第13話 次の予定
『来週の日曜日空いてますか?』
俺が歩きながら卓也と話しているとポケットの中からバイブ音がした。
スマホを目にすると先ほどつないだ美咲の連絡先から一通のメッセージが届いていた。しかし、その場で既読を付けることはせずにポケットにスマホをしまった。
その後も少し館内をぶらつき、時刻は17時30分を回っていた。今は一階のメインゲート前。平日と言えどこの巨大ショッピングモールではこの時間帯は夕食目当てで人が一気に増える。その前に解散することになったのだ。
「じゃあ今日はこれで解散ってことで!」
卓也は皆に視線を合わせて、腰に手を当てながら言った。
夕日も少しずつ明かりを失ってきており、夕食が各自家なら解散にはいい時間帯だった。
「皆さん今日は私の無茶に付き合ってもらってありがとうございました。」
ダブルデートの言い出しっぺである美咲が皆に頭を下げる。慌てた渡辺は両手をぶんぶん振りながら大丈夫ですよ!と何回も言った。
卓也も美咲に機会を作ってくれたことに感謝をしていたらしく、軽く頭を下げた。
俺にとっても友達と出かけるということに馴染みがなかったので、今日の経験はとても貴重な思い出になった。
「美咲。こちらこそありがとう。」
軽く美咲の肩に手を置いて頭を上げてもらった。
左右を見てみると、クスクスと笑いながら口を押える卓也と少し不満そうな渡辺がこちらをじっと見ていた。それに気がついた俺も少し睨み返す。少し顎を上げている卓也には少し言いたいことがあるが、これは美咲に対する本当の感謝の気持ちだ。俺にとって大事な絆を築けた時間だったと思う。それは俺が長年避け続けた前進という大きな壁だったものだ。
「まぁいい感じの雰囲気出してもらっちゃって困るんだが、そろそろあるかねぇ?イチャつくのは帰りながらでもできるだろう」
完全な二人の空気を作っていた華徒と美咲を卓也が割って入る。
「別にイチャついていません」
「別にイチャついてねぇよ!」
息ぴったりな反応に卓也は少しため息をつきながら言った。
「あのなぁ、美男美女がこんな所でイチャついてたら周りの目が気になってしょうがねえんだよ」
「お前は何を言っている。イチャついてもないしここにイケメンはお前しかいないだろ。なんならお前たち二人の方がひどいってもんだ。」
「時臣。お前は何を言っている?」
「なにって何のことだよ。」
「確かに写真で見た中学の頃のお前はがりがりで死んだ魚みたいな顔してたが、」
「酷い良い様だな」
「だけど、今のお前は自分で卑下しているが、その長い前髪を切っちまえばものすごいイケメンなんだよ」
華徒の長くてうっとうしい前髪は目を隠しそうなくらいに伸びてしまっていた。カットは基本千円単位で切れるところに通っているし、髪を切るのは基本三カ月に一回だ。それも、切りに行ってもさほど短くしない。常に顔を隠すようになっていたのだ。
「そうです、あの日コンビニで会った華徒くんはヘアバンドで髪を上げていました。その時はすっごくかっこいいと思ったんですよ!」
美咲の予想外な告白に、俺は歩道を歩いている途中に右足が一瞬止まってしまった。
「だろ~?やっぱ時臣はもう少し髪を切れ。あと美容室に通うようにしろ。男の第一印象は清潔感だけで大きく変わってくるからな。」
確かにそうだった。私はいつも居眠りをしていて顔もよく見えていなかった華徒くんが第一印象だったけど、好印象とも言えずあまり関りを持てなかった。だけど体育の時間に見た長い前髪に隠れていた素顔は少しかっこいいと思えてしまったんです。
今と同じバレーの授業中。男子のスパイク練習がたまたま目に入った時、丁度華徒くんの番でした。その時の素顔で、印象は大きく変わってしまったんです。
その週末のことだ。父がオンラインで会議があったので夕食に顔を出さなかった。
こんな機会滅多にないと思った私は、夜のコンビニというものを経験したくて裏口から抜け出した。コンビニに着くとそこにはピンクの兎のヘアバンドをおでこに巻いた青年がいた。学校での姿と随分と違ったから、一瞬人違いだと感じたがその素顔を私は数日前にはっきり見ていた。
『あれ時臣くん?どうしたんですかこんなところで。』
授業のグループワークで間接的に少し話した程度だっただろうか。二人きりで話したことはなかったのに、何か親しみやすさを感じた。
「尊敬してるんです。その生き方に。」
その言葉を聞いた時私は不思議と『この人は深い人間だ』と感じてしまった。他の人たちとは何かが違う、そう思えた。
(この子、髪の毛あげたらすっごくイケメンなのに。どうしていつも隠してるんだろ。)
私は人生で初めて、父親以外の異性に興味を持った。
「みんな大げさだって」
「そんなことないですよ!」
すぐに美咲が否定した、そんな時だった。
「兄さん?」
毎日聞いていたい声だけで可愛らしい少女は、俺のすぐ後ろで立ち尽くしていた。手には食材が入っているであろうエコバックを提げていた。スーパーからの帰り道らしい。
「智咲。」
なにか、声をかけた方がいいのだろうか。
名前を言うので精一杯な気がして仕方がない。それは、下手なことを言えば今ここにいる美咲に火が向くからだ。
『ならもういい、出てって。』
最後に智咲に言われた言葉だ。そんな言葉を最後にして、次にかける言葉がどこにあるというのか。三人が十と智咲の方を見つめる。
「妹?」
「あぁ」
初めに口を開いたのは渡辺だった。
「時臣智咲です。いつも兄がお世話になっています。」
その礼儀正しい挨拶には兄として驚きだが、なぜだか堅苦しくて格式ばったものに感じた。まるであまり関わりたくないと言わんばかりに。
しかし、俺の妹は世界で一番可愛かった。
その愛想がない挨拶でも、少なくとも渡辺を落とすことは可能だった。両手を広げて勢いよく智咲に抱き着きに行く。
「智咲ちゃん!?めっちゃ可愛いんだね!愛おしいなぁ~!」
あまりの大胆さに卓也も一歩後ずさり。美咲は何事もないように眺めていたので、おそらく自分も経験してたのだろう。しかし、智咲はそれを拒んだ。
「やめてください。初対面で抱き着くって常識ないんですか。」
一トンの錘が渡辺を押しつぶしたようにその場に崩れ落ちた。
「私の友人が失礼なことをしました。ごめんなさい。私は神崎美咲と申します。」
「あなたがみさきさんですか。」
「知ってくれているんですか?」
美咲の態度言葉遣いともに問題がなかった。しかし、智咲からすれば敵視する相手になってしまうだろう。あの時の手紙が智咲をこんなにも怒らせた原因なのだから。
「私、帰ります。」
その言葉だけ言い放って聞く耳を持たなかった。
卓也に挨拶をする隙も与えないまま智咲は俺たちを追い越して歩いて行った。
「なんか、ごめんみんな。」
「反抗期ってやつだろ?気にすんなよ。」
卓也の言葉は支えにはなったが、皆に美咲との現状について全容は伏せている。
少し、居心地が悪くなった気がした。




