表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

14/36

13. カーディスの蚊




【テラ軍本部 AKF対策室】




「バイオドローン?」


キリュウが低く聞き返した。


「おそらく、それを使ってテラ族に神経リンクを張るつもりだ」


ルークの言葉に、室内の空気がわずかに張りつめる。


「リラ、聞いたことある?」


メイヴに呼ばれ、リラはゆっくりと顔を上げた。


バイオドローン。


──どこかで聞いた。


記憶の奥に、引っかかる。


「……ゼノンの部下のカーディスという人物が中心になって開発していた、生物兵器かもしれない」


口にした瞬間、嫌な感覚が背筋を走った。


三年前の戦いで、カルザ族は学んだはずだ。正面戦闘では勝てない。


ならば──別の手段で来る。


「その話、いつ聞いた?」


キリュウの声に、リラは眉を寄せた。


「……思い出せない」


けれど、確かに知っている。


「検索をかけるか」


「……〝カーディス〟でお願い。たぶん、その方が引っかかる」


「ホロONE、検索〝カーディス〟」


ホロONEが起動する。


だが表示されたログには、すべて同じ警告が並んだ。


〝Warning: Sensitive(センシティブ) Content(コンテンツ)


──やっぱり。


胸の奥が、わずかに冷える。


見せたくない記憶。


見せられない記憶。


……ゼノンと、いたときのものだ。


「ごめん……少し、一人で確認していい?」


キリュウは何も言わずうなずいた。


ルークの方を見ることができなかった。


あの記憶を辿るとわかっていて、平然と顔を向けられるほど、強くはない。


「ホロONE、ミタライX737723、脳内再生」


目を閉じる。

意識の奥で、世界が切り替わる。

記憶の持ち主の頭の中だけで、その場面は再生される。




最初に現れたのは、広場だった。


ああ、あのときか……


ざわめく群衆。

中央には処刑台。


〈カーディス様が処刑を……〉


誰かの声が耳に入る。


人々が見守るなか、看守に引っぱられ、背後をチェーンでつながれた三人のスパイが姿を見せる。

手枷てかせと首輪で拘束されたまま、それぞれ処刑台の上に引き上げられた。


カルザ帝国を統制するための〝見せしめ〟が始まる。


〈あの……〉


リラは隣の男性に話しかけた。


〈あの、後ろにいる方がカーディス様ですか?〉


黒い仮面。

怪物のように大きな体。

その姿は人に恐怖と威圧を感じさせる。


〈ああそうだよ、その後ろに座られているのが、ゼノン様だ〉


リラは、このとき初めてゼノンの姿を見た。


カーディスの姿が強烈で、ゼノンにはソフトな印象すら抱いた。

がしかし、よく見るとその目は鋭い。


あの人になら、近づける気がする……


リラはこのとき、ゼノンに近づくことを決めた。


〈罪状〉


カーディスが処刑台のそばに立つ。


〈この者たちは、祖国の利益のために我々カルザ族にスパイ行為を働いた。ここに、量子分解刑に処する〉


カーディスの合図の直後、処刑台の3人は突然悲鳴を上げ、苦悶くもんの表情で顔面を痙攣けいれんさせた。


その顔はしだいに崩れていき、人間の〝顔〟ではなくなり、〝声〟ですらなくなる。

ドロドロと崩れ落ちる全身が処刑台の上を覆う。

生臭く強烈な臭い。


……だめだ。


吐き気がこみ上げた。




「リラ?」


現実の声。


肩に触れる手。


「ホロONE、停止……」


かろうじて声を絞り出し、口元を押さえる。


ここは、見るべきじゃなかった。


「大丈夫か」


背中を撫でるルークの手が優しい。


「ごめんなさい……大丈夫」


ベッドの中だと思っていたのに違った。


「カーディスが、公開処刑を行うところだった……」


「公開処刑?」


聞き返すルークにうなずく。


「民衆の前で、受刑者を量子に分解する刑なの……」


それを聞いたグオが声を上げる。


「うえっ、グロい」


リラは深呼吸した。


「スパイに対する刑で、見せしめだったのよ」


リラは息を整えた。


あのとき、思った。

──バレたら、死のう。


だから、ゼノンを愛していると、そう思い込むしかなかった。

恐怖も、嫌悪も、全部押し殺して。

そうしなければ、自分を保てなかった。


「無理して見なくていい」


静かに響くルークの声。


「きみが確認しなくても、バイオドローンのことは調べればいい」


──いや、でも、見なければ。


リラには、他のメンバーのように、何かひいでた能力があるわけではない。


自分がいまチームの役に立てるとすれば、スパイとして潜入していたこと。

そして、ゼノンの最も近くにいたこと。

その経験だけだ。


「もう大丈夫よ、他の記憶を見るわ」


リラはルークにそう言うと背筋を伸ばした。


「ホロONE、脳内再生再開」


ふたたび目を閉じる。




〈あぁ……ノヴァ……〉


──きた。


ベッドの中でゼノンはノヴァの体に覆いかぶさる。


──見せられない。


〈カーディスを……どう思う……〉


〈大きくて怖いわ……〉


ゼノンはかすかに笑みを浮かべた。

だがその指先が、一瞬だけノヴァの肌を強く掴んだ。


〈私は怖くないのか……〉


〈あなたは……愛する人だもの……でも……〉


〈でも……?〉


ノヴァはゼノンの顔を包み、唇を重ねる。


〈あなたと離れるのが……怖い……〉


ゼノンはその言葉に、わずかに目を細めた。


〈ずっと、こうしていて……〉


〈ずっとこうしている……〉


そう応えながら体を起こす。


だがその視線が、一瞬だけ扉の方へ流れる。


──誰かを、気にしてる?


腰の動きがわずかに荒くなる。


〈侵攻は、あの大男に任せて……〉


いつもの余裕が、陰をひそめる。


ゼノンはノヴァの耳元に顔を寄せた。


〈ノヴァ……おまえは、カーディスの蚊に刺されぬよう、気をつけろ……〉


その囁きは甘いのに、どこか、警告のようでもあった。


〈あの大男に……意のままに操られ、好きにもてあそばれてしまうぞ……〉


冗談か、それとも──


ほんの一瞬、ゼノンの瞳が揺れた気がした。


ゼノンは、カーディスを優秀な右腕としながらも、たまにその存在に怯えているようなそぶりも見せた。




リラは目を開けた。


「……蚊よ」


つぶやくように言う。


全員の視線が集まる。


「カーディスの〝蚊〟に刺されると、操られるって」


キリュウが眉間にしわを寄せて聞き返す。


「蚊……?」


「バイオドローンの正体だな」


ルークの声に、リラはうなずいた。


「媒介させて神経リンクを張る」


「じゃあ、刺されたらアウトか……」


めずらしく張りのないグオの声。


沈黙。


それを破ったのは、キリュウだった。


「……クドウ」


いつもと行動が違う人間だ。


「ああ、あの、二日間姿を消してたハンドラー?」


ニコライがそう聞き返した。


「突然二日も休暇を取るようなヤツじゃない。しかも理由もあいまいだった」


「そのハンドラーは監視する必要があるな」


ルークの言葉にキリュウはうなずいた。


「各部のトップに、いつもと様子が違う者がいないか確認するよう通達を出す」


「カルザ族に神経リンクで操られている最中は瞳孔が拡張するわ」


リラはメンバーにそう言った。


「リンクが開通すれば瞳孔が拡張するということ?」


メイヴの質問にリラは首を横に振る。


「開通しただけでは変化はない。精神を乗っ取られると瞳孔に表れるの」


「各自、自分の周囲の人間にも注意を払おう」


キリュウの言葉に全員がうなずいた。


カルザ族の動きはまだないと思っていた。


──でもそれは違う。


水面下で侵攻は確実に進んでいる。




【装備開発訓練室】




そのあとキリュウはロベールに報告へ行った。

残るメンバーは、AI戦闘ロボットの訓練だ。


金属と油の匂いが、わずかに鼻を刺す。


壁際に並ぶロボットスーツを前に、リラは足を止めた。


──これを、着るの?


人の形をなぞる細いフレームに、透明の幕が張られているだけのように見える。

とても安全そうには見えない。


「基本は簡単だ」


グオが気安く言う。


「着て、同期して、動く。それだけ」


「それだけって……」


思わず声が漏れる。


「やってみるから見てて」


グオはフレームの背部ユニットを操作する。

カチ、と小さな音を立てて、装置がわずかに開いた。


「後ろから入る。足、腕の順で合わせる」


メンバーが見守るなか、グオはフレームの中に足を踏み入れ、続けて腕を通す。

背部のフレームが閉じて、グオの身体とロボットスーツが一体化した。


「おぉ、かっこいいじゃん、私たちもやりましょ」


メイヴは楽しそうにグオの隣のロボットスーツに近づき、ニコライもそれに続いた。


……ああ、絶対、苦手なやつだわ。


躊躇ちゅうちょするリラにルークが声をかける。


「おいで、一緒にやろう」


「……うん」


「服を着ると思えばいいんだ」


ルークはライフルの訓練でもそんなふうに簡単に言った。


「ほら、ここに足入れて」


片足を上げようとするとルークが腕を差し伸べた。

リラは彼の腕につかまってフレームの中に右足を踏み入れる。


ひやりとした金属の感触が、ブーツ越しに伝わった。


「左足と同時に両腕を通せばいい」


「う、うん……」


言われるままに左足を入れながら両腕を通す。

すると背部のフレームが閉じて身体が包み込まれた。

固定具が静かに締まり、逃げ場を失うような感覚だ。


「ルークが入ったら同時にリンクを開始する」


グオの言葉にルークも手際よくロボットスーツに身を収めた。


「よし、リンクを開始する」


次の瞬間。


視界の奥が、ぱちっと白く弾けた。


「……っ」


遅れて、体の内側に何かが流れ込んでくる。

電流のような、しかし痛みはない。

神経の一本一本に触れられるような、奇妙な感覚。


指先が、勝手にわずかに動いた。

自分で動かしたのか、それすらあいまいだった。


「わぁ、すごい。自分の体が自分の体じゃないみたい」


「おもしろいな、これ」


メイヴとニコライは話しながら体を動かす。


グオは左腕のパネルを確認した。


「同期率、問題なし」


リラはゆっくりと手を握った。

ぎし、と小さな駆動音が鳴る。


それだけの動作なのに、普段とは違う。

軽くて、強い。


「……なにこれ」


思わず、笑みがもれた。


「おわっ、持ち上げるな!」


グオの声に顔を上げると、ルークがグオの体をバーベルのように頭上に担ぎ上げていた。


「投げてみていい?」


「ダメ!」


ルークはそのまま思いきりグオの体を遠くに投げた。


グオの体は吹っ飛んで訓練室の壁に激突するも、見事なフォームを描いて床に着地。

そのままの勢いでルークに突っ込んで体当たりし、今度はルークの体が飛ばされ、反対側の壁に激突する。


息を吞む三人の前で、ルークは落下するとそのまま床をくるくるっと二回転して、すっと立ち上がった。


「これ……おもしろいな」


そう言って自分の体を見下ろす。


その時だった。


全員の腕のリンクコムから一斉に緊急通知音がした。


「なに?」


同時にリンクコムに注目する。


[【緊急】戦闘宇宙艦タナー、東部砂漠地帯に墜落。全員、直ちに緊急配備に就け]


「タナーが?」


ルークが声を上げ、メンバーは顔を見合わせる。

さっきまでのお遊びムードは瞬時に消えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルに応援クリックお願いします → ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ