Dream.29 許されぬ邂逅 〈4〉
「終わったか」
倒れた朔十が動かなくなったことを確認すると、戦いを見つめていた灯子がどこかホッとした様子で胸を撫で下ろす。
「……う」
「え?」
両腕に抱え込むようにして横たわらせていた硝子から聞こえて来る声に、灯子がそっと視線を落とす。
「硝子? 気付いたのか?」
「……“青”」
「あっ……!」
焦がれるような呼びかけと共に、硝子の体から発せられる強い夜力に灯子が目を見張る。
「う、ううぅ!」
硝子が夜力を発したと同時に、青からの強い朝力が発せられた。暴走するように光りを増す青に、朝海が苦しげに右手を抱えて座り込む。
「朝海!?」
「一体何が?」
座り込んだ朝海の様子に不安げに身を乗り出す晃由の横で、戸惑いの表情を見せる旭。硝子が発する夜力と朝海の青が発する朝力が空に舞い上がり、まるで共鳴するように近付いていく。
「何か嫌な感じっ」
朔十が倒れ、巨大かぼちゃの中から解放された盟莎が、空を見上げながらどこか怯えるように自らの両肩を抱く。盟莎の横で盟治も険しい表情を見せていた。
「これはっ」
近付いていく強い朝力と夜力が、周囲を異様な空気に包んでいく。とても居心地の悪い何かを感じ、険しい表情を見せる修夜。止めなければならないという警告音が頭の中に鳴り響いているような感覚だったが、あまりに強大な力の蠢きに体が動かなかった。
「ううぅ!」
硝子から発せられるあまりに強い夜力に、一瞬にして灯子が呑み込まれそうになったその時。
「“陽”!」
横から飛び込んできた亀レオンが灯子の腕の中から硝子を掻っ攫い、そのまま強く抱き込むと、巨体から強い金色の光りを放って硝子の発する夜力を抑え込む。
「姉さんっ」
亀レオンの陽と共にその場に現れたのは硝子と灯子の姉、曜子であった。
「水無月君、硝子をお願い! 早く!」
「あ、は、はい!」
戸惑う灯子を余所に、曜子がすぐさま修夜を呼びつける。
「私も手伝うわ」
「ごめん」
姉の小夜子に手伝われ、修夜が陽の腕の中で眠る硝子の夜力を完全に封じる。
「う、ううぅ、うううぅ……!」
「朝海!」
右手を押さえて苦しむ朝海に、旭が慌てて駆け寄って行こうとする。
「ハイハイ、ハァ~イっ」
「あっ」
だが旭よりも前に朝海のもとへと辿り着いたのは、夜空の下では一層眩しいスキンヘッドのトモであった。明るく声を発しながら、トモが朝海の右腕を掴み上げる。
「朝成、さん?」
「“朝封札”」
旭が戸惑いの表情を見せる中、トモが金色の光りの溢れ出る朝海の右腕へと、印や紋と同じ太陽の絵の描かれた札を何枚も張り付けていく。札が張られる度に、光りの収まっていく朝海の右腕。
「旭ちゃん、今のうち。青を」
「は、はい!」
トモの指示に慌てて頷き、海の中から頭を出している青のもとへと駆け寄っていく旭。
「“東雲”」
旭が青から朝力を自分の体の中へと吸い取ると、青はそのまま金色の光りとなって掻き消えていった。
「ふぅ」
「大丈夫か? 旭」
「はい」
歩み寄って来た盟治へと、振り返った旭が笑顔を見せる。
「いくら勝つためとはいえ、ガラスちゃんの居る場で青を使うのは不用意っしょ。朝海」
ようやく光りの収まった朝海の右腕から手を離して、トモがどこか叱るように朝海へと言葉を向ける。
「君たちの邂逅は、まだ早い」
「……トモ、さん」
額に浮かび上がっていた日の出の印を消しながら、朝海がそっとトモの名を呼ぶ。
「ごめん。色々、反省したいとは思ってるんだけど……、ちょっとさすがに、眠過ぎ……ぐぅー」
言葉を言い切るところまでもたずに、朝海が座り込んだまま眠りにつく。
「あらら、寝ちゃったよ」
「もうとっくに夜明けだからねぇ。夜結界の中で時間の感覚ねぇけど、朝海にしちゃあ、よくもった方だと思うよぉ」
腕時計を見て時間を確認しながら、晃由が朝海とトモのもとへと歩み寄って行く。
「まぁ説教は後にするか。曜子ちゃん、そっちはぁ?」
「大丈夫です。夜力は完全に封じられました」
トモの問いかけに、亀レオンの陽を従えた曜子が答える。修夜と小夜子の力により、硝子が放っていた夜力は完全に抑え込まれ、硝子は再び深い眠りについていた。瞳を閉じた硝子をすぐ傍で見つめ、灯子は神妙な表情を見せている。
「良かったぁ。間一髪」
「ご無沙汰していますね」
ホッとした様子で肩を落としたトモのもとへと、小夜子がゆっくりと歩み寄って来る。
「日の出の神子」
「日の出一族を追放された身だ。もうその名で呼ばれる資格はないよ、俺は」
小夜子の呼びかけに、トモが苦い笑みを浮かべる。
「うちの愚甥が色々と迷惑かけたね。月の出の姫神子ちゃん」
「いいえ、とても助けられました。心から感謝致します」
座ったまま眠る朝海に向け、小夜子が深々と頭を下げる。
「三奈、三奈!」
倒れ込んだままの三奈へと、必死に呼びかけを続ける師走。師走は何度も三奈の体を揺らし、三奈の覚醒を待つ。
「三奈!」
「んっ……」
ようやくその声が届いたのか、三奈は大きな瞳をゆっくりと開いた。
「師走?」
「三奈!」
目覚めた三奈に、師走が嬉しそうな笑みを見せる。
「あれ? 私……」
そっと自分の両手をあげ、そのあげた両手に視線を移す三奈。両手に宿る黒い光りに、三奈が戸惑いと驚きの表情を見せる。
「どうして? 私、確かに夢を使い切ったはずなのにっ」
自分の体の中に確かに残っている夢に、三奈が困惑の様子で問いかける。
「私が夢を見たんざぁーます」
三奈の手を取り、師走が三奈の手を強く握り締める。
「貴女と一緒に、貴女の夢を追いかけたいと、私がそう、夢を見たんざぁーます」
「師走っ……」
笑顔を浮かべながら、瞳にはいっぱいに涙を溜めた師走の顔をまっすぐに見つめ、三奈がそっと目を細める。噛み締めるように深く瞳を閉じると、再び瞳を開いた三奈は満面の笑みを見せた。
「ありがとう」
三奈から向けられる礼に、師走は静かに首を横に振った。
「良かったぁ」
「ええ」
安心した様子で笑顔を見せる盟莎の横で、旭も大きく何度も頷く。
二人と同じように三奈の様子を確認した後、トモがゆっくりと周囲を見回し、地面に倒れたままの朔十へと視線を移す。
「彼のことは任せていいのかな?」
「はい。私が連れ帰り、月の出総家に処分を求めます。今回の件もすべて報告致します」
「すべて報告すれば彼だけじゃなく他の十二暦家、それに、日の出に助けを求めた君たち水無月も処分を受けることになるんじゃない?」
「覚悟の上です」
脅しとも取れるトモの言葉に、小夜子は迷うことなくあっさりと頷いた。
「全員で処分を受けて、全員で生まれ変わります。新たな月の出一族に。そして今度は十二暦家の皆で、人々の夢を守る穏やかな夜を作っていきたいと考えています」
小夜子の言葉に大きく頷く憬一郎の横で、慎一郎もそっと笑みを零した。
「そう。それは、とてもいいことだと思うよ」
「ありがとうございます」
賛同するように言葉を向けたトモに、小夜子はまた深々と頭を下げた。
「さぁーて、じゃあ帰ろうか。朝海抱えて帰ってくれる? 晃」
「ええぇ~? 俺、まだ輝出せないんだけど」
トモの言葉に晃由が表情をしかめていたその時、晃由の携帯電話が鳴り響く。晃由はすぐにその電話に出た。
「はい?」
「俺が明で運んでいってやろうか? あ、ちなみに俺はオレオレ詐欺じゃないぞ」
「わかってっから、この距離なら直接言えよ」
見えるところの距離から電話してくる盟治に、晃由は呆れた様子で肩を落とした。
「総家に連絡をしてきます。修夜、あなたは皆の治療を」
「わかった」
小夜子からの指示に素直に頷く修夜。傷の深い三奈と師走のもとへ向かおうと歩を進める修夜が、ふと上空の夜空を見上げる。
――――宵として生まれてくる幾千年も前から――――
思い出される硝子の言葉に、修夜は一気に浮かない表情となる。
「……何度も巡り合う、か」
硝子の発した言葉を繰り返し、修夜はまたすぐに三奈たちのもとへと向かっていった。
「さぁ、怪我の手当てしましょうか。灯ちゃん」
「灯ちゃん言うな」
陽と共に歩み寄って来る曜子に、灯子がいつものように悪態づく。
「相変わらず酷い傷ねぇ。どう戦ったら、こんな無茶苦茶な傷が出来るのかしらぁ~」
「うるさいなぁ」
小言のようにあれこれと言って来る曜子にうんざりとした表情を見せながら、眠り込む硝子へと視線を移していく灯子。朝海と話していた、硝子とは別の誰か。そして朝海の朝力と硝子の夜力が引かれ合った時に周囲を包み込んだ異様な空気を思い出し、灯子がすぐにその表情を険しく変える。
「何だったんだ。一体」
たくさんの蟠りを残しながら、十二暦家との戦いは幕を閉じた。




