14. 墜落
【アラン・ロベール少佐の執務室】
「タナーが東部砂漠地帯に墜落した?」
キリュウはロベールと並び、リンクコムの表示を見下ろした。
まさか──
タナーは次世代主力戦闘艦。
正式配備前とはいえ、実戦データ収集任務中のはずだった。
しかも、対カルザ戦を想定した神経リンク耐性設計。
それにはルークも力を貸していた。
それが、墜落?
ロベールが即座に立ち上がる。
「危機管理部隊、状況を説明しろ」
『タナー艦長ジェームズ中佐とは連絡不能。被害状況は不明。戦闘部隊を現地へ緊急派遣する』
無機質なAI音声が、室内に響いた。
──数時間後。
断片的だった情報は、最悪の形で揃った。
乗員五十五名。
脱出できたのは六名のみ。しかも全員が重傷。
残る四十九名のうち、
十名は遺体で発見。三十九名は行方不明。
大気圏突入時の船体破断で、生存の可能性は、限りなく低い。
キリュウは無意識に拳を握った。
緊急事態における事故対策チームが発足。
だが──
「第三戦闘部隊のクドウと軍用犬リアムは、対策チームに編入されず残った?」
事故対策チーム長からの報告に思わず聞き返す。
『先週、クドウが二日間消えただろ』
「ああ」
『あれ以来、リアムとの足並みが揃わない』
たった二日で?
キリュウの眉がわずかに寄る。
『クドウがリアムに躊躇している。リアムもそれを感じて、指示に従わない』
キリュウはロベールと顔を見合わせた。
『現地は砂漠地帯だ。空からの降下になる。あのチームが来れないのは痛い』
「……そうだな」
キリュウは短く答えた。
だが、思考は別の方向へ向いていた。
クドウの異変。
リアムの拒絶。
──神経リンクを張られているのだとしたら。
リアムは、それを〝感じ取っている〟のではないか。
『任務をはずされたのはショックだったんだろう。合気道で精神集中すると言っていた。会ったら励ましてやってくれ』
「ああ、わかった」
通信が切れる。
キリュウは一度、目を閉じた。
──事故なのか?
……いや。
まだ、そうと決めつけるには早い。
だが、もしこれが、事故ではないとしたら。
「キリュウ、チームAKFと現地へ向かえ。私は司令部と連携する」
「了解しました」
キリュウはロベールにうなずき、執務室を出た。
【東部砂漠地帯 戦闘宇宙艦タナー墜落現場】
タナーの墜落から一夜が明けた。
渇いた風が吹く砂漠に、焼けた金属の匂いが漂っている。
機体は原型をどどめておらず、半ば砂に埋もれていた。
リラはロボットスーツを装着すると、グオと緊迫する現場へ入った。
まさかこのスーツをこんなに早く実戦で使うことになろうとは、昨日の装備開発訓練室では考えもしなかった。
「基本は通常どおりの救助活動だ。行こう、第三戦闘部隊が降下する」
グオの言葉にうなずく。
この惨状とは裏腹に、空はどこまでも澄んで青い。
そこに点々と現れる黒い機体。
第三戦闘部隊のヘリだ。
爆音と強風のなか、リラは目を細めて青空を見上げた。
ホバリングする機体から次々と、犬を抱きかかえてスカイダイビングで降下する隊員。
訓練だけでは成り立たない、ハンドラーと強い信頼関係がなければできない技だ。
そのなかに、見覚えのある隊員の姿があった。
──キリュウだ。
地上に降り立ったキリュウは、リアムを撫でて抱きしめる。
少しの間そうやってリアムを褒めると、すばやく装備を外してリードをつけ、歩き始めた。
「こっちだ!」
グオが手を上げる。
「リアムは南側区画よ、行こう」
リラとグオは、優秀な相棒を連れたキリュウを現場へと先導する。
墜落からすでに二十四時間が経過している。
生存者の救助は一刻を争う。
「リアム、Go!」
キリュウのコマンドを受け、リアムは迷いなく墜落艦へ駆けていく。
「オレはこっちで残骸を退ける、リアムを頼む」
「了解」
グオにうなずくリラ。
そしてキリュウたちの後を追った。
「しかし……想像以上に酷いな……」
キリュウはそう言いながら変わり果てた姿になったタナーを見上げた。
「ワンッ、ワンッ、ワンッ」
リアムの吠える声にハッとする。
「バーク・アラートだ、行こう」
「生存者を見つけたのね」
リアムは小高い丘のようになった機体の一部分に立ち、吠えつづけている。
「私が登る。ここで待機して」
「了解」
リラはリアムがいる場所まで、ロボットスーツの駆動力を使って登った。
一歩一歩、足場を踏みしめるたび、ギシッ、ギシッと足もとで音がする。
リアムはリラが近づくと吠えるのをやめ、破断した外壁の隙間から中に頭を突っ込む。
そして何かを咥えてこちらを向いた。
「認識票……」
〝Emma Williams〟
金属のプレートに記された名前。
「エマ!」
機関システム部隊の同期だった。
リラも隙間から中をのぞき込む。
彼女は金属の大きな壁に半身を挟まれ横たわっていた。
閉じたまぶたが、ぴく、と動く。
──生きている。
「こちら捜索班。医療部隊へ、南側区画に生存者を発見」
『了解、向かう』
短いルークの声がした。
「崩れた機体の撤去が必須。第一戦闘部隊、応援願う」
すぐにグオが姿を現し、あたりを見回した。
「こりゃ、数人でうまく持ち上げないと……崩落するな」
いくら強化装備とはいえ、こんな巨大な機体がさらに崩れては、被害者もろとも無事ではいられない。
「グオ、そっちを持ち上げろ」
ロボットスーツに入ったルークが上がって来た。
「担架もだ!」
あとからニコライも続く。
「リラ、彼女のそばに」
リラはルークにうなずいた。
「エマ、もう少しがんばるのよ」
彼女は青ざめた顔でわずかに唇を動かす。
「よし、一、二、三で持ち上げたら、磁力ジャッキをかませろ、いいか?」
「いいぞ!」
ロボットスーツの数人が声を合わせる。
「いち、に、さん!」
大きな金属壁が持ち上がり、エマの全身が見えた。
「……!」
右大腿部を、太い支柱が貫通していた。
ニコライが空いた隙間に滑り込み、彼女の脇に寄る。
「これは……」
眉間にしわを寄せ、一瞬考えてこちらを向いた。
「ルーク! 来れるか?」
ルークも隙間に入り状況を確認する。
リラはその横でエマに話しかける。
「エマ、もう大丈夫だからね、もう、すぐに出られるわ」
エマの唇がわずかに動く。
「……ちがう」
かすれた声が漏れた。
「何がちがうの?」
リラは彼女の口もとに耳を近づける。
「艦長が……艦長じゃない……」
どういうこと……?
「リラ、いったん出て、応急処置する」
メイヴが医療キットを持って入って来た。
「了解」
ルークとニコライは顔を見合わせ、リラと共に外へ出た。
ルークが神妙な表情でニコライに同意を求める。
「四肢切断術だな」
ニコライはルークの目を見てうなずいた。
「準備する」
ニコライの声と共にふたたびリアムの吠える声が聞こえた。
「こっちにもいたぞ!」
隊員の声がした。
「ニコライ、準備ができたら呼んでくれ、助手に入る」
「ああ、わかった」
「リラ、行こう」
リラはルークにうなずき、焼け焦げて激しく損傷した機体の上を、二人で声のする方へ進んだ。
「ルーク、見てくれ、ここだ」
キリュウがルークを呼ぶ。
そこには、外壁に叩きつけられたままの遺体があった。
ヘルメットが半分割れ、目は空を見据えたまま開いていた。
キリュウがその胸元の認識票を手に取る。
「副操縦士だ」
ルークはその顔をのぞき込んだ。
「これは……」
瞳孔が、異様に開いている。
黒く沈み込むように、虹彩がほとんど見えない。
──カルザ族の目だ。
リラはルークと顔を見合わせた。
「……微弱な電気信号を検知」
医療スキャナの表示が、かすかに揺れた。
「死後反応か」
ルークはキリュウの言葉に首を横に振る。
「いや……違う。規則的すぎる」
その場の誰もが、言葉を失った。
まるで──
まだ〝何かに接続されている〟ような。
「記録しろ」
低い声でキリュウが指示を飛ばす。
「全データを回収する。これは事故じゃない可能性がある」
それは、終わったはずの墜落事故のなかで、なおも何かが、静かに動きつづけている証だった。




