20.真実の在り処は
実践演習におけるアリアナの成績は優秀そのものだった。同じ十七歳で熱心に魔法を学んでいた男子生徒を相手に一切反撃の機会を与えない、悔しさも感じれないほどのワンサイドゲーム。
「お疲れ様ですアナ様。お見事な実践演習、お手本にさせていただきます」
「魔法を手足のごとく扱う様、感服いたしました。最後に使った魔法なのですが、あれは――」
引き分けでの同情じみた入学から一転、ひと月と少しの間に彼女が見せるマクニコルの名に恥じない才気は瞬く間にマクニコル派の生徒を増やし続け、浴場で汗を流して寝間着に着替えたアリアナを何人もの女子生徒たちが囲む。
「邪魔です」
マクニコルの長女に向かう生徒の目はどれもキラキラ輝いているが、アリアナにしてみれば慣れたものだ。マクニコル家に生まれた時から、彼女はこうして期待や憧れで瞳を輝かせた者たちの視線を浴び続けた。
自分との交流をはかろうと押し寄せた生徒たちに、アリアナが苛立ちを募らせはじめたその瞬間、
「離れなさい! アナ様が困ってらっしゃいるでしょう!」
どこからともなく現れたキャロルが二本の腕で生徒たち掻き分けていく。
「キャロル、もう大丈夫なのですか」
「はい、ご心配をおかけしました」
「体が頑丈なのも、あなたの才能なのかもしれませんね」
もうすっかり完治しているキャロルの姿を見てそう言うと、アリアナはキャロルが両腕で掻き分けて築いた道を歩き、さっさと立ち去ってしまう。
アリアナが最後に残した言葉は少し皮肉めいてもいたが、キャロルからすれば紛れもない誉め言葉。憧れのアリアナからいただいた、生涯大切にするであろう誉め言葉。
「アナ様に……アナ様に……」
手指の先から額の天辺まで、キャロルの全身が果実のごとく紅潮していく。
「誉めていただきましたわぁぁぁぁ!」
「あれを素直に受け止められるのが、キャロルの純粋さってやつだよね」
嬉しさのあまり飛び跳ねるキャロルの姿を見て、さっき来たばかりのドロシーが表情を綻ばせた。
*
仄暗い自室には誰もいない。二人部屋に自分だけがいるのは、アリアナにとって珍しくもない光景である。
「今のうちに」
廊下から一匹の黄金灯魚を招きいれて部屋を照らすと、アリアナは机の本棚に並べていた一冊のファイルへ手をのばす。
ファイルの名は、魔導師学園生徒名簿。
「公的に魔導師を名乗ることができる人間の八割は、魔導師学園を卒業してその資格を得た者だけ。つまり新聞社や公文書で魔導師と呼称されているガブリエラ・ゴートは、学園の卒業生である可能性が高い」
つらつらと並んだ幾つもの名前は全て魔導師学園に在籍していた生徒のもので、遡ればアリアナの両親も、祖父母も、この分厚い名簿のなかに小さく名前が記されている。
自身のベッドに腰かけたアリアナが上から下へ指でなぞり、ひとつずつ名前を確認していく。
「あった!」
口にだすつもりもなかった大声とともに、アリアナの手が止まる。
綺麗な爪が指していたのは、やはり名簿のなかに存在したガブリエラ・ゴートの名前。
「同期をあたれば、有力な情報のひとつやふたつ――」
ガブリエラと同じ列に並んだ同期の生徒をひとつずつ見ているうち、アリアナは知った名前を名簿のなかに見つけ、大きく目を見開いた。
「ヘド・ブラッド」
驚くのも無理はない。なにせガブリエラと同じページに彼女もよく知るヘド・ブラッドの名前が記されていたのだから。
「やはり彼は何かを知っている。でも知っているとして、隠す理由はなに? 数字のタトゥーと、ガブリエラと、十年前の征伐」
名簿を膝の上で開いたままアリアナが頭を抱えていると、部屋にノックの音が響いた。
「そういえば、今日はキャロルたちと食事をする約束でしたね」
ひと息つくと、開いたままの名簿をベッドに置いてアリアナが立ちあがる。
「申し訳ありませんが、私は少し遅れます」
そう告げて廊下へつづく部屋の扉を開いたが、赤い絨毯の上で待っていたのはキャロルでもなければドロシーでもない。
「失礼、マクニコルさん」
「寮長」
寮長のオリビア・ルース・ヒルトンである。
「ブラッド先生から、こちらを」
「これは、コンタクト用のゴーレム?」
「あなたが調べていることについて話せることがあったとおっしゃってたわ」
アリアナの手にポンと置かれたのは、ハチドリの形をしているゴーレム。なかにはゴーレムを戦闘や重労働に使用する魔導師もいるが、一般的に広く知られているゴーレムは遠距離で言葉をかわすコンタクト用に使われるものばかり。
オリビアがアリアナに手渡したハチドリ型の小さくて可愛らしいゴーレムもまた、コンタクト用に使うゴーレムだろう。
「それじゃ私はこれで」
「ありがとうございます」
相手は二十二歳で、四年生で、女子寮の寮長。しかしそんな相手にもアリアナが頭を下げることはなかった。
オリビアが去ったあと、アリアナは険しい顔で掌のなかのハチドリを睨む。
「どういう心境の変化か知りませんが、これでネズミの秘密を暴くことができる」
扉をしめて外出用の服に着替え、外套を羽織り、高価な杖を背負う。マクニコルの人間たるもの人の目に晒される際は常に美しく、というのが家の教えである。
掌にハチドリを乗せ、外出用の装いをしたアリアナが女子寮をでていく姿は高貴で煌びやかで、ひどく目立つもの。大広間でテーブルを囲んでいたキャロルとドロシーもその姿を見ていたが、気難しい表情のアリアナへ「どこに行くのか」とは聞けなかったらしい。
「アリアナ・ヴィラ・マクニコル君、聞こえているかい」
女子寮の正面玄関から一歩外へ出た途端に、ハチドリは声を発して掌から飛びだした。
「はい、その声はブラッド先生でお間違いないですね」
「正常に動いたようで何よりだ、ゴーレムづくりは専門外でね」
「それより、私の調べている件で話せることがあると伺いました。なにか思い出していただけましたか?」
ハチドリの後ろを歩いて庭園を横切るアリアナ。そんな彼女を茂みの陰から不思議そうに眺めていたのは、なぜか女子寮前の庭園に集まっているロレンスとその取り巻きたち。
「そのことなんだが、ここでは少し話しづらくてね。征伐のことも絡んでいるから聞かれたくない話だということは察してほしい」
「学園の名簿を調べさせていただきました。あなたとガブリエラは同期の卒業生だったのですね」
「そこまで調べられていたとは、流石はマクニコルの魔導師といったところかな」
キョロキョロ周囲を確認しながら口を動かすアリアナだったが、茂みのなかに隠れるロレンスたちには気づいてないらしい。
「私が知りたいのはふたつ。十年前の征伐で一体何があったのか、当時の中心人物でもあるガブリエラに刻まれた数字のタトゥーは一体何なのか。私はこの征伐とタトゥーが関係しているような気がしてなりません」
「なるほど、素晴らしい推測と勘だ。君が満足してくれるかは分からないが、知っていることを話そう。
時計塔下の飲食街に統括局時代の知人が経営している店がある。そこならば外野を気にせず話すことができるはずだ」
「そちらへゴーレムで案内をしていただけると」
「ええ」
ゴーレムを介した向こう側でブラッドが不敵な笑みを浮かべていることなど知らず、アリアナはハチドリの後を追って学園の敷地から出ていってしまった。




