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Dream.32 消える夢喰 〈1〉

――――私っ、人間じゃないかも知れないよ! 朝海クン……!――――


「茜……」

 朝海に抱きついたまま、その小さな体を震わせる茜を見下ろし、朝海が険しい表情を見せる。朝海は優しく茜の背中を擦り、頭を撫ではするものの、すぐには掛ける言葉を見つけることが出来なかった。しばらくの間、茜のすすり泣く声だけが響いた後、朝海がゆっくりと口を開く。

「いいよ」

 ようやく落とされた朝海の声に、朝海の胸に顔を埋めていた茜が勢いよく顔を上げる。

「え?」

「いいよ。人間じゃなくたって、何だっていい」

 戸惑うように見上げた茜をまっすぐに見つめ返し、朝海が迷うことなく言葉を送る。

「小学生のくせに生意気で、俺やトモさんよりずっとしっかり者で、大人顔負けのこと言うわりに好きな食べ物は子供っぽくて、動物が大好きで、人一倍友達想いで家族想い。それが、俺にとっての茜」

 ゆっくりとした口調でまるで言い聞かせるように、茜へと言葉を続ける朝海。

「だから茜が何だったとしても、そんな茜のままなら、俺の知ってる茜のままなら、俺はそれでいいよ」

 朝海が向けた精一杯の言葉に、茜が目を細め、その目尻から再び涙の滴を溢れ出させる。

「朝海クンっ……!」

 再び抱きついてきた茜を、朝海はしっかりと受け止めた。



 涙に暮れる茜を何とか落ち着かせ、寝かしつけた朝海は、静かに茜の部屋を出ると再び一階へと降りていった。一階ではカウンターの奥でトモが夜からの営業に向けた準備をしていたが、買い出しから戻って来たはずの薦那(せんな)の姿はなかった。

「あれ、薦那さんは?」

「今日はもう帰した。初日から色々やってもらい過ぎたからね」

「ふぅーん」

 あまり興味のない様子で答えながら、朝海が奥のテーブル席へと腰掛ける。

「茜は?」

「うん……」

 トモの問いかけに、朝海が俯いたまま答えにくそうに間を取る。

「茜は人間じゃないかも知れないって」

「……っ」

 朝海が発したその言葉に、準備をしていたトモの手が止まる。明らかに動揺を見せるトモの様子を見つめ、朝海はそっと眉をひそめた。

「トモさん、俺ガキだったけどハッキリ覚えてるんだ。あの日のこと」

 過去を思い返すように天井を見上げながら、朝海が一層険しい表情を見せる。

「十一年前のあの日、確かに茜は」

「ちょっと外出て来るわ。夜の準備しといて」

「トモさん!」

 逃げるようにカウンターを出て店の出口に向かっていくトモに、朝海が思わず立ち上がって呼び止める。朝海の珍しい大声に、トモの足は出口のすぐ前で止まった。

「俺も茜も、もう子供じゃないんだ。事情があることくらいはわかるけど、何か少しくらい話してくれたってっ」

「子供だよ」

 朝海の言葉を遮るように声を発したトモが、朝海の方を振り返る。

「俺にとっては、お前も茜もまだ子供」

 そう言って困ったように笑うと、トモは朝海に背を向けてそのまま外へと出て行ってしまった。一人店に残った朝海はトモを追いかけることもなく、再び椅子に腰かける。

「そりゃあ、そうだろうけどっ……」

 己の無力を嘆くように、朝海は小さく言葉を落とした。




 都内、某撮影スタジオ。

「シャンデリアちゃん、お疲れ様」

「お疲れ様でしたぁ~」

 スタッフに満面の笑みで答えながら、ドラマの撮影を終えたグラビアアイドル天井(あまい)シャンデリアこと弥生三奈が長い廊下を進んで、シャンデリアの名の書かれた紙の貼られた自身の楽屋へと入っていく。

「あぁ~、疲れた。って、あら?」

 三奈が楽屋に入ると楽屋の中は電気が点いておらず真っ暗で、何も見えない状態であった。

「ちょっと師走(しわす)、何で電気点けてないのよ? こんな暗くちゃ何も見えないじゃないっ」

 強い口調で言葉を放ちながら、三奈が電気のスイッチへと指を伸ばす。

「お止め下さい……」

「んなあぁぁぁ!」

 突如目の前に現れたろうそくの炎に照らされた、黒のローブで口元のすぐ上までを覆った不気味な女のその姿に、三奈があまり可愛げのない悲鳴をあげる。

「って、あんた、水無月小夜子?」

 全身を黒ローブで覆ったその不気味な女性をよく見つめて、驚いていた三奈が落ち着きを取り戻す。その女性は三奈もよく知る月の出の神子、水無月小夜子であった。

「蛍光灯に照らされては、私、死んでしまいますので、これを……」

 そう言って小夜子が三奈へと一本のろうそくを手渡す。

「苦手なのは日の光りだけではないんざぁーますね」

「そうみたいです」

 楽屋の奥では同じようにろうそくを一本ずつ持った師走と憬一郎が、椅子に腰掛けてまったりと会話をしていた。

「睦月憬一郎まで? 何だって二人がこんなところに」

「私たちに話があるんだそうざぁーます」

「話?」

「ええ……」

 少し顔をしかめて問いかけた三奈に、小夜子が深々と頷きを返す。

「座って話しましょう。どうぞ、こちらへ……」

「私の楽屋なんだけどね。ここ」

 まるで部屋の主かのように案内をする小夜子に少し不満げな表情を見せながらも、三奈は小夜子に誘導されて楽屋の奥へと行き、師走の座る横の空き椅子へと腰を下ろした。

「で、話って?」

「ええ。実は……」

 改めて問いかけた三奈に、小夜子がゆっくりと口を開く。

「ここ数日、夢喰が現れては十数分のうちに消えるという謎の現象が起こっております……」

「夢喰が、消える?」

 小夜子の言葉を繰り返した三奈が、眉間に皺を寄せる。

「日の出の神子たちが夢喰を倒しているだけではないざぁーます?」

「いえ、調べたところ、日の出の神子は御二方ともここ数日、一度も夢喰とは接触しておりません」

 小夜子の答えを聞いた師走が、戸惑うように首を傾ける。

「じゃあ一体」

「消えるって何? どういうこと?」

 戸惑う師走の横から、三奈が鋭く問いかける。

「言葉の通りです。夢喰が消えるのです。夢媒者(むばいしゃ)の夢ごと、忽然と」

 その言葉を聞き、表情を険しくする三奈。

「夢媒者の夢ごと?」

「ええ。月の出の者が夢喰の力が感知されたその場所に向かった際、夢を失ったと思われる不自然な思考の人間が存在しておりました」

「そんな……」

 夢を失うことの恐怖を知る三奈は、胸を痛めるようにそっと視線を落とした。

「でも何で私たちにそんなことっ……あっ、私たちのこと疑ってること!?」

 ハッと気付いたような表情となった三奈が声を荒げ、思わず椅子から立ち上がって小夜子の方へと身を乗り出す。

「冗談じゃないわ! 誰がそんなことっ……!」

「疑われているのは、あなただけではありませんよ」

 遮る小夜子の言葉に、三奈が戸惑うように首を傾げる。

「私も月の出総家に呼ばれ、問われました。夢喰を生み出し消したのはお前か、と」

 小夜子のその言葉を聞いた三奈が落ち着きを取り戻した様子で、再び椅子に腰掛ける。

「夢喰を生み出すことが出来るのは、夜力を持つ我々月の出一族、十二暦家の者だけです」

「だからって私たちの仕業だっていうの? 相変わらず短絡的な連中ねっ」

「疑われても仕方ないざぁーますよ。私たちは反乱を起こしたばかりなのざぁーますから」

 怒りの収まりきらない様子の三奈に、師走が宥めるように声を掛ける。

「私は総家に命じられ、十二暦家の者全員の調査を行っております」

「ご苦労なことね」

「残念ながら今のところ、こうすることでしか疑いは晴らせそうにありませんので」

 不満げな三奈だけではなく、小夜子からも不本意さが十分に伝わって来た。

「そういうことなら、いくらでも調査してくれていいわよ。芸能界復帰してから分刻みのスケジュールで、そんなことしてる暇ないってすぐにわかるはずだから。ねぇ、師走っ」

「それ以前に、夢喰を出現させては消す能力なんて、私たちは持ち得ていないざぁーます」

 得意げに言葉を並べる三奈の横から、師走が冷静な言葉を発する。

「私たち十二暦家の者だけではなく、貴女たち月の出の神子にもそのような芸当は無理なのでは? まぁ歴代神子の中でもより強い力を持つと噂の、貴女の弟君なら可能なのかも知れないざぁーますけれど」

 鋭く問いかける師走に、小夜子が少し口ごもる。

「総家も同じ考えのようで、すでに修夜様には見張りが付けられています」

 口ごもった小夜子に代わり、憬一郎が答える。

「成程。弟の疑いを晴らすためには調査するしかないってわけ。苦労するわね、あなたも」

「修夜は確かに歴代の月の出の神子の中でも、より強い夜力を持っていますが、それでも夢喰を消失させるなどということは出来ないでしょう。まぁ出来るとしても、やらないとは思っていますが」

「出来ないって、そんな修夜にも無理なようなこと、じゃあ誰がやったっていうのよ?」

「そうざーますよねぇ……あっ」

 考え込んだ師走が、何かを思い出したように顔を上げる。

「そういえば十数年前にも、同じようなことがあったざぁーます」

 急に思い出したように師走が言い放つ。

「同じようなことって?」

「夢喰が現れては消えるということが。あったざぁーますよね? 姫神子」

「ええ、確かに同じようなことがありました。幼かったので、あまりはっきりとは覚えていませんが」

「確かあの時も、月の出の神子と従獏がその調査にあたってたはず……」

 記憶を呼び起こそうと、師走が何度も首を捻る。

「あ、そういえばあの当時の従獏は」

「ええ。水無月六郎、私の父です。今から十三年前、父は自身の神子である皐月(さつき)香夜(かよ)様と共に、夢喰消失の調査を行っておりました」

「皐月……、大吾の母親ね」

 二人の会話に耳を傾けながら、三奈が真剣な表情を見せる。

「ですがその調査の途中、父は謎の死を遂げました」

 小夜子の声がより重く、低く響き渡る。

「原因は今でもよくわかっておりません。瀕死の状態で戻って来た香夜様はあまりの傷の深さゆえか、調査に旅立って以降の記憶を失っておりましたので」

「そうだったざぁーますね。香夜様はその時負った傷がもとで、大吾を産んですぐに病気で亡くなってしまわれた」

「そんなことが……」

 漂う重苦しい雰囲気に、三奈が思わず言葉を失う。

「じゃあ今回の件も、その十三年前の件と関係が?」

「可能性はあると思われます」

 確信を持って、小夜子が頷く。

「調査を行うのは月の出の疑いを晴らすためもありますが、父の死の原因を知ることが出来ればと、そうも思っています」

「小夜子様」

 少し思い詰めた様子にさえ見える小夜子を、憬一郎が心配するように見つめる。

「わかった。私も協力するわ」

「え?」

 突然の三奈の言葉に、小夜子が戸惑うように顔を上げる。

「と言っても私は売れっ子アイドルで調査を手伝う時間なんてないけど、でも何か気付くことやわかったことがあったら、すぐにあなたに連絡する。それでいいでしょ?」

「……ありがとうございます」

 頼もしい三奈の言葉に、小夜子はローブからわずかに見える口元に笑みを浮かべた。

「そういえば小夜子様、日下部様の叔父の朝成(ともなり)様が以前、香夜様や六郎様と親しかったと仰っておられませんでしたか?」

「そういえば、そんなことを仰っておられましたね」

「朝成様であれば、十三年前の件も何かご存知なのでは」

「そうですね……」

 小夜子の父のことを語った際、どこか悲しげだった朝成の様子を思い返し、小夜子がそっと頷く。

「では明日にでも、日下部朝海さんのお家に行ってみましょうか」

「えっ、日下部朝海の家?」

 小夜子のその言葉に、三奈が敏感に反応する。

「やっぱり私も一緒に調査しっ」

「貴女は明日名古屋でロケざぁーますよ、三奈」

「ええぇ~?」

 現実を突き付ける師走の言葉に、三奈はがっくりと肩を落とした。




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