第12話 クマのぬいぐるみ
美咲と俺は通路でしゃがみこんでいた。
かつてこんなにも他人に感謝されたことはあっただろうか。泣いて喜んでくれた人はいただろうか。心当たりが全くなく、俺には今ここにいてくれている君がとても美しく見える。
「時臣あんたなにしたの!」
目の前の状況に気を取られていると、背後から走ってくる渡辺に気づけなかった。
「時臣!時臣!なんか言いなさいよ!」
名前を何度も呼んでいる。だけど、まるでプールの中に入っている時みたいだ。聞こえているはずの声は気泡のように水中を浮かび上がり、目の前にいる俺には届かない。
「大丈夫ですよ日和さん。これは嬉し涙ですから。」
美咲は渡辺の声にいち早く気づいた。片手を振って大丈夫だと伝えてその場で弁明する。
「そう、だったんですか?」
渡辺は疑問視していたが、美咲の言葉には絶対の信頼を置いている。
美咲の言葉を耳にするとようやく現実に戻った気がした。ハッと顔を上げる。そこに美咲の微笑む顔が目の前にあって、抱きしめられたぬいぐるみがこちらを見ている。
「ごめん、ちょっと見惚れてたよ。」
「な、なんですか急に!?」
美咲は二歩三歩と後退りし、微笑みは驚きと気恥しさに変わっていた。
「やるな〜遂にアタックするのか?」
振り返ると渡辺の後ろから卓也の姿が現れた。遠目で鑑賞していたらしく、ニヤリと悪い笑顔を浮かべている。
「別にそんなんじゃないよ。ただ心からそう思っただけだ。」
「女の子はその心からの気持ちを伝えられた時が一番乙女になるんだぞ?」
卓也渡辺ペアもぬいぐるみを獲得していたらしく、卓也が大きな景品袋に入れて持っていた。可愛いネコのぬいぐるみ。渡辺のツインテールを見れば可愛いもの好きなのは分かっていたが、やはり的中していたらしい。
「その。華徒くんそろそろ、」
美咲は通路で座り込むような体勢になっていた。後ろからの通行人を止めている事に気づき、すぐに美咲に手を差し出す。
「よいしょっ」
俺を見てくれなかったが、差し出した手は取ってくれた。立ち上がった時の美咲には、まだ少し微笑みが残っていただろうか。
「見てください神崎さん!卓也くんにぬいぐるみ取ってもらったんです!」
卓也が肩から提げている袋を指した。万遍の笑みを浮かべてその可愛いさを語っている。
「私のくまさんも負けてませんよ?ほら、見てください。華徒くんにそっくりじゃないですか?可愛いんですよ〜!」
それは俺が一番聞いてはいけない台詞だ。せめて俺のいない所で言ってくれ。
後ろを向き、振り返ることなく卓也の元へ進む。どうしようもないこの照れている姿を彼女に見せる訳にはいかなかった。
「おまえ、顔赤いぞー?」
「うっせ」
卓也の余裕の笑みと重ねられた言葉は何度食らっても勝てっこない。俺がそういう言葉に苦手意識を持っているのか、単に卓也の性格が悪いのか。多分後者であろう、そのはずだ。
「みんなー!プリクラ撮らねー?」
口を縦に大きく開けて、語り合っているお二方の方に誘いかける。
気がついた二人の内、一人は乗り気だったがもうひとりは「プリクラってなんですか?」と言わんばかりに首をかしげている。
「可愛い加工を付けれる写真スポットですよ!」
渡辺は乗り気だったようでプリクラというものをヒソヒソと美咲に説明していた。
「なるほど、そういうものなんですね。」
「そういうものなんです!行きましょ!」
はてなを浮かべていた美咲はすぐに気合いの入った頑張ります!と言って拳を握る。
『次は恋人同士でハートを作ってね!』
よくあるカップル用のプリクラだった。
「ハ、ハートですか。」
戸惑う気持ちも分かる。渡辺は美咲と卓也とペアを組んでも良かっただろうが、美咲と組んでしまえば俺と卓也がペアになる。そんな絵面を誰も望んでいるわけなかった。プリクラなんて智咲としか撮ったことがない。いつももカップル用で撮っていたが、今回は話が違う。
「やるしかないな。」
時間制限がすぐに迫ってくる。選択する余地もない上に選択する権利すらない。俺と美咲は二人でハートを作るのだった。
女子2人によるらくがきとプリントが終わった俺たちはその写真を共有するためにメッセージグループを作ることにした。
「じゃあ俺が皆と連絡先繋いで招待するから入ってくれよ〜」
ゲームセンターの外、エスカレーター下にあったソファに皆で腰をかけていた。今の時代プリクラはスマホにダウンロードできる。
「そういえば、美咲とは連絡先交換してなかったな。」
ボソッと零れ落ちた言葉に卓也がいち早く反応した。
「じゃあ時臣が神崎さん追加してくれ。俺は日和ちゃんを追加するから。」
そう言って卓也は初めに俺をグループに追加した。こいつ、美咲と渡辺が連絡先繋がってると知った上で渡辺を自分で追加するつもりだな。
美咲さえグループに追加すればその後に渡辺を招待すれば入れるはずだ。それを分かっている上で渡辺を自分で追加したいというのだから、おそらく本気でアタックするつもりらしい。
「いい、かな?」
少し戸惑いながらも美咲に尋ねた。
「もちろんですよ。どうぞ。」
差し出されたスマホのQRコードを読み取った。すぐにグループに追加した時、美咲から個人メッセージが来ていたことに気がついた。




