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23.協力者


 地面は隆起し、石畳は剥がれ、路地裏で立っているのは魔法を使えるアリアナだけで、刃物だけを手に挑んできた白面たちは六人とも地面に伏せていた。


「さあ、知っていることを吐いてもらいます」


 砕けた石畳のうえに片膝をおろしたアリアナが、すぐ近くにいた白面のひとりの胸倉を掴んで持ちあげる。片手で上半身をあげられるほど体重は軽いものの、外套越しに見える肩幅の大きさからして仮面の下は男性なのだろう。


「あなたたちは何者ですか? ヘド・ブラッドとはどういう関係ですか?」


 胸倉を掴んだ右手とは逆の左手には未だ杖が握られており、無力な一般人がどう抵抗しようがひっくり返せる状況ではない。だが白面は決して口を開かなかった。


「忠告しておきますが、私は卑怯者への慈悲を持ち合わせていません。意地でも喋らないというなら、苦痛を用いた拷問だって厭わないつもりです」


 喋るつもりのない白面にアリアナが苛立ちを募らせていると、背後で人影がむっくり起きあがる。薪割りに使う手斧が月明りに照らされて妖しく光った。

 アリアナが苛立っているのが原因なのか。白面の人殺しに長けた技術と経験が原因なのか。ゆっくり忍び寄る殺意にアリアナは気づかない。

 手斧を振りあげた白面が、アリアナの後頭部へ狙いを定めて飛びだす。


「しまった」


 背後から迫る凶刃に気づいた頃には、もう手遅れだった。

 魔法を使うことも逃げることもできない、次に瞬いた時はもう死んでいる。


 ――――が、手斧がアリアナの小さな頭をかち割るよりも素早くまわし蹴りの軌道が空気を引き裂いた。


「させないぜ」


 仮面を砕き、鼻をへし折り、その一撃はあまりに重たい。戦いに慣れていた白面の男であろうが一発受けただけで白目を剥き、意識を失ってしまうほど強力な蹴りを放ったのもまた、彼と同じ黒い外套に白面の男だった。


「降伏しなさい」


 自分を襲った集団と同じ身なりの男に、アリアナは杖を向けて脅迫する。


「あなたたちは何者ですか? どうして私を?」


 その場で立ち止まる男は両手をあげて降伏すると、白い仮面の下で口をひらいた。


「こいつらは魔賊、知ってるだろ? 認可を受けていない非公認魔導師を匿ってるから妙な呼びかたされてるが、要は金さえ積めば人殺しも請け負う雇われの兵隊。上の指示で金を稼がされてる下っ端どもさ」

「雇い主は?」

「お察しの通り、元統括局の魔導師ヘド・ブラッド」

「ブラッド先生が、私を殺せと?」

「ああ、知ってはならないことを知っちまったんだろうな」


 飄々とした態度の男と対照的に、アリアナは杖を握る力を一層強くした。


「知ってはならないこととは?」

「それは、ここでは話せねぇな」

「話しなさい、さもなくば――」


 アリアナが言い終えるより前に男は仮面をはずし、外套のフードを脱ぎ、踵を返して自らの素顔を彼女に晒す。


「話せないんだ、話さないワケじゃない」

「どうして素顔を、あなたは?」


 仮面を抉れた石畳に投げ捨てると、二十代くらいの若い男は再び両手をあげて無抵抗であることをアピールしてみせた。


「ニック・ウォーカー、あんたの敵じゃない。ここまで質問に答えたんだから、こっちの質問にも答えてくれよ。さっきマクニコルって言ってたが、そりゃあのマクニコル家の人間ってことか?」

「ええ、そうですとも」


 高価な外套を羽織り、煌びやかな杖を向け、気品あふれる振る舞いと若さを感じさせない魔法のセンス。それは世界的に有名な魔導師一族である何よりの証拠だ。


「私がマクニコルの魔導師であることが、なにか?」

「あんたがどんなことを探ってブラッドに命を狙われたかは知らないが見当はついてる。十年前の征伐のことだろう?」

「それのどこが殺されねばならないほどの理由なのでしょう。十年前の征伐とガブリエラ・ゴートのことは既に知れ渡っていることです」

「俺も十年前の征伐を追ってるんだ。あんたがマクニコルのお嬢さんだってんなら、手を組みたい」

「素性も知れないうえ、この私を襲った者と同じ装いをしたあなたのことを信じろとおっしゃるのですか?」

「あーっと、その辺のことも説明するから場所を変えないか?」

「その馴れ馴れしい態度も気に入りません」

「悪かったから、物騒なもん向けるなよ!」

「先に物騒なものを向けてきたのはあなたたちでしょう」


 魔導師が杖を向けて歩いてくるのは、一般人にとって恐怖以外の何物でもない。どれだけ強靭な肉体を持つ大男がハンマーを振りまわすのも、優秀な剣士が剣を向けるのだって、アリアナのような少女が向ける杖ほど恐ろしいものはなかった。


「すぐに信じろっていうのも無茶だと思うが、とにかく俺は敵じゃないんだよ」


 そう言って、ニックが黒い外套に隠れていた自身の左腕をアリアナに見せる。鍛えられた太い腕を這う血管と『166』のタトゥーを目の当たりにし、アリアナは大きく目を見開いた。


「数字のタトゥー」


 リルクレイの左わき腹に刻まれた『223』。ガブリエラ・ゴートの右肩に刻まれた『185』。ニック・ウォーカーの左腕には、同じ字体で『166』のタトゥーが刻まれている。

 あまりの衝撃にアリアナは杖をおろし、右手で自らの口を覆った。


「あんたがマクニコルだというなら、そのウデと発言力を借りたい。代わりにコイツと十年前のことで知ってることは全部話す。そういう取引なら考えてくれるか?」


 裏路地に人の足音とざわめきが近づいてくる。魔法を使用した際の地面が擦れる轟音に気づいた野次馬たちが、次々と向かってきているのだろう。


「分かりました、場所を変えましょう」


 考えている暇もなく、アリアナはこくりと首を頷かせて裏路地から立ち去った。



 *



 建築専門の魔導師ジャマール・マグロアが建てた時計塔は、その造形の美しさからも大陸中の注目を浴び、今や名所のひとつに数えられるもの。毎日毎日整備員が長い階段を昇って点検し、足もとには杖を持った警備員が常駐している。

 【マグロアの時計塔】の頂上から望む街は、まるで並べたオモチャのようだった。


「街を探そうと出かけたが、これは広すぎる。南部を練り歩くだけでも数日はかかりそうだ」


 ひと言に南部の飲食街といっても広く、夜になっても活発に動くその場所へ集中する黄金灯魚や人間の数だって非常に多い。アリアナひとりを練り歩いて探すのは困難を極めた。

 仕方なく背中に灰色の翼を生やし、夜空を滑空するリルクレイ。徐々に高度を落としてゆくと、飲食街でもひと際騒がしい場所があった。


「なんだ、あれは」


 飯屋が大繁盛しているのではない。


「くそ、人が多すぎる」


 街に降りてみたものの、野次馬たちの背が邪魔で小柄なリルクレイが突っ込んだくらいではビクともしない。このままじゃ埒があかないとみたリルクレイは仕方なく向かいの店にいた女主人のもとへ駆け寄った。


「この騒ぎはなんだ?」

「喧嘩騒ぎだって、今統括局がきたところだよ」

「喧嘩くらいでこの騒ぎか、平和でなによりだ」

「嬢ちゃん、飲食街ははじめてかい? ここじゃ酔った客同士の喧嘩なんて日常さ」

「なら、この騒ぎはなんだ」

「魔導師様の喧嘩さ、だから統括局がわざわざ出張ってきてんじゃないか」

「魔導師の? そいつらはどうした、まだあの人混みの向こうにいるのか?」


 ピンときた。


「いいや、まだ騒ぎになる前に馬に乗って逃げてくのを見たよ」

「どんな容姿だった」

「うーん、黒ずくめの男と、その後ろには金髪のお嬢ちゃんが乗ってたね。外套もえらく高そうだったし、ありゃいいトコの魔導師様に違いない」

「その金髪っていうのは首もとくらいあって背が高くて、外套は黒と金色の」

「そうそう、よく知ってるね。知り合いだったら、もうこんな街中で騒ぎを起こすんじゃないよって伝えてくんないかい?」


 どうやら喧嘩騒ぎはアリアナによるもので間違いないらしい。リルクレイの予感は見事に的中していた。


「馬はどっちへ?」

「たしかあっちの、ありゃ統括局の西方支部がある方角だね」

「ありがとう、伝言は預かっておくよ」


 聞きたいことを聞きだすとリルクレイはすぐさま踵を返し、女主人が指した方角へ宵街を駆けた。


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