協力者
その頃、王都の一角にあるライルの自宅で、兄妹が話し合っていた。
昨夜、二人が目撃した光景は、あまりにも不可解だった。
聖柱の内部へ入っていった司祭。
資料室の本棚に隠された地下通路。
そして、謎のシスター。
聖浄教会は何かを隠している。
「もう一度、あの通路に入るしかないな。今度は、あの扉の向こうまで行く」
「でも、どうやって?」
ライルは机の上に視線を落とした。
鍵を探すか。突破する別の方法を考えるか。それとも、教会内部の人間から情報を聞き出すか。
どれも簡単ではない。
そもそも、騎士であるライルが教会の秘密を暴こうと動けば、見つかった際にどのような扱いを受けるか分からなかった。
しかし、何もしなければ、謎は永遠に謎のままだ。
「……お兄様」
ロリーナが、ふと思い出したように口を開いた。
「騎士団として教会を調べることはできませんの?」
「難しいと思う」
「教会の上層部には、王家と騎士団の関係者がかなりいる。今回の件に騎士団が関わっている可能性もある……」
「そう...」
2人は顔を見合わせた。
そのときだった。
コン、コン。
玄関の扉を叩く音が響いた。
「……誰だ?」
ライルは立ち上がり、腰の剣に手を添えた。
こんな時間に、訪問の約束はなかったはずだ。
ロリーナも警戒した様子で椅子から立ち上がる。
「私が出るわ」
「いや、俺が行く。お前はここにいろ」
「子供扱いしないでよ」
「昨夜、俺の言いつけを無視して教会に忍び込んだ奴が言う台詞か?」
「……うっ」
ロリーナが言葉に詰まった、その瞬間。
コン、コン、コン。
今度は少しばかり乱暴に扉が叩かれた。
「おーい、いるんだろ? 開けてくれよ」
聞き覚えのある、妙に馴れ馴れしい声だった。
ライルの眉間に皺が寄った。
「……この声は」
扉を開けると、そこにはニヤニヤと笑う男が立っていた。
ヤロウ・ザーコ。
つい先日、ロリーナを奴隷化したクズオと行動を共にしていた男だった。
「よう、ライル。朝から難しい顔をしてるな」
「貴様……!」
ライルは即座に剣の柄を握った。
「何をしに来た。騎士団に突き出してやる。妹を奴隷化するような奴の仲間が、今さら何の用だ!」
「おっと、待て待て。いきなり物騒じゃないか」
ヤロウは両手を上げた。
ただし、その顔から笑みが消えることはなかった。
「俺は、あんたらの力になれると思って来たんだぜ?」
「……何?」
「教会にある秘密の部屋に行くんだろ?」
ライルの表情が凍りついた。
隣にいたロリーナも、思わず息を呑む。
「どうして、それを……!」
「おっと、質問は一つずつにしてくれよ。俺だって、何でもかんでもペラペラしゃべるほどお人よしじゃないんでね」
ヤロウは肩をすくめると、勝手知ったる他人の家とでもいうように玄関へ足を踏み入れようとした。
ライルが剣の柄を握る手に力を込める。
「勝手に入るな」
「おお、怖い怖い」
ヤロウは足を止め、両手を再び上げた。
「じゃあ、ここで話そうか。もっとも、こんなところで立ち話をしていると、誰かに聞かれるかもしれないけどな」
「貴様……!」
「お兄様」
今にも斬りかかりそうなライルを、ロリーナが制止した。
彼女はヤロウを警戒しながらも、その言葉を吟味していた。
秘密の部屋の存在を知っている。
しかも、こちらが調査を進めようとしていることまで察している。
「……お兄様。嫌だけど、話くらい聞いてみましょう」
「ロリーナ!」
「もちろん、信用するわけじゃないわ。だけど、私たちだけでは、あの扉の向こうに進めないでしょ?」
ライルは口をつぐんだ。
悔しいが、妹の言うとおりだった。
昨夜の調査で、2人は教会の地下に秘密の通路があることを突き止めた。しかし、その先へ進む手段は見つかっていない。
目の前の男は信用できない。
だが、利用できる情報を持っている可能性はある。
「……話せ。少しでも妙な真似をしたら、その場で拘束する」
「へいへい。騎士様は相変わらず、おっかないねえ」
ヤロウは楽しそうに笑った。
「それに比べてお嬢ちゃんは冷静だ。賢い娘は好きだぞ」
「気持ち悪いことを言わないで」
ロリーナは即座に切り捨てた。
「おやおや、つれないねえ」
「いいから、用件を言え」
ライルが低い声で促すと、ヤロウはようやく本題に入った。
「まず、あの教会の秘密の通路だが、あそこを通るには、ちょっとした工夫が必要なんだ」
「あの扉は、登録された人間の顔を認識して開く仕組みになっている。鍵穴を探したって意味がない」
「それは昨夜、確認した」
「だったら話が早い。こいつを使う」
ヤロウは懐に手を入れた。
ライルが警戒を強める。
だが、ヤロウが取り出したのは武器ではなかった。
金色の縁取りが施された、小さな装飾品。
中央には、聖浄教会のシンボルが刻まれている。
「……教会の紋章?」
ロリーナが眉をひそめた。
「そう。こいつを使う」
ヤロウは装飾品を指先でつまみ、得意げに揺らした。
「模造品を作るのは苦労したぜ。細かいところまで再現してな。いやあ、職人ってのは大したもんだ」
「模造品……?」
ライルは装飾品を受け取らず、じっと観察した。
「それで、本当に扉が開くのか?」
「さあな。実際に試してみないと分からん」
「おい!」
「冗談、冗談。少なくとも、普通の飾り物じゃないことは確かだ。あの教会のシンボルには、ただの信仰の証しとは違う役割がある。俺はそう踏んでる」
ヤロウの笑みが、ほんの少しだけ薄くなった。
「……俺だって、あの教会には聞きたいことがあるんでね」
その言葉には、いつもの軽薄さとは異なる響きがあった。
だが、それが本心なのか、相手を信用させるための演技なのか、ライルには判断できなかった。
「それと、こいつも連れていくといい。役に立つはずだ」
ヤロウが玄関の外へ目配せした。
そこに、一人の女性が立っていた。
赤い髪。
整った顔立ち。
落ち着いた身のこなし。
年齢は20代半ばほどに見える。彼女は薄手の外套をまとい、こちらの様子を静かに窺っていた。
「……誰だ?」
ライルが警戒を解かずに尋ねる。
女性は一歩前へ進み、軽く頭を下げた。
「メアリーと申します」
声は穏やかだった。
しかし、その目には、ただの一般人とは思えない鋭さがあった。
「教会について、少しばかり事情を知っています。あなた方が何を調べようとしているのかも」
「事情を知っている、だと?」
「ええ。ただし、ここで話せることには限りがあります」
メアリーはヤロウへ一瞬だけ視線を向けた。
「詳しい話は、現地で。……私も、確かめたいことがありますから」
ライルは二人を交互に見た。
ヤロウ・ザーコ。
妹を奴隷化しようとした男の仲間。
そして、メアリーと名乗る、素性の知れない赤髪の女性。
どう考えても、厄介事の匂いしかしない。
「……お兄様」
ロリーナが小声で呼びかけた。
「分かっている」
ライルはため息をついた。
教会の秘密を暴くためには、手段を選んでいる余裕はないのかもしれない。
だが、相手の思惑に乗せられるつもりもなかった。
「いいだろう。ただし、条件がある」
「へえ、聞こうじゃないか」
「俺たちに隠し事をするな。少なくとも、命に関わる情報はすべて共有しろ。こちらを利用するつもりなら、その場で敵と見なす」
ヤロウは、しばらくライルの顔を見つめた。
そして、ニヤリと笑った。
「分かったよ。できる限り、誠実にやらせてもらうさ」
「その言い方が、すでに信用ならないんだが……」
ライルが頭を抱える。
ロリーナは小さく息を吐いた。
どうやら、平穏な朝は終わったらしい。
*
その後、4人はテーブルを囲み、今後の計画について話し合った。
正確には、ライルとロリーナが慎重に情報を確認しようとする一方、ヤロウが冗談めかした態度で話を進め、メアリーが必要な部分だけを補足するという、何とも落ち着かない会議だった。
「まず、教会へ侵入するのは今夜だ」
ヤロウが指を1本立てた。
「昨夜、お前らが見つけた通路を使う。模造品が通用するかどうかは、そこで確かめる」
「もし失敗したら?」
ロリーナが尋ねる。
「そのときは逃げる」
「……随分と簡単に言うのね」
「逃げられなかったら、捕まる。捕まったら、運が悪かったと思うしかないな」
「あなた、本当に協力する気があるの?」
「あるさ。だからこそ、無駄に命を懸けるつもりはない」
ヤロウは笑みを浮かべたまま、テーブルの上に装飾品を置いた。
「俺たちの目的は、教会の秘密を知ることだ。正面から騎士団を連れて乗り込むことでも、司祭を片っ端から問い詰めることでもない。証拠を手に入れて、何が起きているのかを確かめる。それが一番確実だろ?」
その言葉だけは、妙に理にかなっていた。
ライルは黙って頷いた。
「分かった。今夜、決行する」
彼は装飾品を手に取り、裏面を確かめた。
精巧な細工だった。
少なくとも、見た目だけなら本物と見分けるのは難しい。
「……これを作ったのは誰だ?」
「秘密」
「おい」
「冗談だって。腕のいい職人さ。詳しいことは、今は聞かないでくれ」
ヤロウは立ち上がり、玄関へ向かった。
「じゃあ、夜にまた会おう。準備を怠るなよ」
メアリーも静かに頭を下げ、彼の後に続いた。
扉が閉まる。
室内に、しばらく沈黙が流れた。
「……お兄様」
ロリーナが、テーブルの上の装飾品を見つめながら口を開いた。
「私たち、厄介な人たちと組んでしまったのではないかしら?」
「今さら気づいたのか?」
「お兄様だって、同じことを考えているでしょう」
「……否定はしない」
ライルは装飾品を握りしめた。
ヤロウが信用できる人間だとは思わない。
メアリーについては、何も分からない。
それでも、彼らが持ち込んだ情報と道具は、教会の秘密に迫るための手がかりになるかもしれなかった。
「今夜、すべて確かめる」
ライルは決意を込めて言った。
ロリーナも、静かに頷いた。
彼らが目にするものが、希望なのか。
それとも、二度と目を背けられない地獄なのか。
まだ、誰にも分からなかった。
窓の外では、王都の朝が始まっていた。
人々は今日も教会へ祈りを捧げ、聖転によって救われる者たちのために涙を流すだろう。




