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「お、帰るところか?」
小体育館入口から本校へつながる渡り廊下から校庭を通り、玄関へと向かおうとした時にそう話しかけられた。
「はい」
彼はリュックを背負いながら、手すりに腕を掛けて、棒つきキャンデーを口にくわえている。
「帰らないんすか先輩は」
「おん、かえんね。」
即答された。
「絶対勝たせるまで辞めさせないからな」
「いいてすよ。そんな自分に甘くないですかから。勝てるまで辞めませんよ」
「今、帰るんだろ?」
「ええ。はい」
どうしてもこの人と話すときは今だに嫌悪の表情が顔に出てしまう。
「よく家に帰れるな。」
「どういう・・・・」
「家にはできるだけ遅く帰る。どうせ家にいても両親はずっとつまんねえし、時間はつまらない時間よりたのしい時間のほうがいいに決まっているだろ。」
そう呟くように言った彼の表情は、呑気なままだ。
「じゃあ、いつ帰るんです?」
「ゲーセン行って、女子と遊んで、そしたら帰る」
まるでヤンキーのような生活をしている。
「疲れないんすか?」
「疲れねぇ」
「体力底なしですね」
全国を目指しているだけあって、練習は汗が吹き出るほど苦しかった。それに加え戦型が基本的にバラバラなチームなのでデシタルタイマーが鳴る度に練習の仕方が変わる。慣れるまでの辛抱だ。
「小池の周りにお花が割いたよ、ブンブンブン蜂が飛ぶ」
と言い終わったところで、棒つきキャンデーの噛み砕く音が聞こえた。
泰成先輩とはそこで別れた。三年棟の廊下をわたり玄関へと向かう。
下駄箱はクラスごとに分けられてるため、二組である愛貴の下駄箱は手前にある。
「げっ」
愛貴が発したその言葉は、液晶タブレットを触りながら、いつも騒がしい印象を与えてくる優希が珍しく、背を玄関の硝子壁に預けたまま立っている。
そのまま通りすぎようとしたが、一応声をかける。
「なにしてんだ?」
「んーー、編集~」
編集?
「なんの?」
「動画~。」
「動画投稿でもしてんのか?」
「そうだよー」
返事はしてくるものの意識は完全に編集に乗っ取られている。中学の時からそういう友達はいた。ネットで生放送したり、自分でネットに動画を投稿したり、別に驚くことではない。今の時代、人も環境もあまり関係なく自分という情報を世界に発信することができる。
優希にとっては夢を叶えるうってつけの方法なのかもしれない。
「動画投稿も、部活も、やって大丈夫か?」
「大丈夫かってなにが?」
「なにがって、ストレスとか疲れとか、夢を叶えるのも大事だけと思うけど、休むことも大事じゃないか?」
「あー、そっか、確かにそうだね、今まで考えたことなかった。つか、考える暇もない。」
意識していない返事を返してくる。
効率を常に考えているであろう優希は、少しの時間があればなにかしらしている。
教室での昼食も、いつも食べながらメモ帳に必死に書き物をしている。その為、友達と話していても上の空で聞いている場合が多い。だからと言って嫌われることは優希はない。クラスメイトも優希はどんな夢を持っているのか知っているため理解してくれているからだ。
「愛貴は帰りチャリ?それともバスとか?」
「駅まではチャリだ。お前は?」
「俺はバスで体育館まで。」
「これからスポーツクラブあんのか?」
「うん、だからバス待ち。」
「駐輪場までいかないか?バス来るのまだなんだろ?」
俺のセリフに今までは愛想も意識もない返事から手のひらをかえすように、
「まじっ!?いくいく!」
足元にあるリュックを背中に。エナメルバックは肩に掛ける。乱雑に急いで靴を履き替え、あとをついてくる。
校門近くにある駐輪場近くまで二人は歩く。
「そんなに毎日切羽つまってやってたら、両親心配しないのか?」
泰成先輩に聞いた質問を優希にもする愛貴。
「俺の両親、仮面ばっかり被ってるから。だから俺、ああいう苦しい思いは昔っからしたくないと思っていて。両親を尊敬はしてるよ。でも同時にああいう風に生きたくないとも思ってる。バスケをやらせてくれたり、卓球も合気道もフットサルもやらせてくれて感謝している。そして仮面をかぶってまで両親に生活させているのは自分のせいだと思う。おれのために支払いをして、服を洗ってくれて、自分のわがままや自慢を聞いてくれて、だから早く自立して、苦労させた分、両親に仮面をかぶらせた分の時間を取り返したい、俺の力で。」
そう連なった言葉にぽかんと口を開けたまま思考や気持ちを変えられる。
「それも夢のためか・・・・・」
「まぁ、いろんな夢を今まで見てきたよ幼い頃から。でもやっと、ずっと待ち望んで形が見えてきた。現実的にも、主観的にも、こんなはっきりとしたチャンス初めてなんだ。だから今、逃げたら絶対後悔する。今、逃げたらここを乗り越えれば会える新しい自分に会えなくなる。今、逃げたら、なんか見放されて、なにかについていけなくなってしまう気がする。だから人に嫌われても、世の中から見放されても、浮いてもいい。誰かを助けて、魅了して、夢を叶えたい。そういうことかな。」
「やっぱお前つえーな。尊敬するわ」
「そうかな?みんな変われると思うぜ?いつでも。俺だけが特別な訳がないじゃん。」
「そうだな。意識の違いだよな?」
「そう、その人の思考や意識や自制心の差が、レベルの差を生んだりするもんだよね」
優希と一緒にいると自然とやる気や湧いてくる。
「それとなんだけど、本気でこの部活全国を目指しているわけだけど、優希はそれについてどう思ってんの?」
「どう思ってんの?って行けるか行けないかってこと?」
「そう。」
「全国行くってみんな思ってるんならいけると思うよ。『どうやったって全国いけねえよ。』とか関係ない。行こうとしないから全国にいけない、これあたりまえだよね?でも自分たちは本気で全国を目指している。だから行ける。これもあたりまえだよね、根拠とか全然ないんだけどさ」
やっぱりこの國安という男、ただ者ではないと改めて感じる。この男の意見を取り入れると以上に俺は輝き始めるのだ。
中学の時になんでこいつという存在に気づかなかったのが不思議だ。それほど卓球に夢中になっていたのかは覚えていない。
「悪い、俺さ、性格わりぃーから、そういうことどうしても考えちゃうんだ。」
「不安になるのは当たり前じゃん。でもそれに負けちゃ駄目だと思う。未来について考えるのもいいけど、あまりにも不安になりすぎて取り越し苦労になるのは注意ね。不安に感情や思考を使うのはもったいないからね。逃げたりもするけど、立ち向かってるのも真実だけどね。逃げると闘うは表裏一体、逃げてもいいんだ。でも闘わないのなし。」
毎回、人間の本質をついてくる彼はまるで毎日遊ぶのが必死な汗かきっ子のような印象を受ける。
「ずっと聞きたかったけど、なんで俺を部活にあんなに誘いたかったんだ?」
と言ってみるが、顔が険しい表情に変わる。
「んー、何て言えばいいだろうな~。難しいなー」
目を右上に向け腕を組み、思考の念を体から出す。
「別、理由がないなら無理して言わなくてもいい・・・・」
「いや!理由がないわけじゃないんだ。なんて言えばいいんだろう、直観的なんだよ。この部には愛貴が必要だと思ったんだ。その前に俺がお前とやりたい!中学のときに思ったっていうのもあるんだけどね」
「中学時代、俺たち関わったことないよな?」
優希とは本当に無関係だった。バスケ部に本当にいたかと言われれば、いた気もするが、いないと言われればいない気もするくらいの曖昧の記憶レベルだ。
「うん、ないねー。俺自身も愛貴のこと知ったの中三だったし。」
お互い同じ中学校に通っていたに関わらず、お互いの存在を知ったのはごく最近らしい。俺が知ったのは一ヶ月前くらいだ。
「ところでお前は、進学か?それとも就職か?」
「んー、どっちもないかな~」
「どっちもない?就職も進学もしないってことか?」
「うん」
「どういうことだよ」
「俺は絶対就職や進学はしない。サラリーマンなんて忙しいふりしている人だと思ってる。それは、誰かのために我慢して仕事をする。そんな人間を俺は心底尊敬してるよ。でも、俺は絶対そんな生活はできないし、成り下がりたくない。」
「だからそういうこと言うと・・・・」
「人をバカにしてると思われる?」
「お、おう。」
言いたいことを読んだのか先に言われる。
「バカにしてるって言うよりはみんなもそうなんじゃないの?綺麗事だって親にも言われるけどさ、みんなだって好きなことして生きたいとそう思ってるでしょ?俺だけじゃないよね?心が常に訴えかけてきてるんだよ、空虚感とか虚無感をね。自分を偽って虚栄して、満足してもぽっかりとなにか心が納得してくれない。」
ほんの数分話しただけなのにすでに優希の考えていることが分かった。
「夢を叶えても、心が満足してくれるかは分からない。でも夢を叶えることが悪い訳がないじゃん」
「綺麗事だ」
思わずそう呟いてしまった。今、自分が怒っているのか分からない。けれど確かに俺も昔、似たようなことを思っていた気がする。だから昔の俺の存在を否定したくて、口が開いた。
「綺麗事だよ、綺麗事でいいんだよ。」
その優希が返してきた言葉には希望が詰められていた。
「もちろん誰でも、次は自分の番なんだよ。それだけは変わらない。昔までは自分が主人公でみんなが脇役だと思っていたんだけどね。だから自分は夢は叶わないとか関係ない。夢をもってそれに対して動くだけで、次はその人の番になるんだ。」
やっぱり優希といると自然と勇気が湧いてくる。自然とやる気が出てくる。マイナスのオーラが一瞬でプラスのオーラに変えられてしまう。
「今は一人かもしれない。けど絶対世界中のみんなを納得させるくらいの希望を与えたい。与えて、手をつないで、みんな幸せになるんだ。」
そう言って言いたいことを紡いだ優希に俺は圧倒されてしまう。
すると俺の表情をみてはっときがつくかのように、
「ごめんっ、俺のことばっかり話して!こういうのって人にドン引きされるんだよなー。別に自慢でもっ、ナルシストでもっ、カッコつけでもっ、なんでもないから!ああー、何て言えばいいだろう。はずかしー!」
その赤面した表情に俺は腹を抱えて大爆笑する。優希は俺と似た過去を持っている。でも、確実に壁を乗り込えて、成長している。今だに俺は何も変わっちゃいない。




