戦争と国家ー5
ザイゼンがトオルと共に講堂へ向かうと、そこには天使殲滅策略本部職員の大半がそろっていた。
「ザイゼン国防長官殿、クーラーのご加減はいかがでしょうか」
オオツカはそういいリモコンをザイゼンへ差し出した。
「オオツカまた貴様か、貴様という男はどこまでも我を下に見るのだな」
ザイゼンは老眼鏡をかけオオツカが差し出したリモコンを嫌味に奪い取ると、その空冷を極限まで低温へと下げた。
その場にいたものすべてが震えるほど冷え切ったその空気はまさしく今後ザイゼンの身に降りかかる非難の眼を示しているようだった。
空気が冷めきった中優越感に浸っているザイゼンへ何者かがささやく。
「ザイゼン国防長官殿、お時間も迫っていますので」
ザイゼンが振り返るとそこにいたのはミサキであった。ミサキも内心は職員らと同じであったが、その胸をぐっと押し付けその表情を無理やり明るくしザイゼンの傍らに立った。
「ミサキ君、君は我を愚弄しないようだな」
「仕事ですので」
そういわれるとザイゼンは高らかとその場で笑い出した。
「気に入った! 貴様を我が伴侶として迎え入れてやる! 光栄に思え!」
「貴様!」
「よせ!トオル」
「しかし、司令!」
トオルはそのいやらしくミサキの下顎を撫でまわすザイゼンに我慢の限界を感じその感情を荒げるも、隣にいたオオツカの手により抑え込まれる。
「抑えるんだ」
「司令はいんですか!? ミサ姉があんな扱いを受けて!」
オオツカは冷静にトオルの肩を引いた。
「これも仕事だ。大人になれ」
「大人って……司令も、ミサ姉もなんなんだよ!」
トオルはオオツカが差し伸べたその手を押しのけ、後方の壁にもたれかかった。
「そろそろ話し始めてくれないか、待っている時間が無駄だ」
「また貴様か、小僧」
ザイゼンが講堂の入り口を見るとそこには入り口を開けゆっくりと歩み寄るミツキの姿があった。
「貴様に従うのは癪だが、まあいい。貴様ら軍人に我の尊い教えを説いてやろう」
そういいザイゼンは目の前のマイクのスイッチを入れた。
*
ザイゼンがマイクのスイッチを入れると講堂には耳障りな反響音が流れた。
「ったくなんだこのマイクは、まあいい。では早速だがそうだなお前に聞く」
ザイゼンは接続の悪いマイクを2、3回叩くと、不快な音に耳を塞いでいた職員の一人に指を指す。
「なんでしょう」
「貴様らは何だ?」
ザイゼンから投げかけられたその質問に対し、回答が見つからず職員はひどく困惑する。
「何と言われましても、私はここの職員です」
職員の口から出たその角の立たなさそうな返答に対しザイゼンは不気味にたからかと笑いだす。
「すまない、あまりにも滑稽だったもので笑いを抑えきれなくなってな」
「何がおかしい」
トオルは背後からそう語りかけるとザイゼンは失望したかのように大きくため息をついた。
「はあ……全く貴様ら軍人はここまで能がないとは。いやはやあきれて笑ってしまっただけだ。どうやら貴様らは人間だと錯覚しているようだな、全く、貴様ら軍人及び個々の職員はいわば使い捨て、我々のコマでしかないのにな……嘆かわしい」
その発言はその場にいたすべての人間の反感を回避できなかった。
「何言ってるんだ!」
「俺たちはお前の所有物じゃねえ!」
「国防長官だか何だか知らねえが俺たちをもの扱いしてんじゃねえ!」
「何様だ!」
その場時雑言が飛び交う中、唯一沈黙を守り続けていたオオツカが口を開く。
「五月蠅いぞ黙れ」
「まあ落ち着けオオツカ。こんな猿の暴言ごときで耳なんか痛くも痒くもない」
ザイゼンが口を開くたびにその場の空気は険悪になり、その空気の耐え切れなくなった職員が次々と退席していった。
オオツカそれを横目で見ていたが止める気などさらさらなかった。
「そうだな次は、そこのお前」
再びザイゼンは職員の一人に指を指す。先の発言で人がいなくなった中では指される確率も高くなり、その職員はすでに覚悟を決めている様子だった。
「はい」
「天使とはなんだ?」
「天使ですか。そうですね、憎むべき害悪ですかね」
職員の放った返答に少々引きながらも再びため息をついた。
「はあ。全くどいつもこいつも脳がないな。天使はいわばビジネスパートナーだ」
「と言いますと?」
「天使との闘いこれすなわち戦争と同じなのだよ。戦争はいい、金になる。そこのお前戦争は好きか?」
ザイゼンに指を指された職員は紛れもなくモリタだった。
「お前何言ってるんだ。戦争が好きな奴なんてここにはいない」
「なんだ貴様、妙に偉そうだな、何者だ」
モリタはその大柄な図体を重たそうに持ち上げる。
「俺はモリタジロウ。ここで整備長をしている」
「なんだ、階級もないどべではないか。貴様は何か? 戦争が嫌いなのか?」
「そうに決まってるだろ」
「全く哀れだな、こんなにも戦争の良さを知らないものが多いとは。そうだなそこの生意気な軍人、戦争とはなんだ?」
ザイゼンは自分の後方で壁にもたれかかり転寝をこいていたトオルに指を指すも反応がなく、ザイゼンはその怒りを表情に出しトオルの髪の毛を掴みその顔を自分の元へ寄せる。
「痛っ! 何するんだよ!」
「貴様、我が折角ありがたい教えを説いているというのに寝るとは何事だ。っで、戦争とは何か言ってみろ」
「何言ってるんだ、戦争なんて糞くらえ。人が死んで、家が燃えて、取り残された遺族は嘆き悲しむ。あんな戦って勝ち残ることのどこがいいんだか」
「やはり猿以下の軍人だな」
そういいザイゼンはトオルの髪を離し地面へ叩き落し、トオルの目のすぐ先にその太い人差し指を差し向ける。
「いいか、戦争はビジネスだ、誰が死のうが生きようが我々には関係ない。所詮命には価値などないのだ。我々は武器を作って海外に高く売れさえすればそれでいいんだ、日本の武器はいいぞ、海外からの評価が高い。ほかの国では再現できないほど精巧にできている、まあ、我々は日々触っているからこそわからないがね」
「それを売ってどうするんだ」
トオルはその指を鷲掴みにし、逆へ向けながら押し返す。
明らかに折れたはずのその指はザイゼンが数回なでるだけでその向きは正しい向きへと戻り、骨折したのが嘘かのように再生していた。
「それを売ってどうするかだって? さっきも言っただろ金になるんだよ、いい武器を作って売りさばけば金になるんだ。最高ではないか。物を作って売るだけで金になるんだぞ、まあその売上金はすべて私のポケットに入るんだがね」
「そのせいでどれほどの人間が苦しんでると思う!」
トオルはザイゼンの来ているぴちぴちの高級スーツの襟元を掴み、荒々しくその巨体を持ち上げる。
「苦しむ? そんな下々の人間が苦しむことのどこが悪いんだ? あ?」
「貧困に苦しむ人々や個々の職員だって苦しんでる、お前が、その汚い手で作り上げた金をすべてお前のポケットに滑り込ませるせいでここだっていまだに少ない資金でやりくりしてるんだぞ!」
ザイゼンの心にはそれを聞いたところでなにも響かず、その心は何一つとして動くことはなく、むしろその心は邪心に蝕まれていく。
トオルはその心になにも響いていないとわかりその手を緩めてしまう。それが運の尽きった。緩めた手はザイゼンによって鷲掴みにされその体を軽々と投げ飛ばされ、演台後方の壁へと強く叩きつけられる。
その壁には無数の罅が入り、そこからは無数の瓦礫が零れ落ちトオルの体を下敷きにした。
「う……ぐ……」
「はあ、はあ、いいか。国民や軍人の貧困? そんなこと知ったこっちゃない、我は我自身が助かればそれでいい! それ以外は我には関係ない!」
ザイゼンの体力は明らかに落ちていた、それもこの短期間で。
「……お前悪魔だな」
トオルはその持ち前の馬鹿力で瓦礫を押しのけるとザイゼンのもとへふらふらと近寄る。
「悪魔……それもいい、我は助かるためだったらなんだってする。そのためだったら悪魔にだって魂を売る」
「なんだと……!」
トオルの足取りはおぼつかずついにはその場で倒れかけてしまう。
「大丈夫か」
地面へ打ち付けられるかと思ったその時、オオツカがトオルの体を支えた。
「司令……すみません」
「気にするな」
その互いに手を取り合う姿はザイゼンにとっては滑稽そのものだった。
「下らん。下らん下らん下らん! なんだそれは、友情ごっこか。笑わせる、使い捨てのその命を助け合って何になる。そんなゴミ放っておけばいいのだ!」
ザイゼンのその最後の一言は全職員の反感を買った。
荒れ狂うように流れる罵詈雑言はとどまることを知らす、ザイゼンが叫ぼうともその声はすぐさまかき消されるほどだった。
止まることを知らない暴言の中、ただ一人その男が口を開くだけでその場は静まり返った。
「五月蠅いぞ黙れ!」
その一言を放ったのはオオツカであった。
オオツカはその一言と同時に全職員へその眼光を向けると、その眼光は天使殲滅策略本部全職員を委縮させその演説を強制終了させる。
講堂には暫しの沈黙が訪れた。




