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16. 星脈位相制御領域




【テラ軍本部 道場】




退勤後、キリュウは道場へ足を踏み入れた。

グオから、第三戦闘部隊のクドウが合気道をしに来ていると連絡があった。


「ありがとうございました」


ちょうどクドウはグオに一礼して道場を出るところだった。

キリュウに気づいてやって来る。


「キリュウ大尉、お疲れ様です。大尉も合気道ですか?」


「いや俺は違う。おまえがどうしてるかと思って」


クドウは申し訳なさそうな顔になる。


「申し訳ありません……まさかたった二日空けただけで、リアムが自分のコマンドに従わなくなるなんて……」


それは、一方的にリアムが自分の指示を聞かない、というような言い方だった。


「まぁ……あいつは特別頭がいい犬だ。おまえが二日いなかった間に、知らない人にでもなったように感じてるのかもしれない」


〝知らない人にでもなった〟


カマをかけるつもりでそう言ってみた。


「はい……」


クドウの表情が一瞬、感情のない人形のように固まった。


そのかんまばたきが一度もなかった。


だがすぐにいつもの〝クドウの顔〟に戻る。


「無断欠勤を注意されるのは当然のことですが、リアムにそっぽ向かれるのがいちばんこたえます……しかも、それが原因でこんな重大な事故の任務からはずされるなんて……」


「少しずつ仲直りするしかない。当面は第三戦闘部隊のチームでリアムを見る」


「はい。本当に申し訳ないです、余計な気を使わせてしまって……」


そうあやまるクドウはもう、いつものクドウのように見えた。


リラが注意を促していたような瞳孔の拡張もないようだ。


「ではこれで、失礼します」


クドウは敬礼するとその場を去って行った。


その背中を見送っているとグオがやって来た。

黒帯を締めた道着姿はさすがの貫禄だ。


「どうだった?」


「別に普通。前に指導したときと変わった様子はない」


「そうか……」


第三戦闘部隊の隊員からも、特に変わった様子はないとの報告があった。


考えすぎだったか。


宇宙艦の艦長や操縦士と違い、軍用犬部隊のハンドラーを操ったところで、たいした攻撃ができるとも思えない。


キリュウは短く息をついた。


「ニコライとメイヴは今日もまだ墜落現場だ。とりあえずAKFは残るメンバーで進めなければ」


「残るメンバー」


グオはキリュウの言葉をさえぎり、道場の裏口を指さす。


「デートからお戻りだ」


キリュウはグオの指先を振り返って見た。


裏口から、リラとルークが入って来たところだった。


「ついこの間も、裏庭に出て二人で星を見てた」


「星?」


「どう見てもデキてるだろ、あの二人」


ああ……そうか、やっぱり……


「いいのかよ」


「いいも悪いも……プライベートだ。任務に支障をきたすようなことがなければ口は出せない。一応」


「いや任務上はそうだけどさ……」


グオはそこまで言うと小声で先を続ける。


「カイはそれでいいのかって聞いてんの」


「は……?」


思わず目を見開く。


「好きなんだろ? リラのこと」


「好き……っ」


キリュウは、何も飲んでいないのにむせて咳きこんだ。


「おつかれさま。カイ、どうしたの? 大丈夫?」


何も知らないリラがこちらへ寄って来た。


「いや……っ、げほっ、大丈……ごほっ、大丈夫だ」


リラは目をぱちぱちさせて不思議そうにキリュウを見ていたが、グオの方に向き直った。


「どうだった? クドウ一等兵」


「普通だった。瞳孔の変化も見られなかった」


リラはグオの話を聞いてうなずき、キリュウを見る。


「考えすぎだったかしら」


「ああ……そうだな」


彼女は──

この手でZeroniaから連れ戻した女性だ。

気にならないといえば嘘になる。


「状況はどうだ」


ルークがキリュウにそう訊く。


キリュウは呼吸を整えて答えた。


「ニコライとメイヴはまだ墜落現場だ。宇宙艦は全艦運用停止。もしかすると、緊急時はおまえの宇宙船を当てにされるかもしれない」


ルークは短くため息をついた。


「しかたない。〝何でも屋〟として雇われてるから」


「とりあえずは、引きつづき状況を注視して、例の〝蚊〟のサーチを続けるしかない」


「そうだな」


「虫除けスプレー買った方がいい?」


グオが大真面目にリラにそう訊いた。


リラはルークの顔を見る。


「どう思う?」


「ないよりいいかも」


「ないよりな」


グオが納得したように何度かうなずき、この場は解散となった。


キリュウは、ルークとリラと一緒に宿舎へ戻る。


この状況では自分がじゃまなような気がしてきた。


「俺は医療棟に寄って帰る」


「まだ働く気?」


リラは目を丸くする。


「たいした用じゃない。じゃ、また。おつかれさま」


「おつかれさま」


そして二人と別れて歩き始め、立ち止まって振り返った。


「まっすぐ宿舎に戻れ」


ルークはその言葉の意味がわかったのか、ふっと笑う。


「わかってる」


やはり、関係は否定しないのか……


〝好きなんだろ? リラのこと〟


さっきのグオのセリフがよみがえる。

大きく深呼吸し、それを振り払った。




【医療棟】




医療棟へ入ったところで、引き返そうと立ち止まった。

こんなところに用はない。


夜の医療棟は、異様なほど静かだ。


ふと、つきあたりの研究室から、ジアン・パクが出て行くのが見えた。


ドアを開けたまま、何かふらふらした様子で廊下を歩いて行く。


様子がおかしい。


キリュウはその研究室に近づいた。

廊下には、さきほどまで見えていたジアンの姿はない。


中をのぞいても、誰もいない。

デスクのホロPCがついたままになっている。


キリュウは中に入り、そのPCに近づく。


データはホロでは投影せず、モニター画面に表示させてあるのみだった。


「これは……?」


人間の染色体の様子を表したものだということは理解できた。


その一箇所に、


Stellar(ステラー) Phase(フェーズ) Control(コントロール) Locus(ローカス)


という文字が点滅しているのが見えた。


「ステラー……フェーズ……」


そこまで口にし、ハッとする。


まさか……これは……?


キリュウは振り返って誰もいないことを確認した。

そして腕のリンクコムで、そのデータをコピーする。


このままルークに送れば、これが何かわかるはずだ。


コピーを終え、研究室を出たところでジアンと出くわした。

いつも一つにまとめている髪は、今日はおろしたまま。黒縁メガネもかけていない。


その瞳は──


瞳孔が開き切って真っ黒だった。


ジアンはキリュウを前にはっとした。

あわてて白衣のポケットに入れていたメガネを取ってかけた。


「……キリュウ大尉」


つぶやくように声をだす。


「大丈夫ですか?」


キリュウが問いかけたとき、その瞳の瞳孔はしゅっと小さく縮まった。


「あ、少し……気分がすぐれず……」


ジアンはそう言いながら、素早くまばたきを何度かした。


「こんな時間まで仕事を? もう退勤した方がいい」


「はい、そうしようと思っていました。何か用事があったのですか?」


「いえ、たまたま通りかかったら、ドアが開きっぱなしで、中に誰もいなかったので……」


キリュウはそこで研究室内を一度振り返り、ふたたびジアンの方を向いた。


「気になって」


「ああ……すぐ戻るつもりで……」


ジアンはうつむく。


「体調はしかたないですが、施錠は気を抜かず忘れないようお願いします」


「はい、申し訳ありません」


そしてPCの方に視線を向けた。


「……あ、何か、見ましたか……?」


PCにデータを出しっぱなしにしていたことを気にしているのか。


「いえ、私が見てわかるものはない」


キリュウはそう言って軽く首を横に振った。


「一人で宿舎に戻れますか?」


「はい、大丈夫です。ありがとうございます」


「無理をしないようにお願いします」


それだけ言うと、研究室を後にした。


〝Stellar Phase Control Locus〟


おそらくあれは、アストラ王族だけが持つとされる遺伝子情報だ。


ジアンは、カルザ族が狙っているアストラ族の痕跡をつかんでいるのかもしれない。


そしてさっきのあの、開ききった瞳孔……

あれは、神経リンクで操られている瞳だ。


キリュウは足早に医療棟をあとにする。


そして、ルークにコピーした遺伝子情報のデータとメッセージを送った。




【宿舎エリア】




「じゃあ、また明日ね」


女子宿舎の前まで来ると、ルークは自分を見上げるリラを見つめた。


門灯のやわらかいライトが、彼女の澄んだ瞳に映る。

なごり惜しそうな顔。


「また連絡する」


「うん」


ルークはあたりに誰もいないのを確認して、リラの唇にもう一度キスした。


「おやすみ」


「おやすみ」


リラはほほ笑んでルークに背を向けると、宿舎へ入って行く。

入ったところでもう一度振り返り、こちらに手を振った。


思わず笑みが出てしまい、手を振り返す。


リラの姿が見えなくなると、もと来た道を男子宿舎へ向けて歩き始めた。


「……言っちまったな」


〝特定の人になって〟だなんて。


深く関わるまいと思っていたのに──

リラの顔を見ていたら、応えずにはいられなかった。

ゼノンの愛人だった女に、なぜこんなに惹かれるのか。


半ば自分にあきれながら、静かな宿舎の部屋に帰り着く。

水を飲もうと冷蔵庫を開けたとき、リンクコムにメッセージの着信があった。


「カイか……」


……なんだ、退勤後に。


[この遺伝子データはなんだ?]


「遺伝子データ?」


ルークは水を入れたグラスを片手にソファに座った。

キリュウからのデータをホロで投影してみる。


「……なんだ、オレのデータか」


[被験者 ルーク・ウォン]


と最初に入っている。


ジアンに受けろと言われて受けた遺伝子検査の結果だ。


見ていると、リンクコムにキリュウから音声通信の着信があった。


「なんだよ、このデータ研究室から持って来たわけ?」


『ジアン・パクが研究室で開いていたデータなんだが……』


彼女しかいない。


人の遺伝子情報を開きっぱなしでキリュウにまんまとコピーされるなど、あってはならないことだ。


「個人情報流出だな」


『それは誰のデータだ?』


「え?」


ルークは、自分の遺伝子情報だから、キリュウが送ってきたのだと思っていた。


「誰のって……オレのだろ」


キリュウは一瞬、沈黙した。


『……おまえの?』


驚いたような声が響くと同時に、


〝Stellar Phase Control Locus〟


と点滅する部分が現れた。


ピンク色の光が、ルークの瞳にチカチカ映る。


ルークはその瞬間、いったい自分が何者なのか、知ることになる。


「これは……星脈位相制御領域せいみゃくいそうせいぎょりょういきか……」


アストラ王族だけが持つ、特異遺伝子。


そしてそれは、ルーク自身が、〝王の血〟を引いている証だった。




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