お願いと、壁ドン
「で、コレをあたしからふみに渡せ……と?」
アカリは自分の手のひらのロゼットに視線を落としている。
ところでみんな、壁ドンって知ってますか?
そうです、イケメンが美少女を壁際へ追いやり、美少女の背後の壁に手をついて距離を縮めるヤツです。そう、ソレです。その壁ドンなんですが……
僕は今、放課後の人気のない廊下で、新田アカリに壁ドンをされている。いや、これなら逆壁ドンか?
僕はまるでヘビに睨まれたカエルだった。ハスキーな声も相まって、アカリからは捕食者のような圧を感じる。
おい僕よ、どーしてこーなった?
アカリもヒサシや凛と同じく、僕の幼馴染みの一人だ。アカリは島内にある別の小学校の出身だけど、みんなと一緒に遊んだことがある仲だ。鋭い目つきはその頃から変わっていない。小学生の間は普通に会話をしていたけれど、中学に上がると徐々に会話は減り、しまいには挨拶すらしない仲になってしまっていた。それは、ヒサシと凛も同じだった。
アカリは僕より少し背が高い。多分175センチはあるだろう。上からの圧は、まるで僕の両肩にのしかかっているようで重たく感じる。
「久しぶりに話しかけられた思ぉたら、こんなもん自分で渡さんかいや」
「いや、僕が渡すと変なんじゃないんかと……」
「別に変じゃないわ。ちゅーか、なんでふみの私物が川に落ちとんのよ? お前、コレが川に落ちてた理由を知っとんだろ? 正直に教えろ」
「そ、それは……」
「お・し・え・ろ」
眉間に皺を寄せたままアカリは顔を近づけてくる。長い前髪の奥で瞳を光らせている。こ、怖い……けど、ちょっといい匂いがする。
「ええと……」
「はよ」
──僕はアカリの迫力に負け、全てを話した。
体育館裏でロゼットを探していた河口さんのこと。
神社で聞いた女子の会話。
僕が川に入って見つけたこと。
「ふぅ〜ん、そうか」
アカリは僕から離れると、腕組みをして、僕の隣で壁に背中を預けた。
「まったく! クソしょーもないことしやがって、誰ぞぉそいつら!」
歯を食いしばり、憤るアカリの横顔は紅潮していた。
「栄磨! そいつらに心当たりは!?」
「ごめん、声だけじゃけん全然わからんかった」
今にして思うと、僕は彼女たちの姿を確認しておけば良かったのかもしれない。
「くそッ! 犯人わかったら◯◯◯◯たるのに!」
……前言撤回。彼女たちの姿を確認しなくて良かった。この学校から死人が出ては困る。
「まぁ、ええわ。でもな、やっぱりコイツは栄磨がふみに返してやれよ」
アカリはロゼットを僕へ突き返す。僕は首を横に振って受け取るのを拒否した。
「お、お願いだよ。ここは仲がいいアカリから河口さんに返してあげてほしい。『校庭に落ちとったけど、もしかしてアンタのとちゃう?』みたいに軽い感じでさ」
「アホか、んな重たい話聞かれたら後に、そんな軽く返せたりするか、あたしをなんだと思っとんよ」
うう、なんとなく、アカリから河口さんの手に戻ることで、彼女が安心するだろうと踏んでいたのだけど……
「お前なぁ、だいたいふみはあたしらの……」
「おーい! アカリー!」
アカリを呼ぶ声に振り返ると、河口さんがコッチに手を振りながら歩いてくる。マズイ!
「と、とにかく! 頼んだよ!」
僕はアカリに向けて両手を合わせると、その場から逃げ出した。
「あ! 待てこら!」
僕は走りながら心の中で何度も何度もアカリに謝った。




