第8話 顔面スパイク
小走りで廊下を進んでいく。この学園の敷地が広すぎるがゆえに授業での移動がとてつもなく長い。皆より数分遅れているので歩いている余裕もなく今に至る。
「お、ようやくきたか時臣。」
息を切らして更衣室に入ると一番に声をかけてきたのはクラスで唯一の男友達、箕島卓也だった。まさしく陽キャの代名詞のようにイケメンでサッカー部。その上ほかのスポーツも優秀。女子生徒からの人気も高く、クラスでは一番モテていた。少し茶髪で今はトゲトゲした髪をしているが、濡らしたときの直毛には納得がいかない。まぎれもなく体の隅から隅までイケメンだった。
「なんで起こしてくれなかったんだよ」
友人を一人女子たちの中に置いていくとは、かなりと言っていいほどに性格が悪い。声をかけるくらいできたのではないか。
「俺は声をかけたぞ。けど、なんか物騒な寝言言ってたから、そっとしてたんだ。」
「それは、すまん。」
さっきの夢を覚えているからこそ、俺は卓也のことを責められないし、結局寝ていた俺が悪いのだから何も言えやしない。
「まぁ行くか。」
長袖半ズボンの体操服に素早く着替える。なにせバレーボールは手首が痛くなるから長袖に限る。言いたいことも言えぬまま更衣室を後にした。
「おまえ、神崎と付き合ってんの?」
なにも飲んでいないが吹き出しそうになってむせてしまう。
「お前までそんなこと。」
「だって一緒に登校するなんてここ一週間じゃクラスの男子の中じゃ妄想の中の話だぞ?」
両手を挙げてお手上げだと言う。そんな事実はないし、そんな妄想はしていない。そう軽く呆れたように伝えた。
「たまたま朝会っただけだよ。」
「そうかー?結構仲良さそうに見えたけどな~?」
「からかうのはやめろ。ったく、これだから三大美女は厄介なんだよ。」
深いため息と同時に話題の張本人が視界に映る。
「ほら、噂のEカップさんがお出ましだぞ?」
「なんでEだって知ってるんだよ!」
卓也のEカップ宣言で俺の中の疑問が一つ解けた。
「Dじゃなかったのか。」
「時臣ってたまに本気で気持ち悪いよな。」
「お前が言うな!」
このツッコミにも慣れないといけないと思うと気が重い。卓也とは出会って一週間だが、他の人と話す時より思考回路を三倍は使っている気がする。だが、気を使うという面ではダントツで楽な関係だった。金の貸し借りはないものの、お互いに物の貸し借りや共有はおこなっていた。
「ほら、噂をすれば神崎の登場だぞ。」
小声で、しかし美咲に届くくらいの微量な声を彼女たちは逃すわけがなかった。
「なに、神崎さんの悪口?」
俺たちから見た手前、美咲の右側を歩いていたクラスの女生徒がいち早くこちらに気づく。
「いやそういうわけじゃないんだが。」
おれが弁明しようとしても、その子の話を聞かない癖なのか。割って入ってきた。
「言っとくけどね、あんたらなんかに神崎さんはみじんも興味持ってないから。調子乗らない方がいいわよ!」
ない胸を頑張って張っていた女生徒に、美咲も戸惑う。
「日和さん?私は決してそんなこと思っていませんよ!?」
「こんな奴ら庇うことないですよ神崎さん!」
渡辺日和。成績は優秀でどこかの企業の令嬢と聞くが、その性格はそれにふさわしくはなかった。明るい茶髪に釣り目のような鋭い瞳でこちらをにらんでくる。背は美咲より十センチほど小さい、150くらいだろうか。少し子供みたいにツインテールを器用に使いこなし、このクラス内では美咲に次ぐ人気を誇る。
プライドなのか意地なのか、まるで神崎美咲の一番の味方は私ですと言わんばかりの所作に少し笑いがこぼれそうになる。
「別に箕島くんも華徒くんも、決してそんなことはないですからね?」
苦笑いで済ます卓也の代わりに俺が言葉を返そうとしたが、それもまた彼女に阻まれる。
「神崎さんはこんな奴と名前で呼び合う仲なんですか!?」
その大声に館内の注目を集めてしまう。授業が始まってすらいないのに、この静けさは異常だった。
「こらそこ!チャイムが鳴るから整列するように!」
教師の掛け声で渡辺も正気に戻り美咲の右手の方に戻っていった。恥じらいのせいで頬を少し赤らめていたが、未だにこちらを睨んでいた。
「それじゃあ男子は各ペアでスパイクの練習~」
授業は中盤に差し掛かり、教師の指示でペア同士でのスパイク練習が始まった。
「じゃあ行くぞっ!」
バシンと床から聞こえた悲鳴は卓也の『軽いスパイク』だった。
「おい俺当たったら死ぬ奴じゃないか?」
軽いスパイクを卓也に返し、その上手さに文句を言った。
「このくらい反応できないと、神崎とは並べないぞっ!」
またもや容赦のないスパイクに、今回は床だけじゃなくクラスの女子も喚起の悲鳴を上げていた。はぁとため息をつくことしかできず、なぜこんなイケメンと友達なのだろうかと再度不思議に感じる。しかしながら、その一方で。
「せいっ!」
すぐ横の女子チームではすでにミニゲームが開始しており、その中で一人一目を置かれていた美女がいた。可憐なスパイクに見事な体つき。老若男女問わず魅了しそうなそのフォームに男子の全員が動きを止めた。
「神崎さんってすげーよな」
「やっぱ、時臣とかじゃなくてイケメンの彼氏いるんだろうなー」
自分の妄想を広げたい奴らの言葉が微かに耳に届く。そんな時だった。
「華徒くん!避けて!」
クラスの男子たちの妄想に呆れていた俺の顔面に、一級品のスパイクが炸裂する。




