラムに視線を向けた。
その青白い光が、老将の瞳を冷たく照らす。
「……カイ・キリュウ大尉。この件は、ここにいる者以外、誰も知らないのだな」
「はっ」
キリュウはうなずいた。
「アラン・ロベール少佐と自分。それに、医療部隊のジアン・パク中尉だけです」
さらに総司令官はロベールに向かって続ける。
「ジアン・パクについてはすでに隔離済みということで間違いないな?」
「はい」
ロベールは重く静かにうなずいた。
ジアン・パクは、キリュウが目撃した不自然な様子、ルークの遺伝子検査の重要性を理解していながら黙っていたことから、カルザ族の神経リンクを張られているという判断にいたった。
クドウについても引き続き上長が監視を続けている。
参謀総長が低く言う。
「カルザ族がルーク・ウォンの正体を知れば、彼を狙って攻撃を仕掛けてくるのは間違いありません。危険です。即刻追放を」
「それも危険です」
ロベールが参謀総長に反論した。
「アストラ王族の星脈がカルザ族に渡れば、この宇宙はカルザ族に掌握されてしまう」
しばしの沈黙の後、総司令官がふたたび口を開く。
「それを恐れた王アルセリオンは、みずからの命と共に惑星Eliosを消滅させた……しかし、子孫を遺していた……」
それが、ルークだった。
「ジアン・パクに、カルザ族の神経リンク切除術を行えるのも、ルーク・ウォン以外にいません」
キリュウが総司令官にそう訴える。
「……わかった。ルーク・ウォンは引き続き、AKF預かりとする」
「総司令官!」
参謀総長が反論するように立ち上がる。
「これはテラ軍史上、最も危険な賭けだ。だが唯一の希望でもある。アストラ族の復活があるならば、宇宙の調和はふたたび訪れるかもしれない」
そこまでで極秘の会議は終了し、ホログラムの、
〝案件:Stellar Phase Control Locus〟
は消えた。




