第3章 黒船来航
棚田で作業をしていたハルトの端末に、クリスからの通信が入る。
「ハルト、すぐ会議室に来てください」
慌てて棚田を降り、迎賓館へと向かうハルト。
会議室のドアを押し開けると、待ち構えていたクリスが声をかけてきた。
「小出さんと一緒にマイケルが来るそうですよ。今回は、マイケルの息子のリチャードや私の兄のトーマスも一緒です」
「え? あと何日で来るの?」
ハルトは胸を躍らせた。3年ぶりにマイケルと再会できること、そして初めて会うリチャードやトーマスへの期待。何より、完成した迎賓館が迎える初めての来客がマイケルだということが嬉しかった。
「10日後みたいですよ」
ハルトは目を輝かせて言った。
「じゃあ、準備万端にしなきゃね。マイケルには畳や布団が辛そうだったから、ベッドの部屋を用意しておいて良かったよ」
クリスも満足そうに微笑む。
「そうですね」
マイケルは渡米した際、いつも素晴らしいおもてなしをしてくれた。同じ規模とはいかないまでも、心から喜んでもらえる時間を届けたい。
「クリス、迎賓館のメンバーにも伝えておいて。食事は好きなものを楽しんでもらえるようにビュッフェスタイルにしよう」
「分かりました」
クリスがそう答えると、すっと片手を挙げた。
「佐伯」
控えていた迎賓館統括バトラーの佐伯が、音もなく近づいてくる。
「今回のお客様は10日後、トア・コーポレーション社長のマイケル、ご子息のリチャード、そして私の兄のトーマスの3名です。お迎えの支度をお願いします」
佐伯はスマートなお辞儀をしてみせた。
「かしこまりました」
一礼して事務所へ向かう佐伯の背中を見送りながら、ハルトは感心したように呟いた。
「さすがトアが見つけてきた佐伯さんだね。立ち振る舞いが凄すぎて、まるで日本じゃないみたいだ」
「はい、かなり有能な人物です。私の補佐も兼ねてくれていますから助かりますよ」
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10日後――ついにマイケルたちが『結の郷』へ到着した。
「マイケル、お久しぶりです! そしてリチャードさん、トーマスさん、初めまして」
トーマスの顔立ちは双子だけあってクリスにそっくりだったが、纏う雰囲気はどこか異なっていた。ハルトは妻の光、そして息子の煌と共に、マイケルたちを温かく出迎えた。
「ハルト!! 凛々しい顔つきになったな。ああ、その子はハルトの子かい? 賢そうな良い顔をしているね」
マイケルの言葉に、光と幼い煌が丁寧にお辞儀をする。
「お久しぶりです、マイケルさん。皆さんが首を長くしてお待ちですから、どうぞ迎賓館へ」
光が手を差し伸べた先には、日本の穏やかな田園風景の中にひときわ格式高く佇む洋館があった。マイケルは驚きに目を丸くする。
「ハルト!! 迎賓館とは、大したものじゃないか!」
「海外からのメンバーが滞在するには、洋館の方が過ごしやすいと思って作りました。みなさん、どうぞ中へ」
昔の鹿鳴館を思わせるその建物は、日本の自然に見事に調和していた。一歩足を踏み入れれば、上品な落ち着きと心地よい空間が広がっている。
佐伯たちが洗練された動きで荷物を受け取り、応接室へと鮮やかに先導していった。
応接室では、クリスの一家と後藤一家が待ちわびていた。
マイケルは後藤のもとへ歩み寄ると、親しげに声をかけた。
「後藤、久しぶりだね」
「お久しぶりです、マイケル。こちらが妻のえまと、娘の仁愛です」
えまが静かに頭を下げる。
「初めまして、マイケルさん」
するとマイケルは感激したようにえまの両手を包み込んだ。
「君がガブリエルと一緒に『通仙ベルラ』を作ってくれたえまだね!! ありがとう、今や世界中で作っているよ」
「お役に立てて本当に良かったです」
部屋の反対側では、トーマスがクリスたちを囲んでいた。
「久しぶり、クリス。初めまして美琴! 君がクリスの女神だね。そして彼らが甥と姪かい?」
幼い陸と海、そして空は、父親と瓜二つのトーマスを見上げて目を丸くした。
「パパがふたりいる!!」
子どもたちの可愛らしい歓声に、部屋中が温かな笑いに包まれた。
再会を祝う宴が始まると、次の部屋には至高のご馳走が並んでいた。色鮮やかな料理を前に、マイケルは心から幸せそうに笑った。
「ハルト、温かいおもてなしを本当にありがとう」
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翌日、マイケルたちは『結の郷』のテーマパークを見学し、その完成度の高さに幾度も舌を巻いていた。
「結の郷から学ぶべきことは多そうだね、リチャード」
「そうですね。古き良き知恵を柔軟に現代風へ昇華させている。何より、ここに生きる人々の誇りと活気を感じる素晴らしい場所です」
ハルトは胸を張ってその言葉を受け止めた。
見学を終え、休憩所で冷たい飲み物を口にしながら憩っていたとき、マイケルがふとハルトを見つめた。
「ハルト、船を見に行かないか? 小出の技をぜひ見てやってほしいんだ」
「はい、ぜひ!」
クリスの運転する車に乗り込み、マイケル、リチャード、トーマス、後藤、そしてハルトは港へと向かった。
港に到着すると、目の前には鉄に漆を焼き付けた巨大なフローティングドック(浮きドック)が聳え立っていた。
「えっ……!? いつ間にこんなものを!?」
ハルトが驚愕すると、マイケルはニヤリと不敵に笑った。
「小出にアメリカ観光をしてもらっている間に、我が社の塗装チームが完成させたのさ。フローティングドック自体は前から準備していたんだよ」
マイケルの先回りする圧倒的な手腕に、ハルトは脱帽するしかなかった。
「ほら、あの船だよ」
マイケルが指さした先には、ひときわ異彩を放つ漆黒の巨大な船体が鎮座していた。
「ハルト、これは君たちの船だ。トアの最新型ソーラーと大容量バッテリー、そして風を自動で捉えるハイテクな帆を備えている。日中は太陽光で走り、風が吹けば風力で加速する。そして夜は蓄えた電力で進む……完全な無煙・無燃料航行さ」
あまりの壮大さに、ハルトの目から自然と涙が溢れ出た。
「マイケル……! 本当にありがとう! これで、将来飛行機が飛ばなくなっても世界中の仲間に会いに行けるんだね。必要な物資だってなんだって運べる!」
マイケルは誇らしげに胸を叩いた。
「ハルト、これはただの船じゃない。人間が海を渡り、生き延びるための要塞だよ。万が一地上で何かが起きたとしても、この船で数ヶ月は暮らしていける。試運転も兼ねて、完成第一号を君に届けに来たんだ」
「ありがとう、マイケル!! これでみんなの命を守れます!」
思わず抱きつくハルトを、マイケルは温かく受け止めた。
するとそこへ、一人の男が歩み寄ってきた。
「紹介しよう。彼が船長の沖田だ。百戦錬磨の海の男だから、安心して任せるといい」
「は、初めまして! トア・コーポレーション・ジャパン社長の天照陽人です!」
差し出された手を、男は力強く握り返した。
「初めまして、沖田政信です」
船だけでなく、信頼できる船長までも用意してくれていたマイケルの配慮に深く感謝しながら、ハルトは沖田を見上げた。
「皆さま、ようこそ。それでは早速、船内をご案内しましょう」
沖田船長に促され、一同はタラップを上がって漆黒の船体へと足を踏み入れた。
まず案内されたのは、船の頭脳とも言える操舵室だった。
室内に入った瞬間、ハルトと後藤は息をのんだ。正面には全方位を見渡せる強化ガラス、そして整然と並ぶ最新のタッチパネルと液晶モニター。
「ここがメインブリッジです。トアのスーパーAIと連動しており、天候や風向の予測、最適な航路の選定まで自動で行います。しかし、いざという時はこの手動レバーと舵で、私の長年の勘と経験による操船に切り替えられるようになっています」
沖田船長が静かに笑いながら舵に手を添える。その背中はまさに『百戦錬磨の海の男』そのものだった。
続いて、階段を降りて船の中央部へ向かう。
「こちらは居住エリアです。長期間の航海でも快適に過ごせるよう作られています」
案内された客室やリビングスペースは、まるで動く高級ホテルのようだった。広々としたソファーに、清潔なベッドルーム。さらに壁や調度品には小出の漆塗りの技法が惜しみなく使われており、モダンなデザインの中にどこか日本の伝統美と温もりが感じられる空間になっていた。
「すごいです……! これなら何ヶ月海の上にいても、まったくストレスなく過ごせそうですね」
後藤が感嘆の声を上げると、マイケルが嬉しそうに胸を張る。
「そうだろ? 居住性にはかなりこだわったんだ。そして、この要塞船の真骨頂はここからだよ。船長、下へ」
「はい。次は心臓部をご案内します」
さらに下のデッキへと降りると、そこには広大な完全密閉型の貨物スペースと、巨大なバッテリーシステムが鎮座していた。
「ここが物資の搬入庫であり、非常時の自給自足エリアです。最新の濾過装置によって、海水から完璧な飲料水を作り出すシステムを備えています。さらに、小出さんが船体に施した焼き付け漆が、海水による腐食から船を守り、食料や貴重な生薬、精密機械を長期間無傷で保管できるのです」
ズラリと並ぶ超高密度バッテリーと、静音で静かに佇むハイテク機関部。
無煙・無燃料で世界中を巡り、万が一の災害時にも「完全な要塞」として機能する圧倒的な技術力。そしてそれを支える日本の職人技。
「ハルト、小出の漆がなければ、この船の耐久性と防腐性能は完成しなかった。まさにアメリカの技術と日本の職人魂の融合だよ」
マイケルの言葉に、ハルトは胸が熱くなり、改めて小出やマイケル、そしてこの船に関わったすべての人々への感謝でいっぱいになった。
「本当に……夢みたいです。沖田船長、これからよろしくお願いします!」
「こちらこそ、ハルト社長。この素晴らしい要塞船と結の郷の未来、私が責任を持ってお守りします」
沖田船長は力強く敬礼し、頼もしい笑みをハルトたちに向けたのだった。
20年後、人類は楽園へと向かう。
トアは、自然に還らない物を容赦なく破壊していくだろう。マイケルの大きな愛が人類の未来を変えた。空が失われても、海がある。
これは、人類にとって大きな一歩になるだろう。そう思いハルトは、潮風に吹かれながら、マイケルに微笑むのだった。
4章に続く




