13. カーディスの蚊
【テラ軍本部 AKF対策室】
「バイオドローン?」
キリュウが低く聞き返した。
「おそらく、それを使ってテラ族に神経リンクを張るつもりだ」
ルークの言葉に、室内の空気がわずかに張りつめる。
「リラ、聞いたことある?」
メイヴに呼ばれ、リラはゆっくりと顔を上げた。
バイオドローン。
──どこかで聞いた。
記憶の奥に、引っかかる。
「……ゼノンの部下のカーディスという人物が中心になって開発していた、生物兵器かもしれない」
口にした瞬間、嫌な感覚が背筋を走った。
三年前の戦いで、カルザ族は学んだはずだ。正面戦闘では勝てない。
ならば──別の手段で来る。
「その話、いつ聞いた?」
キリュウの声に、リラは眉を寄せた。
「……思い出せない」
けれど、確かに知っている。
「検索をかけるか」
「……〝カーディス〟でお願い。たぶん、その方が引っかかる」
「ホロONE、検索〝カーディス〟」
ホロONEが起動する。
だが表示されたログには、すべて同じ警告が並んだ。
〝Warning: Sensitive Content〟
──やっぱり。
胸の奥が、わずかに冷える。
見せたくない記憶。
見せられない記憶。
……ゼノンと、いたときのものだ。
「ごめん……少し、一人で確認していい?」
キリュウは何も言わずうなずいた。
ルークの方を見ることができなかった。
あの記憶を辿るとわかっていて、平然と顔を向けられるほど、強くはない。
「ホロONE、ミタライX737723、脳内再生」
目を閉じる。
意識の奥で、世界が切り替わる。
記憶の持ち主の頭の中だけで、その場面は再生される。
最初に現れたのは、広場だった。
ああ、あのときか……
ざわめく群衆。
中央には処刑台。
〈カーディス様が処刑を……〉
誰かの声が耳に入る。
人々が見守るなか、看守に引っぱられ、背後をチェーンでつながれた三人のスパイが姿を見せる。
手枷と首輪で拘束されたまま、それぞれ処刑台の上に引き上げられた。
カルザ帝国を統制するための〝見せしめ〟が始まる。
〈あの……〉
リラは隣の男性に話しかけた。
〈あの、後ろにいる方がカーディス様ですか?〉
黒い仮面。
怪物のように大きな体。
その姿は人に恐怖と威圧を感じさせる。
〈ああそうだよ、その後ろに座られているのが、ゼノン様だ〉
リラは、このとき初めてゼノンの姿を見た。
カーディスの姿が強烈で、ゼノンにはソフトな印象すら抱いた。
がしかし、よく見るとその目は鋭い。
あの人になら、近づける気がする……
リラはこのとき、ゼノンに近づくことを決めた。
〈罪状〉
カーディスが処刑台のそばに立つ。
〈この者たちは、祖国の利益のために我々カルザ族にスパイ行為を働いた。ここに、量子分解刑に処する〉
カーディスの合図の直後、処刑台の3人は突然悲鳴を上げ、苦悶の表情で顔面を痙攣させた。
その顔はしだいに崩れていき、人間の〝顔〟ではなくなり、〝声〟ですらなくなる。
ドロドロと崩れ落ちる全身が処刑台の上を覆う。
生臭く強烈な臭い。
……だめだ。
吐き気がこみ上げた。
「リラ?」
現実の声。
肩に触れる手。
「ホロONE、停止……」
かろうじて声を絞り出し、口元を押さえる。
ここは、見るべきじゃなかった。
「大丈夫か」
背中を撫でるルークの手が優しい。
「ごめんなさい……大丈夫」
ベッドの中だと思っていたのに違った。
「カーディスが、公開処刑を行うところだった……」
「公開処刑?」
聞き返すルークにうなずく。
「民衆の前で、受刑者を量子に分解する刑なの……」
それを聞いたグオが声を上げる。
「うえっ、グロい」
リラは深呼吸した。
「スパイに対する刑で、見せしめだったのよ」
リラは息を整えた。
あのとき、思った。
──バレたら、死のう。
だから、ゼノンを愛していると、そう思い込むしかなかった。
恐怖も、嫌悪も、全部押し殺して。
そうしなければ、自分を保てなかった。
「無理して見なくていい」
静かに響くルークの声。
「きみが確認しなくても、バイオドローンのことは調べればいい」
──いや、でも、見なければ。
リラには、他のメンバーのように、何か秀でた能力があるわけではない。
自分がいまチームの役に立てるとすれば、スパイとして潜入していたこと。
そして、ゼノンの最も近くにいたこと。
その経験だけだ。
「もう大丈夫よ、他の記憶を見るわ」
リラはルークにそう言うと背筋を伸ばした。
「ホロONE、脳内再生再開」
ふたたび目を閉じる。
〈あぁ……ノヴァ……〉
──きた。
ベッドの中でゼノンはノヴァの体に覆いかぶさる。
──見せられない。
〈カーディスを……どう思う……〉
〈大きくて怖いわ……〉
ゼノンはかすかに笑みを浮かべた。
だがその指先が、一瞬だけノヴァの肌を強く掴んだ。
〈私は怖くないのか……〉
〈あなたは……愛する人だもの……でも……〉
〈でも……?〉
ノヴァはゼノンの顔を包み、唇を重ねる。
〈あなたと離れるのが……怖い……〉
ゼノンはその言葉に、わずかに目を細めた。
〈ずっと、こうしていて……〉
〈ずっとこうしている……〉
そう応えながら体を起こす。
だがその視線が、一瞬だけ扉の方へ流れる。
──誰かを、気にしてる?
腰の動きがわずかに荒くなる。
〈侵攻は、あの大男に任せて……〉
いつもの余裕が、陰をひそめる。
ゼノンはノヴァの耳元に顔を寄せた。
〈ノヴァ……おまえは、カーディスの蚊に刺されぬよう、気をつけろ……〉
その囁きは甘いのに、どこか、警告のようでもあった。
〈あの大男に……意のままに操られ、好きに弄ばれてしまうぞ……〉
冗談か、それとも──
ほんの一瞬、ゼノンの瞳が揺れた気がした。
ゼノンは、カーディスを優秀な右腕としながらも、たまにその存在に怯えているようなそぶりも見せた。
リラは目を開けた。
「……蚊よ」
つぶやくように言う。
全員の視線が集まる。
「カーディスの〝蚊〟に刺されると、操られるって」
キリュウが眉間にしわを寄せて聞き返す。
「蚊……?」
「バイオドローンの正体だな」
ルークの声に、リラはうなずいた。
「媒介させて神経リンクを張る」
「じゃあ、刺されたらアウトか……」
めずらしく張りのないグオの声。
沈黙。
それを破ったのは、キリュウだった。
「……クドウ」
いつもと行動が違う人間だ。
「ああ、あの、二日間姿を消してたハンドラー?」
ニコライがそう聞き返した。
「突然二日も休暇を取るようなヤツじゃない。しかも理由もあいまいだった」
「そのハンドラーは監視する必要があるな」
ルークの言葉にキリュウはうなずいた。
「各部のトップに、いつもと様子が違う者がいないか確認するよう通達を出す」
「カルザ族に神経リンクで操られている最中は瞳孔が拡張するわ」
リラはメンバーにそう言った。
「リンクが開通すれば瞳孔が拡張するということ?」
メイヴの質問にリラは首を横に振る。
「開通しただけでは変化はない。精神を乗っ取られると瞳孔に表れるの」
「各自、自分の周囲の人間にも注意を払おう」
キリュウの言葉に全員がうなずいた。
カルザ族の動きはまだないと思っていた。
──でもそれは違う。
水面下で侵攻は確実に進んでいる。
【装備開発訓練室】
そのあとキリュウはロベールに報告へ行った。
残るメンバーは、AI戦闘ロボットの訓練だ。
金属と油の匂いが、わずかに鼻を刺す。
壁際に並ぶロボットスーツを前に、リラは足を止めた。
──これを、着るの?
人の形をなぞる細いフレームに、透明の幕が張られているだけのように見える。
とても安全そうには見えない。
「基本は簡単だ」
グオが気安く言う。
「着て、同期して、動く。それだけ」
「それだけって……」
思わず声が漏れる。
「やってみるから見てて」
グオはフレームの背部ユニットを操作する。
カチ、と小さな音を立てて、装置がわずかに開いた。
「後ろから入る。足、腕の順で合わせる」
メンバーが見守るなか、グオはフレームの中に足を踏み入れ、続けて腕を通す。
背部のフレームが閉じて、グオの身体とロボットスーツが一体化した。
「おぉ、かっこいいじゃん、私たちもやりましょ」
メイヴは楽しそうにグオの隣のロボットスーツに近づき、ニコライもそれに続いた。
……ああ、絶対、苦手なやつだわ。
躊躇するリラにルークが声をかける。
「おいで、一緒にやろう」
「……うん」
「服を着ると思えばいいんだ」
ルークはライフルの訓練でもそんなふうに簡単に言った。
「ほら、ここに足入れて」
片足を上げようとするとルークが腕を差し伸べた。
リラは彼の腕につかまってフレームの中に右足を踏み入れる。
ひやりとした金属の感触が、ブーツ越しに伝わった。
「左足と同時に両腕を通せばいい」
「う、うん……」
言われるままに左足を入れながら両腕を通す。
すると背部のフレームが閉じて身体が包み込まれた。
固定具が静かに締まり、逃げ場を失うような感覚だ。
「ルークが入ったら同時にリンクを開始する」
グオの言葉にルークも手際よくロボットスーツに身を収めた。
「よし、リンクを開始する」
次の瞬間。
視界の奥が、ぱちっと白く弾けた。
「……っ」
遅れて、体の内側に何かが流れ込んでくる。
電流のような、しかし痛みはない。
神経の一本一本に触れられるような、奇妙な感覚。
指先が、勝手にわずかに動いた。
自分で動かしたのか、それすらあいまいだった。
「わぁ、すごい。自分の体が自分の体じゃないみたい」
「おもしろいな、これ」
メイヴとニコライは話しながら体を動かす。
グオは左腕のパネルを確認した。
「同期率、問題なし」
リラはゆっくりと手を握った。
ぎし、と小さな駆動音が鳴る。
それだけの動作なのに、普段とは違う。
軽くて、強い。
「……なにこれ」
思わず、笑みがもれた。
「おわっ、持ち上げるな!」
グオの声に顔を上げると、ルークがグオの体をバーベルのように頭上に担ぎ上げていた。
「投げてみていい?」
「ダメ!」
ルークはそのまま思いきりグオの体を遠くに投げた。
グオの体は吹っ飛んで訓練室の壁に激突するも、見事なフォームを描いて床に着地。
そのままの勢いでルークに突っ込んで体当たりし、今度はルークの体が飛ばされ、反対側の壁に激突する。
息を吞む三人の前で、ルークは落下するとそのまま床をくるくるっと二回転して、すっと立ち上がった。
「これ……おもしろいな」
そう言って自分の体を見下ろす。
その時だった。
全員の腕のリンクコムから一斉に緊急通知音がした。
「なに?」
同時にリンクコムに注目する。
[【緊急】戦闘宇宙艦タナー、東部砂漠地帯に墜落。全員、直ちに緊急配備に就け]
「タナーが?」
ルークが声を上げ、メンバーは顔を見合わせる。
さっきまでのお遊びムードは瞬時に消えた。




