早朝と、サンドイッチ
三人で夕食を囲んだ翌々日の朝、枕の下に潜らせてあったスマホがブルっと震えた。僕はうつ伏せになっていた体をゆっくりと起こしてスマホを手に取る。凛からの通知だ。
『おはよう、今から行くけん』
短い文章の後に、二本足で走る猫のキャラクターのスタンプが添えられている。画面内の時刻を確認する。まだ七時前だ。休日だというのに凛の朝は早かった。
リビングから聞こえる物音に気がついた。僕がゆっくりそこへ向かうと、父さんがソファーに座って煙草を吸いながらスマホを触っていた。室内にはビニール袋に入れっぱなしの洗濯物や、脱ぎ散らしたズボンが床に置かれていた。
「おかえり、父さん。帰ってたん?」
父さんは僕の顔をチラッと見ると、再びスマホに視線を落とした。
「おう、ついさっき戻ったばっかりじゃ。お前、起きるん早いのぅ。休みやけどどっか行くんか?」
「うん、凛と買い物に行くよ。ちなみに今からうちに来るって」
「え、ホンマかっ!?」
父さんは煙草を灰皿に押し当て、慌てて立ち上がると、床に置かれたズボンと洗濯物を抱えて洗面所へ小走りで向かった。
「栄磨〜! ワシは洗濯回しとる間に風呂入るわ。自分で干すけん、凛ちゃんにはお構いなくって言うといてくれ〜! あと、ワシの財布から一万持っていってええぞ〜!」
遠くから聞こえる父さんの声に「わかった」とだけ返事をした。風呂場の引き戸が開き、水を流す音が聞こえ始めた時、玄関のチャイムが鳴った。僕は「はーい」と答え、ドアを開けて凛を迎えた。
そこには、朝の光に照らされた凛が立っていた。長い黒髪は下ろしたまま、ベースボールキャップを被っている。真っ白なTシャツに、下はゆとりのあるデニムを履いていた。
「おはよ、栄磨。朝ごはんまだやろ? 一緒に食べよっか」
その手には紙袋がぶら下げられている。凛を家の中に招き入れ、リビングのソファーへ座らせた。凛は部屋の中を見渡すと、くんくんと鼻を鳴らした。
「おじさん帰ってきとん? 煙草の匂いがする。窓開けよーや」
「さっき帰ってきたばっかり、今は風呂に入っとるよ」
言いながら僕は窓を開けた。朝の新鮮な空気が僕の頬を撫でると、室内の澱んだ空気を一気に取り払った。
凛が持ってきてくれた手作りサンドイッチを二人で食べ、身支度を済ませた。
「行ってきまーす!」
「おう」と、風呂場からかすかに聞こえた返事に安心すると、僕らは家をあとにした。
──二人で並んで歩き、神社前のバス停を目指す。そう言えば、今日は何処に向かうのだろう。
「凛、買い物って、市内まで行くん?」
「そう、ちょっと一緒に見てほしいもんがあるんよ」
道中、凛はお土産屋さんの前で掃き掃除をしていたおばさんに挨拶をした。
「おはようございます!」
「あら、凛ちゃんかいねぇ? おはよう。アンタしばらく見んうちにえらい美人さんになったねぇ」
「ホンマに? ほんなん言うてくれるんオバチャンくらいやけん嬉しいわ」
「あはは、今日は彼氏とデート?」
「ほーよ。二人で四国市内に行くんよ」
おばさんの冗談を、凛は否定しなかった。
ん? デートなんかこれ?
「はぐれたらいかんけん、手ぇ繋いどかんかいよ」
「わかった。島の中では恥ずいけん、あっちについたらそうするわ。じゃあね」
凛はおばさんに手を振り、また歩き始めた。
デートか……。並んで歩く凛の嬉しそうな横顔を覗き見る。幼稚園のころからずっと一緒だった凛は、今日は少し違って見えた。
そうして僕らは、何気ない会話をしながらバス停に辿り着いた。しばらくしてやってきたバスに乗り込んで市内の駅前を目指した。




