第6話 三大美女 その二角
「まさか反抗期があったなんて。今の性格を考えれば想像もできない」
敬語とタメ語が入り混じった話し方が続く。どうにもタメ語というものに慣れない。実際隣にいる美女は俺の手には余る人だ。
「そうですか?乙女は人一度は経験するものですよ?」
騒がしい廊下を進み続けてようやく教室にたどり着いた。しかし、そこで待っていたのはよっ友達だった。
よっ友とは、よっと挨拶は交わすほどの関係ではあるが、一緒に遊びになどはいかないような関係のことを指す。入学して一週間で数人のよっ友はできていたつもりだが、十人以上も作った記憶はない。
「そう、なんですね。」
二人での登校の終着点である教室では十人以上の男子生徒が扉の奥で俺のことを睨んできていた。ここまでの廊下もすごかったが、限られた空間内だとその視線がはるかに重い。
「それではまた。私はお手洗いに行きますので。」
「じゃあ、また。」
そう挨拶を交わす。これはただの友人同士のもの。しかし、周囲の人間がそれをどう捉えるか。既に理解していた。神崎美咲という人間がいたことである程度距離をとっていた人間たちが、姿を消した途端俺の周りにくっついてきた。
「お前神崎さんとどういう関係なんだよ!」
「時臣くんって三大美女と関係を持ってたの!?」
まるで容疑者をメディアが取り囲むような状況だった。俺の言葉は通じず、時間が経てば経つほど人が集ってくる。それほどまでに、俺は彼女と不釣り合いだということだ。憧れという欲望は、単なる関心というものだと思っていた。
それは俺の勘違いだった。憧れを前にして何もできない俺は、単なる凡人だ。恥じらいこそ感じないが、何をしたらいいのか分からず全員の意見もまとめて返事できない。
自分が恥ずかしくなる。今の俺は、本当に容疑者のようだった。
「俺はたまたま行き道で会っただけだ。そんなみんなが騒ぐようなことじゃない。」
唯一出た言葉だった。鼓動の音も、手の震えも気づいたらなくなっていた。
「なんだよびっくりしたじゃないか。」
「やっぱりこんな細い体したやつが神崎さんの彼氏だなんてありえないって~」
向けられる好奇心は少しずつ収まっていく。しかし、それは形を変えて俺に向けられる。
その時、一人の勇敢な行動がクラス全体を静まり返す。
「聞いていれば、なんて無様な人たちなんですか?彼に寄って集って、挙句の果てに小ばかにして笑うなどこの由緒正しい学園に相応しくないと見受けられましたが?」
筋の通った言葉と声に皆が動きを止める。ホワイトタイガーを彷彿とさせるその靡いた白髪に、同色で飾られた大きな瞳。この日本国内でトップのセレブ校と言われており、数多くの社長や技術者を輩出してきた私立東正学園。その学園内時期生徒会長と期待され続けている二年Cクラスの伊集院マリア先輩。
スウェーデンと日本のハーフと言われており、成績優秀で運動神経抜群の文武両道ときた。そんな高貴な生徒が俺なんかのために割って入ってきてくれたのだ。
「あ、ありがとうございます。」
集っていた生徒たちはすぐに自分の席に戻っていった。自身の評判のためか、恥じらいで戻ったのか、それはわからない。今はただ、彼女に感謝を伝えたい。
「いえ、正しいことをしたまでです。あなたも、面倒ならこういったことは避けて通ってみてはいかがですか?」
クラスメイトこそ立ち去ったが、いまだに周囲からの視線を感じる。そんな視線を向けられて、この人はどうしてこう立派でいられるのか。その貫き通す強さが三大美女と言われるまでになったのではないか。
「自分でも、どうしてこうなったのか不思議です。自分はただ、普通の日常を過ごしたいだけなんです。」
「普通ですか。」
「何か言っちゃいけないこと言いました俺?」
「いえ、そういうわけでは。ただ、この学園で普通の生活を送りたいという生徒が珍しいなと思いまして。」
まるで俺が言ったことを驚いたように、彼女の手は口元を覆っている。
「俺は他の人達に比べて一般家庭ですから。たまたま中学で推薦枠を取れただけです。」
「そうですか。ですが推薦枠を取れたことは誇ってよいことですよ。自分を卑下するのはやめた方がいいです。それにあなたには、少し興味を持ちました。また機会がありましたら、その時はよろしくお願いしますね。」
彼女の連なった言葉は、俺の言い返しなんて受け付けなかった。
アイロンで巻いた長い白髪を嫣然とはらってから立ち去った。周囲は歓喜の言葉で満ちている。凡人にまで助言をして優しいだとか、素晴らしい教育ですわとか。結局は俺にとって居心地の悪い場所だった。
俺の学園生活が一週間で異様に崩れていく。
「一体全体何が起こっているんだ。」
そして俺は自分の席に座り、死んだように眠っていった。




