死神が消えた日-3
格納庫へ走るミユキとトオルは天使殲滅策略本部入り口から医務室にかけて無数のけが人が倒れこんでいる光景が目に入る。
彼らは床に倒れこみ体の各所から出血をしているものや、足が逆方向へ曲がった者、大きなあざを作っている者などと、大講堂の壁が崩壊したその場にいた人間の多くがそこにいることは確実だった。
相当な数のけが人は廊下だけにとどまらず隣接している体育館には横になり治療を受けている。
「ひどいですね……」
「全くだ」
二人が見ている光景はほんの一部であり、かけがえのない友人や家族はその場にいたものの、いまだに発見されていない職員も多くいることを知っていた。
「トオルさん、早く私たちも」
「ああ、行こう」
トオルはその見た光景を胸に、ミユキはその頭に叩き込み格納庫へと足を急がせる。
ミユキが医務室の前を通り過ぎるその時、気絶したモリタを担ぐアキの姿が見えミユキは足を止める。
アキは目の前で止まったミユキに声をかけることはなくただ頷くだけだったが、それだけで十分だった。
「何してるんだ行くぞ!」
「はい!」
アキはその姿を見届けモリタを医務室の中へと運び込んでいった。
*
大講堂から格納庫までの長い道のりを走り抜けた二人は、その光景に驚いた。
「マジかよ……」
「今回ばかりは、整備長に感謝ですね……」
そこには完全に整備された〈ABF〉が3機と、待ち呆けていた三体の〈BEAST〉が待機している、アテナはその能力を使い様々な人間へと変身し暇をつぶす。ロビンは天井の蛍光灯の本数を何度も数え、人工知能ながら一種のトランス状態になっていた。
しかしその中で最も理性を保ち、まるで歴史上の忠犬のようにじっと待っていたジークはとある手紙を加えていた。
『来た来た、ほらロビン! あんたのご主人が来たわよって、カオルは?』
アテナはあたりを見回すが、トオルの横にも後ろにもその姿はなくその表情を歪ませ、トオルの元へ駆け寄る。
『ねえ、カオルは?』
「今はいない……」
『どういうことよ!』
返答に困るトオルを見てミユキは体の疼きが止まらずその口を開きかける。
「それは……」
「いいんだ、俺から言う」
トオルはミユキの口を抑えその先を言わせまいとその口を抑えアテナの小さな肩を掴む。
「今あいつは意識がない。それも頭の上に瓦礫が落ちたからだ」
『いったい私たちがいない間に何があったんですか!?』
トオルはアテナがいない間に起きた出来事をすべて話した。ザイゼンのこと、セカンドが襲来したこと、そしてカオルが瓦礫の下敷きになり意識が戻っていないこと。
アテナはそれを聞くなりその場から駆け出しそうになるが、トオルに押さえつけられ思うように進まなくなる。
「待て! どこに行くつもりだ」
『どこって、カオルのところですよ。カオルが重体なのにいてもたってもいられません! どうかわたしを行かせてください!』
「お前が行ってどうなるんだ! あいつのことはアキたちに任せろ、お前はここでカオルの帰りを待つんだ!」
アテナはそういわれると、その姿を人型に変えトオルの手を振りほどいた。
『わかりました』
「分かってくれるか」
『わかりました、私が〈ヴィーナス〉を操縦します』
トオルはアテナのその選択を止めるわけもなく、アテナの頬を平手で打った。
『何するんですか!』
「お前まだわからないのか! 俺たちはいつだってお前らと一緒にいる、それは何のためか理解してるのか!」
トオルは人型になったアテナの襟元を力強く持ち上げる。
『私たちは道具、ただの道具です。それに私が壊れてもまた代わりの人工知能が数十、数百っているんです! それが道具のほかに何があるんですか!』
トオルはその言葉を聞くと、激情を言葉にのせその思いを息の続く限り大きな口から放った。
「確かにお前がその姿でヴィーナスを操縦すればお前は壊れるかもしれない。それで俺たちが生き残れる確率が上がることも確実だ」
『だったら、私を……』
「だがな、少なくとも俺たちパイロットはお前らを変えの効く道具だとはこれっぽちも思っちゃいない、俺たちにとってお前はかけがえのない家族なんだ!」
アテナは家族という言葉の重みをすでに理解していた。
いくら替えが効こうとアテナ自身がこれまで経験してきた戦いの数々、共にした生活、共に戦ってきた仲間たちとの記憶、そのすべてがよみがえるほど重要なものとなっていた。
「違うのか?」
『いいえ、私も家族だと思っています』
「だったらここに残ってカオルの目が覚めた時にここで出迎えてやってくれ。いいな?」
そういわれるとアテナは静かに頷き、その姿を再び猫の姿へと戻した。
『あの、お話し中悪いんですが、そろそろこの手紙を受け取ってくれませんか?』
ジークがトオルの元へ近寄り口にくわえた手紙を渡す。
「何々」
手紙にはこう書かれていた。
よお、ミツキに言われて一応整備しておいた。万が一に備えてらしい。
それに、俺の案で申し訳ないんだが、それぞれの機体に新機能を搭載しておいた。ピンチになったら5番のスロットを回してくれ。
だが、まあ、その機能は実装しただけだ。機体のバランスなんかは時間がなくてそれに対応できてない。使うときは細心の注意を払って使ってくれ。
最後になんだが、俺にとってお前たちは子供と同じようなもんなんだ。ピンチになれば互いに手を取って最悪の事態を切り抜けてほしい。俺はお前たちの親ではないが絶対にここに全員で帰ってきてほしい。
分かったらこいつに乗っていってくれ。
俺に何かあったらそん時は頼んだぞ。
お前たちの父親モリタジロウより。
「ったく何が帰ってこいだ、おやっさんが気絶してどうすんだよ」
「まあまあトオルさん、早くあっちに応援に行きましょ? ミツキが心配」
トオルは何か吹っ切れたかのように、ジークと共にオーディンのコックピットへ乗り込み、それに続いてミユキもロビンと共にガンスリンガーのコックピットへ乗り込む。
ミユキの〈ガンスリンガー〉のコックピットはいつもと変わらないが、トオルの乗り込んだ〈オーディン〉のコックピットは〈天機〉譲りの生物的な印象から打って変わり、〈ABF〉の機械的な印象へと変わっていた。
「おお、これはいいな」
「どうしました?」
「いいや何でも無い」
トオルとミユキが操縦席のグリップを握りこむと、アテナが格納庫のシャッターを開けると、シャッターの先には陽炎が地平線の先まで広がり、その暑さを物語っていた。
「これはすごい」
「トオルさん、ただ暑いだけじゃないです」
先頭を切った〈ガンスリンガー〉が指を指した、医務室からちょうど死角になる地点にはすでに無数の天機が控えていた。
「整備したからには動かさないとな」
「それだったら、ミツキのところまで誘導しません?」
「いいだろう」
ミユキの提案に賛同したトオルはフットペダルを勢い良く踏み込み、改良された〈オーディン〉の四本脚を馬のごとく稼働させ、〈天機〉を誘導する。
意外なほどに〈オーディン〉の速度にさえ追いついてくる〈天機〉の群れを、後ろ脚に内蔵された小型ミサイルにて撃墜するもその多さに対しては有効打にならず、その追撃を振り切ることができなかった。
トオルは走り続ける中で、この状況を打破すべく〈オーディン〉の機能を漁っているとそこにミユキから一本の無線が入る。
「トオルさん、そのまま走り続けてください!」
その刹那、〈オーディン〉の下半身にしがみつく〈天機〉の群れが〈ガンスリンガー〉の放った無数の銃弾によって一体ずつ確実に仕留められていく。
その銃弾に刻まれた数字がカウントダウンされていくにつれて〈天機〉の頭数は減って行ってはいるが、地中から湧いて出るかのように数は減ることを知らず、増援に来た巨獣タイプの〈天機〉から解放されていく数も含めその数はおおよそ50体を超えていた。
「これじゃあ限がない! ミユキ、そんなに弾を使うな!」
「ですが!」
「俺が〈天機〉を一点に集め合図を送る。ミユキはその合図居合わせて、その背中のデカいグレネードランチャーを叩き込め!」
「分かりました!」
トオルはミユキの返事を聞くと〈オーディン〉をその場で急旋回させ追跡してきた天機の方向を反転。その後あたりに散らばった食屍鬼タイプを装備していた槍で貫き、円状に一点に集中させた。
「ミユキ! 今だ!」
トオルが合図を送るとミユキは〈ガンスリンガー〉のバックパックに装備されていたグレネードランチャーをその中心へ打ち込む。
照準を定めた〈ガンスリンガーのバックパックから放たれたグレネードは、着弾するなりその爆音と共にその周りに集められていた〈天機〉の多くを木っ端微塵になるまでの火力で吹き飛ばした。
「やるな」
「感心してないで早くミツキのところに急いでください!」
「分かった!」
トオルとミユキはその場の〈天機〉の大半を片付けるとミツキが交戦する大講堂正面へと再び走り出した。




