Dream.26 怒れる獣 〈2〉
夢現空間“春”。
「“雛霰”!」
「“曙”」
三奈が上空から無数の黒雪を降り落とすと、朝海は自身の周囲に金光の壁を張ってその雪を防いだ。
「大丈夫」
攻撃を終えた三奈が何かを確かめるように、右手で胸を押さえる。
「まだ、まだ残ってる」
一瞬瞳を閉じて何かを感じ取り、安心したように笑みを浮かべる三奈。だがその安心の笑みは一瞬で、すぐに三奈は不安に駆られた表情へと変わった。
「何が、そんなに苦しいんだ?」
「え?」
朝海からの突然の問いかけに、三奈が戸惑うように顔を上げる。
「何よ、急に。私は別に苦しくなんて」
「力を使う度に、何かに怯えているように見える」
否定しようとした三奈の言葉に、朝海が自分の言葉を被せる。
「力を使って、残りの力を確かめる度に、とても辛そうに見える。君が」
的確に自分の心情を言い当てる朝海の言葉に、三奈は思わず表情を曇らせた。意識していないつもりではあったが、敵である朝海に伝わるほどに三奈の様子は分かり易かったようである。
「ダメね。敵に心配されるなんて」
少し自分に呆れるように笑みを零した後、三奈はまるで戦闘の態勢を解くように両手を下ろした。その三奈に一瞬眉をひそめた朝海であったが、すぐに合わせるように額の日の出の印を消した。
「そんなつもりなかったんだけどな。私、そんなに苦しそうな顔してた?」
「苦しそうな顔はしてなかったと思う。でも何故か、今の君を見ていると心配になってしまう」
印を消して纏った朝力を掻き消した朝海が、三奈の問いかけに素直に答える。
「大丈夫かなって、俺が力になれることはないのかなって、そんな風に思ってしまう。不思議な感覚だ」
自分でも戸惑うように、言葉を続ける朝海。
「まるで、君のファンにでもなったみたいだな。これじゃあ」
穏やかな笑みを浮かべる朝海に、三奈はどこか苦しげに表情をしかめた。
「じゃあ、ファンになってもらおうかな。私の一番のファンに」
「それは無理だ。俺の一番はシャンデリアちゃんだからな。君を一番には応援出来ない」
「……そっか、残念」
少し視線を落とした三奈は、朝海の言葉を噛み締めるように頷いた。頷いた三奈が、ゆっくりと右手を振り上げる。すると、朝海たちを閉じ込めていた桜の咲き乱れる夢現空間は一瞬にして掻き消え、そこには朝海たちがやって来た月の出総家別館の前庭が広がっていた。
少し離れた場所に気を失っている様子の与四夫が倒れている。
「夢現空間を消したのか」
「修夜はもう行ったみたいね」
倒れた与四夫の姿を確認し、冷静に言葉を落とす三奈。三奈の言葉に朝海も特に驚きの表情は見せなかった。修夜ほどの力があれば、与四夫を倒して先に夢現空間から脱出することは容易であろう。
「移動しましょう。付いて来て」
三奈が朝海を誘導するように、月の出の洋館を指差す。
「いいのか? 俺は君の敵なんだから、戦わないと君が」
「いいの。これ以上戦ってもたぶん、私にあなたは倒せない。それが分かったから」
三奈の身を案じるように言葉を放った朝海に、三奈はすぐに首を横に振った。
「それにね、あなたに見せたいものがあるの」
振り返った三奈が見せる愛らしい笑顔に、朝海が戸惑いの表情となる。
「だから、お願い。付いて来て」
強く願うような三奈の言葉に、朝海はゆっくりと頷いた。
夢現空間“秋”。
「明!」
首長豹、明の背の上に乗った盟治が右手を振り上げてその名を呼ぶと、明は長い首を振り下ろして鋭い牙を勢いよく利九へと向けた。
「秋刀魚刀!」
利九が銀の曲剣を振り切り、明の向けた牙を弾き返す。牙と共に長い首を後方に押し返された明は、巨体のバランスを崩してその場に倒れ込んだ。
「刈り取ってやるっ……」
倒れ込んだ明と盟治のもとへと、秋刀魚刀を振り上げて飛び掛かっていく利九。やって来る利九の姿を視界に捉えた盟治が、素早く右手を利九へと向ける。
「“三段雷”!」
三本の昼力の稲妻が利九へと降り注ぐ。
「“蟲音波”」
利九の全身から涼やかな虫たちの鳴き声が響き渡ると、その鳴き声が透明な壁のようなものを作り出し、盟治が向けた稲妻を弾き返した。
「秋の夜長に、虫よ鳴け」
「う!」
響く虫の鳴き声がより強くなると、盟治が苦しげに両耳を押さえてその場に膝をつく。
「刈り取る……!」
膝をついた盟治のもとへ、再び向かっていく利九。
「“黎明”!」
そこへ朝力の金光が飛び込んでくると、利九はすぐに体の勢いを殺し、その場に着地するようにしてそれを避けた。朝力を向けたのは、盟治とは少し離れた場所に立つ旭であった。
「させません」
「虫の鳴き声は通じないか。さすがは日の出の姫神子だ」
強い視線を向ける旭に、利九はいたって冷静に空いている左手を向ける。
「“颱風”、第一号!」
利九の左手から放たれた逆巻く風の塊が、旭へと襲いかかる。
「きゃあああ!」
「旭……!」
強い風に襲われる旭に、慌てて起き上がる盟治。
「明! “魂日破”!」
盟治の声に反応した明がすぐに長い首を起こすと、明は大きく口を開いて旭を包む颱風に向けて昼力の塊を放った。昼力が颱風よりも強く逆巻いて、旭を襲っていた強風を吹き飛ばす。
「盟治っ」
強風から解放された旭が、安心の笑みを盟治へと向ける。明に乗り込んだ盟治はすぐに旭の傍へと駆け寄ると、懐から取り出した携帯電話で誰かに電話を掛け始めた。響く音色に気付いた旭が、着物の袖から取り出した携帯電話に出る。
「はい」
「俺だ。あの男の力、相当の物だぞ。旭」
「そうですね。ですが、まどろっこしいので電話ではなく直接言って下さい、盟治」
「わかった」
旭の言葉に頷いた盟治がすぐに電話を切り、明の背の上から飛び降りて旭の横へとやって来る。
「あの男の力、相当の物だぞ。旭」
「そのようですね……」
旭の指示通りに先程の言葉を繰り返す盟治に、旭が少し呆れた表情を見せながらも頷く。
「個々の技では通じません。私の朝力とあなたの昼力を何とか合わせていかないと」
「そうだな」
「利九」
落ち着いた様子で利九の力の分析を行っていた旭と盟治が、遥か上方から響き渡ってくる声に気付き、同時に顔を上げる。
「あれはっ」
顔を上げた二人が驚きの表情を見せる。上空に浮かんだ白い月には、一人の男の顔が映し出されていた。朔十だ。二人と同じように上空を見上げた利九が、朔十の姿が映し出された月に向かって深々と頭を下げる。
「あの男が、神無月朔十」
利九の様子を見た旭が月に映しだされた男の正体を察し、厳しい表情を見せる。
「霜月がやられた。この夢現空間の制御をお前に任せる」
月の中の朔十から向けられる言葉に、利九が少し眉をひそめる。
「ああ、わかった」
すぐにもとの無表情に戻ると、利九は短く答えを向けた。利九の答えを聞き満足げに笑みを浮かべると、朔十は月の中からその姿を消していった。
「日の出の神子の救援も最初から計画のうち。すべてお前の思う通りに進んだんだな、朔十。本当に恐ろしい男だ」
朔十の消えた月を見上げたまま、利九がどこか感心した様子で言葉を漏らす。
「霜月がやられた、ということは、こちらの誰かが勝利したということか。良かった」
「単純に喜べるお話とは思えませんけれど」
「何?」
盟治が戸惑いの表情を見せる中、真剣な表情でまっすぐに利九を見つめる旭。
「ならば俺は、お前の計画通りに動くまで」
利九は朔十の消えた月へと、高々と右手の秋刀魚刀を掲げた。
「秋の夜長に輝け、“名月”!」
秋刀魚刀の刃先から放たれた強い銀光が、まるで逆を行く稲妻のように空に浮かぶ月へと突き上がる。秋刀魚刀からの光りを受けた月は靄のような白い光りを放って、徐々にその形を大きくしていく。
「な、何だ? 月が大きくなっていく?」
光りを放って巨大化していく月に、盟治が焦りの表情となる。盟治と同じように月の姿を確認した旭が、ゆっくりと利九へと視線を落とした。
「何をなさるおつもりです?」
「この夢現空間を、お前たちごと月の光りに呑み込ませる」
『なっ……!?』
思いがけない利九の言葉に、大きく目を見開く旭と盟治。
「馬鹿な! そんなことが出来るはずがっ……!」
「生憎だが、俺には出来るんだ。九月は最も月が輝きを放つ月だからな」
必死に否定しようとする盟治の言葉を、利九があっさりと覆した。
「俺たちの目的は日を喰らうこと。お前たちが日の出の神子であるその女をこの夢現空間の中に入れてしまった時点で、勝負は決していた」
「つまり貴方がたの目的は、私たちに勝つことではなく、私をこの夢現空間の中に閉じ込め、月の光りの中に消し去ることであったと」
「ああ。そうすれば日の出と戦わずとも、日の出から貴重な光りの神子は失われる」
利九のその言葉に、険しい表情を見せる旭。だが焦りの色は見せずに、堂々と正面から利九へと視線を送る。
「私が消えても、もう一人の日の出の神子、日下部朝海は存在しておりますが」
「あっちは朔十に任せる。何の問題もない。どう足掻いたところで今日、日の出の神子は消え失せる」
「クソ!」
悔しげに言葉を吐き捨てながら、盟治がすぐさま明の背の上に乗り込む。
「夢現空間を壊せ、明! 脱出するんだ!」
盟治が声を張り上げると、明は大きく口を開いて昼力の塊を空間に向けて放った。見えない壁に激突する昼力だが、空間は亀裂を生じることはなかった。何ら変わりない夢現空間に、盟治が悔しげに拳を握り締める。
「無駄だ、この秋の夢現空間からは絶対に脱出出来ない。そういう風に霜月に作らせた」
利九が落とした言葉を耳に入れた旭が、眉をひそめる。
「それでは、貴方も脱出出来ないのでは?」
「ああ。俺もお前たちと共に、月の光りの中に消える」
あっさりと頷いた利九に、盟治が驚いた様子で振り返る。自分も消えるかも知れないというのに利九はまったく焦りの色を見せておらず、完全に覚悟の決まった様子を見せていた。
「消えても構わないと?」
「俺はただ、日の光りを消すためだけに生きて来た。その為だけに朔十に従って来た。今ここで、日の出の神子であるあんたを消すことが出来るなら、俺はもうそれだけで十分だ」
利九の言葉からは並々ならぬ決意が感じられ、その言葉が決して偽りではないことが伝わって来た。偽りではないことが伝わるからこそ浮かぶ違和感に、旭が表情を曇らせる。
「何故、それほどに日を消すことにこだわるのです?」
ある意味、修夜よりも強く感じる利九の日への憎しみに、戸惑いを見せる旭。
「旭、今はそんなことを言っている場合では」
「自分の命を投げ打ってまで、日を消そうとする。貴方のその行動の根源は、どこにあるのですか?」
止めるように声を掛けた盟治の言葉も遮って、旭が利九へと問いかけを続ける。
「それは……」
旭の問いかけに、少し迷うように俯く利九。
――――やっと見つけたわ。利九――――
思い出される優しい笑顔に、利九が強く秋刀魚刀を握り締める。
「日が、奪ったからだ」
ゆっくりと顔を上げた利九が、鋭く瞳を光らせてまっすぐに旭を見つめる。
「俺が、この世で一番愛した人を」
利九から向けられたその言葉を聞くと、旭はより一層険しい表情を見せた。




