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その絆はまだ途中  作者: ぶい。
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始まりの日

「翼くんはすごいね。」


誰かの声が聞こえた。


「やっぱり兄弟でも違うな。」


「結希斗も頑張らないと。」


――やめて。


聞きたくない。


『ゆき』


優しい声がした。


振り向く。


そこには翼が立っていた。


「っ……!」


ゆきは勢いよく目を覚ました。


見慣れた天井が視界に映る。


しばらくの間、息を整えながら天井を見つめていた。


「……またか。」


ぽつりと呟く。


何度も見てきた夢。


何度も胸を締めつけられた夢。


時計を見ると、まだ朝だった。


重い身体を起こし、洗面所へ向かう。


冷たい水で顔を洗い、鏡を見る。


映っているのは、いつもの自分だった。


「……。」


小さく息を吐く。


でも、今日はいつもと違う。


今日から結び屋に所属する。


翼がいる場所。


少し緊張する。


だけど、それ以上に。


少しだけ楽しみだった。


「……よし。」


両頬を軽く叩き、自分に気合を入れる。


今日は、新しい人生の始まりの日だ。


受付を済ませ、渡されたカードを手に廊下を歩く。


建物の中は思っていたより静かだった。


目の前には、大きな扉。


新人は、この先へ進むよう案内されている。


ゆきは小さく深呼吸をした。


「……行こう。」


そう呟き、扉を開く。


その瞬間だった。


「やっぱり翼くんはすごいね。」


聞き覚えのある声が耳に届く。


ゆきの足が止まった。


目の前に広がっていたのは、中学生の頃の教室だった。


見覚えのある机。


黒板。


制服姿のクラスメイト。


そして――翼。


「また表彰されたんだって。」


「ほんとすごいよな。」


「結希斗も頑張れよ。」


胸が締めつけられる。


知っている。


何度も聞いた言葉。


何度も比べられてきた。


『兄みたいになれるといいね。』


その一言が、どれだけ苦しかったか。


「……。」


足が震える。


今すぐ逃げ出したい。


扉を閉めて、この場所から消えてしまいたい。


でも――。


ここで逃げたら、きっとまた同じ夢を見る。


ゆきはゆっくりと拳を握った。


爪が手のひらに食い込む。


痛みが走る。


その痛みが、ここは現実ではないと教えてくれた。


「……知ってるよ。」


小さく呟く。


「翼がすごいことくらい。」


胸は苦しい。


悔しい。


辛い。


それでも。


ゆきは一歩前へ踏み出した。


「だからって。」


「私がここに来ちゃいけない理由にはならない。」


その瞬間。


教室が音を立てて砕け散る。


クラスメイトも。


先生も。


翼の姿も。


すべてが光となって消えていった。


気付けば、目の前には最初に見た大きな扉。


静かな廊下。


手には入館カードが握られている。


乱れた呼吸だけが、現実を物語っていた。


「合格です。」


透き通るような声が響く。


ゆきが顔を上げると、一人の少女が立っていた。


淡いピンク色の髪。


柔らかな笑顔。


どこか不思議な空気をまとっている。


「ようこそ、結び屋へ。」


「今のは……?」


ゆきが尋ねると、少女は小さく首を傾げた。


「新人試験ですよ。」


まるで当たり前のことのように答える。


「あなたは、自分の過去から逃げませんでした。」


「だから合格です。」


少女は優しく微笑み、そのまま歩き出した。


「こちらへ。」


ゆきは慌てて後を追う。


廊下は広く、すれ違う人たちは皆忙しそうだった。


「緊張していますか?」


少女が振り返る。


「……少し。」


「大丈夫ですよ。」


その笑顔には、不思議と安心感があった。


「最初は、みんな同じですから。」


しばらく歩くと、一枚のプレートが掛かった部屋の前で少女が立ち止まる。


黒羽 力也


「こちらです。」


少女が扉を開く。


「失礼します。」


ゆきが部屋へ入ると、机の向こうに座る男性が静かに顔を上げた。


落ち着いた眼差し。


無駄のない立ち居振る舞い。


「君が長瀬ゆきか。」


低く穏やかな声だった。


「はい。」


「座って。」


ゆきは促されるまま椅子へ腰掛ける。


力也は資料を一枚めくり、ゆきを見た。


「試験はどうだった。」


少しだけ考えてから、ゆきは苦笑した。


「……正直、嫌でした。」


その言葉に、力也はほんの少しだけ口元を緩める。


「そうか。」


「大体みんな、そう言う。」


資料を閉じると、力也は改めてゆきを見つめた。


「長瀬ゆき。」


「結び屋へようこそ。」


その一言を聞いて、ゆきは静かに頷く。


ここで何を得るのか。


何を失うのか。


まだ分からない。


それでも、一つだけ決めたことがあった。


――もう、逃げない。

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