第5話 ヒロイン登校中
「行ってきます」
両親に挨拶をして家を後にした。東京の8時は既に朝日はのぼり、紫外線が肌を焼くように満ちている。四月とは思えないほどの暑苦しさで、ここはもうすぐ人類の滞在場所ではなくなるのではないかと感じる時も増えてきた。
高校入学から既に一週間が経過しており、少しずつ友人もできてきた。中学の頃の自分が見たら涙を絶やさないだろう。そんな日常が続く中、時臣華徒は登校中に偶然あの人と出会ってしまう。
「おはようございます。華徒くん。」
透き通った美しい声は、清楚を代表するかのように凛としており、朝から周囲の注目の的であった。川沿いの道を歩く俺たちを、同級生から先輩。他校の生徒や近所の主婦の奥さんだって、彼女の姿に一目を置いている。自然体でこの姿なんだから、それは尊敬に値するものだ。
「おはようございます。神崎さん。」
昨日まで遠い存在だったからか、無意識に名字で呼んでしまった。そのことに気づいたのは、彼女が指摘してくれてからだった。
「名前で呼んでくださいって言いましたよね?」
十センチにもなる身長差ではその上目遣いも効果抜群。好きかどうかなんて関係なく、男を落とすには十分すぎる素質を発揮する。妹を世界一大事にしている俺でも、この人を前にしたら一歩後ずさりしてしまった。
「そうでしたね。でも、敬語で話すのに名前呼びってちょっと変じゃないですか?」
不意の疑問に、問いかけた本人も少し黙り込む。自分がそうだからだろう。
「私はこれが慣れていますからいいんですけど。華徒くんはタメ語で喋ってもらって大丈夫ですよ」
「そっか、ありがとう。」
校内三大美女と唄われる高貴な人にタメ語で話すことを許可されてしまった。クラスが一緒だからか、少し居心地が悪くなる気がする。
「それでいいんです」
しかし、この小悪魔的かつ天使の才を持つこの人にあらがう事なんてできっこないのだ。自分で抑えたところで、結局は心が揺らいでしまう。
「ではこのまま一緒に登校しましょうか。」
その言葉の望んでいる人間が何百人いるか。男女問わず絶大な人気を誇るあの神崎美咲と一緒に登校だなんて、教室に着いたらあいつらにどう説明したらいいんだ。
周りの視線が痛い。
「やっぱり別々で登校したほうがいいと思って」
「なんでですか?」
彼女は正真正銘の天然っ子だった。自分の人気には気づいているものの、その重大さを見誤っている。自分ではクラスメイトと登校でもしているつもりなんだろうが、周囲からするとそんな風には見えない。だから周りの視線が痛いのだ。まるで週刊文集にアイドルの熱愛報道が晒されているような、そんな感覚に近い。
おのずと罪悪感が沸いてくる。
「それはまぁ。」
言いたくてもこんな天然の子に突きつける言葉ではない。やはり罪悪感に押しつぶされそうだ。
「緊張してるんですか?」
「いやっそういうわけではなくて。」
「じゃあどうして?」
あぁどうするべきなんだ考えろ時臣華徒。お前は変態家族時臣家の長男だろ。こんなイレギュラーな状況はラノベで何度も経験してきているはずじゃないか。しかも中二病の時にこんな展開何百回も妄想していたじゃないか。
「まぁ、美咲の人気度に圧倒されてしまって。」
「なんだ、そんなことですか。お気になさらず。私も気にしないので。」
いやそういう事言ってるんじゃないんだよ!この天然爆美女が!と脳内で叫んでしまったが、俺は高校ではクールキャラをつき通さなければいけない。まぁクールというより、面倒ごとを避けながら表舞台に立たないようにしたい。なにせこの高校は地元の中学の同級生も何人か進学していると聞く。クラスと生徒こそ多いが、過去のいじめについて広められては本末転倒。今でこそ笑い話だが、それが高校となると進路や今後の人間関係に影響してくることもありえる。
「何か考え事ですか?」
はっと顔を上げる。三大美女の一角と登校しているのに、まさかの話を聞かず一人で考え事をしていたとは。不覚だった。
「あ、ちょっと人間関係について考えてて。」
「何か良くないことでもあったんですか?」
「いや、そういうわけでは、ただ。」
少し言葉づまってしまう。なにせ話の原因である張本人が目の前にいるのだから、話せることもなくなってしまう。
「ただ?」
「い、妹が!金輪際関わらないでって言ってきて。」
不意に出た言葉がそれだった。
「昨日の話でしたよね。いったい妹さんに何をしたんです?」
それが妹の裸を見た上に胸をもんでしまった。だなんて、時臣家では笑い話にはなるが、外では犯罪級の内容だった。死んでも口にできない。
「実は、妹に反抗期が来てしまって。」
「あら、それは大変。乙女の反抗期ってのは非常に面倒くさいですからね。」
まるで自分が経験して熟知しているかのように語る。
「どうしてそんなに詳しいんですか?」
「それはもちろん、私にも反抗期があったのもそうですし。中二の妹がいるんです。」
その時に、衝撃の事実を知らされる。




