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侵蝕世界の魔法規約(マナ・プロトコル)~落ちぶれクズ魔導師の空回り冒険譚  作者: ArgasNorn


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20/28

地下迷宮の処刑人達

 カツ……。カツ……。


 複数の足音が、暗い廊下の奥へと消えていく。


 クズオは、看守長たちの姿が見えなくなったことを確認してから、ようやく息を吐いた。


「はぁ……はぁ……。何なんだよ、あいつら……」


 血まみれのノートが置かれた部屋を出て、廊下を見回す。


 相変わらず、どこへ続いているのか分からない通路ばかりだった。壁の配管は途切れることなく続き、床には黒ずんだ水が流れている。


 ここからどうやって戻ればいいのか。


 そもそも、戻れるのだろうか。


「くそっ……。こんなはずじゃなかったんだ……」


 クズオが悪態をついた、そのときだった。


 キィン!


 金属同士が激しくぶつかる音が、遠くから響いた。


「……ん?」


 続けて、もう一度。


 ガキィン!


 今度は、はっきりと剣戟の音が聞こえた。


 誰かが戦っている。


 相手は看守長たちなのかもしれない。


「……まさか」


 クズオは、音のした方向へ顔を向けた。


 普通なら、こんな場所で戦闘の音が聞こえたら、逃げるべきだろう。


 しかし、彼の頭に浮かんだのは、別の考えだった。


 もし、戦っているのがミオナたちだったら?


 もし、あの女たちが看守長に追い詰められているのだったら?


「……へへ」


 クズオの口元が、醜く歪んだ。


「そうだよ。あいつらも、ここに来てたんじゃねえか」


 彼は拳銃を握り直し、音のする方向へと歩き始めた。


 通路を二つ曲がり、狭い階段を下りた。


     ◇


 クズオは、大きな空間に出た。


 そこは、地下迷宮の中でもひときわ広い部屋だった。


 天井には無数の配管が走り、壁には巨大な金属扉がいくつも並んでいる。床の中央には排水溝があり、その周囲には黒ずんだ血痕がこびりついていた。


 そして、その中央で――。


「……あはっ」


 クズオは、思わず笑みを浮かべた。


 ミオナ、クー、ヤン。


 3人がいた。


 しかし、その姿は、クズオが知っているものとはまるで違っていた。


 ミオナの銀髪は乱れ、衣服はあちこちが破れ、身体には無数の傷が刻まれている。


 クーは鎧の一部を失い、剣を握る腕を震わせていた。


 ヤンもまた、息を切らし、足元をふらつかせている。


 そして、3人を取り囲んでいたのは――10体もの看守長だった。


 血まみれの白いエプロン。


 黒い布で覆われた顔。


 巨大な大鉈。


 それらが10体、円を描くように3人を囲んでいた。


 ミオナが剣を構える。


 看守長の大鉈が振り下ろされた。


 ガァン!


「くっ……!」


 ミオナは剣で受け流したが、衝撃を殺しきれず、数歩後退した。


 すかさず、別の看守長が横から大鉈を振るう。


 キィン!


 クーが割って入り、刃の軌道を逸らした。


「ミオナ様、下がって!」


「分かっているわ!」


 ヤンも短剣を振るい、迫る大鉈を弾き返す。


 1体を受け流せば、別の1体が襲いかかる。


 防御に成功しても、次の攻撃が休む間もなく飛んでくる。


 10体の看守長は、まるで機械仕掛けのように連携していた。


 疲労の色が濃い3人に、反撃の余裕はほとんどなかった。


 ミオナが歯を食いしばった。


 その直後。


 真正面から振り下ろされた大鉈を受け流したものの、横から別の一撃が襲いかかった。


 ガァンッ!


「きゃあっ!」


 剣で防いだミオナの身体が、衝撃に耐えきれず吹き飛ばされた。


 床に倒れ、剣が手から離れる。


「ミオナ様!」


 ヤンが叫んだ。


 その一瞬の隙を、看守長たちは見逃さなかった。


 クーが1体の攻撃を受け流した直後、別の看守長が背後から腕を伸ばした。


「しまっ――!」


 足首を掴まれる。


 次の瞬間、クーの身体が持ち上げられた。


「うわっ!」


 頭が下になり、逆さ吊りにされる。


「お姉ちゃん!」


 ヤンが助けに向かおうとしたが、正面から大鉈を振るわれ弾き飛ばされた。


 ミオナも立ち上がろうとしたものの、身体に力が入らない。


 看守長たちは、3人を1人ずつ無力化していった。


 クーは足を掴まれたまま、必死に身体を捻った。


 鎧の留め具が次々と外れ、装備が全て床に落ちた。


 服はビリビリに破け、薄紫色の下着が露わになっていた。


 彼女は抵抗を続けたが、逆さ吊りの状態では身動きが取れない。


「やだ……! お姉ちゃん!」


 ヤンの声が震えた。


「やめて!やるなら私をやりなさい!」


 ミオナが叫んだ。


 傷ついた身体を引きずりながら、彼女は再び剣へ手を伸ばそうとする。


「僕のことはいいから……!」


 クーは苦しげに息を吐きながら、二人を見た。


「2人は逃げて……!」


 だが、逃げ道はなかった。


 十体の看守長が、三人を完全に包囲している。


     ◇


 その光景を、少し離れた物陰から眺めている男がいた。


 クズオである。


「くく……」


 彼は、口元を押さえて笑っていた。


「ざまあみろ……」


 つい先日、自分のことを見下していた女たち。


 偉そうな態度を取り続けていた女たち。


 その3人が、今や10体もの看守長に追い詰められている。


 クズオの胸の中に、醜い喜びが広がった。


「いい気味だ……。俺を馬鹿にした罰だよ」


 ミオナは倒れ、ヤンは震え、クーはあられもない姿で逆さ吊りにされている。


 もう反撃する力は残っていない。


 看守長の1体が、大鉈を持ち上げた。


 クズオは目を輝かせた。


「……へへへ」


 彼は、拳銃を構えようとすらしなかった。


 助ける気など、最初からない。


 むしろ、このまま3人がどうなるのか、最後まで見届けてやろうと思った。


「今夜のメインディッシュは、女どもの活け作りだな……」


 小さく呟き、再び笑う。


 看守長の大鉈が、ゆっくりとクーへ近づいていく。


 刃が、彼女の太ももに触れようとした。


 その瞬間だった。


 ――ズドンッ!


 地下迷宮全体を揺るがすような銃声が響いた。


「……え?」


 クズオが顔を上げた。


 逆さ吊りにされていたクーの身体が、突然、床へ落ちた。


「きゃっ!」


 クーは床に転がり、苦痛に顔をしかめながらも、すぐに自分の身体を確かめた。


 大鉈は、彼女に届いていなかった。


 代わりに。


 彼女の足を掴んでいた看守長の身体には、いくつもの弾痕が開いていた。


 まるで、蜂の巣のように。


 看守長は一瞬だけ立ち尽くし、それから、糸の切れた人形のように倒れた。


 ドサッ。


「……何?」


 ミオナが顔を上げた。


 次の瞬間。


 ――ズドンッ!


 また銃声が響いた。


 別の看守長が、胸元を撃ち抜かれて倒れる。


 さらに1発。


 もう1発。


 銃声が連続し、看守長たちが次々と床へ崩れ落ちていった。


 10体の看守長が、瞬く間に数を減らしていく。


 クズオは呆然と立ち尽くしていた。


「な……何だ……?」


 銃声の聞こえてくる方向へ目を向ける。


 そこに、1人の男が立っていた。


 海賊船の船長を思わせる帽子。


 白いワイシャツ。


 褐色の毛皮をまとった、ゆったりとした大きめのコート。


 その手には、使い込まれたショットガンが抱えられている。


 灰色の長めの髪に、白い顎ひげ。


 年齢は五十代ほどだろうか。


 男は倒れた看守長たちを一瞥した。


 そして、何事もなかったかのように懐から小さな金属製の缶を取り出し、酒を一口飲んだ。


「たく……」


 男は、心底呆れたように息を吐いた。


「最近の若いもんは、無茶ばかりする。俺もおちおち引退できねぇな」


 そう言いながら、男はショットガンに慣れた手つきで弾薬を装填した。


 ガシャッ。金属音が、静まり返った地下空間に響いた。


 そして、背中に背負った。


「……ライオット!」


 ミオナが、驚きと安堵の入り混じった声を上げた。


 そう。


 そこにいたのは、ライオット・ベテランだった。


     ◇


「助かったわ、ライオット」


 ミオナは、床に落ちていた剣を拾いながら立ち上がった。


「本当にありがとう」


 クーも、まだ痛む身体を起こしながら頭を下げた。


「助かったよ。もう少し遅かったら、僕たちは……」


「おじさん、ありがとう!」


 ヤンは姉のもとへ駆け寄り、クーの身体を抱きしめた。


「もう、心配したんだから!」


「ヤン……。僕は大丈夫だから」


 クーは苦笑し、妹の頭を軽く撫でた。


 ライオットは、そんな二人を見て肩をすくめた。


「まったく。こんな場所に3人で乗り込むとはな。命がいくつあっても足りねえぞ」


「あなたに言われたくないわね」


 ミオナが、少しだけ笑みを浮かべた。


「でも、ベテランギルドマスターがいてくれるなら、怖いものなしね」


「やめてくれ。昔の話だ」


 ライオットは、照れくさそうに顔を背けた。


 すると、クーがじっと彼を見つめた。


「……そんな格好をしておいて、それを言うのかい?」


「え?」


「その帽子に、そのコート。背中にはショットガン。どう見ても、昔のギルドマスターというより、海賊船の船長じゃないか」


 ヤンが、楽しそうに笑った。


「おじさん、格好つけたいんだあ!」


「おいおい。あまり年寄りをいじめるんじゃない」


 ライオットは苦笑しながら、クーへ視線を向けた。


 彼女は装備を失い、衣服が所々破れて隙間から下着が見えていた。腕を抱き、少し居心地が悪そうにしている。


 ライオットは自分の褐色の毛皮のコートを脱いだ。


「それより、年頃の娘がそんな格好のままじゃいけねえな」


 そして、そっとクーの肩にコートを掛けてやった。


「……え?」


 クーは目を丸くした。


「ほら。これを着ておけ」


「あ、ありがとう……」


 クーの頬が、ほんのりと赤く染まった。


 いつも冷静な彼女が、珍しく目を伏せる。


 ヤンはそれを見逃さなかった。


「おやおやぁ?お姉ちゃん、顔が赤いよ?」


「うるさいな、ヤン!」


「えへへ。おじさん、やるねえ!」


「だから、年寄りをからかうんじゃねえって」


 ライオットは困ったように頭を掻いた。


 ミオナも、そんな光景を見て小さく笑った。


 つい先ほどまで、10体の看守長に囲まれ、死を覚悟していたとは思えないほどだった。


 しかし、その平穏は長く続かなかった。


     ◇


 物陰の向こうで、クズオは拳を握りしめていた。


「……くそっ」


 あの3人は助かった。


 ライオットまで現れた。


 しかも、あれほどの数の看守長を、ほとんど一方的に撃ち倒したのだ。


 自分は何もできなかった。


 いや、最初から助けるつもりもなかった。


 それでも、目の前でミオナたちが救われ、楽しそうに笑っている光景は、どうしても我慢ならなかった。


「何でだよ……。何で、あいつらばっかり……!」


 クズオは唇を噛んだ。


 ライオットはこんな自分にも拳銃を渡した。


 それなのに、自分は物陰に隠れて、3人がやられるのを眺めていただけだった。


 しかも、あの男は自分がここにいることに、まだ気づいていない。


 このまま黙っていればいい。


 そう思った。


 思ったのだが。


 クズオは、緊張で強張った足を動かそうとして、床に転がっていた金属片を踏んでしまった。


 カランッ。


 乾いた音が響いた。


「……ん?」


 ライオットが顔を向けた。


 ミオナも、クーも、ヤンも、一斉に物陰を見た。


 クズオは硬直した。


 逃げるべきか。


 隠れ続けるべきか。


 だが、もう遅かった。


「……誰かいるの?」


 ミオナの声は冷たかった。


 クズオは、観念して物陰から姿を現した。


「……よ、よう」


 引きつった笑みを浮かべ、片手を上げる。


「奇遇だな。こんなところで会うなんて……」


「……」


 ミオナは、露骨に嫌そうな顔をした。


 クーも、ヤンも同じだった。


「うわ……。クズオか」


 クーが心底嫌そうに呟く。


「何でいるの?まさか、私たちがやられるところを見て笑ってたの?」


 ヤンが、にこやかな笑顔のまま問いかけた。


 その笑顔が、かえって怖かった。


「そ、そんなわけないだろ!俺はただ、偶然ここを通りかかっただけだ!」


「……ふうん」


 ミオナは、それ以上何も言わなかった。


 だが、その目は明らかに彼を信用していなかった。


 ライオットは、そんな一同を見比べると、やれやれといった様子で頭を掻いた。


「お前も来るか?」


「……は?」


「迷ってたんだろ?」


 クズオは言葉に詰まった。


「……べ、別に、お前らについていく必要なんかないだろ!」


「そうかい」


 ライオットはあっさりと頷いた。


「なら、ここで好きにしな。俺たちは行くぞ」


 そう言って、ミオナたちに向き直る。


「立てるか?」


「ええ。問題ないわ」


 ミオナは頷いた。


 クーもライオットのコートを羽織り直し、ヤンと肩を並べる。


 4人が歩き始めた。


「ま、待てよ!」


 クズオは慌てて声を上げた。


 ここに一人で残るなど、冗談ではない。


 周囲には、倒れた看守長たちが転がっている。


 だが、まだ何体残っているのか分からない。


 この迷宮の出口も分からない。


 そして何より、ライオットたちがいなくなれば、次に看守長が現れたとき、自分には対抗する術がない。


「……俺も行く!」


 クズオは、悔しそうに顔を歪めながら、4人の後を追った。


「そうかい」


 ライオットは振り返らずに答えた。


「だったら、余計なことはするなよ。ここじゃ、お前のくだらねえ見栄なんぞ、何の役にも立たねえからな」


「……ちっ」


 クズオは小さく舌打ちした。


 前を歩くミオナたちは、誰1人として彼に声をかけようとしなかった。


 クーはライオットのコートをしっかりと握り、ヤンは姉の腕を支え、ミオナは傷ついた身体をかばいながら歩いている。


 その先頭で、ライオットはショットガンを肩に担ぎ直した。


 地下迷宮の奥から、再び金属音が響いた。


 ガコン。


 どこかで、扉が開いた音だった。


 ライオットの表情から、先ほどまでの軽口が消えた。


「……急ぐぞ」


 彼は歩調を速めた。


 ミオナたちも、何も聞かずに続いた。


 クズオだけが、何が起きているのか分からないまま、慌ててその後を追った。


 彼らの前には、まだ無数の分岐路が続いていた。


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