餓魔!
人混みを掻き分けて声のもとへと急いだが、狭い歩道を逆流してくる人の波が激しく、なかなか前に進めない。
「邪魔よ、どきなさい!」
先生が鋭く一喝すると、モーゼの十戒のように道が開けた。
辿り着いた先では、一人の男がうずくまる女性を怒鳴りつけていた。
男の目の周りは死人のようにドス黒く澱み、その肩には……粘着質な闇の塊、小型の『餓魔』がべっとりと憑依していた。
「ちっ、おっさんの負の感情に当てられて、餓魔が同期してるわね。道理でドス黒いわけだわ。……巡回してる連中は何をやってるのよ!」
先生が忌々しげに声を荒らげる。
「潤、桜子、マサ! 排除するわよ。これ、試作の魔導香水よ。ちゃっちゃと自分に振りかけて精神防御を張りなさい。あとはサクッと片付けておしまい! あと桜子! 今さっき買ったグロスにエンチャントしたから軽く塗って!」
「わかった!」
「任せとけ!」
「先生ありがとう! 秒でやろう、潤!」
俺たちは先生から放り投げられたミストを全身に浴び、男へと肉薄する。
「おい、おっさん! 女の子泣かせて何やってんだよ!」
マサが人混みを割って入り、男の懐に飛び込んだ。
「オラッ!」
一般人の目には、マサがただ男の肩を乱暴に叩いたように見えただろう。だが、霊的な質力を込めたマサの拳は、男の肩に乗っていた餓魔だけを正確に、粉微塵に打ち砕いた。
一瞬で餓魔が消滅し、男の目の周りの黒ずみがサッと引いていく。
「……あれ? 俺、何して……?」
憑き物が落ちたように呆然とする男。そこへ駆けつけた警官たちが、状況を確認しながら男を連行していった。
泣きじゃくっていた女性にお礼を言われていると、人混みの向こうからガタイのいい男が歩み寄ってきた。
「……悪いな、遅れた。堀井先生、それにマサも」
「親父!」
現れたのは、マサの父親だった。この地区の警備や結界の維持を統括している実力者だ。
「先生、結界の不備を責めないでやってくれ。実は最近、原因不明の同時多発が多くてな。結界の処理能力を超え始めてるんだ……」
「同時多発……? 聞いてないけど!?」
先生が眼鏡をくいっと押し上げ、険しい表情を見せる。
「ああ。すまん、まだ確証はないんだ。だから当面は巡回を増やしてはいるんだが、追いつかない。……研修を早めた先生の判断は正解だったもしれん」
不穏な空気が流れる。だが、堀井先生はすぐにいつもの冷徹な美貌に戻り、俺を振り返った。
「……だそうよ、桐山。この程度の餓魔相手に、さっき買ったグロスを使うまでもなかったわね」
「そうだな……。弱い餓魔で良かったし、助けて終わりで済んだよ、本当に」
胸を撫で下ろす俺に、先生が極上の、しかし逃げ場のない笑みを向けた。
「さて、予定外の実戦は終わり。ここからが本番よ。今夜は桐山家で、あなたの肌に『最先端の魔導美容』を刻み込んであげるわ。……行くわよ。あなたの母親には、既に『潤くんを最高に綺麗にします』って連絡済みだから」
「……母さんにまで!? ちょ、待って、母さんはノリが良すぎるんだって!」
俺は、さっきまでの餓魔への恐怖とは別の、もっと個人的な「アイデンティティの危機」を感じながら、スイーツとパンパンに膨んだコスメのショッパーを持って家路につくことになった。
明日の朝、俺が俺のままでいられる保証は、どこにもなかった。
本作お読み頂きましてありがとうございます。
この作品をチラッととでも
『ふふふ』、『!?』と思ってくださった方は
ブックマークとか!?
マックス『★★★★★』まで
評価あるのでポチッとしてもらえるとテンション上がります
へへへ
よろしくお願いします!




