第1話 反抗期
俺には妹がいた。大人びた態度に似合わない幼い容姿で、大人の人なんかあっという間にひっかけてしまいそうな。そんな少し難ありの妹であったが俺と話すときにはとてもやさしく、義理の兄弟なのにまるで血のつながった家族のように接してくれていた。
笑顔を絶やさず、文句ひとつ言わない。やるべきことはサッサという間もなく片づけてしまうようなまじめな女の子。黒髪のショートカットの女の子だった。そんな妹であったが、今現在中学二年生。ついに反抗期を迎えてしまった。
「ついにやってきてしまったー!!!」
絶望とともに吐き出したその悲鳴には、家族全員が驚愕する。
頭を抱え、地面に両膝をつく俺を家族はどんな風に見ているのだろうか。いやしかし今はそれどころではない。流れ落ちる涙を気にすることなく踏みつけ、家族で囲まれた食卓に何もなかったかのように着席した。
父と母、そして妹。そこら辺にある、ただの一般的な家庭であり、俺が抱えるこの問題も世間では一般の事例に過ぎないことは大いに自覚している。しかし、しかしだ。これをそんな一般論で押し殺していいような事案ほど簡単な代物ではないということに、さっき気づかされた。
「華徒?もしかして中二病の再来?もぉあれは勘弁してよね?晩御飯は食べないわ、毎日包帯を体中に巻き付けるわ、その上聞いたことない呪文を詠唱し始めるわ。」
「典型的な重度な中二病だったなあれは。父さんも頭を抱えたよ。」
母の溜息と共に出た言葉に、父はあっさり笑い返す。俺の中二病は時臣家ではすでに笑い話と化していた。
「笑えないし、気持ち悪いでしょ。中二で魔剣やらなんやらとかいう剣振り回してたんだから、そりゃいじめられてもおかしくなかったよ。」
既に腰まで髪が伸びていた妹の言葉と態度に両親は驚き、俺は愕然とする。
「智咲おまえ。そんな言葉を華徒に言うようになったのか。いやぁこれも成長だな!ガハハハハハ!!!」
そうだ。俺は二年前、当時の中二病が原因でクラスでいじめられ不登校になった。それから二年たった今は既に立ち直って都内の私立高校に入学してはや一週間が経過した。今では過去のことを笑い話にしてかなり立ち直れた。それもこれも、妹の智咲のおかげなんだが、そんな妹に罵詈雑言を浴びせられるとシスコンの俺には瀕死にまで追い込む大ダメージを負わせてくる。
昨日まで明るかった食卓は、俺の静けさが少し空気を変えてしまう。それでも妹は何も気を使うことなくいつも通りにごちそうさまをする。
そして、去り際にこう言った。
「兄さん、後で部屋に来て。」
少し期待したが、振り向くと妹は俺の方を全く見ていなかった。まるで吐き捨てるかのような捨て台詞。俺には、それがどういう意味か理解が追い付かなかった。
「ごちそうさまでした。」
妹に続き夕食を済ませる。ソファに置いた読みかけのラノベを回収して二階へと上がる。両親には少し心配されたが、まぁあいつのことだ。いつも通りのデレにツンが混じっただけだろう。そういって笑顔で送り出してきた。
妹の部屋の前に着くと、ドアが開いた。まるで俺が来るのを待ってたかのように。
「入って」
言葉の長さが機嫌の度合いを示す、ということは今までなかったが、そんなに愛想がないのはやはり反抗期だからでは、と少し緊張する。とはいうものの両手にコーヒーが乗ったトレーを持っていたのでちょうどよかった。というわけで妹の部屋に上がらせてもらう。
「お邪魔します」
そこはいかにも中学生という代名詞が必要なくらいのJC部屋だった。少し日本語がおかしいが、本当にその通りだった。クマなどのぬいぐるみにピンクのカーテンやマット。少し金木犀の香りがするが、正直部屋の色とあってはいない。
しかしまあ、少し部屋に入らなくなっただけでこれはかなり驚いた。
「兄さん、なに見てんの」
「いやまぁ、やっぱ女の子の部屋だなって少し感心していたというかなんというか。」
舌打ちが混じったその言葉に、少し俺は自信を無くす。今までみたいに慕ってくれることはもうないのかと。
「それで?なんで俺をわざわざ部屋になんか呼んだんだよ。今反抗期だろ?」
「アホか!」
そばにあった枕を勢いよく投げつけてきた。当たり所が悪かったらコーヒーがこぼれていたくらいだ。
怒りを露にした妹はもう目も合わせてくれない。その姿は、正直見たくはなかった。初めて会った日の俺を思い出してしまう。片親だけを持っていた俺たちは環境さえ違ったが、きっと同じような悲しみを感じていただろう。そのせいか、新しい家族というものをお互いに受け入れられないのが当然だ。今日から兄です、妹ですと言われてはいそうですかとはならない。疑問や不安がこみ上げる中、俺はこいつに何も声をかけてやれなかった。だというのに、こいつは誰の教えもなく俺にやさしくしてくれた。
『新しい兄さん。よろしくね。』
その言葉がどれほど嬉しかっただろうか。あふれ出す涙をこらえきれなかった自分を抱きしめてくれた妹が、どれほど愛おしかったことか。今でも忘れない。
「単刀直入に言うね。金輪際私と関わらないで。」
そ、それはいったいどういう。
「どうやって生きていけと言いたいのか。一体全体どういうつもりなのか。自認シスコンである俺が最も寵愛している妹を失ってどのようにしてシスコンを名乗ればよいのか。俺の立場と名誉が一気に崩れていく。あぁ、なぜか心と体が崩壊していく感覚だ。あまって、これって走馬灯というやつなのでは?いいやこれは嘘だ。あんなに兄さん兄さんと慕ってくれていたのに、反抗期がエスカレートすれば絶交することもあり得るのか?それが一般論なのか?そんなものチャットG〇Tにも書いていなかったぞ???」
はぁとため息をついた妹。
「ワ!タ!シ!クラスでブラコンだって噂されてるの!!!」
その言葉に兄はどれほど喜んで良いものだろうか。




