地下螺旋収容塔
王都南区、裏路地。
「勘弁してくれよおおお! 俺が悪かった! 謝るから!」
「へえ。今さら謝る気になったのか?」
メアリーはナイフを構えたまま、クズオを追い詰めていた。
壁際に追い込まれたクズオは、脂汗を流しながら必死に命乞いを続ける。
「魔力をやる!いや、あまり持ってないが、父上に言えば何とかなる!だから、なっ?兄妹なんだから、こんなことはやめよう!」
「……まだ親父の名前を出すのかよ」
メアリーの目が細くなった。
「本当に救いようのないクズだな」
そのときだった。
「いたぞ! あそこだ!」
路地の入口から、複数の足音が響いた。
「クズオ・キモオジ! 王国騎士団だ! 武器を捨てて、両手を上げろ!」
鎧を身につけた騎士たちが、剣を構えながら路地へなだれ込んでくる。
先頭に立つのは、ザーコ魔導具店から追跡してきた上級士官だった。
「……ちっ」
メアリーは舌打ちした。
騎士団が来るのは予想外だった。
このままクズオを始末することはできるかもしれない。しかし、それでは自分まで捕まってしまう。
メアリーはナイフを下げ、クズオを睨みつけた。
「騎士団か。厄介だな」
「め、メアリー……!」
クズオが、助かったとばかりに妹の名を呼ぶ。
メアリーはそんな兄を見て、心底嫌そうに顔をしかめた。
「勘違いすんなよ。あんたを助けるつもりなんか、これっぽっちもねえからな」
「えっ……?」
「クソ兄貴、今度会うときは、てめぇの年貢の納め時だ!」
吐き捨てるように言うと、メアリーは路地の脇にある狭い通路へ飛び込んだ。
「待て! そこの女、止まれ!」
騎士の一人が追おうとしたが、メアリーの姿はすぐに建物の陰へ消えてしまった。
「追跡しますか、隊長!」
「いや、今はこいつが先だ!」
上級士官はクズオへ向き直った。
「クズオ・キモオジ。貴様を逮捕する!」
「なっ……!ま、待て!俺は被害者だぞ!あの女が、いきなりナイフで襲ってきたんだ!」
「話は詰め所で聞く。抵抗するな!」
「ふざけるな!俺は選ばれた人間なんだぞ!こんな扱いを受けていい人間じゃない!」
クズオは杖を握りしめた。
しかし、周囲にはすでに騎士たちが展開している。
逃げ道はない。
しかも、魔導通信機からは、彼を確保せよという命令が繰り返し届いていた。
「……くそっ!」
クズオは杖を握る手を震わせた。
ここで抵抗すれば、さらに罪を重ねることになる。
それでも、彼の頭には自分の身を守ることしかなかった。
「……分かった。分かったよ。大人しくしてやる」
騎士が近づき、クズオの両腕を拘束した。
金属製の拘束具が、手首に冷たく食い込む。
「痛っ!おい、もっと丁寧に扱え!」
「黙れ。歩け」
「俺を誰だと思ってるんだ!キモオジ家の人間だぞ!」
「その家名が何だというのだ」
上級士官は冷たく言い放った。
「貴様が何者であろうと、法の前では容疑者にすぎん」
「ぐっ……!」
クズオは言葉に詰まった。
彼はこれまで、身分を盾にして、他人を好き勝手に扱ってきた。
自分が命令する側であることを疑ったことなど、ほとんどなかった。
だが今、彼の手には拘束具がはめられ、周囲を騎士たちに囲まれている。
誰も彼の言い訳を聞こうとはしなかった。
*
数時間後。
バートランド聖王国、王都地下区画。
クズオを乗せた護送馬車は、一般市民が立ち入ることのできない区画へと進んでいた。
窓には鉄格子がはめられ、車体には魔法による防護結界が施されている。
「おい、どこへ連れていく気だ?」
クズオは向かいに座る騎士へ尋ねた。
返事はない。
「聞いてるのか!俺はまだ正式な裁判も受けていないんだぞ!」
「黙って座っていろ」
「くそっ……!」
やがて護送馬車が停車した。
扉が開かれ、クズオは騎士に腕をつかまれて外へ引きずり出された。
そして、目の前に広がる光景を見た瞬間、彼は言葉を失った。
「……なんだ、ここは」
そこには、巨大な石造りの円形の建物があった。
しかし、地上に見えているのは巨大な建造物のほんの一部にすぎなかった。
建物の中央には地下へ続く巨大な吹き抜けがある。その吹き抜けを円形に取り囲むように、数多の階段と牢獄が螺旋状に地の底へと伸びていた。
底をのぞき込んでも、全貌を把握することはできない。
壁面には一定間隔で青白い魔導灯が明滅している。
遠くから、何かを叩く音が聞こえた。
金属音。
うめき声。
「ここは……?」
クズオが呟いた。
上級士官が、淡々と告げる。
「バートランド聖王国・地下螺旋収容塔」
「地下……螺旋収容塔?」
「重大な魔法犯罪の容疑者や、危険性が高いと判断された者を収容する施設だ。」
「ま、待て! 俺はそんなところに入れられるような人間じゃないぞ!」
「それを判断するのは、貴様ではない」
上級士官は一枚の書類を取り出し、収容担当官へ手渡した。
「クズオ・キモオジ。身柄を引き渡す。第1級違法魔術行使罪の容疑者だ。指定された区画へ収容してくれ」
「承知しました」
担当官は書類に目を通すと、無表情のまま頷いた。
クズオは慌てて上級士官へ詰め寄ろうとした。
「おい! 待て! 俺をこんなところに置いていくな!」
騎士に腕を引かれ、クズオは収容塔の入口へと連れていかれる。
「俺は選ばれた人間なんだぞ! こんなところで終わる人間じゃないんだ!」
その叫びは、巨大な石壁に反響して消えていった。
重い扉が開く。
その向こうには、地下へと続く螺旋階段が口を開けていた。
階段の先は暗く、底が見えない。
「さあ、入れ」
「い、嫌だ! やめろ! 俺は何も悪いことなんかしていない!」
クズオは抵抗した。
しかし、二人の収容官に両腕をつかまれ、そのまま階段へ押し出される。
靴底が石段に当たった。
一段。
また一段。
下りるたびに、地上の光が遠ざかっていく。
やがて、入口の扉が閉じられた。
轟音とともに、外の世界とのつながりが断たれる。
クズオは立ち止まり、振り返った。
そこにあったのは、厚い鉄扉だけだった。
「……うそ、だろ」
誰も答えない。
収容官は彼を地下深くの独房へ連れていった。
小さな部屋。
石壁。
寝台。
最低限の生活設備。
「ここがお前の部屋だ。許可なく外へ出ることはできない。」
「ふざけるな! 俺を誰だと思っている!」
収容官は何も答えず、扉を閉め、鍵穴に魔力を込めた。
ガチャン。
鍵がかかる音がした。
クズオは鉄格子をつかみ、何度も揺さぶった。
「おい! 開けろ! 誰か! 俺をここから出せ!」
返事はない。
遠くで、別の囚人の笑い声が響いた。
クズオはゆっくりと、その場に座り込んだ。
「……俺は、こんなところで終わる人間じゃないんだ」
先ほど路地裏で叫んだ言葉を、もう一度つぶやく。
しかし、今度は誰も聞いていなかった。




