しまなみっ子友の会と、セナちゃん人形
部屋に差し込む夕陽をカーテンで遮り、僕たちは凛の手料理を囲んでいた。
「いただきまぁぁす!!」
ヒサシはバチンと両手を合わせ、無駄に大きな声で食への感謝を口にした。白飯を盛った茶碗を片手に唐揚げをひょいとつまんで口へ運ぶ。目を細め、とても幸せそうな顔つきをしている。
「うっま! この唐揚げ爆うまじゃわ、凛! さすがじゃのぉ」
ヒサシの大袈裟なリアクションに、凛は呆れながらも少しだけ笑った。
「ほんなん手順どおりに作っとんじゃけん、誰が作っても美味いんよ」
僕は具材がたくさん入ったポテトサラダを口に運ぶ。塩加減が丁度良い。
「これって、ちょっとレモン風味なんじゃねぇ」
「あ、気づいた? ほんのちょっとレモン汁を入れたらサッパリするってママに教えてもらったんよ。どんな? 栄磨、美味しい?」
「クセがなくて爽やかで美味しいよ、凛」
ここでようやく凛が、ニコリと笑顔を向けてくれた。
けれど──
「あ、ほうじゃ、ここに来る時にまた噂のゴスロリちゃん見かけたで。鶴姫公園で、数人の小学生の女の子に囲まれとったわ」
──ヒサシのこの一言で、凛の顔から笑顔が消えた。
「噂って、私もさっきその子見たんやけど、なんなん? あの子は島で有名なん?」
「そうそう、あの目立つ服で島のあちこちを回っとるみたいでの、ワシらの学校にも来とったわ。で、どうやら栄磨の知り合いらしいぞ」
二人の視線が同時に僕に向けられた。
「知り合いもなんも、さっき栄磨はその子と神社でデートしとったんよ。ねぇ、色男さん?」
「マジかお前! めっちゃ手ぇ早いのぉ〜」
うぅ、二人に責められ、ご飯がなかなか喉を通らない。
「あ、アレは違うよ、ちょっと一緒にお菓子食べてただけ……それより、凛。さっき言いかけたこと。続きを教えてよ。ほら、人形の件」
別に後ろめたいわけじゃないけど、これ以上二人に詰められると居心地が悪い。僕は凛に話を振った。
「あぁ、そうね。ヒサシもおるし、ちょうどええか」
凛は箸を置き、水をひとくち飲み込んでから言葉を続けた。
「ねぇ二人とも、セナちゃん人形って、覚えとる?」
セナちゃん人形? セナと同じ名前だ。それがセナの言っていたヒントの正体?
ヒサシと顔を見合わせた。小首を傾げ、心当たりがない顔をしている。
「男の子は知らんか……じゃあ、これはうろ覚えなんやけど、その子の名前は、たしか“ワカちゃん”やったと思う」
その名の響きを聞いて僕はハッとした。記憶の中に、一人の少女が顔を覗かせた。少しぽっちゃりとした、おかっぱ頭の女の子。その子はうつむき気味で自信のなさそうな印象だったのを思い出した。
「ドレスを着て、泣いていた子?」
「んああっ!? もしかして、しまなみっ子に後から来た、太っとった子か?」
目を見開いたヒサシも思い出したようだ。
「そう、しまなみっ子友の会で一緒におった子よ。ある日、泣いとったワカちゃんを、栄磨が私らの秘密基地に連れてきたんよ」
凛はほおづえをつき、懐かしむように目を細めた。
「私な、あの子の破れたドレスの袖を見て、家に裁縫セット取りに帰ったんよ。そんで、縫ってあげたわ」
「そうだった。僕が遅れて秘密基地に行く途中、偶然泣きながら歩いていたあの子を見つけて声をかけたんだ。その時に人形持ってた!」
「ほうじゃ! ずっと人形持っとった! そんで秘密基地で事情を聞いて、ワカちゃんを泣かした奴らを探しに、みんなで隣の小学校まで行ったやん!」
ヒサシが自分の頭をペチンと叩き、そのまま頭を撫で回した。
「ワカちゃんの話を聞いて、怒った凛が先陣きって、自転車で突撃しに行ったよね?」
僕がそう言うと、凛は顔を赤らめた。
「思い出さんでや、恥ずかしい……けど、それがセナちゃん人形。二人とも思い出した?」
僕は目をぎゅっと閉じてあの頃を思い出す。
小学二年生の夏休み。
綺麗なドレスを着て、泣きながら歩いていた少女。その手に握られていたセナちゃん人形。
「なぁ、明日ワシらでワカちゃんに会いに行こうや!」
「ごめん、明日私んち法事なんよ。親戚みんな集まるけん、手伝いもあるし無理やわ」
「なら、明後日は?」
「明後日は栄磨と一緒に買い物行く約束したけん無理や」
え? そんな約束してない……よな?
「ねぇ、栄磨? さっきその話したよね?」
していない……。僕を見つめる凛の瞳からは、見えない圧を感じる。それは否定を許さない目力だった。
「う、うん」
首を縦に振ったが、そんな約束は絶対していない。
「ほなら、ワシも行きたい!」
ヒサシは食い下がったが、凛の強烈な一言を浴びてしまう。
「ヒサシ、あんた一年生にレギュラー取られたんやろ? 遊んどる場合なん? 私にカッコええとこ見せる言うとったんは嘘かいねぇ」
ヒサシは、うっと胸に手を当ててたじろぐ。ばつの悪そうな顔で凛から視線を逸らした。
「よし! 買い物に行って、時間があったらワカちゃんを探そうか」
パチン!
凛は笑顔で手を叩いた。
「決まりね! ワカちゃんのことは一旦置いておいて、明後日は私の買い物に付き合ってもらうよ、栄磨。ヒサシは自主練ね。二人とも返事は?」
「は、はい……」
僕とヒサシは力無く返事をした。
「オッケー。さ、食べよ食べよ」
凛は美味しそうに唐揚げを頬張った。
次回より不定期連載になります。
よろしくお願いします。




