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侵蝕世界の魔法規約(マナ・プロトコル)~落ちぶれクズ魔導師の空回り冒険譚  作者: ArgasNorn


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私のもの

 クズオは、4人から少し距離を置いて歩いていた。


 前を行くライオット、ミオナ、クー、ヤン。4人は警戒を怠ることなく、迷宮の奥へと進んでいる。


 クズオはその背中を眺めながら、不機嫌そうに鼻を鳴らした。


「チッ……なんで俺が、こんな連中の後ろを歩かなきゃならねえんだ」


 ライオットは元ギルドマスター。ミオナは没落した元貴族。クーとヤンは、その取り巻き。


 どいつもこいつも、クズオを見下しているようにしか思えなかった。


 だが、ふとクズオの頭に妙案が浮かんだ。


「……待てよ?」


 クズオは口元を歪めた。


 そうだ。なにも、こいつらの機嫌を取る必要などない。


 魔力レベルがゼロなら、話は簡単だ。


 クズオは4人の背中に視線を向け、解析魔法を発動させた。


 ――対象の魔力レベルを検出。


 表示された結果を見て、クズオの目が輝いた。


「ククッ……全員、マナレベルゼロじゃねえか!」


 思わず笑いが漏れる。


 これなら、以前と同じようにできる。


 魔力レベルが低い者を従わせる。それがクズオの得意とする魔法だった。


 しかも、相手は4人。


 元貴族だろうが、元ギルドマスターだろうが関係ない。いったん従属させてしまえば、こちらのものだ。


 クズオは、誰にも気づかれないように右手を前に突き出した。


「こいつら全員、俺の奴隷にすればいいんじゃねえか。こき使ってやるぜ……《スレイブ》!」


 魔法が発動した。


 ――はずだった。


「…………あれ?」


 4人は歩き続けていた。


 ライオットは何事もなかったかのように前を向き、ミオナは周囲を警戒し、クーはその後ろを歩いている。


 そしてヤンもまた、何の変化もなく歩いていた。


 誰1人、立ち止まらない。


 誰1人、振り返らない。


「な、なんでだ……?」


 クズオはもう一度、魔法を試そうとした。


 その瞬間だった。


「――何してるの?」


「ひっ……!」


 いつの間にか、目の前にヤンが立っていた。


 つい先ほどまで、彼女は間違いなく前を歩いていたはずだ。


 それなのに、足音ひとつ聞こえなかった。


 ピンク色のツインテールが、迷宮の薄暗い空気の中で揺れている。


 いつものような明るい笑顔は、そこにはなかった。


 彼女の瞳は、凍りつくほど冷たかった。


 声もまた、恐ろしいほど透き通っていた。


 怒鳴っているわけでも、脅しているわけでもない。


 ただ、そこにいるだけで背筋が凍る。


「な、なんだよ……!」


 クズオは反射的に一歩後ずさった。


 そして、彼女の魔力を解析しようとして、はっと顔を上げる。


「まさか……レベル擬装か!」


「正解」


 ヤンは、淡々と答えた。


「でも、それは私だけ」


「じゃ、じゃあ、なんで他の奴らに効果がねえんだ!」


 クズオの声が裏返った。


 魔法が効かない理由がわからない。


 全員がレベルゼロなら、通常は《スレイブ》が通用するはずなのだ。


 なのに、誰一人として支配できなかった。


 ヤンは、ゆっくりと首を傾げた。


「だって、みんな私のものだもん」


「…………は?」


 彼女の口元に、うっとりとした笑みが浮かんだ。


「ミオナ様も、お姉ちゃんも、おじさんも。みーんな、私の魔法でね」


 ヤンは自分の胸に手を当て、恍惚とした表情を浮かべた。


「私の大切な人たちだもの。誰にも渡さないよ?」


 その言葉を聞いた瞬間、クズオの脳裏に、ひとつの知識がよみがえった。


 ――隷属魔法の重複は不可能。


 すでに他者の隷属魔法を受けている人間に、別の隷属魔法を上書きすることはできない。


 そして、解除するには、原則として術者本人が解除するか、術者を殺すしかない。


 つまり。


 ミオナも、クーも、ライオットも。


 すでにヤンの《スレイブ》に支配されているということだ。


「…………」


 クズオの顔から、血の気が引いた。


 いや、待て。


 ライオットは元ギルドマスターだぞ?


 ミオナは、あの冷徹な女だぞ?


 クーだって、いつも冷静で、誰かの言いなりになるような人間には見えない。


 それを、こいつが……?


 しかも、本人たちは何事もないように振る舞っている。


 いや、そもそもヤンは、なぜこんな話を自分にしているのだ?


 クズオは、ようやく理解した。


 この女は、自分の支配が暴かれたことを恐れていない。


 むしろ、誇っているのだ。


「ひ、ひいい……」


 クズオは、思わず小さな悲鳴を漏らした。


 こいつは、やばい。


 自分が人を支配するのは当然だと思っていたクズオですら、目の前の少女には本能的な恐怖を覚えた。


 自分の欲望を満たすために他人を支配する。


 それなら、クズオにも理解できる。


 だが、ヤンのそれは違った。


 大切な人だから、自分のものにする。


 大切な人だから、逃がさない。


 大切な人だから、永遠に自分のそばに置いておく。


 その笑顔には、一片の罪悪感もなかった。


「…………お前、頭おかしいんじゃねえのか」


 震える声で、クズオがつぶやいた。


 ヤンの笑みが、すっと消えた。


「……何か言った?」


「い、いや、何も!」


 クズオは勢いよく首を横に振った。


 そのとき、前方から声が飛んできた。


「おい、ヤン!何をしている?」


 ライオットが振り返っていた。


「ヤン、置いていくわよ?」


 ミオナも不思議そうにこちらを見ている。


 クーも足を止め、姉の様子をうかがっていた。


「あ、ごめんなさーい!」


 ヤンは、ぱっと顔を輝かせた。


 先ほどまでの凍てつくような表情は、跡形もなく消え去っていた。


「クズオさんが、何かしていたみたいだから、ちょっと聞いていただけですよ!」


「……そうか。あまり時間がない。急ぐぞ」


 ライオットはそれだけ言うと、再び歩き始めた。


「はーい!」


 ヤンは元気よく返事をして、姉の隣へと駆けていく。


「お姉ちゃーん!」


「はいはい。走ると危ないわよ」


「えへへっ!」


 いつものヤンだった。


 明るくて、無邪気で、少し甘えん坊な妹。


 クーにまとわりつき、ミオナに笑顔を向け、ライオットの冗談に楽しそうに反応する。


 まるで、何もなかったかのように。


 その背中を見つめながら、クズオは青ざめた顔で立ち尽くしていた。


「…………」


 自分は、いったい何を相手にしているのだろう。


 自分より弱い者を支配し、好き勝手に扱う。


 それが当然だと思っていた。


 だが、あの女は違う。


 あの女は、自分が支配していることを隠そうとすらしていない。


 それどころか、支配することを愛情だと信じている。


「……冗談じゃねえぞ」


 クズオは、誰にも聞こえない声でつぶやいた。


 それでも、彼は4人についていくしかなかった。


 前方では、ヤンが楽しそうに笑っている。


 その手が、姉の腕にそっと絡みついた。


 クーは困ったように笑い、ミオナは小さくため息をつく。


 ライオットは、何も言わなかった。


 誰も、ヤンを恐れているようには見えない。


 それが、クズオには何よりも恐ろしかった。

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