表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
76/178

Dream.23 三月の罪 〈3〉

 十六夜町、月の出総家別館。一階、書庫。

「ふむふむ」

 静かな書庫にサクサクと音を響かせてクッキーをつまみながら、真剣な表情で分厚い本を読み込んでいる一人の男。本に書かれた文字は難しい漢字ばかりで、何かの専門書のようである。男は眼鏡の厚いレンズの向こうで何度も瞳を動かし、本の文字を追っていた。白衣を纏ったその男はどちらかというと太めの体型で、大きな背中を丸めて姿勢悪く本を読んでいた。

博士ひろし

 その時書庫の扉が開き、扉の向こうから朔十と利九が姿を見せた。呼ばれる名に顔を上げた男が、二人の姿を視界に入れた途端に少し顔をしかめる。

「僕のことは霜月しもつき博士はかせと呼ぶよう、いつも言っているだろう? 神無月」

「研究者でも気取ってるつもりか? ただの読書好きのくせに」

「利九」

 不満げに声を発した利九に、宥めるように朔十が呼びかける。

「済まなかった、霜月博士。読書中のところを邪魔するよ」

「邪魔だという自覚があるのなら、今すぐ出て行って欲しいところだね」

「貴様っ」

「やるのかい?」

 大きく眉をひそめた利九に、博士が挑戦的に言葉を返す。博士が鋭い空気を纏った途端に書庫中の本が動き出し、書庫に張り詰めた空気が漂った。

「やめろ、二人共。くだらない揉め事に余計な力を使う気か?」

 朔十が張り詰めた空気など気にも掛けずに声を発すると、二人はすぐに体の構えを解いた。

「で、僕に何か用かい?」

「ああ。もうすぐこの屋敷に侵入者がやって来る」

「侵入者?」

「月の出の神子、水無月修夜とその仲間たちだ。目的は月の出の獏“宵”の奪還」

「ああ」

 朔十の言葉に眉をひそめた博士が、利九の説明にすぐに納得したように頷く。

「まだやっていたのか。ずっとバタバタうるさかったから、もう終わったものと思っていたよ」

「お前がここでじっと菓子を食っている間に、こっちも色々とあったもんでね」

 博士と利九が互いに嫌味を飛び交わせる。

「で? その侵入者がどうかしたのかい?」

「お前の能力で特別な夢現空間を四つほど作って欲しいんだ。侵入者の道を塞ぐために」

「夢現空間ね……」

 読んでいた本を閉じて机の上に置いた博士が、どこか疲れたような表情を見せる。

「僕は別に宵にもそんなに興味はないし、あんまり無駄な力は使いたくないんだけどなぁ」

「他の連中が働いている時に、散々じっとしてたんだ。それくらいのことはしろ」

「実に労働意欲の薄れる発言だ」

 偉そうに言い放つ利九に、博士が大きく肩を落とす。

「経営者には向いていないね、君」

「あのなぁっ」

「霜月博士」

 強く言い返そうとした利九の声を遮って、朔十がそっと博士を呼ぶ。

「素直に言うことを聞いてくれないか? でないと俺は」

 朔十が鋭く瞳を光らせて、右手のひらを博士の顔の前へと突き出す。

「お前の瞳を、二度と本など読めぬように潰してしまいそうだ」

 微笑みながら柔らかい口調で脅しとも取れる言葉を投げかける朔十。その言葉がただの脅しではないことを知っているように、博士は一瞬にして表情を険しく変えた。

「……わかった。すぐに準備するよ」

「頼む」

 大人しく頷く博士に、朔十が満足げな笑顔を見せる。大きな体を少し重たそうに動かして椅子から立ち上がると、博士はゆっくりとした足取りで書庫を後にした。

「図体もデカければ態度もデカいデブだ」

 出て行く博士を見送り、利九がすぐさま毒づく。

「だが、何故四つも夢現空間を? 来るのは月の出の神子と後はせいぜい、朝力のない日の出の神子だろう?」

「予感がするんだ。四つがいい、そんな気がする」

 朔十の何の確証もないその言葉に、利九が少し呆れたように肩を落とす。

「信じないか?」

「信じるさ。いつだって、お前の言うことに間違いはない」

 そっと笑みを浮かべて問いかける朔十に、利九がすぐさま答える。

「配置を決めなければな。全員を集めてくる」

「ああ」

 察しよく動き、利九も博士に続いて書庫を後にする。部屋に一人残った朔十は部屋の窓から、空に明々と輝く太陽を見上げた。

「後少しだ。後少しで、お前の輝く空は終わる」

 予言のように強く言い切ると、朔十は不敵な笑みを浮かべた。




 その頃、地下牢。

『屋根より高い鯉のぉぼぉりぃぃ~』

 またしても牢の中へと入って来てしまった大吾と共に仲良くミニ鯉のぼりを振り回しながら、硝子は明るい笑顔で歌声を響かせていた。

『大きい真鯉はおトメさぁ~ん~!』

「だから、お父さんね……」

 全力で間違った歌詞を口にする硝子と大吾に、小夜子が呆れたように声を掛ける。

「大吾!」

「うわっ、七緒!」

 その時地下牢のある部屋へと七緒が姿を見せると、大吾はすぐに歌を止めて焦りの表情を見せた。牢内に居る大吾の姿に、七緒は見るからに怒っている。

「ごめんねごめんねっ、七緒」

「謝って済むなら警察はいりませんよ、大吾」

 必死に謝る大吾の額に、牢のすぐ前に立った七緒が短冊を張り付ける。短冊が発した光りに包まれると、大吾は一瞬にして牢の外へと移動した。

「まったくあなたは目を離すとすぐこれなんですから」

 落ち込んだ様子で肩を落とす大吾に、七緒もまた困ったように肩を落とした。

「あなたも何です? 人質だというのに、子供の大吾と大騒ぎして」

「す、すみません……」

 敵を相手にどこか申し訳なさそうに謝罪をする硝子。その硝子の姿を見て、七緒が少し眉をひそめる。

「余裕というわけですか? どうせすぐに助けが来るから、大吾と大騒ぎしていても何の問題もないと?」

「助けに期待しているところはありますけど正直、気持ちに余裕があるわけではないです。でもただ、自分の中の光りは見失わないようにしようと思って」

 そっと笑みを零して、素直に言葉を口にする硝子に、七緒が戸惑いの表情を見せる。

「あなたたちは私の持つ夜の闇を使って、日を喰らおうとしている。でも私が私の中の日の光りを失わなければ、あなたたちは日を喰らえませんよね?」

 迷いのないどこか晴れやかな笑みで、すらすらと言葉を続ける硝子。

「だから私は絶対に、私の中の“日”を消さないようにしようって、そう思うんです」

「硝子さん」

 硝子の言葉を聞いた小夜子は、少し嬉しそうな声で硝子の名を呼んだ。その小夜子の声とは対照的に、七緒が不快な表情を見せる。

「あなたはあくまで、日の出の味方をするというのですね。月の出の獏を持って生まれながら」

「どっちの味方もするつもりはありません。日下部君や灯子も大切だけど、修夜君や小夜子さんも大切だし、どっちかなんて選べない」

 一瞬小夜子の方を振り返った硝子が、自分の気持ちを確認するように言い放つ。

「どっちがどっちを喰らうとかじゃなくって、どっちも同じ空で、どっちも同じように輝ければいいって私は思ってます」

「ですが日の光りがある限り、月の光りは見えない」

 穏やかな硝子の主張を振り払うように、七緒が強い口調で言葉を返す。

「日がある限り、月の輝きは一番にはなれないんです」

 強調するように向けられるその言葉に、硝子が少し表情を曇らせる。

「その為に、夜があるんじゃないですか?」

 再び笑みを見せて、硝子が七緒へと優しく問いかける。

「夜は、月を一番輝かせる為に、日がくれた贈り物なのかも知れない」

「……戯れ言をっ」

 硝子のその言葉を受け入れることなく、七緒は不快そうに言葉を吐き捨てた。

「七緒、招集だ」

 そこへ扉が開き、書庫から移動して来た利九が七緒を呼びに来る。

「わかりました」

 利九の言葉にすぐに頷き、七緒が硝子へと背を向ける。

「今度は牢に入ってはいけませんよ、大吾」

「はぁーい」

「“一階へ上がれますように”」

 大吾の返事を確認すると、七緒は自身に短冊を張り付けて、あっという間にその場から姿を消し去った。利九も七緒が移動したことを確認し、部屋を出て行く。

「日がくれた贈り物、ですか。面白い感性ですね」

「余計なこと、言っちゃいましたかね?」

「いえ、いいと思います。私の心にも深く響きました」

「ボクの心にも響いたぁー!」

「うわ!」

 すぐ目の前で大きく手を挙げる大吾の姿に、硝子が驚きの声を上げる。先程七緒の短冊により牢の外に出されたばかりだというのに、大吾はまたしてもいつの間にか牢の中へと入って来ていた。

「大吾君、また七緒さんに怒られちゃうよ?」

 ゆっくりとその場にしゃがみ込み、硝子が大吾と視線を揃える。

「というか、さっきも思ったけど大吾君、どうやって牢の中に入って来てるの?」

「えっとねぇ」

 硝子に問いかけられた大吾が、右手に持っているミニ鯉のぼりたちを牢の鉄格子の間に通す。鉄格子の間に挟まった鯉のぼりたちはどんどんと巨大化して鉄格子を変形させると、大吾はその大きくなった鯉のぼりの間を通って牢の外へと出た。大吾が通り抜けると鯉のぼりは元のサイズへと戻り、大きく変形させられていた鉄格子も一瞬にして元に戻る。

「こうっ!」

 再び牢の外に出た大吾が、硝子へと満面の笑みを見せる。

「凄い……」

「十二暦家の中でも一際変わった能力ですね」

 呆気に取られる硝子の横で、小夜子が感心の声を漏らす。

「そういえば七緒さんの短冊といい、十二暦家の人たちの夜力って皆変わってますよね。小夜子さんや修夜君の夜力とは違って、何かこう独特というか」

「彼等が使っているのは、正式には夜力ではありません」

「え?」

 小夜子から返って来る答えに、硝子が大きく首を傾ける。

「夜力じゃ、ない?」

「夜力はあくまで月の出の神子が持つもの。神子でないその他の十二暦家は、本来であれば夜力は使えないのです」

「じゃあ、大吾君や七緒さんの使っている力は一体っ」

「あ、三奈だぁー!」

 大吾の声が響くと、硝子と小夜子はすぐに入口の方を振り向いた。

「あっ!」

 部屋へと現れたその人物に、硝子が大きく目を見張る。

「シャンデリア、ちゃんっ?」

 地下牢のあるその部屋へと現れたのは三奈であった。だがその姿は硝子にとっては十二暦家の三奈ではなく、グラビアアイドルの天井シャンデリアだった。

「シャンデリアちゃんが、どうしてここに?」

「彼女の本名は弥生三奈。十二暦家の一人です」

「え、シャンデリアちゃんが十二暦家っ?」

 小夜子の説明に、硝子が益々困惑の表情となる。いつもテレビで見ている人間が目の前に居るだけでも混乱するというのに、さらに衝撃の事実を知らされては平静でもいられないだろう。

「えぇっとシャンデリアちゃんが十二暦家ということは、シャンデリアちゃんは月の出の一族というわけで、だとすると日下部君はぁっ」

 困惑状態の硝子が頭を抱え、巡らせる考えをすべて口から出す。

「さっき利九が皆集合だって言ってたよ、三奈ぁー」

「わかってる。すぐに行くわ」

 大吾の言葉に答えながら三奈が歩を進め、硝子と小夜子の居る牢へと寄って行く。

「真実を確かめてから」

「真実?」

 三奈が発したその言葉に引っ掛かりを覚え、小夜子が小さく繰り返す。

「あなたが、浅見硝子?」

「あ、はいっ」

 まだ考えている最中であり、すべてを整理しきっていない様子の硝子だったが、呼ばれる名にとりあえず返事をする。

「あなたに一つ、聞きたいことがあるわ」

 硝子の前に立った三奈が、まっすぐに硝子を見つめる。

「“弥生”って名字に、聞き覚えはない?」

「弥生?」

 問いかけられた硝子は何故問いかけられたのか、そこを深く考えることはなく、記憶の中からその名を探した。

「そういえば、お婆ちゃんの旧姓が弥生だったような」

 硝子から返って来る言葉に、三奈の表情が険しく変わる。

「そう。やっぱり、そうなの……」

 どこか苦しげに俯いていく三奈に、理由がわからずに戸惑うように首を傾げる硝子。

「あ、あの」

「ありがとう。聞きたかったのはそれだけだから。じゃあっ」

「三奈、またねぇ~!」

 硝子が声を掛ける間すら与えずに、三奈はすぐに硝子に背を向け、大吾に見送られて部屋を後にしていった。閉じた扉をしばらく見つめた後、硝子が戸惑いの視線を小夜子へと向ける。

「あの、今のって一体」

「彼女がずっと背負って来た過去の罪が今、真実として証明されてしまったのかも知れませんね……」

 小夜子の言葉の意味がわからずに、硝子は一層戸惑いの表情を見せた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ