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卓球部の練習は、朝からはじまる。
平鹿高校での初の練習からさらに一日が経過し、今日はランキング戦の日だ。
練習は七時から開始なので前もって電車も早く乗る。一番早いのは、六時の電車だ。
それに乗り横手駅から自転車で学校へと向かうことになる。駅には社会人や学生がなにかの目的に向かって歩をそれぞれ進めている。
学校へ着くとはやくも朝練の準備をしている集人先輩。こういう一番はやく来る人はいつになっても、まるで三十分前行動のように集合場所についているものだ。未来に対して、多くの予測ができるのだろうか。こうなったらどうしよう。こうなる可能性はある。予知能力は俺は皆無だ。どちらかというとずっと今をどうするか。と考えるタイプだからだ。
「まあ今がいいならそれでよし。」
そう、まさにそういう感じだ。声に出してみる。その代わり、向こう見ずになってしまい、アクセルばかりを踏んで、壁に衝突するということはごくまれにある。
「あ、愛貴。おはよう」
たった二日しかまだこの部活では過ごしていないが、先輩方は自然と愛貴を名前で呼ぶようになっていた。
「集人先輩。おはようございます」
軽くおじぎをする。
「はやいね」
「まあ、はい」
なぜだろう。この人とはあまり話が続きそうにない。別に嫌いなわけではないが、時々何を考えているのか分からなくなる時があるからだ。卓球をやっているときは、人思いになっていたり、フォローマンである優希に対して指導していたり、ちょっかいを出したりしていてわかるのだが、こういう何とも言えない空間になるとものすごく話しかけずらい。
どうしても、こういう時は話しかけるのを待つしか方法はなかった。
「愛貴君は趣味とかあるの?」
唐突の質問がその空間をなごますためなら相当ありがたかった。
「しいて言うなら、筋トレとかですかね。もちろんスポーツをするのもみるのも好きですけど」
「幸せ?」
「え?」
「そういうときって、心から幸せだって感じてるものなの?」
声のトーンの張り具合があまりにも違ったため、怒られているのかと勘違いしてしまうほどだ。でも本気で聞いてきてくれているのはしっかりと理解できている。
「幸せか、どうか聞かれたら幸せです・・・・なんでですか?」
「いや、ただどんな幸せ感じてるのかなって思ってさ」
変わった人だ。そう思った。
「じゃあ、先輩はどんなときに幸せを感じてますか?」
「う~ん、どうだろうねー」
そう言いながら、手に持っていた準備道具を一度足元に置き考え始める。
「幸せかー」
どうやら一度、作業を止めなければ思考ができないみたいだ。それに促されるかのように愛貴も朝練の準備作業の手を止めて、話を聞く体勢をとる。
「んー、俺は・・・・朝空を飛ぶツバメの声を聞いて、学校でみんなと笑って、家に帰る途中、時々カレーの匂いがするときがある。そんなのでとっても幸せを感じる。心の底からなんか俺って幸せだなあって感じる。」
心から言っていることなのだと分かった。この人は本気でそう思っている。もしかしたら俺と同じく今がよければいい。何とかなるから大丈夫。というタイプなのかもしれない。
「なんか、尊敬します」
「そう?」
「だって、幸せってなんか、物欲だったり、性欲だったり、そういうのが主流じゃないですか?」
「まあ、確かに。うん。」
「だから、幸せって案外そんなことで感じられるなら、『今、幸せの為に頑張る。』って思って行動していた俺がバカ臭くなってきましたよ。」
「ふふっ、あっははははは!」
小体育館に響くほどの笑い声をあげる。。隣にも女子バレーが自主的な朝練を行っており、その数人の女子バレーがこちらをじっと見ている。
「きゅ、急にどうしたんすか?」
「いや、ごめんごめん、なんか俺たち二人でなんか深い話っていうか、悟ってて面白くて笑っちゃった。ぷっはははは。」
その時から愛貴は集人先輩と気軽に話しかけられるようになった気がする。
「おーっす」
目をこすりながら、こちらへ来たのは容姿もオーラも乱れている泰成先輩だった。その奥にも同じように目をこすりながらてくてくと歩いてくるのは海翔先輩だ。うちのチームの一番手、二番手エースだ。おそらく部員全員が今日がランキング戦であることを意識しているはずだ。
ランキング戦は、総当たりで自分以外の部員全員と試合を行うことになる。そうして何勝何敗かまでをだし、一番勝率が高かった者が、ランキング一位という称号を手に入れることができる。しかし、おそらく一位を死守しているのは泰成先輩なのだろう。一人だけレベルがまるで違う。
準備が完了しそうなときに次々と部員が集まってくる。優希と弦矢はほぼ同じく、朝練監視ぎりぎりの時間に小体育館へと来る。梁田先輩はふたりの五分前くらいに到着していた。中学までの愛貴だったら三十分前に来なかった部員に注意を促していたが、今思えば、なんの意味もない自分の理想の押し付けでしかなかった。
それぞれがフォローマン同士と練習を始める。愛貴は泰成先輩と。弦矢は梁田先輩と。優希は集人先輩と。海翔先輩は遅れてやってきた栗田監督と練習を行う。
朝練のメニューは、放課後の練習に比べ、質素である。サーブ練習やレシーブ練習と基本的なことを行う。常日頃から卓球という球技を体に染みつかせられる。しかし、栗田監督は朝練は強制ではないと昨日の練習で言っていた。『やりたい人、練習したい人、チャレンジしたい人。そういう選手向けに確保している時間だ』そう語っていた。でも、それが意地が悪いと感じるのも仕方ないのではないだろうか。全国で戦える選手になるには、もちろん休息も必要だと思うが、圧倒的な練習量も必須である。だからと言ってただひたすらに練習をさせればいいと言う訳でもないらしい。この部活はメリハリをちゃんとつけられている。時間を延長して、部員に練習させたりは決してなさそうだ。限られた時間で課題や弱点を克服する。そのため朝練も放課後の練習時間もそれぞれ時間が決まっておりその時間になると、試合をしていようが、練習をしていようが関係なく、そこで練習や試合は終了となる。だからこそ自然と部員全員が無駄な時間を過ごさなくなる。小体育館のホワイトボードにも、『メリハリ』と描かれているシート式のマグネットが貼ってある。栗田監督は本気で全国を目指してくれている。おそらく自分を犠牲にしてでも。でもなぜそこまで俺たちに対して尽くしてくれるのか。栗田監督のミステリアスな部分は時々現れる。朝練は一時間という短い時間で行われる。泰成先輩は俺なんかが相手で満足しているのだろうか。一応本当の聞き手である左手でやってくれているのだが、練習中は集中の化身のようなものなので表情を一切変えていない。
それとも相手は誰でもいいのだろうか。泰成先輩はおそらく効率を常に考えて練習に取り組んでいるのだろう。
「泰成先輩」
「なんだ」
卓球をやっているときは普段のふざけているような声はまるで出さない。
「俺なんかが相手で、練習になるんすか?」
「なるよ。打ち返してくれれば別に相手は気にしねーよ俺。」
少しほっとした。それでも練習の時は気を使って弱く打ってくれているのは分かる。あの時の試合の時の圧倒的な技術は練習では見せない。
「練習、嫌にならないんすか?」
すこし眉間をしかめながらラリーを続ける愛貴と泰成。
「まあ、そこまで好きじゃないな。でも公式戦は大好きだぜ。勝つか負けるかギャンブルみたいで面白いじゃん」
「ギャンブル・・・。みんな勝ちたくて練習しているのに」
「勝ちたいなら、勝てばいいじゃん」
重みのあるその強者の言葉に返答することができなかった。
「じゃあ泰成先輩は最後に負けた記憶はあるんですか?」
口から出てきた言葉はそれだった。なぜ出てきたのかは俺にも分からない。
「負けたこと?・・・・負けたことかあ~」
一度ラリーを止め、腕を組み思案し始める。
「中学の時と去年の全県に出場して、その時に負けたな~。しかも同じ選手に。」
「誰にですか?」
「絶対聞いたことあると思うけど、今は秋田商業高校にいるっていうタメの選手」
檜森という名前。その名前に辿り着くには途方もない努力が必要そうだ。愛貴は一度だけ彼の試合を見たことがある。日本式ペンで裏ソフトを一面にしか貼っていない選手だ。とてもシンプルな戦型で、彼のプレーはただの繰り返しでしかない。サーブをだして、レシーブして、チャンスボールは強打する。ただ自然体でひたすら同じプレーを繰り返す。相手選手がいくら流れやラリーのスピードを変えようと試みても変化することができない。まるで蜘蛛の巣にひっかかった虫のように逃げようとするが、喰われることは変わらないみたいだった。じわじわと点数を取られていき息の根が止まる。でもものすごく明るい選手だったことは覚えている。点数を取れば嬉しそうにするし、ただひたすら楽しそうに卓球をしているように見える。が、動きはまるでプログラミングされたロボットそのものだ。自動的に相手はミスし、檜森選手は同じ動きをただひたすらに繰り返していくだけ。それだけで勝利を勝ち取ってしまう。おそらく奇想天外な選手じゃなければ勝てない。だからこそ道化のような泰成先輩が勝てそうなのだが、その泰成先輩ですら勝てないとなると、希望はない。
「戦ってみてどうでした?」
「卓球が嫌になった。辞めてやろうかと思ったよ」
「それだけで?」
「俺は自分の限界を見るのが嫌なんだ。見せられるのも、自分で見せつけるのも。」
「それは俺も嫌ですよ」
「ちょっと自慢話のように聞こえるかもしれねーけどさ」
ラケットを卓球台に置き、そう話しかけてくる。
「俺はな、昔から人より身につくのも早かったし、上達も早かった。人が普通出来ないようなことも出来たりしてた。だから俺は天才なんだ。」
確かにこの人の限界は見えそうにない。自慢ができるほどの能力と実力を泰成先輩は持ち合わせている。
「全国大会には行ったことあるんですか?先輩は。」
「俺は最高で東北大会までしか行ったことがないな。どんどん勝ち進んでいくと絶対、檜森に当たるんだ。そしてそのまま秋田県大会シングルス優勝は檜森元ってなるんだ。」
檜森元という選手は愛貴のひとつ上。高校二年生だ。愛貴が小学校のスポ少をやっていた時からその名前は友達や監督、保護者の方々から聞いていた。檜森元イコール『強い』というのは幼い頃から頭の中に染みついていた。
「でも、流石に檜森さんでも去年優勝は難しくないですか?」
しかも中学校の卓球と高校の卓球はレベルが違う。運動量やボールの回転量。それぞれが上回っている。まわりの選手も高校という中学とは練習の質と量の違いに染められどんどんうまくなっていく。中学で強かった選手も高校に入ると、中学まで弱かった選手に負けることなんてざらにあるのだ。
「優勝したよ」
「え!?ホントですか・・・・」
「だから本当だって。昨年の優勝者は檜森元だ」
泰成先輩は俺の目をじっと鋭いまなざしで見つめながらそう言ってくる。
高校一年生が上級生をもろともせず『優勝』という勝ち星をあげる。愛貴は一度しか檜森元という選手を見たことがない。今はどうなっているのかは想像はつかないが、おそらく泰成先輩をも凌駕する技量を持っているのだろう。
「じゃあ、ベスト十六ぐらいで止まったってことすか?」
「ん、いいや、俺は一応これでもベストエイトには入った実力者だ」
ピピピピピピピピピッ!
泰成先輩の珍しい敗北経験を聞いていると、一時間というとてつもなく短く感じる朝練が終わった。
「練習終了~!」
終わりの合図を小体育館に響かせる泰成先輩。
「はいっ!」
という部員の挨拶とともに朝練は終了となる。今日はランキング戦当日だと言うのに、朝練をやった気になれなかった。昨日を挟んで今日がランキング戦。部内の選手の強さを確かめられる。いつになってもランキング戦当日は緊張する。選手が少ない平鹿高校だからこそランキング戦は一日で終わる計画らしい。しかし部員が多い高校の卓球部は長い所だと五日間、月曜日から金曜日までの放課後を使い終わるところもどうやらあるらしい。




