チョコミントと、雨粒
川は浅く、流れる水は思っていたより冷たかった。ズボンの裾を膝あたりまで上げ、水草が生えている川べりを前屈みの姿勢で慎重に歩く。
昼間、河口さんが指で大きさを示したロゼットとやらは、勲章のような見た目をしていて、リボンが付いているらしい。
僕は特徴しか聞いていない物を、確信のない場所で探すというかなり馬鹿なことをしている。
なんでこんなことを……
偶然さっきの会話を聞いたから?
河口さんが可哀想だから?
自分でもよくわからない。
途中、下校しているクラスメイトから「なにしとん?」と声をかけられ、僕は小銭を落としたとだけ答えた。
ほんと、なんしとんやろ?
捜索を始めてから数十分、いよいよ腰が痛くなり、上体を起こして背中を反らすと、“彼女”と目が合い、体が固まった。
「あ……」
あの、ゴスロリファッションの“彼女”が小さな橋の上から僕を見下ろしていた。
彼女はメイクを施した大きな瞳を僕に向け、瞬かせるとニッコリと笑った。
「もしやとは思っていたけど、やっぱり栄磨くんだった。また会ったね」
彼女の口から『また会ったね』が聞けたことが不思議と嬉しかった……のだけれど、まさかこのシチュエーションとは。
僕は引きつった顔でやぁと手を上げて返事をした。変なところを見られて汗が噴き出る。
今日の彼女は白い日傘を差し、淡い緑色と茶色を基調としたジャンパースカートを着ている。まるでチョコミントのようで一発で目を引く服装だった。
「てか、栄磨くんは何してんの? あ、待って、当てようか?」
彼女は、「ん〜」と唸り、日傘の持ち手をくるくる回すと、僕へピースサインを向けた。
「わかった。ザリガニ採りだ」
ピースはハサミへと姿を変え、可愛らしい笑顔の横でチョキチョキと動いた。
「はは、ザリガニなら簡単に採れるんやけどね」
「あれ、違うの? じゃあ川掃除かな?」
「それも違う……と、友達がさ、川に落とし物したけん……それで探しとる最中」
今日初めてちょっとだけ会話した女子のことを、勝手に友達と呼んでしまった。何とも言えない恥ずかしさに陥り、顔が熱くなった。
「ふ〜ん、やっさしいね、栄磨くんは」
名前を呼ばれ思い出す。そうだ、なんでこの子は僕のことを知っているのか聞かなきゃ。
「あのさ、君はなんで僕のことを知ってるの? それに、うちの学校にも来てたって聞いたよ」
彼女は口に手を当て、緩んだ頬を隠すとにんまりした笑顔を向けた。
「なぜだろうねぇ〜? このまま秘密にしておくのも面白いかも」
「むかし、この島に来たことがある……とか?」
日傘を回す手がピタリと止まる。当たりか? しかし、彼女の顔には依然として余裕の笑みが浮かんでいる。
「ふふ、いい線いってるよ。たしかに、私とキミは昔会ってるよ」
マジか?
「な、名前は!? キミの……名前」
「これは言っちゃうと、簡単に思い出せちゃうかもだけど……私は“セナ”」
「セナ?」
記憶の引き出しを探る。保育園時代から中学校まで、島を出た子供の顔と名前が脳裏を駆ける。
セナ? 瀬名? せな? その名前に該当する人物は思い浮かばない。
「あ、ごめん、ごめん。必死に思い出してる所悪いんだけど、コレ……偽名だから。今思いついた偽名」
「偽名かよ!?」
思わずツッコミを入れる。彼女は大きな口で笑った。
「あはははは! キレッキレだね、栄磨くん。でもね、これはヒントを含んだ偽名だよ」
「ヒント?」
「そう、思い出せるかな?」
セナ……とは一体?
「本当はもっとお喋りしたいけれど、ワタシはこれから四国側へ歯医者に行く予定があるから、またね。栄磨くん」
セナと名乗った彼女は、僕に手を振ると小さな橋を渡り姿を消した。
「また……」
気づけば空はいつの間にか灰色の雲に覆われていた。湿った空気を肌に感じる。島育ちの僕には分かる。この雲はもうすぐ雨を運んでくるだろう。今日は家に帰ろうと思い、川から上がろうとした時、緑の水草の間に、不自然なオレンジ色が目に止まった。自然と手が伸び拾い上げる。
それは黒とオレンジの二色のリボンを畳んで円を形どっており、真ん中部分は小さな造花が取り付けてあった。
「あった……たぶんコレだ! やった! 良かったぁ〜」
僕は天を仰ぎ、それを胸に当てていた。小さな雨粒が僕の顔を打った。
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ねず ただひま




