よろしくと、またね
体育館裏で出会った彼女の唇は小さく動いていた。視線を落とし、ショートカットの髪を耳にかけ、時折りしゃがみ込んでは雑草を掻き分けている。どう見ても何かを探している動作だ。
「何か探してるの?」
衝動的と言えば大袈裟かもしれないが、僕は彼女に声をかけた。パッと顔を上げた彼女と目が合う。夢中になっていて気がつかなかったのか、僕の顔を見て驚いた様子だった。
彼女は他の同級生と比べると少し童顔で、頬にはやや目立つ数のそばかすがあった。
「あ……うん、ちょっとね」
そう答えると彼女はまたすぐに視線を落とした。
「落とし物? 僕も手伝うよ。何を落としたの?」
彼女は右手の人差し指と親指で輪っかを作ってそれを僕に向けた。
「これくらいの大きさのロゼット」
「ロゼット……? て、何?」
「ん〜……そうやね。例えば、卒業生なんかが胸につけてる胸章……アレに近いんかな」
「へぇ、それを落としたの?」
彼女はかぶりを振った。
「消えてん」
「え? 消えた? もしかすると、この辺りに落としたかも知れないってこと?」
「ううん、この場所は初めて来たよ」
心当たりのない場所で、探し物をしているのか?
ふと僕は、昨日の帰り際に自転車置き場で聞いた女子たちの会話を思い出した。
あれはロザリオじゃない。ロゼットのことだ。この子が手作りしていた物なんだ。
まさか!? 誰かに隠されたのでは? 最近転校してきたばかりなのに、なんてことだ……
「う〜ん、ないなぁ」
彼女は背筋を伸ばすと、両手を腰に当てた。冷静を装っている感じに見えてしまう。僕は今、いじめのはじまりを見ているのかもしれない。
これは良くない、良くないよ!
「ま、ええか」
え?
「ええか……て、いいの? 大事なものじゃないの?」
あっけらかんとしたその態度に、僕の心配は消し飛ばされた。
「学校にいらんもん持ってきたウチが悪い。うん、今回はそういうことにしとこう」
彼女は顎に手を当てると自分にそう言い聞かせて首を縦に振った。僕の目の前だから強がっているのだろうか? 本当は悲しいんじゃないのか? 僕は勝手に彼女の心境を思ってしまう。
「ありがとうね」
彼女は真っ直ぐ僕と向き合うとそう言った。
「いや、僕は何も……」
「声をかけてくれただけでも嬉しいねん。あ、そうそう、ウチの名前……“河口ふみ”。知っとるかもしれんけど、転校生」
緩やかな口元から発せられた柔らかな声が、体育館裏に吹き抜ける風に乗った。
「僕は、“能智栄磨”。同じ学年で隣のクラス」
彼女の眼鏡の奥にある目が細くなった。
「能智くん……よろしくね」
「よ、よろしく。河口さん」
何処かで蝉が鳴いた。今年の夏、初めて聞く鳴き声だと気づく。
「じゃあまたね」
河口さんは僕に向けて手を振り、体育館裏を後にした。残された僕も軽く手を上げてまたねと呟いていた。




