第2話 妹が世界を統べる?
「ワ!タ!シ!クラスでブラコンだって噂されてるの!!!」
目を瞑り、唾が出るほどに大声で俺に叫ぶ。
「それはどういう?」
勢い良く立ち上がった智咲は少し恥を感じたのか、枕に顔を押し付けて後ろを向いてしまう。俺は少し安心してコーヒーを口に運んだ。
「私が兄さんのことしか友達に話さないから、いつの間にかブラコンだ~って騒がれてたの!だから金輪際かかわらないで!」
それは何という無茶振りか。妹の言葉は矛盾している。それは妹と兄が皆の目がつくところでイチャイチャしていてブラコンシスコンといわれるのはまだわかる。しかしだ。妹とは外出中にそんな品のない行動を慎んでいる。妹は抱っこもおんぶも外でこない。家内でイチャイチャする分には妹が周りに言いふらさない限り周囲にその情報が漏れることは決してないのだ。であるならば、妹が俺の話を黙っていればいいだけのこと。
「それ、智咲が黙ってたら済む話じゃないか?別に家ならいつもみたいに甘えてきてもいいんだぞ?」
喜ばしすぎて少し興奮してしまったが、ここは咳ばらいを挟んでクールにいこう。
「それができないから言ってるの!兄さんがかっこよすぎるから、自慢しちゃうんだってば!」
あぁ、これほどうれしい言葉がこの世に存在するのだろうか。否。この言葉のみである。自身の欲を我慢できないゆえに、自身の欲を沈み込める選択をするとは。あぁ、なんて残酷な世界なんだ。
「それは、俺のことが嫌いになったとかじゃないのか?」
「あったりまえ!兄さんのことは世界で一番大好きなんだから!」
かつて幼き少女にこんな言葉を言われたことはあっただろうか。これほどまでの幸を味わった人間は決して存在しない。いや存在してはいけない。時臣智咲がこの世界を統べる時がようやく来たのだ。
「とりあえずは反抗期とか嫌いになったとかじゃなくてよかったよ。」
胸をなでおろしたところで、妹は話を再開する。
「だから、私が声をかける時以外話しかけてこないで!」
そんな大喜利を叩いていいのだろうか。中学二年になって月一でこキス、週一抱っこを要求してくるほどなのだ。最後の抱っこから6日経過して、昨日から反抗期?だったのだから、そろそろ限界じゃないのだろうか。
「分かった。そうするよ。」
それは、俺の目元を潤すには十分すぎる贈り言葉だった。それを止めるのは妹自身にとって呪いになる。一度した決断を、すぐに取り消すほど妹の判断力は甘くない。
俺はコーヒーをトレーに戻してリビングへ戻る。何も言わず扉を閉めて、手を伸ばす妹に気づくことはなかった。
「あいつはどうだった?話したんだろ?」
「あぁ、金輪際かかわらないでって言われたよ」
笑いながら父に問いかけられたが、その言葉はリビングまでも深刻な空気に陥るほど。父はテレビを止め、お義母さんは洗い物をやめた。
「なるほどな。それは一種の反抗期というものじゃないのか?」
事情を両親にあらかた説明した。妹が俺のことが好きすぎて距離を置きたいということ。学校でのうわさ話についてのこと。それを聞いた両親はこれを良しとも言えず悪しとも言えない状況下にあった。
少し話した後、俺は涙をぬぐっていつも通り風呂に入る。
新鮮だ。智咲と喧嘩したことこそないが、関わらなくなったことは一度もなかった。毎日兄さんと言いながら詰め寄ってくる妹に、俺は少なからずの愛を感じていた。家族以上の、恋人以上の感情を抱いていたのかもしれない。それは、実の妹だろうが義妹だろうが関係ない。一番大切な人としての感情だった。それを人は愛と呼ぶらしい。
しかし、愛にも様々な形状がある。純粋なものから歪んだもの、ひねくれたものまで存在する。俺たちのはその中でも限りなく歪んだ。いや、純粋なものに近いと言える。しかし、純粋というものは決して完璧を表すものではない。これは初めから好条件がそろっていたまでの話だ。その前提次第で、ふるまいは普通だったとしても歪んだものになり果てるということもありえることだ。
そして俺たちは今、純粋ルートから脱線しかけている。
決められたレールの上を歩むという言葉があるが、そんな言葉は存在しない。そんなものがあればどれほどよかったものか。智咲と関われないということは俺に死ねと言いつけるのと同義であるというのに。
汗を流しながら考える俺を、妹はどう思っているのだろうか。
体を拭く前に風呂場を出る。少しめまいが感じられたが、いつものことだ。とはいいつつ、何かに摑まらなければ倒れかけない。のぼせたのか何なのか今のところよくはわからないが、いつも通りに扉を開けて何かに摑まろうとする。
それが妹の胸部であることに気づいたのは、それを数秒握りしめて視界が正常に戻った時だった。
今日はたまたまだった。いつもは風呂の順番を決めるというコンタクトを取れているのだからこんな事故は起こりえない。仕方のないことだった。しかし妹は俺の静かすぎる入浴に気づかず服を脱ぎ、風呂のドアを開けようとしていたのだ。
「兄さんのさんのエッチ!!!」
家中を響き渡るほど理不尽なビンタは親父に打たれた時よりはるかに痛かった。




