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奴隷魔法の使い手である俺はメス豚どもを調教するべく日々努力しています  作者: ArgasNorn


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看守長の領域

 カツ……。カツ……。


 暗闇の向こうから、硬い足音が近づいてくる。


「ひっ……!」


 クズオは拳銃を両手で握りしめた。


 コルトパイソン。ライオットから渡された拳銃だ。弾は少ないから大事に使えと言われたが、今はそんな忠告を思い出している余裕などなかった。


 足音は、一つ。


 少なくとも、最初はそう聞こえた。


 クズオは背後の扉を振り返った。


 取っ手を引く。押す。体重をかける。


 開かない。


「くそっ……! 何なんだよ、ここは!」


 彼は仕方なく、通路の奥へと進み始めた。


 背後から何かが迫っているのなら、立ち止まっているわけにはいかない。


 しかし、数十メートルほど進んだところで、クズオは足を止めた。


「……は?」


 通路が、3つに分かれていた。


 右は階段を下る道。左は細い横穴。正面には、配管が何本も走る低い通路が続いている。


 壁には番号らしき刻印があるものの、規則性が分からない。


 さらに進むと、今度は四つの分岐が現れた。


 一本道だと思っていた地下通路は、実際には複雑に入り組んだ迷宮だったのだ。


「ふざけんなよ……。こんなもの、どうやって進めっていうんだ!」


 クズオは悪態をつきながら、ひとまず左の通路を選んだ。


 途中、何度も分岐に遭遇した。


 壁の配管を目印にしようとしたが、似たような配管がどこにでも走っている。床には水が流れ、足跡も残らない。


 しかも、後ろから聞こえていた足音は、いつの間にか聞こえなくなっていた。


 それがかえって不気味だった。


 追ってくる者がいなくなったのか。


 それとも、別の道を進んでいるだけなのか。


「……ちっ。こんな場所、さっさと抜け出してやる」


 そう呟いたときだった。


 通路の脇に、小さな扉があることに気づいた。


 扉には鍵穴があったが、鍵はかかっていないようだった。


 クズオは拳銃を構え、そっと扉を押した。


 ギィ……。


 中は、小さな部屋だった。


 そして、その光景を目にした瞬間、クズオは顔を引きつらせた。


「……うわ」


 ベッドがあった。


 机があった。


 椅子があった。


 そこまでは、普通だった。


 問題は、それらがすべて、血まみれだったことだ。


 ベッドのシーツは黒ずんだ赤色に染まり、机の表面には乾いた血痕がこびりついている。椅子の脚にも、床にも、壁にも、赤黒い染みがあった。


 まるで、ここで何度も凄惨な作業が繰り返されてきたかのようだった。


「な、何だよ……。ここで何をしてやがるんだ……」


 クズオは部屋の中を見回した。


 棚には、汚れた衣類や古びた靴が置かれていた。


 サイズは、どれも似たり寄ったりだ。


 さらに、壁際には大鉈が何本も立てかけられていた。


 刃の形状も、柄の長さも、よく似ている。


 そのうちの一本には、まだ乾ききっていない血が付着していた。


「……まさか」


 クズオは、嫌な予感を覚えた。


 あの看守長が使っている大鉈。


 あの白いエプロン。


 あの黒い布で覆われた顔。


 それらは、この部屋に置かれた物品とよく似ていた。


 そして、机の上に一冊のノートが置かれていた。


 表紙は汚れ、端が擦り切れている。


 クズオは恐る恐る手を伸ばした。


「……日誌か?」


 ノートを開く。


 血で汚れたページに乱雑な字で短い文字列がいくつも書き連ねられていた。


 日付らしき数字。


 そして、何かの作業を記録したような言葉。


 クズオは眉をひそめながら、最初のページを読んだ。


『1がつ 5

 3まい おろし』


「……は?」


 意味が分からなかった。


 次の行。


『6 5にち

 ひきにく』


 さらに、その下。


『12

 すりみ』


「……何だよ、これ」


 クズオはノートを持つ手に力を込めた。


 おろし。


 ひきにく。


 すりみ。


 料理の記録なのか?


 いや、そんなはずはない。


 こんな部屋で、血まみれのベッドや机に囲まれて、いったい何を料理するというのだ。


「……冗談だろ」


 クズオはページをめくった。


 ほかにも、似たような記録が続いていた。


 日付らしき数字と、短い単語。


 それだけだ。


 説明も、名前も、具体的な内容もない。


 ただ、同じような記録が延々と繰り返されている。


 クズオはノートを閉じた。


「気持ち悪い……。何なんだよ……」


 その瞬間。


 カツ。


 背後で、足音がした。


 クズオは凍りついた。


 扉の向こう。


 廊下の先から、誰かが歩いてくる。


 彼は慌ててノートを机に戻し、部屋の隅へ身を寄せた。


 拳銃を構える。


 息を殺す。


 そして、扉の隙間から廊下を覗き込んだ。


 いた。


 看守長だった。


 黒い布で顔を覆い、血まみれの白いエプロンを着け、大鉈を引きずっている。


 いつもの、あの化け物。


 クズオは悲鳴を上げそうになり、慌てて口を押さえた。


 だが、次の瞬間。


 廊下の奥から、もう一つの影が現れた。


 同じ背格好。


 同じ白いエプロン。


 同じ黒い布。


 そして、同じ大鉈。


「……え?」


 クズオは目を疑った。


 1体目の看守長が、廊下の中央を通り過ぎていく。


 その後ろから、2体目が現れた。


 さらに、その向こう。


 分岐した通路から、3体目の看守長が姿を現した。


「……う、嘘だろ」


 クズオの唇が震えた。


 通路の奥から、次々と看守長らしき者たちが現れ始めたのだ。


 ある者は大鉈を引きずり、ある者は刃を肩に担いでいる。


 身につけている衣服は、どれもよく似ていた。


 体格も、歩き方も、ほとんど変わらない。


 まるで、同じ人間を何人も複製したかのようだった。


「……何体、いるんだよ」


 声にならない声が漏れた。


 この地下には自分が想像していたよりも、はるかに多くの看守長がおり、交代で外へ出て巡回を行っている。


 そして、自分は今、その巣の真ん中に迷い込んでしまったのだ。


 そのとき。


 廊下を歩いていた看守長の一体が、ぴたりと足を止めた。


 ゆっくりと、こちらを向く。


 黒い布に覆われた顔。


 その奥に目があるのかさえ、分からない。


 だが、そいつは確かに、クズオが隠れている部屋を見ていた。


「……っ!」


 クズオは拳銃を握りしめた。


 指先が震える。


 撃つべきか。


 逃げるべきか。


 それとも、息を潜めてやり過ごすべきか。


 判断できない。


 しかし、何事もなかったかのように向き直り、再び歩き始めた。


 カツ……。


 カツ……。


 何体もの看守長が、廊下の奥へと消えていく。


 クズオは、しばらく身動きひとつできなかった。


 やがて足音が遠ざかると、彼はようやく、肺に溜め込んでいた息を吐き出した。


「……た、助かった……」


 クズオは拳銃を握り直し、部屋の出口へと目を向けた。


 帰り道は、分からない。


 看守長は、複数いる。


 弾は少ない。


 そして、自分は迷宮の中で孤立している。


「……俺は、選ばれた人間なんだ」


 いつもの言葉を口にしてみた。


 しかし、今度は少しも、自信を取り戻せなかった。


 廊下の奥から、また別の足音が聞こえ始めていた。


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