Dream.30 再起の朝 〈1〉
月の出総家で神無月朔十率いる十二歴家との戦いを終えてから、二週間の時が流れていた。
赤槻町の小さな喫茶店“Tomo”。
「神無月に神子資格を復活させる?」
「はい」
驚いた表情でカウンターの中から問いかけたトモに、笑顔で頷いたのはカウンターの一席に腰掛けた小夜子であった。小夜子は相変わらず真っ黒なローブで顔を覆っており、頷きや声はわかるものの表情はまるで見えない。小夜子の横には憬一郎が、そして逆隣を二席空けるようにして曜子が腰掛けていた。
「そりゃまた随分と思い切ったねぇ」
「今回の件のすべては、数百年前、神無月から神子資格を剥奪した所から始まったのだと思うのです」
小夜子の口調が真剣なものに変わる。
「神子になることを禁じられた神無月一族の長く深い夢、いえ夢と呼ぶよりは怨念が、神無月朔十に月の出の神子としての力を与えてしまった」
小夜子の言葉を聞きながらトモや曜子が考え込むような表情を見せる。
「確かにかつての神無月の神子は罪を犯しました。でもそれももう数百年も昔の話。いつまでも許さずに放置した罪が、新たな罪を犯した」
小夜子の声が、言葉が進むと共に少し曇る。
「資格を剥奪することで目を背けるのではなく、神無月が抱いた悪しき夢を向き合って正すべきだったのです。我々は」
先祖の行いを律するような小夜子の言葉に、曜子がそっと表情を曇らせる。
「だからって神無月に神子資格を復活させるっていうのは、少し急過ぎるんじゃ」
横から口を挟んだ曜子に、小夜子が少しの間を置く。
「神子資格復活の話は、私の先代の月の出の神子と、その従獏だった私の父がすでに総家に進言していたのです」
「香夜と六郎さんが?」
「はい」
確認するように問いかけたトモに、小夜子が大きく頷きを返す。
「ですが十三年前の件で父が死に、その数年後に先代の月の出の神子も病気で亡くなって、神無月の神子復活の話はそのまま無くなってしまった」
小夜子の言葉に、トモがわずかに表情をしかめる。
「そして宵の目醒めをきっかけに、今回のことが起こってしまいました」
「月の出総家は? 神子資格復活を認めてくれそうなの?」
「時間はかかると思います。月の出総家も日の出総家同様、頭の固い方々が多いですから」
「お互い苦労するよねぇ、ホント」
苦い笑みを零しながら、トモが小夜子と憬一郎にカフェオレを差し出す。
「ですが、どんなに時間がかかっても訴え続けていこうと思います」
強い決意を持った口調で、小夜子が声を発する。
「孤独を受け入れてこそ夜、暗闇を照らし出してこそ月。それが口癖だった父の思いを実現するためにも」
「そう」
どこか誇らしく語る小夜子に、トモも嬉しそうに笑みを浮かべながら頷いた。
「けど懐かしいなぁ。そういえばよくそう言ってたよね、六郎さん」
「日下部様は、六郎様とお知り合いなのですか?」
「俺が知り合いっていうよりは、俺の姉貴と知り合いでね。姉貴の獏だった朝海の父親とはそりゃあもう仲が悪くって、今の朝海と修夜クンより酷いくらいだったよ」
「へぇ」
トモの言葉に憬一郎が感心の声を漏らす。
「でもやっぱり似てくるもんだよねぇ、親子って。朝海と修夜クン見てると懐かしくって色々と思い出すよ。あの頃のこと、ホントに色々」
蛇口から流れる水を見送りながら、どこか遠くを見るような悲しげな瞳を見せるトモを見て、曜子が心配するように眉をひそめる。
「あれから十三年、か」
意味深に言葉を落とすトモに、小夜子と憬一郎が戸惑うように首を傾げる。
「朝成さん、そのことなのですが」
「あ、あぁ~、あ! 十二歴家の人たちは? 結局処分とかどうなったの?」
トモへと問いかけを向けようとした小夜子の声を勢いよく遮って、曜子が無理に作ったような笑みで小夜子へと問いかける。
「首謀者である神無月朔十と、水無月から無理に神子権利を奪おうとした文月七緒は厳重処分を受けることになりました。数年は総家で監視生活を送ることになるでしょう」
曜子の無理やりな問いかけに一瞬戸惑いながらも、小夜子がすぐに答えていく。
「ですが二人共、日の出の神子と宵の力ですでに悪しき夢は失っています。意識を取り戻した二人は無気力とも言える状態でしたし、監視以外の処分は特には与えないのではないでしょうか」
「他の十二歴家の子たちは?」
今度はトモが小夜子へと問いかけを付け加える。
「他の家の者たちは神無月に力を貸したという罪はありますが、神無月が無理に夢喰化人間に変えたという事実もありますし、数日の自宅謹慎のみとなりました。家によっては、それ相応の罰を受ける者もいたそうですが」
「君の弟さんも?」
「はい。数日の自宅謹慎で済んだので、今は普通の生活に戻っています」
気遣うように問いかけたトモに、憬一郎が笑顔で頷く。
「最近はよく私たちの屋敷にも顔を出すようになったのですよ。睦月の家の反対を押し切って。フフフ」
「あまり揉め事を起こさねば良いのですが」
小夜子の言葉に心配そうに言葉を落としながらも、それでも憬一郎の表情はどこか嬉しそうであった。ようやく元の仲の良い双子の兄弟に戻れた様子の憬一郎と慎一郎に、トモと曜子もホッとした様子を見せる。
「そういえば今日、日下部朝海さんは? 学校お休みですよね?」
トモ以外に人気のない店内を見回し、小夜子が不思議そうに問いかける。開店前のため客がいないことはわかるが、休日だというのに朝海や茜が家に居る気配もなかった。
「ああ、今日は皆で出掛けてるんだよぉ」
「お出掛けですか」
「うん」
頷いたトモが、今日の日付に大きな花丸のついたカレンダーへと視線を送る。
「大好きなアイドルから、招待状が来てね」
花丸を見つめたトモは、吹き出すように穏やかな笑みを零した。
<みんなぁ~! 今日はシャンデリアの活動再開記念コンサートに来てくれてありがとぉ~!>
『うおおおおぉぉ!』
巨大コンサートホールを埋め尽くす無数の歓声。その歓声を一身に浴びながら、ステージで幾つものスポットライトに照らし出されているのは、フリフリの衣装を身に纏ったシャンデリアであった。
<少しの間、お休み貰っちゃってゴメンね。歌手デビューの話が来た後、どうしても自分で曲を作りたくってマネージャーに言ってお休みを貰ったの。皆、シャンデリアが居なくて寂しかった?>
『寂しかったぁ~!』
首を小さく傾げて問いかけるシャンデリアに、観客は全員全力で答える。
「寂しかったよ~!」
「俺も死ぬほど寂しかったぁ~!」
「アホらし……」
他の観客同様、シャンデリアに両手を振りながら力いっぱい返事をしている朝海と晃由に冷たい視線を送る茜。茜の横には硝子、灯子、そして修夜の姿もある。皆が居るのはステージ真正面の前方よりの席。カメラマンや関係者が並ぶ特等席だ。
「上手いこと嘘をつくもんだな」
「謹慎中は本当に曲作りをしていたざぁーますから、まぁ事実といえば事実ざぁーますよ」
感心というよりも呆れた表情で言葉を落とす灯子に、横からシャンデリアをフォローするように声を挟んだのは師走であった。ステージの上のシャンデリアを見ながら、師走は満足げな笑みを浮かべている。
「師走さん、ちょっと」
「ええ」
すぐにスタッフらしき男に呼ばれる師走。
「シャンデリアの初コンサート、せっかく招待してあげたんざぁーますから、しっかり楽しんでいくざぁーますよ」
「はい、ありがとうございます」
去っていく師走を、硝子が笑顔で見送る。
「誰も呼んでくれなんて頼んでないっていうのに」
「まぁまぁ」
不満げに肩を落とす灯子に、硝子が宥めるように声を掛ける。
『シャンデリアちゃ~ん!』
「すっごく満喫してるね、日下部君と晃由君」
大声で身を乗り出しながらペンライトを振っている朝海と晃由を後ろから見ながら、硝子が少し呆気に取られたような表情を見せる。
「アホだな」
「ああ、馬鹿だ。まぁでも」
灯子の冷たい一言に深く頷きつつも、朝海と晃由以上に盛り上がっている会場中のファンを見つめ、修夜がそっと笑みを零す。
「この光景を見ていると、三奈の夢が消えなくて良かったと、本当にそう思うよ」
「うん。そうだね」
修夜の言葉に同意するように、硝子は大きく頷いた。
<じゃあ皆、早速聞いて。天井シャンデリアのデビュー曲>
両手にマイクを持っていたシャンデリアが右手だけで握り直し、空いた左手を前方へと向ける。
<ずっと私の夢を支え続けてくれた、私のとっても大切な人へ>
前方に向かった手が、朝海の居る方向を差して止まる。輝く満面の笑顔を見せたシャンデリアと一瞬目が合ったような気がして、戸惑いの表情を見せる朝海。
<そして、ここに居る皆へ届けます! 聞いて下さい、“ラブ・マイサンシャイン”!>
シャンデリアの声と共に曲が流れ、シャンデリアが歌い始める。
「今、俺、シャンデリアちゃんと目が合った」
「カメラ見てただけだってば」
「いや、絶対バッチリ合った」
「居るのよねぇ。コンサートに行ったら絶対そう言う人って」
感激した様子で話す朝海に、茜が呆れた視線を送る。
「ラブ・マイサンシャインねぇ」
シャンデリアの歌を聴きながら、晃由が困ったような笑みを見せる。
「憧れのアイドルにあんなに想われて気付かないってのも、逆に才能だよな」
「日下部の奴、結局三奈とシャンデリアが同一人物だと気付かないままだったからな」
呆れ果てた様子の晃由と修夜の会話を聞きながら、まだ目が合ったか合っていないかで会話を続けている朝海と茜の方を見つめ、硝子がそっと笑い声を漏らす。
「茜ちゃんに強力ライバル出現だね」
愛おしむような笑みを見せる硝子を見つめ、灯子がそっと眉をひそめる。
「私からしたら、硝子の方がよっぽど手ごわいけどな」
「へ?」
シャンデリアの歌声とたくさんの歓声に紛れて灯子の言葉を聞き取ることが出来ずに、硝子が大きく首を傾げる。
「何? 何て?」
「いや、何でもない」
聞き返した硝子に、灯子はすぐに首を横に振る。
<サンキュー、マイサンシャイン!>
歌声を響かせながら、シャンデリアは満面の笑みで皆へと大きく手を振った。




