15. 星の下で
【テラ軍本部 AKF対策室】
タナー墜落の生存者は、脱出できた六名に、救出されたエマを入れた七名にとどまった。
未だ二十一名が行方不明のままだが、墜落から三日が過ぎて第一戦闘部隊は撤収となった。
現場は現地救助対策チームが残って活動をつづけており、その中にニコライとメイヴもいる。
ルークは軍に戻ったあと、右大腿部切断を余儀なくされたエマの診察にあたっている。
「機関システム部隊の調査の結果、タナーの事故原因は、大気圏突入前のエンジン爆発が原因だったわ」
リラは、ホロONEでタナーの破損したエンジンコアを表示させた。
キリュウとグオがそれを見上げる。
三人しかいない対策室は、やけに広く感じられた。
「エマ・ウィルソンのヒアリングによると、エンジンの爆発が起こる前、メイン操縦士が体調不良を訴えて副操縦士に交代。どうもそこからおかしかったらしい」
「リンクを張られた副操縦士が故意に爆発を起こしたと?」
キリュウが聞き返した。
「フライトレコーダーからは……決定的な異常は確認されていない」
リラは一度言葉を切った。
「ただし、副操縦士の応答に、いくつか不自然な点はある。指示への反応が遅い、復唱の内容が違うなど」
「リンクの影響か」
「断定はできない。でも──」
リラは表示されたログの一部を拡大した。
「エンジン出力の調整操作。明らかに不適切なタイミングで行われている」
グオが腕を組む。
「艦長はどうだった?」
短い沈黙のあと、リラが答えた。
「……一見したところ、通常どおりには見える」
「見える、か」
「でも、副操縦士の不自然な反応に全く対応していない。まるで……」
言葉を探すように、わずかに視線を落とす。
「聞こえていないみたいに」
広い対策室に沈黙が流れた。
遺体発見時には微弱な電気信号が観測されていたが、その後は消失している。
確証はない。
──でも、副操縦士の、あの目。
あれは間違いなく、カルザ族から神経リンクを張られた目だった。
「てかさ、タナーは神経リンク耐性設計だったはずだろ?」
リラは沈黙を破ったグオに答えた。
「機体の神経リンク防御装置は正常に働いていたのよ」
「じゃなんで、副操縦士は神経リンクを張られてたんだよ」
すると腕を組んで神妙な顔をしたキリュウがつぶやいた。
「〝蚊〟がいる……」
「えぇ? どこに」
グオはキョロキョロあたりを見回した。
リラはため息をついた。
「バイオドローンよ」
「あぁ、はっきりそう言えよ、わかんないだろ」
リラはタナーの乗員名簿を表示した。
〝G-device not implanted〟
艦長と副操縦士のデータにはその記載があった。
「G-デバイスの埋植がまだだったのか」
リラはキリュウにうなずいた。
「機体が神経リンク耐性設計だから、ゆだんしてたんだわ」
「G-デバイスの未埋植者を至急ピックアップしよう」
リラは反射的に左手首のブレスレットに触れた。
自分も、そうだ──
一瞬、不安がよぎる。
だがすぐに思いうかぶのは、ルークが自分に向ける優しいほほ笑みだった。
「──大丈夫」
リラは、ほかの二人には聞こえないよう、口の中だけでつぶやいた。
【道場の裏庭】
「おつかれさま」
リラは、道場裏の芝生の斜面でルークに声をかけた。
「おつかれさま」
ルークはこちらに顔を上げる。
リラはその隣に腰を下ろした。
タナーの墜落事故以来、軍内部の空気は張りつめたままだ。
事故と神経リンクの因果関係ははっきりしない。
だが状況から見て、その可能性が高い、と判断された。
「エマ、どう?」
「切断部の再生はうまくいってる。けどメンタルがね。落ち着いているかと思えば急に取り乱したり……無理もないけど」
リラは小さく息を吐いた。
「それより、きみはどうなの」
「え? 私?」
キョトンとするリラを見て、ルークは笑った。
「全身手術しただろ」
「あぁ……忘れてたわ」
「元気な証拠だ」
ルークはそう言って仰向けに寝転がり、ホロ天体望遠鏡のスイッチを入れて目を閉じた。
「風が……気持ちいい」
リラも仰向けになる。
六月に入り、晴れていれば初夏を感じる季節になった。
今日も、緊迫した現状をよそに、空は拍子抜けするほど晴れ渡っていて、満天の星空に包まれる。
快晴の日は、もしかしたら今夜もここに誘ってくれるかもしれない。
そんな期待を、いつの間にか抱くようになっていた。
ホロセルにメッセージが届くたび、胸がはずむ自分がいる。
すぐそばにある横顔と、かすかに香る、いつもの香水の香り。
──ずっと、こうしていたい。
ルークはそんなリラの視線に気づいたのか、こちらを見た。
「きみが今、何を考えてたか当ててあげようか」
「え?」
リラは目を丸くした。
「〝私、この人に恋してるのかしら〟」
ドクンと大きく脈打つ胸。
ニヤリとする目。
「ええぇ?」
リラはとぼけた声をあげて仰向けになる。
ルークはゴロンと体勢を変えてうつ伏せになり、両肘をついて上からリラの顔をのぞき込んだ。
「試してみる?」
「え……?」
二重に色を宿したその瞳がすぐ真上に迫り、リラの唇へと視線を落とした。
そしてゆっくり顔を傾け、唇を近づける。
リラは、目を閉じた。
一秒間だけの、優しくて、やわらかい感触。
ルークは唇を離してリラを見つめた。
「ん?」
どう?
そう聞いているようだった。
「……やわらかい」
ルークを見つめ返し、正直に思ったことを口にした。
その直後、ふたたびリラの唇はルークの唇にふさがれた。
──ルークが、好き。
リラは自然とルークの背中に腕を回す。
が、すぐに身を離して起き上がった。
軍は今、緊迫した状況だ。
「誰かに見られたら……」
「じゃ、オレの船に来る?」
リラは素早く何度か瞬きし、冷静になった。
そしてルークに背を向け、両膝を抱える。
「行かない」
「なんで」
「だってあなたは特定の相手を作らないんでしょ? どういうつもりかわからないもの」
あのときのグオのセリフが脳内に響く。
〝ゼノンの愛人だった女がどんなふうなのかやってみたいだけだって〟
ここで流されてはいけない。
「じゃ、きみはどうなの」
「え……?」
リラはふたたびルークの方を向いた。
「どういうつもりでキスしたの」
返す言葉がすぐに出てこない。
「ん?」
顔を傾けるルーク。
「……それを、私から言わなきゃいけないの?」
目を見開き、彼を見つめ返す。
ルークを相手に、自分から好きだなどと言うのは分が悪すぎる。
「オレから言わなきゃいけない?」
彼はいつもの甘い笑みを浮かべる。
それでも口をつぐむリラに、ルークは提案をしてきた。
「わかった。じゃ、ジャンケンで決めよう」
「へ?」
「一発勝負だ」
──よし。
リラは彼に向き直って拳をにぎった。
「ジャンケンポン!」
振りかぶって右手を出した。
リラはグー。
ルークはパー。
「あぁん……」
リラは力の抜けた声を出しながらふたたび芝生に横になった。
ルークは笑いながらすぐ隣で横になってこっちを向く。
「オレの勝ち」
「わかってるわよ」
なんて言えば?
あなたが好きって?
でもそれで、興味本位だなんて答えられたら?
小刻みに息をするリラを、ルークの視線が捉える。
そして彼が先に口を開いた。
「きみが好きだから、オレの特定の人になって」
え……?
待って……
リラは思わぬルークの先制告白に焦る。
「な……なにそれ……告白?」
ルークは笑った。
「そうだろうよ、オレが勝ったから先に言ったの」
「ルーク……」
「なに」
リラは彼に抱きついた。
「好き」
ルークもリラの体を抱きしめる。
「知ってるよ」
「もう」
夜空いっぱいの星に見守られるように、ふたりは唇を重ねた。




