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22.恋は盲目


 アリアナが学園を出てすぐ、彼女と入れ替わるようにしてリルクレイが自室へ戻った。

 各部屋の寝具の準備へ急ぐ二足歩行のウサギたちを尻目に、廊下の黄金灯魚を一匹部屋のなかへ入れたリルクレイ。明かりのついた部屋で真っ先に見つけたのは、アリアナのベッドの上で開かれたままの名簿だった。


「なんだ、これは」


 現代へやって来てからは目に入る全ての情報が新鮮で楽しいリルクレイにとって、書物は最高の娯楽。目の前で開かれたそれを見ずにはいられない。


「魔導師学園の名簿? こんなものをどうしてアリアナが」


 対照的にアリアナはマクニコルという魔導師一家に育ったからか、学園や魔法のことについてはよく知っているし、それ以外の知識を必要としている節もない。魔導師レイアに関する小説ばかり読んでいた彼女が学園の名簿に興味を示すなんてことは考えにくかった。

 不思議そうに首を傾げ、名簿を手に取るリルクレイ。そこに記載されてあったのは、ついさっきまで対談していたヘド・ブラッドの名前。


「ヘド・ブラッドに、ガブリエラ・ゴート」


 それから、彼の同期でもあるガブリエラ・ゴートの名前だった。


「どういうことだ? なぜアリアナがこんなものを」


 開かれてあったということは、このページを読んでいたということである。


「何かを調べていたのか?」


 違和感を覚えずにはいられない状況に、リルクレイは名簿を閉じて眉間にシワをよせた。


「一体何を?」


 ――アナ様ならブラッド先生を見つけて、何か用事があるんだってひとりで。


「用事とは何だったんだ」


 ふと思い出したのは、治癒院から出てきたドロシーの言葉。

 マギサエンドでも重要な立場を担うマクニコル家の長女という立場上、人との関わりや用事などは多いだろう。本当に個人的な要件なのかもしれない。


「妙な胸騒ぎがする」


 しかしリルクレイの勘は、それで納得していない。


「あいつの家は有名な魔導師一族だというが、まさか私の件に一枚嚙んでいるのか? いや、それならばとっくに観測用の番号で私に気づいているはずだ。

 おそらくブラッドが私に気づいたのは番号と人間を結びつけているから。図書館にも人物を本物のように描いた表紙や挿絵が山ほどある以上、そういった技術を魔導師が身につけているのは想像に難くない。だとすれば同じ部屋であるアリアナは私の体の番号を確認する機会がいくらでもあった。

 確認してブラッドに報告したことで、彼は私をレイアと断定したのか? だったら、なぜアリアナがブラッドとガブリエラについて調べる」


 灰色の長い髪が乱れるほど頭を掻きむしり、ぶつぶつ呟くリルクレイ。小さな尻をアリアナのベッドにのせると、彼女はさらに続けた。


「待てよ、私の体の番号を確認できた?」


 今の今まで自らの頭を掻いていたリルクレイの右手が、番号の刻まれている脇腹をそっと抑えた。


「まさかアリアナが調べていたのは、ブラッドでもなければガブリエラでもなく、観測用の番号だったのか」


 白い素肌を冷や汗が伝った。


「もしアリアナが真実に近づいたとして、どうなる?」


 ――村であったことを外部の人間、特に学園関係者や統括局に聞かれるとマズいのでね。


「私の正体や生死なんてどうだっていい、魔導師レイアはとっくに死んだ女だ」


 ――偶然にも転生実験より生き延びたガブリエラは身内の命を奪った魔法の正体を探り、私の父と協力者たちに辿り着いてしまったのです。


「だがあいつは違う。このままだと消されるのはアリアナだ」


 呟いたのと同時に小さな体は動きだし、部屋から矢のように飛びだした。

 まず彼女が向かったのは正面玄関からほど近いオープンスペース。今夜はそこでアリアナも含めた四人で食事をする予定のはずだが、いたのはキャロルとドロシーのふたりだけ。


「キャロル、ドロシー、アリアナは?」


 血相を変えて飛びこんできたリルクレイにキャロルもドロシーもたじろぎ、ふたりは互いに顔を見合わせた。


「あなた、アナ様だと何度言ったら」

「すまないが、今はそれどころじゃない。アリアナは何処かへ向かったか?」


 キャロルの言葉を遮ったリルクレイの表情はいつになく真剣で、ただごとじゃないことはふたりもすぐに悟った。

 とはいえ、心当たりがない。


「アナ様ならさっき外出用の装いで寮を出ていったけど」


 強いていうならそのくらいのことで、彼女が何を抱えているかも知らないドロシーは目を点にした。


「他には? 誰か一緒ではなかったのか?」

「ううん、アナ様ひとりだったよ」

「それ以外には、えっと……」


 少し頭を抱え、リルクレイはまた真剣な目をキャロルとドロシーの間で行き来させる。


「そうだ、数字! あいつが数字について何か言ってたことはなかったか?」

「そういえばキャロルが治癒院で施術受けてた時、どこに行くのか気になってちょっと追いかけてみたんだけど、ブラッド先生に数字のタトゥーがどうこうって話をしてたかな。

 あんまり聞いちゃいけないだろうから、話はあんまり聞いてないんだけどね」


 どうやらリルクレイの勘は的中していたらしい。

 アリアナは数字のタトゥーについて調べてしまっていたのだ。

 ドロシーの肩を両側から圧迫するように握り、「それだ!」と大声をあげたあと、リルクレイは彼女たちに尻を向けて寮から飛びだしていく。

 アリアナが寮を出てから三十分、当然近場にアリアナの姿はない。首が捻じ切れんばかりに視線を移し、庭園を抜けるリルクレイ。

 そんな彼女の目の前に立ち塞がったのは、少し前に躾をしたばかりのロレンスと彼に従うふたりの男子生徒。どうやらオリビアに追い出されたあともリルクレイへの募る想いを伝えようと、ロレンスは女子寮の見える場所を徘徊していたらしい。


「リルクレイ!」

「お前はたしか、ロレンス」

「おおっ、おっ、俺の名前を」


 途端にロレンスの顔が紅潮した。


「悪いが今は取り込み中でね、リベンジなら今度にしてくれ」


 そう言って走り去ろうとしたリルクレイだが、彼女が体の向きを変えるや否や、それを上回る身体能力でロレンスが立ち塞がる。


「そうはさせるか! レイクストンの男たるもの、惚れた女を前にして逃げることも逃がすことも許されない」

「え? ロレンス様?」

「あの、惚れたって?」


 惚れた女というまさかのワードに、ふたりの男子生徒は驚きのあまり硬直してしまった。


「この女子寮の前で様々な苦難に見舞われながらも、こうしてまた会える時を待っていたんだ。レイクストンの男にここまでされて喜ばない女など、この世界に存在しようものか」

「ん? お前、ずっとここにいたのか?」

「ああ、そうさ。全ては俺の間違った心を正してくれた女に、愛を伝え――」

「少し前にアリアナが寮から出たはずだ! 彼女は何処へ向かった!」


 咄嗟に胸倉を掴んで顔を近づけるなり、ロレンスの目と鼻の先で大声を放つリルクレイ。レイクストンという高貴な一族に生まれたロレンスにそんな無礼なことをしようものなら、本人も周囲も許さない。


「キスなのか? もうキスなのかぁぁぁ!」


 しかしロレンス本人は怒るどころか顔を真っ赤にしたまま歓喜の声をあげ、従うふたりは何度も瞬きして現実を疑った。

 うちひとりの男子生徒がハッと我に返り、アリアナが学園の外へ出ていく姿を思い出す。


「そういえばマクニコルなら、さっき鳥のゴーレムに連れられてどっか行ったな。たしか、時計塔がどうとか言ってたような」

「それは本当か?」


 時計塔ならばマギサエンドの地理に疎いリルクレイでも知っている。この街へ入った正門の方角に所在し、数階建ての高い建物が並ぶマギサエンド南部でも突出して高い建造物だ。

 当然、学園の敷地からでも大きな歯車をつかって動く時計は見える。


「助かる! 話があるなら明日以降いつでも聞いてやるから今日は寮に戻って寝ておくことだね」


 前に進もうにも、小さな歩幅と体ではロレンスをだしぬけない。そこでリルクレイがとった逃げ道は上空だった。

 背負っていた杖を抜いて瞳を閉じるや否や、彼女の背中にカラスにも似た黒い翼が生え、上空へと飛びあがる。


「飛行魔法!?」


 男子生徒が驚くのも無理はない。飛行魔法なんて超高等技術が扱えるのは、魔導師でも限られたほんの僅かな逸材だけである。

 それを十四歳のちびっこ魔導師が使うだなんて、想像もしていなかったのだ。


「ちょ、おい!」


 予測もできなかった上空への逃走に、ロレンスは思わず声をあげる。生まれて初めて恋をした相手なのだから、言いたいこともたくさんあっただろう。


「リルちゃん!」


 しかしドロシーをはじめ、寮から駆けだしてきたキャロルや寮長オリビアの姿を見るなり、ロレンスたちは顔を真っ青にして逃げてしまった。


「あのネズミ、飛行魔法なんて使えましたの」

「それにあの飛行魔法、かなり旧型ですね」


 息を切らして肘に手をついたキャロルの隣で、オリビアが目を輝かせる。


「旧型、ですか?」

「ゴーレムとしくみは同じですよ。魔法で生成した物資を魔力で操って、動物と同じような浮力を得ているだけですが……魔力の操作技術や消費は大きく、今ではあんな飛行魔法を使ってる人はいません。世界中探してもあの子くらいでしょう」

「あはは、やっぱリルちゃんってすごいなぁ」


 今のドロシーに飛行魔法のことは分からない。学園の講義では四年間触れもしないほどの高等技術なのだから、知らないのはむしろ当然のこと。


「それはそうと、門限だけは守ってほしいんですけどね」


 もう夜空を舞うリルクレイの姿は指の爪ほど小さく、オリビアがどんな皮肉を言ったって届くはずもなかった。

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