21.強襲
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学園の外へ出ていくアリアナの背中を見て、大きく首を傾げるロレンスと彼に従うふたりの男子生徒たちが茂みの外へひょっこり顔をだした。
「ロレンス様、あれマクニコルですよね? 話してた相手は……」
「基礎魔法学のブラッドだよ、こんな時間に学園の外で密会とは弱みを握るチャンスじゃないですか?」
ふたりの言葉にロレンスは頷き、にやりと微笑んだ。
「当然だ、弱みを握って今度こそマクニコルの名を地の底まで堕としてやる」
すぐさま茂みのなかから飛びだし、アリアナの後をつけようとした瞬間、
「ちょっと待ったぁ!」
ロレンスの両手がふたりの男子生徒の首根っこを掴んで茂みに引き戻す。
「ロレンス様? どうして」
「しーっ! 静かに!」
自らの口の前で指をたてたロレンスは恐ろしい剣幕でふたりを睨む。彼の奇行に動揺して目を泳がせるふたりだったが、その原因はすぐに分かった。
「あれは、ネズミが帰ってきて――」
「リルクレイだ、バカタレ!」
ひとりの男子生徒が遠巻きに見えるリルクレイの姿を指すと、ロレンスはその指を強く握る。
「あいつに仕返しするのが目的なんですよね。だったら今すぐにやっちまいましょうよ」
「誰がそんなこと言った!」
「でもロレンス様、あいつに伝えたいことがあるから付き合えって」
思い返せば、実践演習でリルクレイに負けてからのロレンスの様子はおかしい。
リルクレイの話をすればモジモジするし、リルクレイの悪口を言う者を許さないし、何より「ネズミ」と呼んでいたところを突然「リルクレイ」だなんて彼女の本名で呼びはじめた。
今だって、彼はリルクレイの姿を遠目に見ているだけで顔を紅潮させ、胸の鼓動を高鳴らせている。
「そういうことじゃないんだよ」
「だったら、何を伝えるんです?」
「だからその……あれだ……」
「あれ?」
「あ……い……」
ロレンスがその感情の名前を知ったのは、ついさっきのこと。
「ロレンス様?」
「ええい! レイクストンの魔導師たる俺が、こんなことでウジウジしていられるか!」
ロレンスは十八歳にして、生まれて初めての恋をしったのだ。
すっくと立ちあがり、茂みから飛びだしたロレンス。もう迷いや羞恥心を振り払った彼に恐いものなどなく、素直な気持ちをリルクレイに伝えようと全身を力ませた。
だが、もう視界のどこにもリルクレイの姿はない。
「女子寮に何か用ですか?」
それどころか、茂みから飛びだしたところをオリビアに見つかってしまった。
「誰に向かって口を聞いて――」
「あなたはレイクストンの、ご存じと思いますが女子寮は男子禁制。たとえ講師であろうともその立ち入りを許すことはない」
「ひぃっ!? オリビア・ルース・ヒルトン!」
オリビアの父は統括局でもかなり地位の高い魔導師で、ロレンスの父の上司に値する。当然、彼の娘でもあるオリビアが類稀な才能の持ち主ということも知っているし、女子寮を管理する立場にあるということも知っている。
だから、ロレンスは息をのんだ。彼に従っていた男子生徒ふたりも畏怖で立ちあがり、その場で硬直してしまう。
「要件を聞きましょう、もしも邪な感情が少しでもあったのなら容赦はしませんがね」
三人は汗だくの顔をそれぞれ見合わせた後、「なんでもありません」とだけ言い残して庭園から走り去ってしまった。
*
無数の黄金灯魚が照らすマギサエンドの夜は大陸で一番明るい。よって行き交う人の数も世界で一番多く、陽が沈んだところでマギサエンドの住民たちには関係なかった。
時計塔下に位置する飲食街は今日も混みあっていて、表通りは喧騒に包まれている。喧騒や人混みが嫌いだったアリアナにとっては、どの店に入るのも遠慮したいところである。
「飲食街ははじめてですか?」
「はい、屋敷の外で食事するのはパーティーだけでしたので」
道に漂う酒と飯の匂いをアリアナは顔を歪めて嫌悪した。
「実をいうと、私も人が多い場所は苦手でしてね。これから向かうのは少し裏に入ったところの落ち着いた雰囲気の店だから安心してくれてかまいませんよ」
「安心、ですか」
店と店の間にある狭い路地から四段ほどの階段を下り、さらに奥へ進めばそこは人の気配が全くない閑散とした裏路地。階段を下ってすぐくらいには火をいれたランタンをぶら下げて営業している小さな飲食店もちらほらとあったが、ここにはそれがひとつも見当たらない。
「あの、知人のお店というのは」
二匹の黄金灯魚が照らす狭い路地をキョロキョロと見まわし、アリアナが問いかける。
だが答えは返ってこない。それもそのはず、既にハチドリはただの人形と貸して石畳の地面に落ちてしまっているのだから。
刹那、アリアナがこの場所へ来るのを待ち構えていた幾つもの足音が狭苦しい路地に響いた。ぞろぞろと姿を表す六名ほどの人影はどれも黒い外套と白い仮面で姿を隠す、絵に描いたような不審者たち。
「仮にも元統括局の魔導師ともあろう人間が、まさかこんな姑息な真似をするとは想定外でした」
白面たちはそれぞれに剣や斧などの刃物を持ち、分厚い面の下から睨みをきかせている。
「魔導師を相手に一般人をよこすなんて、随分ナメられたものですね」
背負っていた杖を左手で抜き、アリアナは胸の前に構えた。
白面は前後に三人ずつ、合計六人。数といい状況といい、十七歳の少女には絶望的であったものの、アリアナは自らの敗北など微塵も考えていなかった。
武装した一般人が十人や二十人と群れたところで、たったひとりの魔導師に敵わないのは歴史が証明していることである。
「そのようなオモチャでマクニコルの魔導師と戦う気でいるのなら、どうぞかかってきなさい。ただし、あなたたちが知っていることを全て吐くまで逃がすことも殺すこともしません」
無言のまま、じぃっとアリアナを睨む白面たち。うちひとりの足が石畳を蹴ろうとした瞬間、即座に放たれた魔力弾がその腹部を直撃し、大きな体を家屋の壁に強く叩きつけた。




