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翌朝、学校へは雨だったため、早めに家を出て歩いて駅へと向かい、横手駅からはバスで学校へと向かった。
入部するというのに憂鬱な始まりだった。朝から卓球部は朝練を行っているらしい。あの少人数であの力量を発揮するには練習の質ももちろんだが、練習量が圧倒的に必要になってくるのだろう。
いきなり入部届を出すと、いきなり「練習しろ」と言い出しそうな監督なので、朝には出さず、昼休憩の時に出すことを決めた。
「ちょうど良かったランキング戦前で。ランキング戦はわかるだろ?」
「あ、はい」
なぜかこの人の前では、圧倒されると同時に、その『ランキング戦』という言葉を聞くたびに胃が小さくなり、変に緊張してくる。
ランキング戦とはいわば、部員の力量を測る総当たり戦だ。部員全員が公式戦と同じ五セット三セット先取の試合を行い、何勝何敗という結果を出す。学校ごとにランキング順位の呼び名は違うが、どうやらうちの学校は普通に数字で一位から最下位までつけられる。中学校時代もランキング戦があったが、このランキング戦は本当にどうなるかわからない。特に卓球というスポーツはあまり年齢は関係ない場合が多い。前のランキング戦では勝てていた後輩に次のランキング戦で負けるということが多々ある。それほどセンスや吸収力がものを言うスポーツなのだ。熟練の絶対王者が、始めて一、二年の選手に負ける可能性もあるのだ。
「うちは一か月に一回ランキング戦を行っている。ちょうど・・・・」
デスクにある小さいカレンダーを指で追っていく。今日、五月十三日の所を指さす。その二日後五月十五日の所に赤ペンで『ランキング戦』と描かれている。そのままなぞるように十五日の所へと指をスライドさせていく。
「二日後、今日から練習に参加して、そして明日一杯。で十五日ランキング戦。今日と明日、それぐらいあればブランクも直るだろ」
直らない。とはどうしても栗田監督には言えなかった。というより全国を目指している人間に対して、逃げるような発言は頭で浮かんでも、すぐさま選択肢から外されてしまう。
全国に行きたい。そんなことを夢にしていたのはいつのことだろう。
「ん?いいか?」
ぼーっとしていた愛貴に栗田監督が現実の世界へと俺を引き戻す。
「だ、大丈夫です」
とっさに出た言葉を返す。
「よし!入部届けは受け取った!今日からよろしくな!放課後小体育館で待ってっから!」
と、肩をばしんっ!と捕まれ、飲み干したコーヒーカップをもって、職員室への奥へと歩を進めていった。が、入る手前でもう一度こちらへ振り向き、ニカッと口角をあげる。
赤のオーラを纏っている笑顔の男性、栗田太門という男は、去年赴任してきた二十八歳の若い教師だ。彼の噂、というよりは伝説を俺はこの学校に入学しいろいろと聞いた。
ひとつ、聞いた噂はこれだ。
「えー、自分がこの中学校に来た理由は、卓球部を全国に行かせること。勉強やなんやら抜いてでもいかせてみせます。」
あまりにも自己中心的な発言に、生徒たちから静かな否定的な声があちらこちらからわく。
当然、先生方からも保護者の方々からの視線も苦しいものがあるだろう。でもそんなのはお構いなしに堂々としている栗田先生は、時に生徒の味方になる場合が多い。つまり一年生、二年生、三年生、という上下関係の更に上にいる存在、それが栗田先生なのだ。先生側に付くのではなく、どちらかというと生徒の個性を優先し、生徒側にいる教師なのだ。
これもまた一つの栗田太門伝説なのだが、去年、女子卓球部監督兼、愛貴の担任である近先生の授業の教え方が分かりにくい。悪い。という生徒の意見と、保護者からの意見により職員会議になったことがあったらしい。その職員会議で生徒が盗み聞きした話によれば、こう言ったらしい。
「先生たちも個性があるのに、もっと個性をだせばいいじゃないですか。先生だからこうでなければならない、なんてことありませんよ。わざわざ教育委員会に従わなくても、自分のやり方で教えればいいんですよ。近先生は全然悪くないじゃないですか。そんな気色悪い教科書通りに従わなくてもいいじゃないですか。私は周りに同調しなくても、従来の教え方に従わなくても良いと思います。だから近先生は今まで教科書通りに教えすぎていただけなんですよ。教科書をそのまま教えるぐらいなら、生徒に教科書を読ませたほうがいいでしょう?だったら私たちはテクニックや自分の経験したこと、失敗したことを教えて、生徒たちが同じ失敗をしないようにすることが教育だと思います。同じような人間を作るならロボットを作るほうがいい。人間誰しも、違うから助け合えるんですよ。同じ人間同士だったら、持っている悩みも好みも一緒なんて、助け合うどころか混沌になってしまいます。私は歪なロボットを作る学校よりは、正しい人間を作る学校にしたい!だから近先生は今後から、自分を思いきりだしていいと思います。これで話は済みませんか?そろそろ部活が始まるので、私は失礼します。」
そう職員会議で言った噂はたちまち、生徒たちに広まり、それから一週間も経たないうちに、生徒たちの英雄になったという伝説は入学して早々、知ったことは言うまでもない。
放課後、テンションマックスの國安が早く行こう!と催促してくる。
それに促されるように掃除を早く終える。優希は教室をイノシシのように飛び出す。それに続くように俺も後を追う。
「やっぱり初めに言った通り、俺が動くとみんな動いてくれるんだな~」
「そんなこと言ってると嫌われっぞ」
「もう慣れたよ、嫌われるなんて」
そう言って先を走る優希は、顔だけをこちらに向け、けらけらと笑っている。
「俺は絶対、希望を与える人間になるから!」
なんの決意表明なんだか。
「ま、頑張れ」と呟く。
今だに國安優希の中身は未知数だ。何をしようとしているのか、何を考えているのかもわからない。
三年棟を通りすぎて、渡り廊下を雨のなか湿ったアスファルトを蹴るように走り抜ける。
小体育館には半コートはバレー部、もう半コートを卓球部が使っている。それぞれの部活の境界線には、網ネットが張られており、ボールが練習の妨げにならないように区画されている。
バレー部は小体育館の倉庫側、卓球部はステージ側となっている。
すでに一人分の荷物がステージにきちんと置かれている。するとすでにゲームパンツとトレーニングシャツに着替えが済まされている海翔先輩の姿が。
『え?』と言わんばかりに愛貴に対して不自然な視線を送ってくる。
「海翔先輩!今日から一年が新しく入ります!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
海翔先輩は愛貴を一瞥するものの、何も発することはしなかった。
「おい、同じ一年だろ。なんでお前が先輩みたく言うんだよ」
愛貴が反撃する・
「平鹿高校の卓球部内では、俺の方が先輩でしょ?」
と言いながらも、内履きを乱雑に脱ぎ出す。
「ちゃんと靴を揃えておけよ」
「あー、わり。」
すると今度は制服の上着をばほっと脱ぎ捨てる。その次にYシャツ、ズボン、Tシャツと次々に脱ぎ捨てていく。次々に怒る優希のお粗末な態度に我慢できず注意する愛貴。
「ちゃんと、バックに入れろよ」
「うん、悪い」
次は、シューズを紐を結び直さず乱雑に履く。
「おい、その履き方じゃシューズが傷む」
「・・・・・・・悪い」
「きちんとしていた方が練習に気合いが入る」
「・・・・・・・」
「どうした?」
「いや、なんか、おまわりさんみたいだね」
嫌味を言われた気がしたがしっかりと言うことは素直に聞いてくれるのでやりやすい。
「おー、来てるな~。」そう言いながら近づいてきたのは泰成先輩だった。
「まあ、とりあえず・・・・」
「とりあえず?」
わざとらしいく耳に手を当てて、耳をたててくる。
「いえ、勝つまでは・・・・」
「へっ?」
「あなたに勝つまでは!入部してます!」
「よし、それでよしだ。」
そう言うと、泰成先輩も派手なリュックと部活カバンをステージの上へと置き、制服を脱ぎ着替え始める。
海翔先輩はひとり黙々と練習の準備を進めている。
「準備、手伝えよ」
と後ろから声をかけてきたのは梁田先輩だった。最強の男に唯一対抗できる男である。
「あれ、愛貴くん、いや、愛貴、今日からきたのか。」
部員になったためか、呼び方を変えられる。
「はい。お世話になります」
「あさってからランキング戦だけど、大丈夫か?」
今日と明日の二日間でどれだけブランクが治せるかが勝負だ。昨日の練習試合では、ブランクはあったものの、重症というところまではいかなかった。しかし、絶好調に戻すにはやはり相当時間がかかりそうだ。
「まず、できるだけブランクは直したいと思ってます。」
「おっけ、じゃあ、練習準備手伝ったって、あいさつしたあと、自己紹介してもらうから」
わかりました。とつぶやいて海翔先輩の行っている準備をまねるように手伝う。
そのあとに遅れて集人先輩、弦矢がやってくる。
集人先輩は急ぐように着替えや準備を済ませ、弦矢は着替えやシューズ、ラケットのケアなど、自分のペースで行っている。非協力的まではいかないが、自己中心的なところは必ずしもあることは確かだ。しかし逆にそれが弦矢の力になっていることは気が付いている。
準備が終わると、タイマーを泰成先輩が部室からだし、電源を入れる。小体育館全部に響くような、モルテンと書かれているデジタルタイマーだ。
それを『ピッピッピッピッピ』と五回押すと、タイマーが五分の設定になる。すると全部員が小体育館入口に立ちはじめる。疑問符を表情に浮かべる。
「今から五分五周ランニングなんだけど、五分で帰ってこられなかったらペナルティでもう一回、今度は計測なしで走ることになるから。コースは今走りながら教えるからついてきて。」
そう細かく説明をしてくれた梁田先輩が言った直後、「ランニング!」という泰成先輩の怒号のような声が小体育館に響き渡る。それに対し全七人の部員は一斉に「はい!」と返事をし、小体育館を後にする。
ペースは時間が決まっている為なのか、とてつないスピードで加速していく。三年棟の廊下に入る直前に三階へと続く階段が設備されており、全員が階段を三階まで駆け上る。
それでもほかの部員は息をみだしていない。みだしているのは愛貴だけだった。
三階まで登りきると今度は愛貴、弦矢、優希が授業を行っている一年棟の廊下を道行く生徒を忍者のようによけながら進んでいく。そのまま進行していくと、今度は一階までつながっている階段が設備されている。それを登ってくる生徒を再びよけながら一階まで降りる。降りるとそこは三年棟になっていて、今度は始めに通らなかった三年棟廊下を走りきる。すると再びランニング開始に初めて登った階段が見えてくる。
「これで一周だから。」
と前を走っていた梁田先輩が後ろに振り向き優しく教えてくれる。
「はあ、はあ、はあ、はあ。わかりました!」
息を荒げながら再び階段を登りきる。
先輩たちについていくので精いっぱいだ。卓球の技術面のブランクだけではなく、体力面のブランクも相当あったらしい。
登っては走り、降りては走りを五セット繰り返し、先輩たちの後をただひたすらについて行った。小体育館の渡り廊下を渡り切って、小体育館へとたどり着く。タイマーは残り五秒を表示しており、ぎりぎりでたどり着くことができた。このメニューを考えたのはおそらく栗田監督なのだろう。今のペースで残り時間が五秒。つまり少しでも自分自身に甘んじて、スピードやペースを落とすと遅れる設定になっているらしい。
小体育館のタイマーの位置は入口から三十メートルほど離れており、その距離から愛貴より遅く走り出したはずなのに、いつの間にか泰成先輩にはこされてしまったらしい。俺より先に小体育館へゴールしている。
ゴールすると、休憩することなく、おのおのバックからラケット、汗拭き用のタオル、水稲やペットボトルを取り出し、卓球台にそれぞれ陣取る。
そこから台の足にシューズのつま先部分をひっかけ腹筋をし出す。愛貴以外の全員が筋トレを始める光景に戸惑いを感じながらも愛貴もそれを行う。
「こっちこ~い」
のんきな声で俺を呼ぶのは泰成先輩だった。
「ランニング終わった後は筋トレ。腹筋、腕立て、背筋五十回から百回、でもノルマは五十回な。まあでもやらなきゃやならくていいぞ。」
「やらなくていいって、どういうことですか?」
練習をさぼっていた本人のその発言にピリリと反抗の気持ちが芽生える。
「強ければなにもしなくていい。それがこのチームのルールだ。つか、俺だけのルールなのかもしれないけど。」
「その言い方はひどいじゃないですか?」
「いいや、合ってると思うぞ。練習をしてもうまくなるやつとならないやつがいるだろ。それと同じ。できるかできないかってかなり重要だと思うぞ?」
「そんなこと言われなくても」
「まあ、一回やってみて、俺には合わないな。と思うなら俺みたいに十回でやめればいいし」
「それでも一応やってるんですね。」
「周りに合わせてるだけだけどな。本当にやらないと部活の雰囲気悪くなんだろ」
そういうところはちゃんとわかっているらしい。
それから十分ほどがすぎ、それぞれが筋トレを終わらせて水分補給をしていると、小体育館入口からすでにトレーニングできる服装になっている栗田監督が入ってくる。
「おい~す。」
その呑気な返事は普通の監督とはまるで違うということがはっきり分かった。
普通の監督は、部員から恐れられたり、中にはとことん嫌われている監督もいる。が、この監督はまるで違う。やはり、『先生』や『監督』という存在はどうしても、上の存在という印象を受けてしまうのだが、この監督はそんなものを感じられない。やはり同じ部員のような雰囲気を感じる。
「お疲れ様です」
でもだからと言って監督を部員がなめているわけではなさそうだ。絶対なる信頼関係をもっているのかもしれない。
すると部員と同じく栗田監督も、ステージの上に自身の荷物をおく。そのままシューズを履き、ストレッチを行う。
「泰成、集まらせてくれ」
と栗田監督が言うと、『集合!』という声が小体育館に響き、はい!と部員が返事し、栗田監督の周りに集まる。が、練習試合ではアーチ状に栗田監督の周りに集まっていたが、今回は栗田監督も含めて、円になる。まるで監督も一人の部員のように。
「えーっと、じゃあどうするか。今日は」
「練習ですかね。」
泰成先輩がそう答える。
「明後日がランキング戦なんで。試合形式での練習はなしで行きます」
と続けて梁田先輩が答える。そうやっておのおの今日やる練習をその日に決める。
「そうか、じゃあこれでメニューは決まったな。苦手な部分は気づいたり、教えられたりして今日も頑張っていきましょう!」
気合を入れる栗田監督が立ち上がると同時に部員も『はい!』と言いながら立ち上がる。
「あ、監督。その前に新入部員の紹介をしたほうが・・・」
「そうだったな。わかった。じゃあダイヤモンドの原石くん、よろしく頼む」
「今日から新しく入部することになった、霞愛貴と言います。よろしくお願いいたします。」
すでにこの部の人たちとはすでに全員と顔見知りだ。そのおかげで入部当初に発生する緊張はなかった。
弦矢は自分と目を合わせたくないのか、視線をずっと違うところに送っていた。
一方、泰成は「ざまあ」といわんばかりの悪だくみしている表情をこちらへと向けている。
そして極めつけは優希だ。満面の笑みで、こちらに笑顔を向けている。
「じゃあ、今度は俺たちの紹介だ。平鹿高校数学教師、兼男子卓球部監督している。栗田太門だ。年齢は二十六歳だ。去年からこの学校に赴任してきた。目標は、この部活を全国へと行かせること。これからよろしくな!」
プライベート面と、なぜその目標を持っているのかは謎だが、そこまで気にすることはなかった。
なんて言えばいいんだろうか。他の先生たちとは違い、プライドがないというか、自然と模範になってくれているから、間違っているか間違っていないかこの先生で確認することができる。
「じゃあ、次は、俺だな。」
梁田先輩はそう言って立ち上がると、半ズボンについたホコリをそっとはらって立ち上がる。
「えー、二年の梁田健登です。戦型はフォア面が表ソフトラバー、バック面が裏ソフトラバーの速攻型です。よろしくお願いします。」
通称、パチパチ系とも言われる戦型の梁田先輩。
「あ、いい忘れてた、一応、副キャプテンをやってます。キャプテンである泰成をささえたり、ささえなかったりしてます。」
驚きの発言に続き、立ち上がったのは泰成先輩だ。
「健登の説明通り、手間のかかるキャプテンをやっております。よろしくお願いします。ん?」
愛貴の驚愕している顔に驚いたのか、視線をこちらに向けてくる泰成。
「どうした?」
「なんで、あんたがキャプテンなんですか」
「なんでって失礼だなー。俺がここのキャプテンで、なおかつエースを努めてる。」
なんだか優希と同じような自信を持っている。雰囲気も似ているのだが。
「じゃあ、つぎは海翔やれ!」そう言いながら海翔先輩の背中をバシンッ!と叩く。
するとムクッと床から立ち上がり、
「二年の真田海翔です。戦型は右利きカットマンです。よろしくお願いします」
すると、ボキャブラリーに富んだのか、海翔先輩のそばに座っている集人先輩の肩にポンッと手をのせる。
「えっ?じゃあ次は僕か。同じく二年、菅原集人です。戦型はフォア面が裏ソフト、バック面が粒高です。異質型です。これからよろしくお願いします。ちなみに海翔とは同じ中学でした。」
と深くお辞儀を俺に向けてくる。その後隣の人物の肩をポンポンと叩く。
「もう俺すか?つか、一年だから紹介しあう必要なくないすか?ていうか、入部したとき紹介しましたよね?」
「口答えするなよ」
おもわず、優希のセリフに勘がさわり声が出てしまった。が、「あっはっはっは」という卓球部員の全員が笑い声をあげる。
「そこ、ツッコムのかよ。面白いやつだなー」
泰成先輩が腹を抱えながら笑い出す。
なにが面白いんだか全くわからない。俺はただいけないと思ったから注意しただけなんだが。
「だから、おまわりさんって言われるんだよ」
言われたことがあるのはお前だけだ。
「とにかく、自己紹介しまーす。一年の國安優希です。愛貴とは同じクラスです。中学も同じでした。よろしくお願いしまーす」
不機嫌なのかふざけたような挨拶をする。
そして隣に座っている男の背中をバシッ!と叩く。
その男が立ち上がると、入れ違いに優希が座る。
「一年の高橋弦矢です。戦型は左利きカットマンです。よろしくお願いします」
俺と同じ中学校ということは伏せたようだ。『卓球やめちまえ』と言ったはずの人物が、これから卓球をやるのだ。
不機嫌になっているに決まっている。
「すみませーん、印刷できましたー栗田先生~。」
小体育館入口から走ってくる女教師が近づいてきた。
部員が集まっているところにつくと、豊乳な胸が微かに左右に揺れた。見慣れたその姿は近先生だ。愛貴と優希の担任である。
「ちょうど良かった近先生、今、自己紹介しあっているところなんですけど、参加しませんか?」
栗田監督のキャラにしては、敬語は似合わない。
「ほ、ほほほほ、本当ですか!?」
頬を真っ赤にし、嬉しそうな表情を浮かべる。
「は、はい」
近先生のキョドリように、流石の栗田監督も戸惑いの動きを見せる。
「あ、その前に、今月の予定表を渡しておきますね♥」
ぶりっこのような声を出しながら、栗田監督に渡す。相当戸惑いながらも受け取っている。
「では自己紹介させてください。一年二組担任、兼女子卓球部監督ですっ。」
女子卓球部?
「まあ、部員は一人もいないので、監督とは言えないんですけどね。でも!今は男子卓球部のマネージャーみたいなことをしてます!それと、栗田先生のお手伝いもですけども・・・・・」
再び、顔を朱色に染めながら、両手を頬に当てる。
全部員と栗田監督が顔を歪める。おそらく入学当初に聞いた栗田監督の伝説のあと、近先生は惚れているらしい。
「じゃあ、栗田監督。予定表全員に渡してもいいですか?」
泰成キャプテンではなく、梁田先輩だった。
全員に渡ると来月になにがあるかが堂々と書かれている。新人戦」だ。
卓球の大きな大会は主に三つ開かれる。一つは夏の新人戦、二つは春の春季大会、三つめは総合体育大会、通称『総体』と呼ばれている。三年生にとってはこの総体が最後の公式試合になる。とは言ってもうちには一人も三年生がいない。
この春季大会では、総合体育大会の腕試しのような役割を持っている。
「それと、うちの平鹿高校はフォローマン制度というのを行っている。」
「フォローマン制度?」
栗田監督の聞いたことのないその言葉に首をかしげる。
「先輩を後輩がフォローする。逆に先輩は後輩に技術を教えたり、大会の時にはベンチコーチに入ったり、部活や部活以外の時もアドバイスをするためにこの制度を取り入れている。」
おそらく大会などでも二人で行動することが多い。実際に練習するとき卓球は常にふたりだ。
「愛貴はじゃあ誰と組ませるかー」
と腕を組みながら部員の顔を眺めみる。
「健登はどうだ?フォーロマンいるか?」
「はい、弦矢がフォローマンです」
「そうかー、じゃあ集人は?」
「僕は、優希がフォローマンですから」
「んー、海翔はどう・・・・」
「無理です」
即答。
「俺、ひとりじゃないと感覚狂います」
「そうか、分かった」
普通の場合なら、一人だけこういう『ひとりでいたい』という態度をとると部活だったり、クラスなどから浮く存在になるものだ。が、そんな空気には決してなりそうにない。海翔先輩はそういうものだと誰もが分かっているのだろう。海翔先輩も集人先輩も健登先輩にもそれぞれフォローマンがいるということは残りは泰成先輩だけだ。
「じゃあ、泰成はどうだ?」
にっひっひっひっひ。っと口角をあげる。
「誰もいませーん」
まさか。
「じゃあ、泰成のフォローマンを頼むぞ」
しぶしぶだが、にやける泰成先輩をにらみ「はい・・・・」と呟く。
栗田監督の話が終わり、練習開始はフォローマンの先輩と始まる。
俺は泰成先輩と。優希は集人先輩と。弦矢は梁田先輩と。海翔先輩は栗田監督と始まる。これで偶数で練習ができるというわけだ。一人が休んだりしてかけると、一人サーブ練習することにもなるのだろう。
すると練習場所に用意されている四台の卓球台に円を作るようにそれぞれ散らばる。
散らばり終わるとキャプテンである泰成先輩の大きい声で「いち、に、さん、し、ご、ろく、しち、はち」という掛け声に対し、「に、に、さんし、ご、ろく、しち、はち」と返しながらストレッチを行う。
その後「練習開始ー!」と泰成先輩の声が小体育館に響き、練習が始まる。
フォア対フォアやバック対バックなど、アップをかねて自由に行う。
「さて、いつ俺に勝てるでしょーねー?」
打ちながら、微笑んでくる。
「本当に勝てば辞めますよ」
「おん、いぅぜ。明後日ランキング戦だから、その時ひは一番はいひょにやろうぜ」
口のなかをころころと飴玉が転がっているのが見えた。
「飴玉食べてやっていいのかよ?って思ってるっしょ?」
図星だ。
「・・・・はい、思ってました」
そんなに感情がはっきりわかりやすいか?
「おっけ、食べねーよ」
と言い終わると、バキッ!ボギリ!と飴玉が口のなかで砕ける音が聞こえた。
練習は、デジタルタイマーが鳴ると、台をスライドすることになっている。そうすることによって全選手と練習することができるからだ。この方式を行っているのはうちの学校だけじゃない。おそらく他の学校の卓球部もうちと同じ方式をとっているのだろう。
そのまま何度か、デシタルタイマーが鳴り響き練習初日は終わった。
時刻はすでに七時をまわっている。 その後もう一度、監督の話があるため集合する。
「シングルスはもう出れんだろうが、その代わりダブルスと団体は出ることはできる」
「ダブルスは今回全員出れるぞ、こう決めて見たんだが練習してみてくれ。これでもし合わなかったら、俺に報告。いいな?」
すると名前が書かれている紙をそっと出す。
そこには、泰成&健登、集人&優希、弦矢&愛貴。と書いてある。
なぜだ?
「いやっ、ちょっとこのダブルスは・・・・」
と勇気を出して言ってみるものの声が小さかったのか誰も気づいていないようだ。
わざと弦矢とダブルスにしたのか。栗田監督は俺と弦矢の関係を勘づいているのか。
それとも同じ中学だからとりあえずなのだろうか。どっちにしろこのダブルスは最悪としか言えない。




